オテロ
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第三幕その六
第三幕その六
「確かにその方がいいな」
「では私はカッシオを」
「あの男を殺すのだな」
「その通りです」
ここでも忠臣の仮面を被っている。
「閣下の為に」
「よし、それではだ」
オテロはイヤーゴの忠義に感じ入った。少なくとも彼はそう思った。
「そなたを今日からわしの副官にしよう」
「有り難き幸せ」
「うむ」
恭しく一礼しながら心の中でほくそ笑む。まずは第一の目的を果たしたことに満足したのだった。そのうえで言葉を続ける。
「それでは閣下」
「何だ」
「もうすぐ大使の一行が来られます」
それをオテロに告げるのだった。
「そうだな。お迎えせねば」
「そしてその場に奥様を」
「あれをか」
「そうです。奥様がおられないと何かと疑いがかかります」
「そうだな」
オテロとデズデモーナは彼女の父の猛反対とヴェネツィア中の驚きをもって迎えられたのだ。それだけによく知られた仲である。そのデズデモーナがいないということはそれだけで疑いをかけるものだったのだ。
「ではあれも」
「はい。それでは」
こうして話はまとまった。イヤーゴは一礼しその場を後にしオテロも己の仕事に入った。城内の大広間は華麗な装飾で飾られていた。絹の白いカーテンに黄金色の像にギリシア神話の絵画が大きくかけられその絹の豪奢な服を着た人々が集っていた。天井にはシャングリラの光がある。そこで人々は貴族の服にマントを羽織った黒い髪の美丈夫を歓待していた。この大使はヴェネツィアの貴族でロドヴィーゴといった。
「ようこそ来られました閣下」
「お待ちしておりました」
オテロとデズデモーナが彼を出迎える。二人の後ろにはそれぞれ多くの者が並んでいる。イヤーゴやカッシオ、エミーリア達もそこにいた。
「はい、総督」
ロドヴィーゴもまたオテロににこやかに応えて一礼する。それからその手に持っている羊皮紙を開いて厳かにこう告げるのであった。
「ヴェネツィア政府並びに元老院はキプロスの勝利の英雄に敬意を表します」
「はい」
「私は貴方に政府のメッセージを持って来ました」
「私にですか」
「そうです」
オテロに対して述べる。
「そして奥様にも」
「有り難うございます」
これは普通に文書にある言葉だったのだがオテロは今の言葉に眉を不吉に動かすのだった。しかしそれはロドヴィーゴには見えない。
「貴女に神の御加護がありますように」
「有り難うございます」
デズデモーナはそれに一礼してからまた述べた。
「神様がお聞き届け下さいますように」
「奥様」
そのデズデモーナにエミーリアが囁いてきた。
「御気分が優れないのですか?」
「それは」
デズデモーナは曇った顔でそれを言わない。しかしエミーリアはまだ彼女を気遣っていた。
「気にしないで」
「左様ですか」
「閣下」
彼女達の前ではイヤーゴがロドヴィーゴに恭しく一礼していた。彼の前ではあくまで実直な武人なのだった。その素顔は決して見せはしない。
「お久し振りです」
「君も元気そうだな」
「はい」
ここでは親しげな話が交えさせられた。
「ところでカッシオ君は?姿が見えないが」
「総督の御機嫌を損じまして」
「ううむ。それはまた珍しい」
オテロが機嫌を損ねているということがだ。彼の中ではオテロはあくまで実直な軍人なのだ。
「閣下」
「奥様」
デズデモーナが出て来た。
「私はお許しがあると思っています」
「何だと」
それまでロドヴィーゴが手渡してくれた公文書を見ていたオテロの顔が不吉に震えた。
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