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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
  戦場を貫く刃

「プレイヤー反応です!」

ユイが叫ぶと同時に、リーファにはレンとキリト、カグラを取り囲む空気の質ががらりと変わったのを如実に感じた。

例えるならそれは、ぴんと張った糸。

限界まで引っ張って張り裂けそうなほどに張り詰め、しかし触れた指が寸断されそうな、そんな雰囲気。

「前方に大集団────六十八人。これが恐らくサラマンダーの強襲部隊です。さらにその向こう側に十四人、シルフ及びケットシーの会議出席者と予想します。双方が接触するまで、あと五十秒です!」

あと五十秒。

それは、間に合わなかったことをはっきりと示していた。

このまま衝突し、乱戦になっても数の差はどうしても埋められないだろう。リーファ達を合わせてもたった十八人で、六十八人もの重戦士に勝機はない。

ずっと空を覆っていた雲に切れ目が入った。

眩しい陽光に眼を細めながらも、仰いだリーファの視界に飛び込んできたのは空の一角を支配するかのように飛ぶ無数の黒い影。

五人ずつくさび形のフォーメーションを作り、それらが密集して飛行する様は、獲物に音もなく忍び寄る羽虫の群れに見えた。

視線を彼らが向かうほうへと振る。

すると、地平線の向こうに円形の小さな台地が見える。ポツリと白く横たわるのは、長テーブルだろうか。左右に七つずつの椅子が据えられ、即席の会議場と言った案配だ。

椅子に座る者達は、会話に夢中なのか、いまだに迫り来る脅威に気付いていないようだった。

「…………間に、合わなかったね」

リーファは、誰に向けたともなくぽつりと言った。

今からでは、サラマンダー軍を追い越し、領主達に警告したとしても、とてもではないが全員が逃げ切るだけの余裕はない。

それでも、討ち死にを覚悟で盾となり、領主だけでも逃がす努力をしなければならない。

右手を伸ばし、唯一この場でこの戦いに関係のないキリトの手をそっと握る。

「ありがとう、キリト君。ここまででいいよ。君は世界樹に行って………短い間だったけど、楽しかった」

笑顔でそれだけを行った時、ゆらりとキリトは立ち上がった。

流動するクーの背の上で、である。当然のことながら、仮想の空気がしこたま彼の顔を叩いているはずだが、不思議なことにキリトは身体をふらつかせる事もなく、しっかりと立ち上がった。

そして、その背後で同じようにゆっくりと立ち上がる二つの影。

レンと、カグラ。

話し掛けてはいけないような、そんなオーラをそれぞれの身体に纏わせつつ、彼らはリーファを無視して口を開いた。

「………行けそうか?レン」

「んー、どうだかねぇ。距離は測れる?カグラ。目測で構わないから」

「そうですね………軽く一キロはありそうですか」

ふむ、と紅衣の少年は唸る。

次いで、右の人差し指を軽く伸ばして、何かを図るように宙空にかざす。

「一キロか。向かい風だけど、なんとかなるか」

その言葉の、あまりの気楽さにリーファは息を詰めた。まるで、本当にどうにかするかのような言葉。

レンはのんきに笑い、一同に背を向ける。

瞬間、向けられたその小柄な背中から、ぞっとするほどの圧力が放たれた。

思わず立ち上がりかけていたリーファの膝から力が抜け、漆黒の体毛に深くめり込む。

分からない。全く何も解からないが、リーファには判る。

この少年は、イラついている。果てしなくイラついている。何に対してかはわからない。だけど、イラついている。

息もできずにその背中を見つめていると、唐突にレンは言葉を発した。

「カグラとキリトにーちゃんは、殺し損ねた奴の処理をお願い。手は決して出さないでね。巻き込んじゃうから」

何もなかった。

その声には、身体全体から放射されている圧力も、何もなかった。

いやそれどころか、感情さえもその言葉の中にはなかった。

怒りも、悲しみも、喜びも、蔑みも。

何も、なかった。

ただただ透明で、透き通っていた。

「……それからリーファねーちゃん」

「は、はいっ!」

唐突に振られたリーファの裏返った声に、レンは背中を見せて振り向かないまま少し笑った。

「諦めた時ってさ。その先に待ってるのって、《無》なんだよ。勝ちや負けじゃないんだ。諦めたらそこで終わるって言うけど、それは間違い。終わるって事は、そこで負けが確定するってことだからね。だけど、諦めたら、そこで止まっちゃうんだよ。ピタリと、ね」

「と、止まっちゃう?」

「そう。勝ちでも負けでもない。ただ、《停止》する。それは途轍もなく苦しいことだと思うよ」

無論リーファにはその言葉の真意など、さっぱり理解できない。

しかし、その言葉はリーファの心のずっと深い部分に突き刺さった。

その痛みに一瞬動きを止めたリーファを、やっとレンはちらりと見て────

クーの背から、姿を消した。










「…………………え?」

反応すらも、遅れた。

何の音もなく、何の予備動作もなかった。

ただ、綺麗にリーファが瞬きした瞬間に合わせたかのように、掻き消えた。

「えぇっ!?」

急いで背の端っこまで這っていって、周囲に眼を凝らした。

すると何と言うことか、翼も使わずに弾丸のごとき勢いで空中を滑空する血色のコートが遥か彼方に見えた。

専門のアイテムか魔法も使わない肉眼では、それが単なる自然のオブジェクトか否か判断できないほどのギリギリの解像度だったが、尻尾のようにはためく漆黒のロングマフラーは見間違いようがない。

おーおー、と声がして振り向くと、立ち上がったキリトが額に手を当てて今までリーファが見ていた方向を見つめていた。

「さらに速くなってるなぁ、あいつ。あれじゃあ、もう付いてける奴なんていないだろ」

「そうですね。私もそこそこ足については自信があるのですが、あの域はもはや数値の違いではないのかもしれません」

割合のんびりとしたキリトとカグラの会話に、リーファは頭の芯がかぁっと熱くなるのを感じた。思わず立ち上がって、たちまち襲ってくる空気の壁に多少よろけながらもキリトの胸倉を引っ掴んで食って掛かる。

「何でそんなに余裕なの!?あんな大人数に一人で挑もうなんて、それはもう戦いじゃないよ!ただの自殺と同じだわ!」

言うだけ言って翅を広げようとするリーファを、ふわりと押さえつける手があった。

心配ありません、とカグラは言った。

眼も痛くなるような純白と緋色の巫女服を着た女性は言う。

「この程度のハンデは、今のレンにとっては無にも等しい物ですので………」

どこか誇らしげに。










コートの橋をバタバタはためかせながらレンは、眼下を睥睨した。眼下に広がる草原は、もはやただの鮮やかな緑の塊となっている。

テクスチャが綺麗に溶け落ち、後ろへと放射状に流れていく。

それを見ながらレンは、遠いところまで来てしまったな、と特に何の気負いもなく思った。

今はなきあの鋼鉄の魔城、そこにログインしたあの日から数え切れないほどの昼と夜を過ごしてきた。

そのほとんどは両手を血に染めた暗黒の時間だったが、しかしその中でもレンホウというキャラクターは確実に強くなっていった。時々、自分でもぞっとするほどの速さで。

今のレンならば、その気になればフィールドの地形ですらも変えることができる。その時、いかに多くの命を奪おうが関係ない。

そして、それは同時に最大の快楽でもあった。

どれほどお高く、強気に出ている奴でも、HPが真っ赤になった途端に、全員が全員面白いように喚き出す。それがたまらなく────



楽しくて

愉しくて

タノシかった。



しかし、それを止めてくれたのは一人の女性だった。

空のような綺麗な青髪をなびかせ、大して強くもないのに、のんびりとした陽だまりのような笑顔を振りまいて、自分を底のない真っ暗な泥沼から引っ張り上げてくれた。

そのおかげでレンという一個人はここにいられる。あのまま殺人を続けていれば、きっと自分は自分でなくなってしまっていただろう。

じりじり、と加速しすぎた時の弊害として、手の指の先が吹き荒ぶ風のせいで冷えてきた。

無意識に手を摺り合わせ、はぁーっと息を吹きかける。

脳裏に、矢車草の名前を持つあの女性の顔が浮かび上がる。

浮かんでくるその顔のどれもが笑っているのを見、思わずレンの顔からも笑みがこぼれる。

死ぬ時までも、笑っていたあの女性。

その顔を透かし見るようにレンは顔を上げた。

目指す先では、シルフとケットシー達がようやく接近する大集団に気付いたようだ。次々に椅子を蹴り、銀光を煌かせながら抜刀するが、その姿は重武装の攻撃隊に比べてあまりにも脆そうに見えた。

現在いるレンの位置からもケットシーの領主であるアリシャ・ルーの、とうもろこし色に輝くウェーブヘアとワンピースの水着に似た戦闘スーツは、なんとか識別できた。

その周囲を取り囲むのは、あまり見たことがない数人のケットシー。

それを見て、レンは小さく舌打ちした。

護衛がドラグーン隊でもフェンリル隊でもなく普通の幹部プレイヤー、それもあまり実戦経験がない執政部担当など論外極まりない。

「何をやってんだよ、ルーねーちゃん」

ついそんな言葉が漏れ出る。

しかし、全種族のバランスが左右されるほどの会談にいかつい飛竜やらを連れて行くのは、無理と言うものかもしれない。

そうやっているうちにも、草原を這うように飛んでいたサラマンダーの戦闘部隊が、一気に高度を取り、ウサギを狙う猛禽のように長大なランスを構えてぴたりと静止した。

後続の者たちも次々と左右に展開し、台地を半包囲する。

幸いと言うか何と言うか、超低空で無駄にキラキラ光る翼を展開させずに疾駆するレンには気が付いていないようだ。

───間に合え……………ッ!

サラマンダーの一人が、さっと手を上げた。恐らく、あいつが号令係か何かなんだろう。

がかかっ!とレンはブーツの底を草原の地面に半分めり込ませるような音を立てながら、半強制的に制止を掛ける。

そして、多少スピードが弱まったところで残った運動エネルギーを全部使って、今度は真上に思いっきり跳んだ。

今度はクーの背から跳んだ時のように《地走り》を使っていないため、腹の底まで響くような音が炸裂するが、構ってはいられない。

同時にその音にやっと気付いたかのように、サラマンダー部隊の端っこにいた数人の重戦士がこっちを見るが、それを見て見ぬフリをしながらレンは再び風を切って急上昇する。

飛び上がったときの余波か、レンが飛び上がった場所の周囲の草が放射状に薙ぎ倒される。

余裕そうに隣の仲間の肩をつついていたプレイヤーの顔が、見る間にクローズアップされていく。

同時に、厳重そうに閉じられた面頬の向こう側にある目がこぼれんばかりに見開かれるのがよく見えるようになる。

それをゆっくりと観賞しながら、レンは本能のまま、これまでやってきた幾多の戦闘と同じように腕を振り上げる。

袖口の中に仕込まれた得物が、舌なめずりするようにズグン、と疼く。

それに応えるかのように、レンは勢いよく腕を振り下ろした。

まるで、狂気を愉しむがごとく。

狂喜にむせび泣きながら。 
 

 
後書き
なべさん「とりっくおあとりーと!始まりました、そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「ハロウィンの気分に沈んでいるのはわかったが、それは昨日のことだからな?」
なべさん「えっ!?…………せっかくカボチャの中身苦労してくりぬこうとして失敗したのに……」
レン「それはただの失敗談だ」
なべさん「細かいことは気にしない!それでは読者の皆さん11月もよろしくお願いします!てことで、自作キャラ、感想を送ってきてくださいね♪」
──To be continued── 
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