ソードアートオンライン 弾かれ者たちの円舞曲
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第陸話 《毒と剣》 〜前編〜
前書き
前回、前々回に続いてオリジナル要素を多分に含んでいます。
その要素を許容できない方は、あまりお勧めできません。
一応ですが、第ろく話です。りく話ではないですよ?
私はその日も普通に学校に登校して、普通に授業受けて、だべりながら給食食べて、休憩時間に皆と何も考えずにはしゃいで、放課後にまた遊んで、自由で、とても楽しかった。
でも部活が終わって帰ってみると、私の住んでいたアパートが、燃えていた。
ごうごうと音を立てて、ひたすらに燃えていた。
燃えているアパートから出てきて、呆然と自分の居場所だったアパートを見ているだけしかできない住民達の一人に聞くと、二時間前から鎮火作業が行われているが一向に消える気配はないとのことだった。
アパートの住民達は見ていることしかできない自分に歯噛みする者、この事態を未だ理解できない者、思い出の場所がなくなったことで泣き崩れる者、それぞれ反応は一者一様だったが、それでも私は気付いたことがあった。
お父さんと、お母さんがいない。
今日は平日だったけど、二人共が休みをとっていて、私が誕生日だったこともあり、私が帰ってきた後に三人で美味しいものを食べに行こうと約束していたのだ。
そうだ。なら、どうして二人共いないの?
その理由は、もう分かっている。
でもそれを肯定したくなどなかった。
必死にその可能性を否定しても、それを拭うことなどできはしない。むしろ大きくなっていくばかりで、否定は愚か、頭の中では既に肯定してしまっている部分もある。
両親は、あの炎に焼かれて死んだのだと。
おぼろげながら、消防員達の静止を振りきって二人の元へと行こうとアパートへ走ったことを覚えている。
それから先は、あまり記憶が無い。
それから私は病院で目を覚まして、謝りに来た消防員の一人に酷いくらいの八つ当たりをしたことはしっかりと覚えている。
お父さんとお母さんを返して、と。
お前達がもっと早く来ていれば、私の大切な人は死ななかった、と。
お前達が私の大切な人を奪ったんだ、と。
消防員に叩きつけるように言った後、視界が炎で染まり、燃え上がる炎の中に立って背中を向けた誰かが私に微笑みかけてくる。
誰かなんて分からない。でも、何処か、懐かしい人だった。
そいつは背後の私にちらりと微笑んだまま目をやって、言った。
「ーーーーお前は、生きろよ」
○●◎
「…………夢、か」
ベッドから身を起こして、チルノは小さく呟いた。
懐かしい夢を見た、と今更になって思う。
「(あの夢はお祖父さんの所に行った時には、もう見なくなってたわね……。正直、見たくなんてなかったけど)」
寝間着用の簡素なチュニックを除装し、愛用している軽鎧を装備する。
あの光景は、浅霧散乃の人生を大きく曲げた出来事だった。
あれさえ無ければ、散乃は今頃この世界にいなかっただろうし、そもそも今頃は普通に学校に行っていただろう。
しかし、この世界に来なければ、シキやシン、アティとも出会うことは無かっただろう。
「人っていうのは難儀よねぇ……」
微かに苦笑して、六本の片手剣を呼び出し、それを一本の両手剣に統合して背中に背負う。
チルノの長いようで短い一日は、こうして始まった。
○●◎
いつものように依頼無き日々をどうやって過ごそうかと宿屋のフロントでぼうっとしながら朝食を食べていると、唐突に声をかけられた。
「おい」
面倒臭そうな挙動で声をかけられた方を見ると、そこには男が三人立っていた。
男達は頭髪の色や髪型、顔の形などは違うものの、全員が全く同じデザインの胸に大きな瞳が描かれた濃紺の服に身を包んでいた。
「…………」
「少々質問をいいか? 探し人がいるんだ。こんなヤツなんだが」
チルノの沈黙を了承と受け取ったのか、リーダー格と思われる男が同じ少女の写真をいくつかテーブルの上に放り落とした。
「……見たことないわ」
写真の少女は黒の帽子を被り、くすんだ桃色の髪に黒と白が基調となった服を着ていた。
一枚一枚を手に取ってみても、その写真に映る少女にチルノは見覚えがなかった。
「ちなみに彼女の名前教えてくれない? あと、一枚もらっていい?」
写真を全て腰のポーチに放り込み、リーダー格の男はチルノに背を向け、入り口の扉を開け放って出ていった。
チルノはしばらく男達の出ていった扉を睨めつけるように見ていたが、やがてぼそりと呟いた。
「ーーーーどう思う?」
「それがさっきの奴らのことなら、アイツらは恐らく殺し屋、もしくは暗殺者連中だろうな」
独り言のような声量にも関わらず、それに即座に声が帰ってきた。
「カーソルは緑だったわよ?」
「仲介人のようなものだろう。アイツらみたいのがいないと仕事が成り立たないしな」
暗殺者の仕事は要は誰かの依頼を受けて人を殺す。
そのため依頼を受ける方法は彼らのアジトに直接赴いてもらうか、もしくは街に仲介人を置き、それを通して依頼を知るしかない。
人員や手間を省くならば前者、安全な方法を求めるなら後者を選ぶだろう。
「この娘については?」
「さあ? 少なくとも俺は知らん」
声の音源はチルノの背後で背を向けて椅子を軋ませている少年で、彼に向かい合う形でマントを被った一人の少年が何喰わぬ顔で魚が挟み込まれたハンバーガーのようなものを食べていた。
「で、どうするの? 団長さん」
「決めるのはお前だ。今回厄介事に巻き込まれたのはお前だからな」
少年はウェイターが持ってきたフレンチ風の朝食を口に運びながら言う。
「好きにしろ、って?」
「ああ。少なくとも俺がお前ならそうする。手助けが必要か?」
いらないわ、と薄い笑みを浮かべながら言って、チルノは宿屋の外へと出た。
○●◎
外に出たはいいものの、先述の通りチルノは被写体の少女を見たことは一度も無い。
どこにいるのか分からないのであれば、情報屋に頼むか、もしくは自分の足で稼ぐか、だ。
足で稼ぐのは非効率過ぎる。今までの階層を全て回って、その上全ての街を調べなければならない。
ならば、
「あの情報屋を頼るのは嫌なんだけど……。仕方ないのかな」
溜息が出るほどの憂鬱だが、そうも言ってられない。
すぐにアルゴへメッセージを送信し、返信を待つ。
メッセージの内容は当たり障りのない、『会いたいのだけど、どこにいる?』というものだ。
果たしてその返答は、『今第十二層主街区のNPCレストランにいる』と返ってきた。文面から察すると、アルゴから向かう気は無いらしい。
「……まったく、本当に面倒だわ」
○●◎
「いや〜わざわざ呼び出しちゃって悪いネ!」
のNPCレストランで緑色のスパゲティーを口に入れているアルゴは、ボックス席の正面から向かい合うかたちのチルノに罪悪感皆無の声で喋りかける。
やってきたウェイターをドリンクだけ注文し、アルゴに向き直る。
「で、知ってるの?」
「知ってるヨ。但し、700コル」
ウインドウを呼び出し、金貨の入った小さな袋を叩きつけるようにテーブルに置く。
「おおう……。出し惜しみしないネ」
こんなのはした金じゃない、と僅かな苛立ちを表情に映した。
その苛立ちが何を理由に出て来たのかは、よく分からなかった。
「分かってるヨ。速く喋れって言うんだロ? それじゃ、簡単にだけど……」
一旦声を途切らせ、ウェイターが来たことを指で示す。
ドリンクを受け取り、ドリンクをすするのを確認してからアルゴは話し始めた。
「……まず、名前はミスティアだヨ。君らと同じみたいだけど、最前線には出てないから知名度は低いネ」
「同じ、って……まさか」
そのまさか、とアルゴは指を立てる。
「ミスティアはバグプレイヤーだヨ。どんな能力かは……知らないけどネ」
肩を竦めるアルゴをよそに、チルノは頭の中で思考を展開する。
「(ミスティアがバグプレイヤーであることを妬んで誰かが暗殺者に依頼した? それとも単純にそれを知らない状態で狙われた?)」
「……どうかしたカ?」
チルノは半ば無理矢理に思考を中断させ、アルゴに続きを促した。
「それ以外はあんまり情報は無いネ。どこかのギルドに入ってたってわけでもなさそうだし、前線に出てたわけでもない。どうして能力が露見したのかもよく分からないネ」
お手上げ、というように両手を上に持ち上げた。
「居場所は知ってる?」
「知ってるケド……。300コルだヨ」
そう言ってにんまり笑顔で手を出してくるアルゴ。
チルノは大きく溜息を吐き出して、その手の上に300コル分の金貨を勢い良く叩きつけた。
まいど、とコルをウインドウに入れ、アルゴは開口する。
「十層主街区の《テルミナ》で目撃情報があったヨ。何でも歌を歌ってるとか何とか」
「歌?」
そう、とアルゴは頷く。
「何でも物凄い上手いらしいけど、聞いたことないから分からないネ」
「そ。情報有難うね。今後もいい情報があったら買わせてもらうわ」
ドリンクを一息に飲み込み、アルゴへと背を向けようとした直後だった。
「ところでちーちゃんヨ」
アルゴが何気ない声でチルノを呼び止めた。
「誰がちーちゃんよ。誰が」
「アサシン組織って知ってるカ? 有名な殺人代行集団らしいんだガ」
チルノがアルゴに振り返ると、彼女がよく分からない笑みを浮かべていた。
「まぁ、知ってるわよ。それが?」
「最近、動きが活発になっているらしいから気をつけてナ。無用の心配だと思うけどネ」
「貴重な情報有難う。気をつけさせてもらうわ」
アルゴに背を向け、出口の扉を開け放って主街区へと繰り出した。
○●◎
「おい」
暗闇の中からかけられた声に、ゆっくりと振り返る劇役者風の男。
声のした方向には一人の少女がいた。
緑の瞳に、桃色の頭髪の上にちょこんと帽子が乗っており、服装は冬用の学生服のようなものを着ていた。
「おや、君だったか。彼らはお気に召したかね?」
いんや、と首を振る少女。
「アイツらはどうも脆すぎる。オレが一撫でしたら大概壊れた」
「大概、ということは壊れていないのもいるということかね?」
「二回目で壊れた」
残念そうに肩を竦める少女。
「ふむ……。まだ弱い、と?」
「いや、どうだろうな。人間は所詮、皆こうなのかもしれないとすら思うからなー……。弱いくせにを強がって、んで死にそうになったら命乞いをする。下らんね。本当に下らん」
彼女は先程まで三人のプレイヤーを一度に相手にしていたはずなのだが、それすら『下らん』と評する彼女の戦闘能力は、はっきり言えば異常だ。
少女は不敵に笑いながら、劇役者風の男をにびしっと指を突きつける。
「それで何だが、お前のお気に入りのヤツとーーーー」
「残念だが、それは無理だよ。私にも予定がある」
ちぇっ、と少女は不貞腐れた風に床を蹴った。
たったそれだけで床が大きなヒビが走ったが、そんな程度のことは気に留めないとでも言わんばかりの態度で少女は続ける。
「それで? 脚本は順調に進んでいるのか?」
「勿論、順調じゃないさ」
「そうか。それは良かった」
かっはっはと快活に笑う少女につられるように、劇役者風の男もくつくつと笑い出した。
後書き
斬鮫「今回はここまでです。何故かと言うと、どこで切ったらいいか分からなくなりまして、こんなところで切りました」
チルノ「所でまた新キャラ? 多すぎない?」
斬鮫「大抵死にます」
チルノ「わーお」
斬鮫「オリキャラは犠牲となったのだ……。作者の陰謀、その犠牲にな……」
チルノ「はいはい。次が後編になる予定だけど、例の如く中編ができるかもしれないわね。こんな所で切ったら」
斬鮫「デスネー。一体誰がこんなことをしたんでしょうね?」
チルノ「お前だろうが!!」
斬鮫「ぎゃぁぁぁ!!」
チルノ「では皆さん、今回もご覧下さって有難う御座います。ではでは、次回まで首を長くして待ってくださると有難いです。さようなら」
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