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季節の変わり目

作者:naya
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焦る芦原

 
 強い!
芦原は自分がこのアマチュアに負けるのは避けられないと確信した。始める前は「プロの人に結構強いと言われます」と聞いたから四子置かせてみたが、それどころでは追いつかない、これじゃプロ初段並だ。置き碁で四子置かせたことが、盤面を一方的なものにされていた。自分は中押し負けになる。しかし指導碁に来てもらった以上、この子との対局は早めに終わっちゃ申し訳ない。佐為との対局に気をもみながらも、他の二人にも集中しなくてはならなかった。芦原の脳内はもうパンク状態だ。

「では整地してみましょうか」

あかりとの対局が終わり、芦原はやっと一段落ついた。残るは筒井さんと佐為二人。筒井さんは八子置かせてもらい、盤面はもうヨセの段階に入っている。ヨセが得意な筒井さんはスムーズに石を打っていった。その間にあかりの整地が終わり、芦原は解説に入る。もう少しで佐為との対局も終局だ。芦原は根気を振り絞り、二人に集中する。そして、筒井さんとの対局は、ヨセから非常にスムーズに進み、無事終局した。整地が終わり、筒井さんは熱心に芦原の解説に耳を傾ける。それから芦原は佐為との盤面を見て、もうこれくらいでいいだろう、と終局を申し出た。整地をするまでもないが、指導碁で来ているんだ。重い手を動かし、芦原は整地し始めた。

しゃっ。しゃっ。

「黒112目」

「白63目」

49目差。せめて互い戦なら・・・。芦原はひどく落ち込んだが、仕事をしているのだと自分に戒める。同時に目の前の青年に興味が湧いてくる。彼をじっと見つめると、相手も少し遅れて俺を見た。

「驚きました。まさかこれほどまで強いなんて。対局前に言っていたプロって誰ですか?その人にずっと指導をされて?」

芦原は解説そっちのけで佐為に話しかけた。

「え?」

解説を聞く気満々だった佐為は一気に気がそがれる。

「あ、はい、進藤プロと和谷プロに指導してもらってて。他にも伊角さんや塔矢さんとか・・・」

「アキラぁ!?」

芦原の質問に素直に答える佐為を遮って芦原が叫んだ。対局室の多くの視線がこちらに注がれる。直後、「あ」と口を手で覆い、周りの人たちに小さく頭を下げる。

「あ、そうか、芦原さん塔矢門下だった!」

筒井さんが動揺する芦原に一人で納得する。話についていけないあかりは何のことやら分からず筒井に説明を求めた。

「塔矢名人の弟子たちのことだよ。その中に塔矢もいるんだ」

今や机に手をついて乗り出しそうな勢いの芦原に佐為は慌ててこう付け加えた。

「いえ、塔矢さんとは一回碁会所で打ってもらっただけで」

しかしそれだけでは芦原の興奮は収まらず、佐為を質問攻めにする。プロ何人にも打ってもらえるなんてどんな関係だ、と躍起になって声を弾ませた。島野さんが身近だったが、あの人とはわけが違う。

「それでも、進藤と和谷、伊角って!三人とはどういう関係なの?」

「友達です。ヒカルにはよく指導碁を打ってもらってるんです。和谷とはネット碁仲間で。伊角さんは二回会っただけですけど、いろいろ教えてもらいました」

相手の様子に佐為は困りきっていた。また、プライベートでプロと碁を打っているのがそれほど驚かれることなのか、と実感する。自分がとても恵まれた囲碁の環境にいることも。
思えば自分から頼んだことはなかった。

その後も質問が続くが、これ以上は不味いと思ったのか、芦原は本来の仕事に戻った。と言っても大敗した碁に解説をつけられるはずもなく、すべてが佐為への褒め言葉になってしまう。しばらくして芦原さんの指導碁は時間になり、「記念に」と三人はサインや握手を求めた。
 
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