SeventhWrite
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一日目(1)
夢を見ていた、そんな気がする。目を開けたら朝だった。窓からは光が差していて、外からは小鳥がチュンチュンと囀る小さな演奏会が聞こえる、また僕のいつもと変わらない一日が始まった。
僕の部屋には、ノートパソコンと小さな本棚(本はあまり入っていない)、そしてベットと机しかない無い地味な部屋だ。確認のため左手を見ると何本もの線が走っている。世間では自傷行為と呼ばれているらしい、最近ニュースでよくやってる、結構流行ってるそうだ。理由なんて人それぞれで、大概の場合がいじめや勉強のストレスでやるみたいだけど、僕の理由はその例に当てはまらず、突然の罪悪感と衝動に突き動かされるまま自分の身体を刻み付けていて、それでもこの世からオサラバする勇気も無く、しぶとく生き続けているである。
情けない事に。
「…………」
今日は、何しようかな
確か昨日はオンラインRPGを一日中していた。何も無い部屋だけど、インターネットが繋がっている現状に感謝する。それで今日もゲームすればいいじゃないかと自分に問うと、キーボードの上の赤い絨毯を見る。
昨日の僕は何を思ったのか、ゲームの最中にいきなり死にたくなって本棚からバタフライナイフを取り出して自分の左手に傷をつけた。
血が傷口から流れ出るのを見て落ち着いた僕はしばらく自己嫌悪になり、適当に止血して寝た。その際流れ出た血がキーボードとコントローラーパッドに大量に付着していて、壊れてないとしても気持ち悪くて触る気にはなれない。そうなんてことは無い、ただの自業自得だ。
そんな自虐思考はコンコンと小気味のいいノックの音が部屋に響き中断される、母さんが朝食を持ってきたのだろう。毎日頼んでも無いのに、律儀なものだ。僕が引きこもってから母さんと一度も顔をあわせていないし、会話もしていない、何も言ってこないのだ。僕は足音が離れていくのを確認して小さくドアを開ける、顔をあわせないように、そして朝食ののったトレイを取りドアを閉める。いい具合に空いた腹を満たそうと箸を取った、すると遠くから聞き慣れたチャイムが聞こえてきた。
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン
そのチャイムは以前僕が通っていた高校から聞こえてきた。今では引きこもりの僕だけど、二ヶ月前のあの日まではちょっと引っ込み思案で個性の強い高校生だった。周りからはよく変わってるって茶化されたな。だけどそんな僕はあの日を境に生きていく事に絶望してしまった。
そう僕は二ヶ月前にクラスの中で一番可愛くてキュートで僕の密かな初恋相手の唐橋美咲さんに一世……いや十世一代(十回の生まれ変わりの内、一回だけ)くらいの覚悟と勢いをもってラブレターを書いたのだ。(その日、朝のニュースの運勢ランキング1位だった)そして手紙に書いた場所に約束した時間の三十分前に行き、ドキドキしながら脳内で何回も告白するシミュレートを繰り返し、よしっ!バッチ来い!とまで気合を込めた。
それなのに約束の時間に僕の目の前に現れたのは何故か唐橋さんではなく幼馴染みの近所に住む月村梢だった。
「っ何でだよ!?」
と突っ込んでから、彼女の左手にある見覚えの無い桃色の便箋が握られていることに気付いた。もしや、誰か違う奴と告白の時間と場所が重なったのか?確かに客観的な目で見るとこずえは美人だ、いや待て、だったら彼女の相手が来ているはずだ!相手を呼び出しておいて遅れてくる奴などいないはず、そうだ落ち着け、冷静になれ僕!
「ねぇ大樹、この手紙を書いたのって…」
「知らない!」
即答した。すると緊張していたのであろうこずえはふぅと小さくため息をついた。そんな仕草もサマになっている。たった一つ年上とは思えないほど大人びていて美人だ。外見に関しては、そう外見だけは!!
「だよねぇ、大樹にそんな度胸があるわけ無いもんね、やっぱりただの悪戯かぁ、それで何でここにいるの?」
うぐっ!
い、言えない、ラブレターを書いたけどすっぽかされたなんて、なんかもう男として情けなくて言えない。
「ちょっと、一人になりたかっただけだよ、それにそっちこそ何でここにいるんだよ」
こずえは顔を若干しかめながら左手の便箋を見せつけた。便箋には筆書きで恋文となかなか男らしい字で書かれていた。何時の時代だよ。
「どっかの馬鹿があたし相手に悪戯の手紙を書いてきてさぁ、ぶちのめしてやろうと意気込んできたんだけど」
………ぶちのめす?
「こずえさん、その手紙の内容ってどんな感じ?」
脳が聞くな!聞くんじゃねぇ!!とアラートをガンガン鳴らしているが好奇心が勝り、つい聞いてしまった。彼女は少々男勝りな性格で気に入らないことには暴力で解決しようとする悪癖があるのだ。しかも凄く強い。好奇心は猫を殺すって奴。うかつなことを言うと痛い目を見るのだ。
後悔?そんなもの、後でするさ!
「この手紙の内容?ええと
『拝啓 月村梢殿、突然このような手紙を送りつけた非礼を許してもらいたい。この度某(それがし)は貴殿のあまりの美しさに筆をとった所存である』
って文から始まって七枚ほど筆書きで書かれてるの」
「どこのどいつだよ!?そんなふざけた手紙書いた奴!僕がぶん殴ってやる!」
いやいや殿って女子相手にそりゃねぇだろとか言い回しが古臭いとか某とか名乗ってんじゃねぇとかなんで桃色の便箋を使ったんだよ!とか突っ込み所満載だった。決して知り合いでは無いことを祈る。
「ええ、あまりにふざけてるからどこの馬鹿野郎かと気になって、思わず来ちゃったんだけど、そしたら大樹が居るからビックリした」
僕だって唐橋さんが来ると思っていたのにこずえが来てビックリだよ。どんな詐欺だよ、僕の勇気を返せ!
「ところでさっきからその右手に握り締めてる青い便箋は何?」
僕が一人で世の中の不条理を憎んでいるとこずえが僕の右手を指差す。その指先には……ガッチリ握り締められた唐橋さん宛てのラブレターがあった。
「ホワイ!?」
何で?なんで?ナンデ?僕のバカァ!な・ん・で僕が持ってんだよ!そりゃ来るはず無いよ!一体僕はこの三十分間誰を待ってたんだよ!
「誰が来るはず無いの?」
聞・か・れ・て・たぁ!どうするんだ僕!考えろ、落ち着け、大丈夫だ。この女は昔から鈍感だ。今から僕の巧みなトークで挽回してやるぜ。
「……大樹ってさぁ昔から自分の考えが口からだだ漏れだよね」
しまったぁぁぁぁぁぁぁぁ。あぁこずえの視線が痛いぃぃぃぃぃ!
「えっと、、それってもしかしてラブレター?」
ななななんで分かるんだよ。
「ち、違うよ!これは………」
「これは?」
疑惑の目でじぃぃっと効果音がつくくらい僕を見た。おいなんなんだよこの状況?ええい!!ままよ!もうどうにでもなれ!
「は、果たし状だ!」
こずえの顔が興味しんしんから一転して「ええぇぇぇぇ?」と若干引いたように後ずさる。
しまった、適当過ぎた!
「へぇそうなの、だったらあたしは邪魔だよね、じゃさよなら」
あからさまに僕を蔑む目で見て、そそくさとその場からこずえは僕から離れていく、一度だけ振り返り敬語で
「気持ち悪いから、今後話しかけてこないでください」
拒絶された。
「嘘です!冗談です!ごめんなさーい!」
何故か平身低頭で謝っている僕だった。
朝のニュースキャスターのおねーさん、今日の僕のラッキーアイテムってなんでしたっけ?今、用意できるものだといいな。
雲の無い青空を見上げて僕は現実逃避した。
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