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オテロ

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第一幕その七


第一幕その七

「他の者はそれぞれの家に帰れ。わしは城壁に人影がなくなるまでここで見ておく」
「はい」
「それでは」
 他の者達はオテロに一礼してからその場を後にする。場に残ったのはオテロとデズデモーナだけになった。オテロはここに至りようやく落ち着いた顔になった。それで言うのだった。
「暗い夜の中にわしの怒りの心もあらゆるざわめきも消える。夜の抱擁の中に静けさを取り戻したのだ」
「静けさをですね」
「そうだ」
 デズデモーナに対して答える。
「大いなる怒りの後に待っているのは大いなる愛だ」
「オテロ様」 
 デズデモーナはいとおしげにオテロに声をかけた。
「どれ程多くの苦しみと溜息、それに望みが私達を今に導いたのでしょう」
「憶えてはいない」
 首を小さく横に振って述べる。
「もう。どれだけさえも」
「左様ですか」
「色々話したな」
「亡命中の生活や勇ましい出来事、それに長い間の苦しみを」
「そうだ」
 妻のその言葉に頷く。
「私はその話に聞き惚れました」
「幾多の戦いがあった」
 オテロは軍人だ。しかも叩き上げである。だからこそ多くの戦場を生き抜いてきているのだ。そのことを今思い出していたのだ。
「剣戟の響きに敵が死守する場所への突撃に。城壁を登る強襲に風を切って飛ぶ矢」
「そして貴方の故郷のこと」
 ムーア人である彼の故郷だ。
「惨い太陽が照らす荒地や熱の砂漠ですね」
「奴隷になったこともあった」
 彼はそれも脱しているのだ。
「わしの話でそなたは熱い涙を流しその唇から溜息を出し」
「貴方の暗いこめかみの中に貴方の光り輝く美しい心を見ました」
「わしの心に祝福すべく栄光と楽園、そして星達が舞い降りてきたのだ」
 恍惚として上を見上げての言葉だった。
「そなたはわしの不幸故にわしを愛しわしはそなたの憐れみ深い心故にそなたを愛した」
「私は貴方の不幸故に貴方を愛し貴方は私の心故に私を愛してくれた」
「そうだ」
 妻のその言葉に頷く。
「死を、来るがいい。そしてこの抱擁のさ中に、この最高の時にこそわしを捉えるのだ」
「神が苦しみを消して下さり」
「この様な心の喜びを恐れる」
 オテロのその引き締まった顔に微かに脅えが走った。嵐はもうとうの先になくなり空には星達が瞬いている。青い月が優しい光を放っている。
「この様な時はもう来ないのではないか」
「何故そのようなことを」
 デズデモーナはそのオテロの不安を察して問う。
「気のせいか」
「きっとそうです」
 清らかな笑顔と共に述べた。
「ですから。もう」
「そうだな。それでは」
「帰りましょう」 
 優しい声で夫を誘う。
「私達の愛の中へ」
「うむ。それでは」
「愛はどれ程年月が経っても変わるものではありませんから」
「そうだな」
 夫として妻の優しい言葉を受けた。
「それではな」
「はい。それでは」
 二人は静かにその場を後にした。もう夜は静まり騒ぎも消え失せていた。ただ星と月達がその紫苑の夜空にその輝きを見せていたのであった。
 
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