剣の丘に花は咲く
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第一章 土くれのフーケ
幕間 破壊の杖
前書き
土くれのフーケ編終了です。
「「シロウ~!」」
士郎が気絶したロングビルを小屋の中から持ってきたシーツの上に寝かせていると、空から声が降ってきた。
「ルイズたちか、思ったより早かったな」
降りてくるルイズたちに向かい、士郎は軽く手を振って応える。
「シロウっ! 無事だったのね!」
ルイズが士郎に駆け寄ると、勢いそのままで士郎に抱きつこうとした、が―――
「シロっぶにゃっ!」
「シロウっ! 良かったわっ! どこも怪我はしてないわね!?」
士郎に抱きついたルイズを挟むようにキュルケが抱きついたことから、ルイズは潰された猫のような声を上げた。
「あなたが死んだらって考えると、生きた心地がしながっふぁっ!?」
キュルケと士郎に挟まれたルイズは、脱出の為、キュルケのボディに拳を叩き込むと、キュルケはお腹を抑えながら地面に膝を落とした。ルイズは倒れたキュルケを無視し、そのまま士郎に抱きつく。
「シロウっ、こんなに汗をかいて、よっぽど恐ろしかったのね!」
その僅か十秒にも満たない攻防に、士郎は冷や汗を流しながらもルイズたちに笑いかける。
「あっ、ああ。いや、まあ、俺は大丈夫だが……キュルケは、その……大丈夫なのか?」
「キュルケ? さあ?」
ルイズのまったく悪気のない様子に、士郎は冷や汗を更に流しながらもキュルケに手を伸ばす。
「キュ、キュルケ、大丈夫か」
「え、ええ。ありがとうシロウ」
ルイズはその様子を不満そうに見ながらも、あたりを確認して士郎を問いただした。
「それで士郎、フーケはどこ? もしかして逃げられた?」
「……“土くれのフーケ”は死んだ」
「「えっ」」
ルイズ達が驚きの声を上げるのを尻目に、士郎は地面に置いていたM72ロケットランチャーを持ち上げると、ルイズ達に見せた。
「最初は何とかなっていたが、段々と追い詰められてしまってな、咄嗟に“破壊の杖”だと思われるこれを使ったんだ」
「それで、ああなった?」
いつの間にか近くにいたタバサが、森が削り開かれている跡を指さす。
「なっ、なにあれ」
「うそ……何あれ……」
それまで士郎しか見えていなかったルイズたちが、タバサが指さした場所にやっと気付くと驚愕の声を上げた。
「ああ、これをどう使ったか覚えていないが、これの破壊に捲き込まれた“土くれのフーケ”が死んだことは間違いない」
「そう……」
士郎の言葉に少し疑問を感じながらも素直に頷いたタバサは、呆然と森の傷跡を見ているコルベールの背中に声をかけた。
「フーケはいない。帰る」
スタスタと自分の使い魔である風竜の元に歩いていくタバサの姿に、ルイズたちは置いていかれては困ると慌ててその背中を追いかける。
「ちょ、ちょっと待ってよタバサ」
「えっ、もう帰るの?」
仲良く一緒にタバサの背中を追いかけるルイズたちの姿を見て苦笑いを浮かべた士郎は、ロングビルを抱き抱えその後を追った。
「ふ~む、“土くれのフーケ”は死んだと」
士郎たちは風竜に乗って学院に戻ると、すぐに学院長室に赴き事の次第を報告すると、オスマン氏は長い顎鬚を扱きながら頷いた。
「はい。シロウくんが使用した“破壊の杖”に巻き込まれて死んだものと思われます……森が一直線に抉り削られていました……“破壊の杖”の名の通り凄い威力でした」
「ん、んん?」
頷きながら“破壊の杖”による破壊の跡の説明を聞いていたオスマン氏が、髭を扱いていた手を止め訝しげな顔をする。
「ふむ……それほどの威力とな……」
髭を扱くのを再開したオスマン氏は、意味深な視線を士郎に向けた。
向けられる視線に気付かないふりをしながら、士郎はオスマン氏の前に『破壊の杖』を置いた。
「これが“破壊の杖”でいいですか?」
「うむ、間違いないの」
オスマン氏は目の前に置かれた“破壊の杖”を確認し頷くと、ルイズたちに向き直った。
「フーケを捕まえられなかったのは残念だが、死んでしまったものはしょうがない。こうして“破壊の杖”が、無事に宝物庫に収まって一件落着じゃ。城への報告はわしがしておこう。」
そう言って、オスマン氏は一人ずつルイズたちの頭を撫でた。
「君たちの“シュヴァリエ”の爵位申請を、城への報告と共に出しておくからの。追って沙汰があるじゃろう。といっても、ミス・タバサはすでに“シュヴァリエ”の爵位を持っているから、精霊勲章の授与を申請しておいたぞ」
ルイズとキュルケの顔がぱあっと輝いたが、タバサの顔はいつもどおり、興味なさそうに無表情だった。
「本当ですかっ!?」
キュルケが驚いた声で言った。
「うんうん本当じゃよ。いいんじゃいいんじゃ、君たちはそのぐらいのことをしたんじゃからの」
喜色を浮かべるルイズ達だったが、はたと後ろに控えている士郎の事を思い出し、オスマン氏に恐る恐ると問いかけた。
「あの……オールド・オスマン。シロウには……?」
「残念ながら彼は貴族ではないからの」
申し訳なさそうに言うオスマン氏に対し、士郎は肩をすくめてみせた。
「別段気にしていない」
そんな士郎に、オスマン氏が視線だけで謝ると、ぽんぽんと手を叩いた。
「さてと、今日の夜は“フリッグの舞踏会”じゃ。このとおり事件は解決したことじゃし。予定通り執り行うぞ」
キュルケの顔がぱっと輝いた。
「そうよ! フーケの騒ぎですっかり忘れてたわ!」
「今日の舞踏会の主役は君たちじゃからの。用意をしておきたまえ。せいぜい着飾るのじゃぞ」
三人はオスマン氏に頭を下げるとドアに向かって歩いていく―――が、何故か士郎は動かずにいた。ルイズが付いてこない士郎に気付き後ろを振り返ると、士郎はすまなそうな顔で小さく頭を下げた。
「少し学院長と話があるんでな。先に行ってくれ」
ルイズは不満な顔を浮かべ何かを言おうと口を開いたが、士郎の顔を見て中途半端に開いた口を閉じて頷き、
「―――早く来ないとお仕置きだからねっ!」
悪戯っぼく笑ってみせると、ルイズはまだ不満顔を浮かべているキュルケの背中を押しながら学院長室を退室した。
士郎とオスマン氏だけが残った学院長室で、士郎とオスマン氏は向き合っている。
扉越しに聞こえていたルイズたちの声が遠く消え十秒ほど学院長室に沈黙が過ぎ―――最初に口を開いたのはオスマン氏であった。
「おお、そうじゃそうじゃ。ミスタ・シロウ。ミス・ロングビルはどうしたかね?」
「今は保健室で寝ています」
その言葉を聞くと、オスマン氏はニヤリと笑った。
「君の目から見て“破壊の杖”の力はどのようなものじゃったかな?」
「……驚きました。“破壊の杖”から光が出たかと思えば、森が破壊されていましたから」
「ふ~む、そうかの」
「ええ」
オスマン氏と士郎がそれぞれ腹にイチモツあるような笑顔で頷き合うと、オスマン氏が仕切り直すかのように咳払いをした。
「むっ、んんっ。ところで、ミス・ロングビルはどうしたものかの?」
「オールド・オスマンはどうするおつもりですか?」
首を傾げながらオスマン氏は少し考えてみせると、士郎に向かってトボけた顔で笑いかけた。
「わしはこのまま秘書を続けてもらえればの~と思っておるが」
「そうですか」
素っ気ない士郎の言葉に、オスマン氏は苦笑すると頷く。
「わしに出来ることはそれだけしかないからのう……」
どこか悲しげに呟くオスマン氏を横目に、士郎は窓から覗く、日が沈み、星が輝き出す空を見上げた。
「オールド・オスマンは……いつから知っていたんですか」
士郎の言葉に、オスマン氏は士郎と共に、窓から見える星を見上げる。
「何を……とは聞かんがの……。実を言えば気付いたのはつい最近じゃ……彼女の父親とは少しばかり付き合いがあったのじゃが、その頃はまだ赤ん坊じゃったからのう……」
ポツリポツリと呟くオスマン氏は、昔を思い出すように目をつぶった。
「最後に会ったのは、ようやく歩ける程度の子供じゃったからの、何も覚えておらんじゃろう」
口を挟む事なく、士郎はオスマン氏の話しを聞いている。
「わしが彼女の父親が死んだと聞いた時には、もう何もかも遅くての……彼女の行方はとんとわからんかった」
「なら、彼女とは何処で?」
疑問に、オスマン氏は士郎を悪戯めいた目で見た。
「なに、別に長年探して見つけたという話じゃなし。ちょうど秘書が辞めた頃にのう、秘書を探しに街の酒場に繰り出しに行った時に、妙に媚を売って来る良い女がおっての。これ幸いと尻を撫でてみるが、悲鳴一つ上げずにニッコリじゃ。こりゃわしの秘書になるため生まれてきた女じゃとの天啓を受けてのう。で、頃合を見て秘書にならないか言ったのじゃよ」
スケベそうな顔をして、ホッホッと顎ヒゲをしごきながら言うオスマン氏を、士郎は呆れた目で見る。
何故、秘書を探しに街の酒場に行ったのか? 何故、尻を撫でた際の反応で秘書を決めたのか? 等と言った疑問は後から後から湧いて出るが、士郎は一旦それを置いておき、まず伝えなければならない言葉を相手に伝えた。
「―――死んだほうがいいんじゃないか?」
士郎の言葉に対し、軽く咳をして仕切り直したオスマン氏は、士郎に向き直り真面目な顔をした。
「まっ、まあ。そう言う事じゃな」
オスマン氏の悪びれない姿に、士郎は顔を伏せると、片手を額に当て頭痛に耐えるような顔を浮かべた。伏せた顔の目を微かに光らせた士郎は、どうでもいいようなことを聞くようにオスマン氏に尋ねる。
「そう言えばオールド・オスマン、“破壊の杖”は貴族が持つ杖とは全く形が違うようですが、何か理由が?」
オスマン氏は何か考えるように目をつぶるった後、苦笑を漏らした。
「まあ、今回は何も報酬が無かったからの、礼の代わりじゃ」
オスマン氏は昔を思い出すように、天井を仰ぎ見ると語りだした。
「あれをわしにくれたのは、わしの命の恩人じゃ」
「命の恩人ですか?」
士郎は訝しげに聞くと、オスマン氏は、頷いてから話を続けた。
「もう三十年程前の頃じゃったか。森を散策していたわしはワイバーンに襲われての。そこを救ってくれたのが、あの“破壊の杖”の持ち主じゃ。彼はもう一本の“破壊の杖”で、ワイバーンを吹き飛ばすと、バッタリと倒れおった。怪我をしていてのう、手厚く看護したのじゃが、介護の甲斐なく……」
「死んだと?」
オスマン氏は頷いた。
「わしは彼が使った一本を彼の墓に埋め、もう一本を“破壊の杖”と名付け、宝物庫にしまいこんだ。恩人の形見としてな……」
目を細め、オスマン氏は遠い過去を見つめる。
「彼はベッドの上で、死ぬまでうわごとのように繰り返しておった。『ここはどこだ。元の世界に帰りたい』とな。彼はどこから来たのかのう?」
そこまで言うとオスマン氏は、士郎を鋭い目つきで睨みつけるようにして見た。
「ミスタ・シロウ、わしは“破壊の杖”の力を知っておる。“破壊の杖”には話に出た程の力は無い筈じゃ……さて、ミスタ・シロウ―――君は一体何をしたのかのう?」
士郎はオスマン氏を一瞥すると出口に向かって歩き出した。
「ミスタ・シロウっ!」
責めるようなオスマン氏の声に、扉のノブに手をかけた士郎は、わずかに首を振り向かせオスマン氏を見た。
「なに―――少しばかり格好つけただけだ」
後書き
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