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オテロ

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第三幕その四


第三幕その四

「休養ができまして」
「そうだったか」
「はい。ところでどうしてこちらに」
「奥様がここにおられると思って」
 イヤーゴに答えるが妻の名を彼の口から聞いたオテロは無言で顔を強張らせた。
「やはり」
「もう一度奥様とお話ししたいのだ。私がお許しを得られるかどうか」
「まあ待たれることですな」
「待つのか」
「はい。気分を転換させて」
 優しく親しげにカッシオに声をかけながら彼を柱廊のところに連れて行く。オテロがいるのをはっきりとわかってのことである。そこで足を止めてカッシオに対して問うのだった。
「ところでですね」
「何だ?」
「あの方のことですが」
「あの方か」
「そう、あの方です」
 親しげに笑いながら友人の仮面を被ってカッシオに声をかける。
「あの方とのことですが」
「ああ、あいつか」
「あいつだと」
 オテロはカッシオがデズデモーナをあいつと言ったと思った。思ったのだ。
「実はな」
「ええ」
 カッシオは嬉しそうににやける。そのにやけた顔もオテロは見ていた。
「悪党が勝利を誇り笑う。あの笑いには我慢できない。だが」
 それでもオテロは我慢するしかなかった。だから彼も自重するのだった。
「口付けにも泣き言にも疲れてしまったよ」
「おやおや、それは」
 カッシオは今度は泣きを入れるがイヤーゴはそれを笑ってフォローする。
「他の方に心移りしたとか?」
「違うよ」
「では」
 ここであえてオテロに聞こえないように小声で尋ねるイヤーゴであった。
「ビアンカさんのことは」
「それはだ」
「ええ」
 カッシオも自然と小声になる。オテロはそれを聞き取る為にそっと二人に近付く。カーテンに隠れながら。イヤーゴはオテロのその動きを横目で見ていた。
「それで贈り物は」
「ハンカチにしようかな」
「ハンカチですか」
 わざとオテロが聞き取れるような声を出す。それを聞いたオテロはさらにいたたまれなくなり二人に近付く。イヤーゴはそれを見届けてまた小声になるのだった。
「そうだ、ハンカチだ。そういえば」
「そういえば」
 また小声に切り返す。二人は囁き合うようになっていた。
「実はだ」
「どうされました?」
「昨日私の部屋にこんなハンカチがあった」
「むっ」
 カッシオが取り出してきたのはあのハンカチだった。それをイヤーゴに見せる。
「このハンカチだ」
「ふむ」
(よし)
 イヤーゴは心の中では違うことを思っていた。
(きているな。よし)
「これはまた幸運な」
 イヤーゴはカッシオには相変わらずの津きり笑いを浮かべてまた言うのだった。
「素晴らしい。これは」
「よかったらあげるけれど」
「頂けるのですか?」
「ビアンカの好みではないからね」
 彼がそのハンカチを受け取らない理由はそれであった。
「だから。別にいいよ」
「好みではないのですか」
「あいつは赤いハンカチが好きなんだ」
 見ればそのハンカチは白い。つまり全くのアウトゾーンなのだ。
「だから。別にいらない」
「そうですか」
「だからあげるよ」
 これはイヤーゴへの親切であった。彼もまたイヤーゴを自分を大事に思ってくれる有り難い友人だと思っていたのである。仮面に騙されていたのだ。
「わかりました。有り難うございます」
「うん。それでね」
 ハンカチを手に取るとそれを後ろにやる。わざとオテロに見せた。
 
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