タンホイザー
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第二幕その七
第二幕その七
「私の為に。貴女は」
「天使だ」
剣を抜く者のうちの一人が呟いた。
「天使が舞い降りたのだ」
「優しい天使が」
「そうだ」
やがて誰もが剣を下ろした。そしてエリザベートの言葉を心の中で思うのであった。
「天使が言っているのだ、救いを与えよと」
「この背徳の罪を犯した者に救いをか」
「そうだ、救いを」
「救いを与えよと」
「タンホイザーよ」
彼等は今度はタンホイザーに告げた。
「姫を見るのだ」
「姫は貴殿の為に命を投げ出した」
「わかっている」
沈痛な顔で彼等の言葉に頷くタンホイザーだった。
「罪を犯した私の為に。彼女は」
「天使の訴えを聞く者誰が心を和らげざらん」
「罪ある者も我等は赦そう」
「それが天の言葉ならば」
天使の言葉こそがそれだというのだ。
「我々は赦そう」
「天の言葉に従い」
「私にもそれは響いている」
タンホイザーもまた言うのだった。
「神の使者が私の前に舞い降りてきたのだ。地上より遥か高きにある神よ。救いの為に天使を送って下さった神よ」
このことを呟く。
「私に救いを。永遠の救いを」
「罪ある者よ、今」
「償いを」
「そうして救いを」
「その手にするのだ」
「神の救いを」
口々に叫ばれていく。やがてヴォルフラムをはじめとした騎士達がタンホイザーの周りを囲んだ。エリザベートは相変わらず彼の前にいる。そして今。ヘルマンが動くのだった。
「領主様」
「恐ろしい罪が犯されていた」
彼はまずこう述べる。
「罪と呪いを背負った者がこの貴き殿堂に入っていた」
ここまで話してからタンホイザーを見るのだった。
「我々は卿を追放とする」
「はい」
「妥当と言うべきか」
「辺境伯が下された処罰だ」
周りの者達はこのことを言った。
「それではやはり」
「正しいか」
「そう思われるぞ」
「永遠の破滅から救う道は開かれている」
「道が」
「そうだ。その道を行くのだ」
タンホイザーに対して告げるのだった。
「このチューリンゲンから懺悔の道が開かれている」
「巡礼の道だな」
「そうか、あれか」
「ローマへの」
これは彼等にもわかるのだった。
「老いたる者達は既に先に行ったが若い者達はまだ谷で休んでいる」
「ではそこに合流して」
「そうだ。そうして行くのだ」
ローマに行けと。タンホイザーに告げていた。
「ただ罪を少なくする為に心を安らげるのではない」
「懺悔の為に」
「そう、懺悔の為に行くのだ」
厳格だが確かな声でタンホイザーに告げていく。
「彼等のローマへの赦免の祭りへと」
「さあ行くのだ」
「卿の罪を償う為に」
「恩赦の街へ」
人々もこう言って彼をローマに向かわせようとする。
「神の裁決を伝える方の前に行き」
「そして罪を告白するのだ」
「若しも」
ここで貴人達の中の一人が言った。
「恩寵が下らないその時は帰ることはない」
「この度は天使の制止があり怒りを避けられたが」
先程の怒りのことだ。
「汝がまだ罪と恥を持っていれば」
「今度こそ剣が卿を貫く」
「タンホイザー」
エリザベートもまたタンホイザーに対して声をかける。彼を心より心配するその声で。
「愛と恵みの神が貴方を導いて下さるように」
「そうして恩恵を」
「はい、その深く赦され難い罪も消え去ることになりますように」
「我が救いは消え失せ天の恵みもまた去った」
しかしであった。
「だが私は悔悟の心で巡礼しよう」
「貴方が夜の闇の中に消え去らないように私は祈ります」
「我が苦しみの天使よ」
タンホイザーが今見るのは天使であった。己に苦しみを与える天使を。
「私は御前を厚かましくも嘲笑ったが今御前を私を救ってくれた」
「貴方にこの命から祈ります」
エリザベートはただひたすらタンホイザーの為に祈っていた。
「我が祈りと命をお受け下さい。天の神よ」
「魂の救済は消え去った。だが私はそれでもこの恐ろしい罪を懺悔し慈悲を」
この時外から聴こえてきた。清らかな声が。
「あれは」
「あの声だ」
ヘルマンが一同に告げる。タンホイザーに対しても。
「恩寵の祭りの為に慎みて我が罪をあがなわん」
「信仰に忠誠を守る者は祝福されてあれ」
「彼は懺悔と悔悟により救われん」
「ローマへ」
タンホイザーは言った。
「ローマへ。償いの都へ」
今それを誓うのだった。タンホイザーはローマへ向かうことになった。今己が犯した罪を償う為に。白く清らかな天使に導かれて。
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