ネギまとガンツと俺
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第5話「日常」
ネギが教育実習生として学校にやってきて5日、つまりタケルが副担任としてやってきて4日目の昼休み。いつものようにネギの事務仕事を手伝っていたとき、二人の生徒が教室に駆け込んできた。
――和泉 亜子と佐々木 まき絵か。さっき外でバレーをしていたとはずだが?
何の用だろうか、とタケルが見守っていると彼女たちはネギとタケルの側までやってきて口々にはやし立てた。
「こ……校内で暴力が……!」
「見てください、この傷! 助けてください先生!!」
と、おでこに張られた絆創膏や薄く赤くなった手を見せて騒ぎ立てる。
誰がどう見ても、苛めどころかバレーで負った傷としか思えない。
――ここは幼稚園か。
頭を抱えたくなったタケルがあからさまなため息をつくのと同時、「そ、そんな! 誰がそんな酷いことを!?」
ネギが立ち上がり「連れてってください!」と二人を連れて走り出した。
「ちょ……おい」
タケルの声は聞こえなかったのか、「タケルさんも早く!」とだけ言い残して教室から出て行ってしまった。
「……勘弁してくれ」
面倒くさげに首を振り、それでもトボトボと校庭へと向かうタケルだった。
タケルが現場に辿り着いた頃には女子高等部の生徒と2-Aのクラスの生徒が掴みかからんばかりの勢いで口げんかを始めていた。それを止めようとネギが慌てふためいて何かを言っているのだが、どうもその言葉は効果がありそうにない。
「……」
状況整理に数秒を費やし、理解する。
――単なる先輩の横暴といったところか。
「……本当に幼稚園か」
嘆くように呟いたタケルだったが、なぜかその声が聞こえたらしい。リーダーらしき女子高生が口げんかをピタリと止めて、こちらへと歩み寄ってきた。
「……」
特に身じろぎもせずに彼女の制服を見つめる、腕部に施された学章の色から高等部2年生だということがわかる。
――年上か……厄介だな。
これがまだ同い年ならば説得のしようもあったかもしれないが、彼女達がタケルよりも年齢が上だというのならばまた話が違ってくる。
――どんな話をしても癪にさわるだろうし。
もはや他人事のように考えるタケルの目の前で止まった女子高生のリーダーはジロジロと彼を見回し、不意に嘲りの口調で笑った。
「……あなたが最近噂の地味な副担任の先生ね?」
リーダー女子高生の後ろで2-Aのクラスの女子達が「な」と固まり、すぐに怒りの表情を見せた。
このままでは彼女達が怒鳴ってしまうことを察知したタケルが先手を打って言葉を返す。
「ああ、多分俺……だ」
――一応生徒と先生だしここはため口でいいんだよな?
普段結構無愛想で言葉も短めなくせに言葉遣いは本人的に気になることらしい。
「フフ、本当に地味だこと。こんな先生が副担任だなんて、2-Aのお子ちゃまはともかく、ネギ先生が可哀想だわ!」
タケルの葛藤は彼女にとっては別段気にする必要のあることではなかったらしい。ズビシと効果音をつけたくなる程、見事な形で指をタケルの目の前に突きつける。
「ふざけんじゃ――」
アスナが我慢できずに話しに割って入ってきたところを目で止める。その目は優しい色を帯び、軽く微笑んでいるようにすら見える。
いつもは無表情で、4日間学校にいる中でも1,2度しか彼が表情を変えたところを見たことがないという。
そんな彼が優しい目をしている。それだけでアスナも含めた2-Aの女子生徒たちにとっては驚愕すべきニュースなのだ。
アスナも例に漏れず、愕然としてしまった。怒鳴ろうとしたその声は完全に止まり、続きを失った。
「……まぁ、それはいいとして」
「「いいの!?」」
なぜか今度は女子高生たちが反応した。
――もっと別の反応をすると思っていたのだろうか。
「君たちが無理やり場所を取ろうとしたって所は間違いないか?」
馬鹿にされた内容を無視して問題の根本を尋ねるタケルに「な」と、リーダーが驚きの声を短くあげる。
2-Aの生徒達がウンウンと頷く中、リーダーはニヤリと笑みを浮かべた。
「いえ、まさか!」
大仰に腕を振り、体をくねらせて芝居がかった口調で言葉を続ける。
「この世界は弱肉強食。だからこそ、彼女達よりバレーが強い私達がその場所を奪うことによって、その社会の実体と厳しさを教えてあげていたの」
「……」
――ええ~~!? え、何だ、この言い訳は。バカなのか、彼女達はバカなのか? いや、だってそうだよね、そうとしか思えないよね! え? だってこんなの通るわけないって分かるよね? ねえ!?
つい無言になってしまったタケルに、何を勘違いしたのか。リーダーは「ほら、あなた達の副担任の先生も認めているわ! わかったらほら、どいたどいた」
ネギを抱きかかえて2-Aの女子達を外へ引っ張っていこうとする。
「そんな!」
「タケル先生!!」
本当に悲しそうに首根っこを捕まえられて引っ張られていく彼女達の顔と「あ、ちょ、まって」と言いつつも女子高生徒たちにもみくちゃにされるネギの姿にため息をつく。
「待った」
短い言葉で、だが確かにタケルが言う。
「……さっきの言葉は本気で言ったのか?」
タケルの確認に、リーダーは一旦「?」と首を傾げたものの、すぐに得意な笑みを浮かべて頷く。
「ええ、もちろん」
「だったら、どくのは君たちだ」
「は?」
「より強い人間がこの場所を得られるというのなら、君たちよりもバレーが上手な俺がこの場所を得られるということだ。そして俺はこの娘たちにバレーを教えるところだった。だから君たちがどかなければならない」
それが君達のいう社会の厳しさだろう? とリーダーに向き直る。暫しの間ポカンとしていた彼女達だったが、すぐにほとんど全員が大声で笑い出した。ネギや2-Aの生徒達もオロオロしている。
なぜ彼女たちが笑っているかが分からないタケルが疑問を口にする。
「……何かおかしいことを言ったか?」
その質問に、むしろ馬鹿にされたと勘違いしたリーダーがキッと厳しい顔を見せた。
「ええ、おかしですわ! あなたが私達より上手? そんなわけがあるはずがありませんわ! だったらその証拠を見せていただきます」
言い終わるや否や、誰かが高くに放り投げたボールをリーダーが激しいアタックを打つ。ボールは凄まじい唸りを上げてタケルに向かう。そのボールを、タケルは身構えて、そして――
「!!」
次の瞬間、静寂に包まれた。
「これで、俺の勝ちだ」
少々自慢げに言うタケルに、アスナが言いづらそうに「あの、先生?」
「何だ?」
「ルール間違ってます」
「……何?」
その言葉はタケルにとって衝撃的なものだったらしい。タケルにが見事にキャッチしていたボールは、彼の手からこぼれ落ち、女子高校生たちはどっと笑い出した。
「あなた達の副担任は地味なだけでなく常識すら知らないの? お似合いね!」
と今度こそ本当に場所を独占しようと動き出す。もうそれに反抗する気力もないのか、それとも情けないタケルの姿にショックを受けたのか。2-Aの生徒たちも何も言わずに歩き出した。
「……待った」
「まだ何か?」
少し面倒くさくなったのだろう、苛立ちを見せ始めたリーダーに、タケルはだが臆面もなく言い放った。
「俺の攻撃は?」
「はい?」
「俺の攻撃が終わっていない。それを見せなければ俺の実力はわからない」
「……く」
屁理屈を、と何人かがいらだたしげに呟いた。2-Aの生徒達は既に期待の目をしておらす、むしろ心配そうな目をしている。
「いいわ、あなたのアタックを私が受けきれば大人しく出て行ってもらうわよ!?」
「ああ」
自身満々に答えたタケルが足元のボールを拾い上げ、ジッと見つめる。そして申し訳なさそうに「スマンが」と切り出した。
「何球か練習してもいいだろうか?」
「……いいわ、早くなさい」
もはや、苛立つのも疲れたのか、リーダーはため息をついて頷いた。
「助かる」
その言葉に、タケルは無表情だった顔を一変。愉快そうに笑った。その笑顔に、その場にいた2-Aの女性徒、端から順に和泉 亜子、佐々木 まき絵、大河内 アキラ、雪平 まどか、神楽坂 明日菜、明石 裕奈。
この6名がその笑顔に魅入られた。
まるで悪戯をしたかのような、そんな子供っぽさを残しつつ、それでも普段の凛とした雰囲気を醸す笑顔は、彼女達にとってネギでは見ることの出来ない類のそれでもあった。
ネギはたまに、子供らしからぬ大人びた顔を見せる。それがまたいいのだ。だが、今回はその逆。普段は鉄仮面のごとく無表情でいる彼が見せた子供のような笑顔。
ネギにせよタケルにせよ、いわゆるギャップ効果というやつだ。
だからこそ、見ほれてしまう。
「誰か、ボールを数球とってきてもらってもいいか?」
「……」
その言葉に、誰も反応しない。困ったように「誰か?」とタケルがもう一度声をかけたところで、やはり誰も反応しないことにネギが気を利かせた。
「あ、じゃあ僕が!」
と体育館の倉庫に取りに行った。
ちなみに、このとき、2-Aの生徒達は無視していたのではなかった。完全に固まっていたのだ。見慣れないものをみたせいで、魅入られたのか。
それは彼女達にしか分からない。
「ふふ、生徒達にまで見離されて、ほんとに滑稽ね」
完全に馬鹿にされているのだが、それを聞いていないのか、それとも無視しているのか、タケルは無表情でネギを待つ。
1分もせずにネギがボールを新たに3球ほど持ってきた。
「スマン」
小声でネギに礼をいい、ボールを自分の足元に置く。一球だけを片手に持ち、数秒だけ目を閉じた。それは瞑想しているようにも見える。事実、その場にいた全員がそう思っていた。だが、タケルの内心は全くの別事に。
――どれ位の力で打てばいいんだ?
タケルが本気で考えている間に、ネギに頬をはたかれた女性徒たちが我を取り戻していた。
「……先生」
不安そうな声をあげている。
「どうせ、ヘロヘロな球しか打てないんでしょ?」
クスクスと笑い声が聞こえる。誰もが、固唾を呑んで見守る中、遂にタケルは動いた。
ボールを軽くあげて、ジャンプをせずに打ち込む。元々タケルの運動神経など普通程度。経験もないバレーでそんな危険を冒すわけにもいかなかった。
腕が振るわれた。
バンという音が響き、誰もがボールの行方を失った。
「……強すぎた」
ただ一人、悔しそうに呟くタケルを除いては。
リーダーが先程のボールのことを聞こうと一歩出たところで、何かが頭にぺたりと張り付いた。
「?」
それを手に取り、見つめること数秒。それが何であるかに気付いた彼女は絶句した。周囲の仲間たちは未だにボールを見失っている。おそらく何がおこっているのか分かっていないだろう。
「これぐらいか?」
タケルの声が小さく響いたと思ったらふたたび先程の破裂音が響いた。
また、消えた。
「……!」
途端に蒼くなる彼女の顔色。今度は見えたのだ。
バンという音が耳に届くと同時、ボールが破裂。しかもほとんど粉々に消え去った。
ボールが弾かれたものとして見るから見失う。そうではなく、タケルの振るった腕がボールを破裂させていると思えばいいのだ。ジッと手だけを追っていればそれが見える。
2つ目の練習の後、何か掴んだのか「わかった」と短く呟いたタケルがまた、ボールをあげた。三度振るわれた腕がボールを捉え、今度は破裂させずに見事に打ち出した。
「よし」
小さく満足気な声が全員の耳に届いた。
打たれたボールはリーダーの足元に落ち、バンという音と共に炸裂。地面を穿ち、粉微塵と化した。
誰もが状況を認識するのに数秒を要した。
打たれたボールが消え、大きな音と共に地面を穿った。
つまり、ソレがさすところは――
「……こんなところか」
冷静に呟いたタケルが最後の一球を拾い、言う。
「さあ、やるか」
「……」
真っ青な顔をした彼女達がフルフルと首を振る。
――あんな球を受けたら死ぬ。
その時、誰もが考えただろう。
「失礼しましたーー!」
脱兎の如く逃げ出した女子高生達。
「……よし」
タケルが呟き、残ったネギと生徒達と向き直る。と、そこで少し異様な雰囲気が出来上がりつつあることに気付いた。
「先生?」
何故か、生徒達の視線が熱い。
「……な、なんだ」
ジリリとにじり寄る生徒達に本能的に少し身を退く。だが、それは無駄だった。
「先生、かっっこよかったやん~~!!」
「素敵でしたわ!!」
「さっきの笑顔もう一回見せてください!!」
「ちょ、ま――」
ぐいぐいと顔を弄られたり抱きしめられたりして、顔を真っ赤にするタケル。「ね、ネギ」と救いを求めた唯一の人物もなぜか、タケルにくっついていて「格好良かったです!」と涙を流している。
「……キミたちにも言いたいことが」
頑張って先生としての勤めを果たそうとしてみるが、どうやらそれは聞こえていないらしい。
全員が美少女と言っても過言ではない生徒達に、しかも6人に抱きしめられているという、羨ましすぎる彼は、だが呼吸が出来なくて、柔らかい幸せな感触を堪能することができずにいた。
ガンツスーツを着ているのだから簡単に引き剥がせるんじゃないだろうか、と考えた君たち、それは甘い。バニラアイス3口分よりも甘いぞぉ!? なぜなら、女性徒6人に抱きつかれているのだ!
柔らかいのだ! これでいいのだ!
「し、しぬ」
――これが幸せ死だろうか。
少しずつ薄れかけていく意識を必死につなぎとめながら、彼はそう思った。
その後、昼休み終了のチャイムが鳴り、冷静さを取り戻した彼女たちが恥ずかしげにその体を離したところ、意識を失っているタケルが発見された。
すぐさま保健室に運び込まれた彼だったが、その日はダウンしたことは言うまでもない。
昼休みが終了し、次の授業は体育のバレーだということで体操服に着替えつつ、女子達が会話に華を咲かせていた。
「さっきのタケル先輩、すごかったね!」
「……うん」
「確かに、変わったところはあるけど、たよりになるにゃ~」
先程の高等部との場所の取り合いでタケルのことだ。話をしているのは当然、その場に居合わせた面子である。
「しかも、あの笑顔!」
「そうそう!」
「確かに、あれは何かぐっと来たよね!」
「普段が鉄仮面なだけに、時々見せるああいった表情は余計に反則級に感じますわね」
と、少し思い出したのか、顔を赤くさせる。半ば興奮している彼女達を観ていた木乃香が隣で着替えていたアスナに尋ねる。
「何かあったん?」
「ん、高等部の場所のとりあいで」
「ネギ君はちょっと情けない感じだったかなー」
そんな会話をしながらも体操服に着替え終わった、女子達は屋上に向かう。その後、屋上でまた先程の女子高生たちと一悶着があったが、それはまた別の話。
ちなみに。
無事にクラスに戻ったタケルに、2-Aの女子生徒の大半が「先生、笑って~!」と押しかけられた結果、またもや保健室送りになったというのも、単なる余談。
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