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ソードアート・オンライン 穹色の風

作者:Cor Leonis
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アインクラッド 前編
  噛み合った歯車

 
前書き
 つぶやきの方でちょっとした発表がございますので、是非目を通して頂ければと思います。

 では、どうぞ。 

 
「かんぱーい!!」
「乾杯」

 緩やかなBGMが流れるテーブルの上で、グラス同士が擦れ合う、澄んだ音がたなびいた。泡立つ金色の水面が傾けられ、二人の口へと注ぎ込まれていく。

「……プハァ! 何コレうまっ! シャンパンってこんなにうめーの!?」
「まあ、現実の味をどれほど忠実に再現できているかは分からんがな。値段によってもピンからキリまであるだろうし」

 そう言うと、マサキは中身の減ったグラスを置いてナイフとフォークに持ち替えた。

 ――今二人がいるのは、二十三層主街区の高級レストラン。二十三層に到着して転移門をアクティベートさせた後、トウマの強い希望で寄った場所だ。強制連行されたとも言う。
 そして一番乗りしたレストランの席に着くなり、トウマの口からシャンパンにフレンチのフルコースという、些かぶっ飛んだオーダーが飛び出した。別にここでアルコールを飲もうが毒を飲もうが法律的には何の問題もないのだが、予算的にはそうもいかない。そこをマサキが尋ねると、曰く“二十二層ボス攻略成功記念パーティー”らしい。

「ところでさ」

 あっという間に前菜を平らげたトウマが、ナプキンで口を拭いながら言った。マサキはフォークに刺さったサラダを口に運びつつ、視線で先を促す。

「――あの梟なんだけど。どうしてマサキには位置が分かったんだ?」
「――ああ。あれは“風”だ」
「風?」
「そう。風。……お前が攻撃を受けていたとき、僅かだがあの部屋に風が吹いていた」
「マジで? 気付かなかった……けどさ、それだけじゃ何も分かんないだろ?」

 トウマの質問を聞きながら、マサキは皿に残る最後の野菜を口に運んだ。程なく黒のスラックスとベスト、白のYシャツに身を包んだNPCウエイターが2人やってきて、前菜の皿を下げると同時に琥珀色のスープを差し出す。
 マサキはスプーンで一口それを飲んでから、続きを話し出した。

「俺たちがボス部屋に入った時、カビ臭いような臭いがしただろう。あれは部屋の空気が長い間入れ換わらなかった証拠だ。……つまり、あの部屋に自然に風が吹き込むことはありえない。部屋の状況を考えれば、必然的に梟が起こした風だと断定できる」
「あー、なるほど。あの臭いってそういうことだったのか……ってそれでも」
「分かってる」

 疑問から納得、そしてすぐに再び疑問へと続けざまに表情を変えるトウマの言葉の続きは、あらかじめそれを予測していたマサキの落ち着き払った声によって遮られた。マサキはスプーンで琥珀色のスープを一口すくい、喉を湿らせる。

「……確かにそれだけでは敵の位置はおろか、ブレスなのか突進なのかも判別できない。だが、あの風邪はもう一つ、重要な情報を内包したファクターを孕んでいたんだよ。……即ち、音。正確には風切り音だ」
「…………」

 とりあえずは解説を最後まで聞くことを選んだのか、トウマは目線をこちらに向けて続きを促しつつ右手のスプーンでスープを飲んでいる。スープの味が相当気に入ったらしく、そうしている間にも右手の動きを止めることはない。
 マサキは若干の苦笑を口元に刻むと、続きを話し始めた。

「……お前が攻撃を受けていたときだけでなく、俺が最初に喰らったときさえも、風切り音は聞こえなかった。これはブレスなどの遠距離攻撃などと仮定した場合にはありえない。が、突進ならば話は別だ。これはそれなりに有名な話だが――梟の翼は高い消音効果を備えていて、滑空中ならばほぼ無音になる」
「ってことは……」
「そう。音がしないということは、つまり攻撃方法が滑空による突進だということの証拠になるわけだ。……そして、そこまで分かれば後は風の向きや強さ、当たった場所などから相手の位置と未来の攻撃地点・時間を予測すればいい」

 言い終えると、マサキはスープの後に運ばれてきた料理に手をつけた。そして二口三口味わったところで、向かいの料理が一切手をつけられていないことに気付く。
 マサキが視線を上げると、つい先ほどまでテーブルマナーなどお構いなしに喰らい付いていたトウマが何やら考え込んでいた。時折マサキの耳に「顔はいいし……」だの「でも非常識だしなぁ……」だの、トウマから発せられたであろう言葉が届く。
 そして気味の悪い呟きが数十秒に及び、気になったマサキが問いかけようとして声を出す直前、突如こちらに向き直ったトウマからの質問が飛んだ。

「……マサキってさ、恋人とかいねーの?」
「……話題の飛躍が著しすぎるんだが」

 ソテーされた魚を刺したフォークを、口に入る一歩手前で止めたマサキは、微妙に眉をひそめながら答えた。トウマは後ろ頭を右手で掻きながら口を開く。

「いや、だってさ? マサキって頭いいし、顔だってクールでインテリ風のイケメンだし……彼女の一人や二人、いてもおかしくないじゃん? 今頃マサキの病室で二人が顔合わせて、どっちがマサキを取るか修羅場勃発……とか?」
「とか? じゃねえよ。いつから俺は二股かけてる前提になった? ……まあいい。彼女はいない。そしていたこともない。以上だ」
「……マジ? 何で?」

 テーブルに身体を乗り出し、食い気味に訊いてくるトウマ。既にその両手にはフォークとナイフは握られておらず、100パーセントの興味を話に向けている。

「何でと言われてもな。敢えて理由をつけるとするなら……そう、必要なかった。それだけのことだ」
「……何か納得。いかにもマサキっぽい考えだよな、それ」
「……悪かったな」

 マサキは顔をしかめて不機嫌さを演出すると、口元に留まっていた魚を口の中に押し込んだ。すると、トウマはまたもや反応を変え、「そっか……」という溜息に似た声音と共に椅子にもたれた。天井に向けられた両の瞳は、しかし視線の延長線上のどこにもピントを合わせていない。

「どうした? そんな風に悩むなんて、お前らしくもない」

 マサキが言うと、トウマはこれまた珍しく苦笑を浮かべ、今度は視線をテーブルの上、冷めかかったソテーへと移した。どこか遠くを見つめるような眼差しで、ポツリポツリと独白を始める。

「いや、俺……何度も親友親友って言ってたけど……。結局、マサキのこと何にも知らなかったんだな……って思ってさ」
「別に、不思議でもなんでもない。むしろ初対面の相手に自分の情報を網羅されているほうがよほど不気味だ。……それに、知らないのならこれから知っていけばいいのさ。時間は有り余ってる」

 素っ気無い言い方の言葉だったが、トウマの心にはしっかりと届いたようで、トウマの瞳が再び焦点を捉えた。その爽やかな顔立ちに、ようやく似つかわしい笑顔が戻る。
 トウマは爽やかな笑顔を少々悪戯っぽいものに変え、魚をナイフで切りながら話し出す。

「そっか……そうだよな。……それに、マサキの彼女だってこれからできるかもしれないし」
「……何故そうなるんだよ」
「だってそうだろ? もしこの先マサキが必要に迫られれば、マサキは彼女を作るわけなんだしさ。それに、一層のボス戦でパーティー組んだアスナとか……、後ほら、何だっけ? 最近話題になってる、えーと……」
「“モノクロームの天使”か?」
「そう! それ!」

 マサキがその単語を口に出すと、間髪いれずにトウマが食いついた。

「そういう美少女が揃ってるんだから、色気にやられたマサキが急に心変わりしてリア充街道を歩き出すかもしれないだろ?」
「何だ、そりゃ」

 その言葉にマサキはプッと吹き出した。同じように笑うトウマと視線が交錯し、二人は更に声を出して笑い合う。
 そして、マサキは自分の言葉遣いがほんの僅かだけ崩れていることに気が付いた。視線を落とすと、胸の中に懐かしい暖かさが広がっていくのが実感できる。

「……なあ、マサキ。……一つだけ、頼みがあるんだ」

 マサキが胸中に湧いた懐旧(かいきゅう)の情に浸っていると、ふいに低く抑えられた声が鼓膜を揺すった。マサキが視線の高さを声の元に合わせると、またもや先ほどとは打って変わったトウマの真剣な表情が目に入る。
 トウマはマサキの視線を確認すると、ゆっくりと息を吸い、そして緊張の糸が張られた声と共に吐き出した。

「俺と……デュエルしてくれ」



 店員の恭しい礼を後ろ背に浴びながら店を出ると、夜の空気が体を包んだ。初春の少し肌寒い風が店前の通りを吹き抜け、頬に残る粗熱を奪い去る。月も星も存在しない天井(そら)に覆われたレンガ造りの道はしかし、両脇に設置されている街灯で照らされているため、ある程度の明るさは確保されている。人通りは少なく、時折NPCの姿を見かけることはあってもプレイヤーの姿はない。恐らく、この店自体が裏通りにあるためだろう。衆目を集めることなくデュエルを行うには絶好のロケーションだ。

「……本当にここでデュエルするのか?」
「ああ。……俺、今までずっと、マサキにおんぶに抱っこだった。……今日だって、俺がマサキを助けようとしたのに、結局俺がマサキに助けられた。――だから、確かめたいんだ。俺が、これからもマサキの傍で戦っていけるのか」
「そんなことは――」

 トウマの言葉を否定しかけて、マサキは口をつぐんだ。街灯のみの明るさではトウマの詳細な表情までは判断できなかったが、それでも彼が真剣であることは視線と雰囲気で十分に分かる。
 マサキは口の中に留まっていた言葉を呑み込むと、代わりに一つだけ溜息を吐いた。

「……分かった。もう何も訊かん」
「ありがとう。それじゃ、俺もマサキについてあれこれ訊くのは終わってからにする」
「ついでに、礼を言うのも終わってからにしてくれ」

 爽やかに笑うトウマに、マサキは苦笑交じりで言った。トウマも同じような笑みを口元に刻むと、ウインドウを操作しながら数メートルの距離を取る。
 そこから数瞬遅れて視界に出現した半透明のウインドウ、研ぎ澄まされたトウマの雰囲気、その背中に吊られた両手剣。それら全てが否応なしにマサキの脳のギアを引き上げる。
 マサキは一度息を吐くと、表示されているYesのボタンを押した。モードは初撃決着。二人の中央に現れたウインドウで減っていくカウントが、周囲に流れる緊張の糸をより張り詰めさせていく。

「あー、でもミスった。いつの間にか出てきたその刀のことだけでも聞いとくんだった……」

 5

「残念、もう言質は差し押さえ済みだ。終わってから好きなだけ喋ってやるよ」

 4

「分かってるけどさ……。あ、でも一つだけ。そういえばその刀、ボスのHPを一撃で半分削ってたよな?  ……俺、掠っただけで死亡とか嫌なんですけど」

 3

「なに、心配するな。恐らくあれは姿を消す代わりに防御力が大幅ダウンしていただけだろうさ」

 2

「ならいいけど。……まあいいや、それじゃ――」

 1……

「――行っくぜえぇぇぇぇっ!!」

 正面で弾けたDUEL!! の文字を突き破るようにして、トウマがその有り余る脚力で地を蹴った。その勢いのまま一気に距離を詰め、見るからに重そうな大剣を振り下ろす。

「セッ!」

 マサキは振り下ろされる剣の軌道を冷静に読み取ると、鞘から蒼風を抜き放ち、迎え撃った。仄かに蒼い半透明の刀身が鈍い光を放つ大剣と交錯し、甲高いノイズが空気をビリビリと震わせる。
 一瞬動きが止まるかに思えた双方の剣だったが、筋力値の差を埋めることは叶わず、せり上がってきた蒼風の刀身を跳ね除けるようにして再び大剣が降下を始める。
 しかし、マサキにとってそれは想定通り。弾くつもりなどは毛頭なかったのだ。
 マサキは振り下ろされる大剣の軌道が僅かに逸れるのを確認すると、右手を引き戻しつつ、向かい来るトウマの懐に入ろうとする。
 だが、その目論見は、更に遅れて迫ってきた左膝によって頓挫させられた。
 ――大剣による突進攻撃を陽動に使い、カウンターを狙う相手に対し更に体術スキルによる膝蹴りでカウンター。普段ならマサキが得意とするようなトリッキーかつ低威力の攻撃だが、あくまでHPの半分を減らせば勝利となる初撃決着モードにおいては、かなり有効な攻撃だ。

 ――だが、まだ甘い。
 マサキはトウマの珍しい攻撃に対して口元を獰猛に歪めると、踏み出しつつあった右足のつま先にかけられていた体重を一気にかかとまで後退させた。急に重心が移動した反動を利用して一回転しつつ、体の軸をずらして飛び来る膝をかわす。さらに右手に握っていた蒼風を左手に持ち替え、回転の力を上乗せした刃で斬りかかる。
 ――が。

「せりゃあぁぁぁぁっ!!」

 左から右へとスクロールする視界の中で、水色の閃光が迸った。マサキが首を捻って確認すると、そこにはライトエフェクトを纏いながら向かってくる一つの刃。
 前方180°の範囲を薙ぎ払う両手剣単発技《ブラスト》。

「チッ!」

 マサキは鋭く舌を打つと、なけなしの筋力値と鍛え上げた《軽業》スキルとを振り絞って地面を蹴り飛ばした。それでも先端が掠ってしまったようで、HPバーが一割程度減少する。顔をしかめながらさらにバックスッテプで距離を取り、技後硬直から回復したトウマと再び対峙する。

「珍しく頭を捻ったじゃないか」
「ま、伊達にマサキの戦い方を今まで観てきたわけじゃないって感じだな」

 軽口を叩き合うが、その間も一瞬たりとも気を抜くことはない。

 そして、幾ばくかの睨み合いの末、今度はマサキが仕掛けた。敏捷一極型ビルド故の速度にシステムアシストを上乗せして斬りかかる。右手に握る蒼風の刃が光を纏い、夜の街道を照らす。トウマももちろん黙って突っ立っているはずはなく、迎撃のために剣閃を繰り出す。
 そしてその瞬間、マサキの脳内でスパークが弾けた。一気に最高速まで引き上げられたギアからバチバチと電気信号が迸り、脳全体に信号を運ぶ。視界から得られたトウマの筋肉の映像(データ)が方程式に分解され、割り当てられた解が未来の位置で再構成される。
 マサキはその情報を使い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ―― 一般のソードスキルには、どのように体を動かし、どのように剣を振るい、どのように相手を攻撃するのか。といった、いわゆる“型”が存在し、システム上で定義されている。例えば《バーチカル》ならば単発垂直斬り、《ホリゾンタル》ならば単発水平斬り、といった具合だ。
 しかし、《風刀》スキルにおいて定義されているのは、攻撃の際“どのように移動するのか”という一点のみ。どのように剣を振るって攻撃するのかは定義されていない。つまり、攻撃側がその場で自由に決定できるということ。これにより、相手は初動のモーションから技の軌道を予測することができなくなり、しかも自分は相手の技を予測した上でその技に対して優位な軌道で斬りかかる、言わば“後出しじゃんけん”が可能になる。
 ――“ソードスキルを作るソードスキル”。それが、この《風刀》スキルなのだ。

「んなっ……!」

 こちらが“後出し”をしたのに気がついたトウマは慌ててパリィを諦め回避に移ろうとしたが、もう遅い。その名の通り高速で移動しつつ斬りかかる六連撃技《疾風(はやて)》の初段がトウマの左肩口を抉る。
 マサキは刀を振りきった時点で反転、二撃目を打ち込む。が、しかしこれは強引なステップで前方に跳んだトウマの背中をかする程度に終わる。
 ならば、とまだ体勢を整え切れていないトウマに追撃を叩き込むべく、マサキは刃を振り切る前にもかかわらず更に踏み込もうとする。
 ……しかし、それは叶わなかった。体重をかけた右足が地面についた途端、それまでの速度が嘘の様に消え失せ、体が硬直する。
 これが“型”を廃止した《風刀》スキルのデメリットの一つ。仕掛けるときの体勢に少しでも無理があった場合、技がキャンセルされてしまい、硬直時間が課せられてしまう。

「!? しまっ……!!」

 異常に気付いたマサキが驚愕の声を漏らすが、その硬直が消えることはなかった。その隙にトウマは距離をとり、崩れていた体勢を立て直す。マサキは苦々しげにトウマを睨み、硬直が解けるや蒼風を構えなおす。

「何だよそのスキル! チートじゃねーか!!」
「文句はGMに言ってくれ」

 軽口の応酬をしつつ、マサキは再攻撃のチャンスをうかがう。攻略組では防御を重視するスタイルのせいでマサキやキリト、アスナなどの影に隠れていて目立たないが、彼もトッププレイヤーの一員なのだ。そして先のボス戦で見せた回避力とパリィ能力は、恐らく全プレイヤー中でも一、二を争う。無闇に斬りかかれば、間違いなくやられるだろう。

(……だったら)

 マサキは左手で腰から投剣を抜き、ライズシュート》で放つと、その軌道を追うように走り出した。この投剣には麻痺毒が塗られている。毒のレベルは1だが、マサキが一撃加えてお釣りが来る程度動けなくなるだろう。かといって、避けたりパリィしたりすれば、迎撃態勢が整わない状態でマサキとぶつかることになる――はずだった。

「おいおい、マサキどうした? 一体どこ狙ってるんだよ?」

 マサキの手から放たれた投剣は、トウマの遥か数メートル右へと飛んで行く。これをマサキの失投と見たトウマは投剣から目を切り、向かい来るマサキに全神経を注ぐ。
 だが、マサキは口元を獰猛に歪めると、まだかなりの彼我距離があるにもかかわらず停止し、蒼風を右下から左上へ、逆袈裟に斬り上げた。すると、淡く煌く刀身が()()()、暴風となってトウマを直撃。その風自体にダメージはないものの、突風に煽られたトウマは一時動きを止めざるを得ない。
 風刀スキル特殊技《神渡し》。刀から攻撃力のない突風を発生させる技。

「く……おぉッ……!」

 一瞬体を持っていかれそうになったトウマだったが、自慢の筋力値で何とか耐え忍び、再び接近するマサキに迎撃の刃を向けようとする。

「左に気を付けな!」
「何を言って……うぉっ!?」

 マサキの言葉に誘われて微妙に左に寄った視界が、自分に飛翔してくる銀色の物体を捉えた。弾道的には当たるかどうか微妙だったが、頭で判断する前に体が反応してしまい、上体を反らしてしまう。その一瞬後に目の前を通過していく銀色の刃――マサキが先ほど投げ、あさっての方向に飛んでいったはずの投剣。それが《神渡し》の突風によって弾道が変わり、トウマを再び襲ったのだ。

 そして、驚愕の色を浮かべるトウマに、マサキは待ってましたとばかりに追い討ちをかけた。ライトエフェクトを放つ蒼風を握り締め、最高速で迫る。

「!! そういうことかよ、クソッ!!」

 こちらの狙いに勘付いたらしいトウマが吐き捨てた。既に蒼風を振りかぶったマサキに対し、遅ればせながら《ブラスト》でカウンターを試みる。

「絶対に迎撃不可能」。もし今の状況を見れば、十人中十人がそう言うだろう。何せ、今から技を出すのでは、いくら攻略組といえど圧倒的に時間が足りない。《ブラスト》が届く前に攻撃を受けるのがオチだ。
 だが、トウマは諦めなかった。自身の持つ意識の全てを腕の動きに集中させ、剣速に最大限のブーストをかける。

「せりゃああぁぁぁぁぁっっ!!」

 ――もっと。もっと速く!
 腕と繋がる神経が灼けるような感覚の中で、トウマは更なる力を腕に込めた。その力を速度に変えて、大剣はマサキに向かっていく。
 さしものマサキも、今の状態から反撃されるとは思いもしなかったのだろう、ポーカーフェイスが崩れ去り、驚愕の色が浮かび上がる。だが、その上から獰猛な笑みを上書きすると、マサキも対抗するように剣速を上げる。

「せああぁぁぁっ!!」
「らああぁぁぁっ!!」

 ここまで来た以上、最早小細工は通用しない。今出せる最高速で双方の刃が閃光を撒き散らしながらお互いの体に肉薄し――。

 空気を切り裂く音を残して、二つの刃が振り切られた。周囲に四散する二色の光の破片が戦いの激しさを物語る。
 二人のHPが同時に減少を開始。七割、六割、五割五分……。
 ――そして、二人のバーに表示されたドットが同時に五割を切った、その瞬間。
 二人の中央でDRAW!! の文字が輝いた。



「あー! 勝てなかったぁーーッ!!」

 デュエルの結果を確認したトウマが、叫びながら路上に横たわった。マサキは蒼風を鞘にしまうと、振り返って大の字のトウマに微苦笑を刻みながら尋ねる。

「それで? 試験結果はどうだったんだ?」

 その言葉に、寝そべっていたトウマは上体を起こすと、体をマサキに向ける。

「……ああ。ありがとう。何となくだけど、やっていけそうかなって思えた。……ま、あんなチートスキルと戦って引き分けだったんだから、俺のほうがプレイヤースキルは上だってことが分かったしな」
「馬鹿言うな。俺はあのスキルを手に入れたばかりなんだぞ? 使いこなせるはずがない状態で引き分けなんだ、プレイヤースキルは間違いなく俺の方が上だね」

 言い合うと、二人は声を上げて笑い合った。ひとしきり笑い合うと、マサキが差し出した手をトウマが掴んで立ち上がる。

「それじゃ、改めてよろしく、ってことで」
「ああ」

 トウマが握り拳を胸の前で掲げると、マサキも応じた。
 数ヶ月前は何かに阻まれるようにぶつかりあうことができなかった二つの拳は、今、ゆっくりと近付いていき――。
 そして、すれ違った。トウマの体がぐらりと揺れ、前に倒れる。必然的にマサキに寄りかかる体勢になる。

「おい、大丈夫か? おい!」
「……あれ、何だかフラフラして……」
「おい! しっかりしろ!! 馬鹿な……ここは圏内だぞ……!? 第一、こんな症状見たことが……」

 必死に肩を揺らすが、要領を得ない受け答えしか帰ってこない。
 とにかく一度宿まで運ぼうと、マサキはトウマに肩を貸した。
 その時。

「……ヒック」
「ヒック?」

 すぐ横のトウマの口から、しゃっくりのような声が漏れた。不審に思ったマサキがトウマの顔を覗くと、顔が頬まで赤く染まっている。しかも、不自然な刺激臭が時折ツンと鼻を突いてくる。

「……お前、まさか酔ってるんじゃないだろうな……?」

 マサキが恐る恐るそう尋ねた瞬間、それまで俯いていたトウマの顔がガバッとこちらをむいた。

「うるへー! こちとら酒飲んで酔っ払ってんだ、何がおかしいんじゃボケェ!」
「ほら、シャンパンくらいなら帰ってからいくらでも飲ませてやるから、ホラ歩け」
「マジ!? マジだな!? 俺覚えたからな!!」
「ああ、分かった、分かったから歩け……って、寝やがった…………ハァ…………」

 最早突っ込む気にもなれず、マサキは一つ盛大な溜息をつくと、いびきをかき始めたトウマを引きずってトボトボ歩き始めたのだった。


「……なぁ、マサキ……誕生日プレゼント……何がいい……?」
「プレゼント……?」
「…………」

 宿まで百メートルを切った頃、眠っていたはずのトウマが急に呟いた。驚いたマサキは立ち止まって問い直すが、聞こえてくるのは寝息ばかり。

「……寝言、か」

 マサキは苦笑すると、再びひんやりとした夜道を歩き出す。

「しかし、誕生日プレゼントか……何年ぶりに聞いたことか……」

 呟くと、マサキはもう一度苦笑を口元に刻み、目を細めながら空を仰いだ。夜の闇が横たわる天井には相変わらず星も月もありはしない。
 しかし、マサキの瞳は確かに、一筋の光明を捉えていたのだった。



 この日を境に二つの歯車が噛み合った物語は、今までよりも遥かに速く展開していくこととなる。
 ――速く回ればその分だけ、どこかに歪が現れる。
 そんな、至極単純なことさえ分からずに……。
 
 

 
後書き
 《風刀》スキルについて、少し補足説明をば。

 風刀スキル
 マサキが持つユニークスキルで、その最大の特徴は“型”が存在しないこと。よって攻撃側は自由に攻撃モーションを選択することができる。これにより初動で相手に技を見切られる危険がなくなり、さらにプレモーションやポストモーションも必要なくなる。
 しかし、その代わり攻撃モーションに少しの無理もあってはならず、無理な動作で攻撃を行った場合、技がキャンセルされて長い硬直時間が課せられる。また、技を発動している間は攻撃モーションを常にイメージしていなければならず、そのイメージが途切れた場合も同じように技がキャンセルされ、最初のイメージが弱い場合はそもそも技自体が発動しない。
 その上、技のモーションが自由に決められるということは、それだけ使い手の状況判断能力が優れていないと使いこなすことはできない。
 以上のことから、総じてプレイヤースキルに高い割合で依存する、ピーキーなスキルだと言える。

 ……長々と書いてしまいましたが、「即興でOSS(オリジナルソードスキル)を作って戦うスキル」と言えば少しはイメージしやすくなるでしょうか?
 意味わからん、という方は、感想などで仰っていただければできる限りの解説はするつもりです。
 もちろん他のご意見、ご感想、評価Pなども大歓迎です。

 では。 
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