エターナルトラベラー
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第八十八話
さて、そろそろ此方が何もしなくてもサーヴァントが脱落する頃合である。
ロールス・ロイスを駆り夜の新都へとやってくる俺とイリヤ。
強烈な魔力のぶつかり合いを感じ、直ぐに現場へと向かうと到着前に流星の如き輝きが空とビルの屋上から走り、拮抗は一瞬で地上からの黄金の輝きが空から振る流星を飲み込んで消えていった。
「ライダーが倒されたみたいね」
サーヴァントの魂を回収したイリヤが言うのだから間違いないだろう。
「ライダーを倒した何者かは先ほどの攻撃で弱っているかもしれない。いや、大量に魔力を消費したのだったら、次に同じ攻撃は撃てないだろう」
どうするんだ、とイリヤに問う。
「帰るわよ、チャンピオン」
「良いのか?」
「弱いものいじめは趣味じゃないわ。戦うなら正面から万全の敵を叩き潰すのよ。チャンピオンなら出来るでしょう?」
「そう俺を持ち上げないでくれないか。イリヤが思っているほど俺は強くないよ」
「そうかしら」
「そうだよ」
それに俺は正面から相手を罠に掛けて戦うよ。いや、戦いのイニシアチブを取っていると言えばそうなんだろうけれど、母さんみたいに剣のみで相手を倒しきるみたいな事は絶対にしないと断言できる所が悲しい所か。
そんなこんなでライダー戦以降戦闘をしていない俺達だったのだが、イリヤが俺にディナーに添えるスイーツを作ってくれとお願いされ、厨房でケーキを焼いていた時、まさかイリヤはリズに運転をさせてアインツベルンの城を抜け出していたとは…
何故分かったかと言えば、戻ってきたイリヤは自分の部屋に一人の少年を運び入れていたからだ。
衛宮士郎。
セイバーのマスターであり、この物語の主人公だ。
ケーキを作るついでに焼き上げたクッキーを持ちイリヤの部屋に尋ねれば椅子にロープでぐるぐる巻きにされた彼が居るではないか…
「そいつをどうしたんだ?」
そう俺はイリヤに一応問いかける。
「私のサーヴァントにしようと思って連れてきちゃった」
サーヴァント、言葉どおりに受け取れば使い魔にしようと言う事だろうか?
それとも…
「なんだ、そいつと契約して聖杯戦争を勝ち抜くつもりなのか?」
「なっ!?」
と言った俺の言葉に反応したのは士郎だった。
「そんなわけ無いじゃない。士郎が余りにも弱いから私がおもちゃとして保護してあげようって事。当然、聖杯戦争はチャンピオンに頑張ってもらうわ」
むぅ…なんだろう。きっと愛情の裏返しなのだろうと思うけど、その行動が歪んでいるのはなぜだ?
まぁあんな雪に覆われた城から出してもらえていないようだったので、常識を持てと言っても無理な話なのだろうけれど。
「っまて。俺はイリヤのサーヴァントになるつもりは無いぞっ」
と自分の立場も弁えずに言い放つ士郎。
「そうなの?ならまずセイバーを殺すわ」
「何でそうなる。オヤジの事は俺にも関係有るかもしれないけれど、セイバーは関係ないだろう」
「お兄ちゃんに自分の立場を分からせてあげないと。お兄ちゃんはわたしの所から逃げ出す事は出来ないんだから」
「なっ!?」
イリヤの傍若無人な物言いに閉口する士郎。
士郎が何か反論しようと口を開きかけた時、イリヤの体がグラリと揺れた。
「イリヤっ!?」
叫ぶ士郎は縛られているので何も出来ず、転びそうになるイリヤの体を俺は受け止めた。
「何かあったのか、イリヤ」
「ええ、少しね。森の結界を抜けた人がいる見たい。おそらくリンとセイバー、あとアーチャーかしらね。良かったわね士郎。あなたの仲間が助けに来たわよ。工房攻めの難しさはリンなら知っているはずなのだけどね」
「遠坂が!?セイバーも一緒なのかっ?」
「そうみたい。それじゃ少し席を外すわねお兄ちゃん。アインツベルンのマスターとして歓迎の用意をしなければいけないもの」
「ちょっと待て、イリヤ…イリヤっ!」
叫ぶ士郎を放置してイリヤの部屋をイリヤを連れて出る。
士郎は壁越しにイリヤを呼んでいるがそれを無視して城の廊下を進むとエントランスへと到着した。
「それで、どうするんだ?流石にサーヴァント二騎を相手にするとなると手に余る。よしんば二騎を相手に立ち回れたとしてもイリヤを守れる保証は無い。イリヤ自身の戦闘能力はイリヤ自身が分かるだろう?」
セイバーは近接タイプだし、同盟中のアーチャーはその名の通り射撃手だ。飛び道具での援護はとてもうっとうしいし、情報通りなら彼はその矢に投影された宝具を矢に変えて放つ。
宝具を直接投げつけると言う暴挙を彼は魔力さえあれば何のリスクも無く行える。
宝具と言う物は侮っては成らない。この世界のルールに嵌らない俺達では有るが、そのルールにのっとっている部分も確かにある。
鏡を打ち砕いたなんて伝承のある剣を使われればもしかしたらヤタノカガミの防御を貫くかもしれない。
まぁ、初見で出来るとは思わないが、此方の手の内が分かれば何かしらの作戦は練ってくるだろう。
とは言え、前回セイバーと戦ったのはフェイトな上に、殆ど持っている技術を使ってはなかったのだが…
さて、俺としては聖杯戦争はまだ中盤なこの時期は出来れば傍観していたい。
この物語のラスボス、一番のネックである金色の甲冑のサーヴァント、ギルガメッシュとの交戦はイリヤが聖杯である以上避けられないだろう。
イリヤの体がサーヴァントの魂を受け入れられる限界はおそらく四騎。それ以上は人間としての何かを代償にしなければ成らないだろう。
既にアサシンとライダーの二騎が脱落している現状、今セイバーとアーチャーを脱落させるとイリヤの身を守護する此方の身動きが出来なくなる。
それは望ましくない。
士郎、凛の性格を考えれば、聖杯が汚染されていると確証されれば阻止に動いてくれるだろうが…まだ確証が無い上に、聖杯が完成に近づけばイリヤがイリヤで無くなっていく。
…参ったな、詰んでる。と今更ながら再確認してしまった。俺自身は聖杯なんて望んでいない。そして、俺に混じった何かが望むのはイリヤの守護なのだ。
「もしかして結構ヤバイ状況?」
俺が真剣な表情で押し黙っていた為にイリヤは不安になったのだろう。
「出来れば二騎一遍に戦うのは避けたい所だったが、イリヤがやれと言えば最善は尽くそう。最悪この城を捨ててイリヤを連れて逃げることくらいは出来るさ。英雄の伝承で空を飛んだなんて物は少ないしアーチャーの狙撃さえ気にしていれば十分に逃げられる。この城の周りは森で囲まれていて障害物も多い。森に出ればそれこそ狙撃の心配も無く逃げれるだろうよ」
「そう…それじゃチャンピオン、歓迎の準備は怠らないようにね。チャンピオンは強いもの。絶対大丈夫だわ」
信頼されるのは嬉しいのだが、出来れば戦いたくないのだけれどね…今回取れる選択肢はアーチャーの撃破か。
一本目の映画通りならここでアーチャーはバーサーカーに倒される。しかし、その後、バーサーカーはセイバーと衛宮士郎に倒されて脱落するのだ。
今の俺にはこの脱落すると言う選択肢は選べない。思考が強制的に支配されているような感覚には怖気が走るが、イリヤを守れと言う内容なのでまだ不満は少ない。
その通りに動いてやるのも良いだろう。
仕方ない。ここは何とか双方を引かせるように調整するしか無いだろう。面倒だけど思兼を使えば出来ない事も無いだろうしね。
食堂へと移動してせっかくなので手に持っていたクッキーと紅茶を入れて間食しつつ、客の来訪を待つ。
イリヤはその目を飛ばしてアインツベルンの森を監視していた。
「来たわ。セイバーとリン、後はアーチャーね」
イリヤに言われずとも城の外にサーヴァントの気配は感じていた。
「あら、招待してもいないのにお城へ入ってくるみたいよ」
その声はあっけらかんとしていて緊張感が無い。
しばらく様子を見ていたイリヤが椅子から立ち上がる。
「そろそろ行くわよチャンピオン。きっとリン達がシロウを救出した頃ね」
そう言ったイリヤはエントランスへ向かって歩を進めた。
エントランスへ続く階段の上段から見下ろせば眼下にセイバー、凛、士郎が正面玄関から出ようと忍んでいた。
「あら、もう少しゆっくりしていけばよかったのに」
「イリヤスフィール…」
あと少しで外へ出れると言う所で背後から声を掛けられ、緊張から震えた声で凛が呟いた。
「せっかくシロウは助けてあげようって思ってたのに残念だわ。私の所から逃げようって言うのね」
と、せっかく手に入れた玩具に飽きてしまったとでも言うような感じでイリヤが言う。
「イリヤっ…俺は…」
と、何か弁明しようとしているけれど、逃げて行こうとしている事は本当で、事実だけ見ればそうなる。…が、拉致同様に連れてくれば誰だって逃げたくなるさ。
「もういい…もういいわ。キリツグも私を捨てたもの…あの人の息子だもの。私を捨てるのは当然よね…」
「イリヤ違うんだ…話を聞いてくれっ!」
イリヤは外見同様その精神は成熟しきっておらず不安定だ。癇癪を起こした子供に話を聞けと言う言葉は逆効果だろう。
「うるさいっ!もういいわ…チャンピオン、やっちゃって…」
「………」
俺はイリヤに命令されて彼女の前に歩を進める。
「イリヤっ…話をっ」
「衛宮くん、今は彼女に何を言っても無駄よ。今は生き残る事だけを考えて。あの得体の知れないサーヴァントが出てきたのよ。魔力不足で戦力にならないセイバーでは二秒ともたないわっ!」
「遠坂っ…だがっ!」
「だがもへったくれも無いのっ!勝手に捕まったへっぽこの癖に!言い訳は後にしなさいね」
「わっ…わかった…」
凛の剣幕に押されたのか士郎はようやく押し黙った。
見下ろした先の彼らは状況を把握しようとその視線を此方へと向ける。
それは好都合だった。
一瞬、俺と遠坂凛との視線が合う。その刹那で仕込みは終わっていた。
彼女は何かを決断したように背後に控えるアーチャーに向かって命令を下した。
「アーチャー、ここをお願い。私達は逃げるわ」
それに対して士郎とセイバーが抗議しているが、凛の決意は変わらない。
アーチャーに俺達の足止めをさせて自分たちは逃げる。そう決定したのだろう。
それを聞いたアーチャーは不適に返した。
足止めするのは良いが別に倒してしまっても良いのだろう?と。
凛はそれに呆れながらも期待を込めてしっかりと頷くと振り返って逃げていった。アーチャーの方には二度と振り返らずに。
「マスターに命令されたのでね、ここは通さん。俺と踊ってもらうぞ、チャンピオンのサーヴァントっ」
「まぁ、こっちも命令されているから逃げないよ」
『スタンバイレディ・セットアップ』
アーチャーにそう返すとソルを握りバリアジャケットを展開し、ソルを起動する。
階段を飛び降り、エントランスの一階に着地すると、両者の戦闘準備は整っていた。
アーチャーの手には白と黒の中華刀が握られている。
対する俺はソルを抜き放った鞘を掴むと一瞬で二振り目の日本刀へと形を変える。
『ロードカートリッジ』
ガシュと薬きょうが排出し、体を魔力が駆け巡る。
「なんだ…その剣は…」
俺の双剣に心底驚いた表情を浮かべたのはアーチャーだ。
アーチャーの宝具と言うべき能力は見た物を刀剣の類なら瞬時にコピーして貯蔵する無限の剣製・アンリミテッドブレイドワークスだ。
と言う事は彼は俺の二本の刀を見て瞬時にコピーしようとしたはずだ。だが…
ソルはそもそも剣じゃなくて杖だ。さらに意思を持つソルはアーチャーの能力ではコピーしきれなかったのだろう。
その戸惑いが伝わってくる。が、しかしその戸惑いに答えてやる必要は無い。
『レストリクトロック』
瞬間現れるバインドはしかし、相手の対魔力の前に霞と消えた。なるほど、バインドで拘束するのは難しいか…
「むっ?何かしたかね?」
「いや、何も」
俺はソルを構え、写輪眼を発動し、床を蹴る。
俺が動いた事でアーチャーもようやく再起動。手に持った夫婦剣で俺の刀を迎え撃つ。
「はっ!」
「ちぃ…」
勢い良く振り下ろす俺の刀を持ち前の技術で防御するアーチャー。
キィンキィンと剣戟の音が響く。
生前二刀を持って戦い続けた彼も二刀の相手はした事が無いのか、とても戦い辛そうにしている。
一刀を極めた相手に対して二刀でもって対峙する事で奇をてらい、勝利をもぎ取ってきた事は有るのだろうが、それも二刀を持つ相手には通じない。
それでも強引にチャンスを作ろうとアーチャーは自分の身にわざと隙を見せることによって俺の攻撃を誘導、制限させようと試みた。
だが、隙は隙だ。俺は躊躇わずにその隙を突き振りかぶる。
アーチャーはカウンターとばかりに夫婦剣で俺の首を狩ろうとする…が、そこで俺は一段スピードを上げた。
「何っ!?」
突然速度を上げた俺に、しかしアーチャーは何とか反応して見せた。
首を狩ろうと振りかぶっていた夫婦剣を強引に軌道修正し、俺の太刀筋へと割り込ませる。
ギィンと一際大きな音を立て、両者の刀は押し合いの体を整えた。
「くっ…はぁっ!」
気合と共に夫婦剣を押し切り、強引に俺を吹き飛ばしたアーチャー。
後方へと着地する俺へアーチャーは押し切った力を逃さぬようにクルリと一回転して遠心力も利用しその手に持っていた白剣を投げてよこした。
クルクルと回転しながら迫るそれを俺は弾き飛ばそうと切り上げた瞬間、両断された白剣がその内包された魔力を炸裂させた。
ドーンッと閃光と煙を巻き上げ俺の視界を一瞬遮る。
『堅』と元から高いクラススキルの対魔力のお陰か、爆発によるダメージは皆無と言っても良いが、閃光に視界を一瞬取遮られ、アーチャーの次の一手を許してしまった。
アーチャーの手には黒塗りの洋弓。
「――――I am the bone of my sword.(我が骨子は捻じれ狂う)」
引き絞るその手には一本の剣が虚空から現れ、矢として番えられている。
彼の攻撃を避けるだけならおそらく簡単だ。四肢に力を入れて駆ければ難なくかわせる。
しかし、問題は俺の居る位置だ。
階段上に居るとは言え、イリヤがアーチャーの放つ矢の斜線上に入ってしまっている。
俺が動けばこちらを狙うと言うのは早計だろう。普通に考えればサーヴァントを狙うよりマスターを狙った方が都合が良いのだから。
もちろんイリヤにはサークルプロテクションを施しているが、それがかえって彼女の逃げ道を阻害している。
これから放たれるアーチャーの一撃はおそらく必殺の一撃。流石に宝具クラスの一撃を耐えられるほどプロテクションは硬くない。
アーチャーはその矢の先を階段上に居るイリヤへと向けた。かわしても良いが、分かっているな?とアーチャーの目は言っている。
俺が何をしようと必ず放つとアーチャーは心に決めている。そう言うやつの一撃は強い。たとえ俺が今から一瞬でアーチャーを沈めようと、その一撃だけは意地でも放つだろう。
「ソルっ!」
『ロードカートリッジ』
ガシュっと一発ロード音が響き、薬きょうが地面に落ちる時間も無いほどに速く俺は後ろへと跳躍し、イリヤの前へと着地する。
「え?チャンピオン?」
と驚くイリヤだが、それに構ってはいられない。
映画では明言されていないが、投影のニセモノとは言え、あれも宝具なのだ。どう言った付加魔術が付いているか分からない。
貫通などの効果が付属しているかもしれない。
そんな物相手にこの世界の現象に組み込まれてしまっている今の俺のプロテクションなどのシールドはおそらく効果が薄い。ありったけの魔力を注げば拮抗できるかもしれないが、それならば俺が持ちえる最硬の盾で防御した方がまだ受けきれる可能性が高い。
魔力もさっき補充したし、受けきるだけは問題ないだろう。
「―――“偽・螺旋剣”(カラド・ボルク)」
ついに真名の開放と共にアーチャーがその矢を撃ち放つ。その矢は空気を巻き込みつつ切裂き、放物線すら描かずに一直線に俺達へと迫る。
「スサノオ…」
「え?」
俺の呟きにイリヤが声を上げる。
そして爆音。
閃光と爆発の衝撃がエントランスにばら撒かれ、格式高い調度品の数々を破壊していく。
粉塵が収まり視界がクリアになる。
「仕損じたか…」
と、アーチャーはそれほどショックは受けていないようだが、それでも動揺しているようだ。
「まさか無傷とはね」
「チャンピオン…それは?」
問いかけるイリヤだが、それは後にしてもらいたい。名前は重要で、知られれば対策をとられてしまう可能性も有るのだから。
俺の前には俺とイリヤを守るよう立つ上半身の巨体が有った。その巨体が左手に持つ鏡のような盾を突き出してアーチャーの宝具による一撃を防ぎきったのだ。
時間が間に合わなかった為にヤタノカガミ以外の部分はまだ骨組みだけだったが、次射を許すつもりは無い。消費が激しいのだ、もう良いだろうとスサノオを消そうとしたのだが、スサノオが俺の制御を離れ前進し、肉付いて行く。
その骨格が縮まり、上半身は浮き上がると下半身が現れる。
身長は二メートル半ほどまで縮まってしまっただろうか。それでも標準の人間に比べれば大男だが…
「え?」
驚きの声を上げたのは俺だ。今までスサノオが俺の制御を離れた事なんて一度も無かったのだから。
しかし、今のスサノオの様相は問題である。
いつもの甲冑の姿などではなく、剥き出しの筋肉が鋼のような印象を与える大男なのだ。
その目は狂気に狂っていてまともな思考が出来ているとは思えない。…いや、スサノオに意思があると感じる事事態がおかしいのだが…
現れた大男は左手にヤタノカガミを右手に十拳剣を持ってアーチャーの眼前へと踊りでた。
「なっ!?バーサーカーだとっ!?」
何を持ってアーチャーは俺のスサノオをバーサーカーと断定したのか。しかし、その表情は困惑に満ちていた。
完全に制御を離れたスサノオ…アーチャーに言わせればバーサーカーはその体を完全に実体化させ、吠えた。
「■■■■■■ーーーーーっ!」
その大声に堪らずイリヤは耳を塞いだ。
バーサーカーは解き放たれた獣のような咆哮を上げると床を踏み砕きながら駆け、アーチャーへと迫る。
「ちぃっ!」
アーチャーは迫るバーサーカーに矢を番えて撃ち出すが、左手に構えたヤタノカガミを前面に押し出して受け、突進をやめない。
アーチャーの言うようにバーサーカーと言う理性を失っているクラスにしてはその戦闘は知性を感じさせる。
思考能力もなく暴れまわるのなら盾を使おうなんと思うまい。戦術を取れるほどには狂化に抗っていると言う事なのだろうか…
アーチャーの矢を物ともせずに突き進み、ついにアーチャーに取り付いたバーサーカーのその戦いは暴力と言う言葉すら生ぬるい圧倒的な破壊の嵐だった。
スサノオが元から持っている頑丈さに加え、その身を小さくした事で魔力密度の増した太腕から繰り出される剣は、辺りの空気を切裂き圧倒的な膂力でアーチャーに迫る。
これを受けると言う選択肢はアーチャーには無い。おそらく受け止めた上からその力でねじ伏せられ一刀の元に両断されてしまうだろう。
その猛威は正に鬼神の如く。さらにその鬼神に見合った盾と剣が有るのだから正に鬼に金棒だ。
バーサーカーは巨体に見合わない速度で動き、アーチャーを追い詰める。
自重をその筋力を震わせて、目にも留まらないと言う速度で駆け、振るわれる攻撃にアーチャーは大きく距離を取りながらやっとの事で避けていく。
その攻防の中で攻撃に転じる隙がアーチャーには無い。
「な、何なのよっ!あれはっ、チャンピオン答えてっ!」
イリヤに質問ではなく命令されてしまったので、アーチャーがバーサーカーとの剣戟に夢中になっているのを確認して答える。
「俺にも何であんな事になっているのかは分からないんだ。…だが、アレは元々は俺の切り札であるスサノオと言う能力だった」
「スサノオ?日本の神様の名前よね?」
「中々に博識だな、イリヤ。…スサノオの名を冠しているが、この世界で言う神霊と言う訳では無い。オーラ…今回の場合は魔力だが、それを放出し、人の形で操る技術だ。もちろん、神の名に恥じないような特殊能力も持っている」
「あのアーチャーの一撃を防いだ鏡の事?」
「ああ。ヤタノカガミと言う」
「日本神話に出てくる三種の神器ね」
「そうだ。あの鏡は大抵の物を防ぐだけの力はある」
「あの剣は?」
と聞いたのは今バーサーカーが振るっているアレだろう。
「十拳剣と言う。酒刈太刀とも言うのだけれど」
「トツカ…?」
「そうだな…草薙の剣と言った方が馴染み深いか?」
そっちはイリヤも聞き覚えがあったようで得心している。
「それじゃあチャンピオンの言葉を聞くと、今暴走しているスサノオは本来のものでは無いって事なの?」
「そうなる。実際は紅い甲冑を着た武人の姿をしている」
「じゃあ目の前のあれは?」
「それはだから分からない。何であんな事になっているのか。もしかしたら俺がサーヴァントとしてこの世界に現れたためにおこった変化かもしれない」
とは言え何となくだけど、根拠は何処にもないのだけれど…目の前の巨人が俺をここに縛り付けている元凶であろうと言う直感がある。
俺達は彼に連れられてこの世界に現れた、そんな感覚がするのだ。
視線をアーチャーに戻せば煌びやかで荘厳な黄金の剣を持ち、どうにかバーサーカーと化したスサノオの攻撃を防いでいるが、彼の攻撃はヤタノカガミに阻まれて届かない。
アーチャーの宝具であり切り札であろう固有結界も、刹那の瞬間も目の前のバーサーカーからの猛攻への注意を削ぐ事が出来ないこの戦いには展開する隙などはない。
結果、地力で勝るバーサーカーが一方的に蹂躙する展開となる。
「■■■■■■ーーーーーっ!」
「くっ…がぁっ!」
ついにアーチャーの防御は解かれ、体勢も踏ん張りの利かない絶体絶命へと陥り、バーサーカーが後一撃振るえばアーチャーは絶命するだろう。
バーサーカーが振るった十拳剣がアーチャーを捕らえるかと思ったその瞬間、アーチャーの体は何か大きな力が働きこの場所から掻き消えてしまった。
ドォーンと十拳剣だけが床を抉る音だけが響く。
間に合ったか。
俺はあの遠坂凛と目を合わせた一瞬で万華鏡写輪眼・思兼を使い、アーチャーの絶体絶命を感じたら令呪で逃がせと刷り込んでおいたのだ。
まだ彼らに脱落してもらうわけには行かなかったから打っておいた策だ。
突然相手が居なくなったバーサーカーは立ち尽くした後、霞のように消えていった。
まぁ、カートリッジをロードしていないので魔力が尽きたとも言うかもしれない。
「逃げた?ううん、令呪によって逃がされたわね…まだリンたちはこの森の中に居るはず…追うわよ、チャンピオン」
「追いたいのはやまやまだが、此方も消費している。それに問題も発生した」
「消費なんてあなたなら問題ないでしょう。それと問題って?」
イライラしながらイリヤが問い詰める。
「スサノオに異変が生じた。これの把握がすまなければ戦闘における切り札を欠く事になる。今は戦力の確認に勤めたいんだけど?」
「~~~~っ!…分かったわチャンピオン。今日の所は見逃して上げましょう。その代わり、今日はチャンピオンのご飯が食べたいわ。用意してちょうだい」
「まぁ俺も戦闘よりは料理の方が気が楽だが、そんなに上等な物は出来ないよ。セラに作らせた方が良いんじゃないか?」
「セラの料理も美味しいのだけど、いつも同じ物ばかりで飽きちゃったわ。たまには別の物が食べたい」
「なるほどね。了解、頑張ってみる」
何とかここでのセイバーとアーチャーの脱落は阻止したが、これが吉と出るか凶とでるか…不安は尽きない。
◇
「今、私何をしたかしら?」
アインツベルンの森の中を逃げていた私達。その歩を止めた私は誰に言うでもなく問いかけた。
「は?何を言っているんだ遠坂っ…」
シロウが戸惑いの声を上げるが、今はそれ所じゃない。
「今、私は何をしたのかと聞いたのよ、衛宮くん答えてっ!」
ちょっとヒステリー気味だった。いつも優雅たれと言う家訓を今は気にしている余裕は無い。
「何って…」
言いよどむ士郎に代わり答えたのはセイバーだ。
「凛は令呪を使ってアーチャーを遠坂の屋敷に返したようでした。確かにアーチャーは戦闘で消耗している。時間も稼げたのだから撤退させるのはうなずけます。…が」
「ええそうよ、セイバー。私はアーチャーをここで使い潰してでも時間をかせがせるつもりだった。つまり、私はアーチャーを撤退させる為に令呪を使うなんて事、有り得ないのよ」
「なっ!?」
私の言葉に息を詰まらせた士郎。まぁ、彼にしてみればサーヴァントでも戦って死ねと命令した私を非難したいのでしょうね。でも、助けてもらった手前できないだけ。
「はい、凛ならそうするでしょう。いや、撤退させるにしても此処に呼ぶはずだ。消耗していたとしても今の私よりは戦力になります」
「ええ。だから何でそんな事をしたのか私自身が納得出来ていない。でもねセイバー。私は私の意志でアーチャーを遠坂の家に飛ばしたの。これって、矛盾しているわよね?」
「はい」
そう、私は魔術師だし、あの場合の最善はアーチャーに時間稼ぎをさせている内に森を出るか、アーチャーを倒されたあとに追って来るであろうあの主従をどう迎え撃つかなはずだ。
まかり間違えても戦力になるアーチャーを一人で帰すなんて事は私ならば絶対にしない。
と言う事は…
「少しそこらで休んでいきましょう」
「遠坂っ、それは流石に…こうしている間にもイリヤ達が迫ってきているかもしれないじゃないかっ!少しでも距離を稼がないとヤバイっ」
「それは無いんじゃないかな」
「何でだよっ!?」
食って掛かってくる士郎。
「いい?私達は逃がされたのよ。ご丁寧にアーチャーまで無事に帰してくれるという施しまで受けてね」
「はぁ!?」
「いい?衛宮くん。私は誰かに暗示を掛けられたの。それこそ私自身が気がつかない内にね」
「どういう事だよ?」
「さあ?どう言うつもりで私達を逃がしたのかは知らないけれど、あのチャンピオンと言うサーヴァントにはまだ私達に脱落して欲しく無いみたいね。ほんの一瞬目を合わせただけでこんな高度な暗示を掛けてくるなんて…正体不明で姿が変わる不気味なサーヴァントだけど、それ以上に厄介だわ。もう私も士郎もチャンピオンの目の前には姿を現せない。ううん、現したら負けね」
「どうしてだ?」
「彼の暗示が強力だからよ。あたかも自分の意思で在るかのように自発的に行動させる。この私ですら操られてしまった。衛宮くん程度じゃそれこそ一発ね。…それも令呪の発動なんて事も誘導出来ているの。分かる?チャンピオンの前に出て、もし彼が令呪を持ってサーヴァントを自害させろと言われたら、おそらく私達は抗えない。令呪の縛りは絶対よ。幾らサーヴァントにとって不満が有る内容だとしてもサーヴァントは令呪の縛りに抗えない…と言う事はあの一戦目から私達を殺す気は無かったのでしょうね…」
本当にムカつくわ。
彼がその気なら私達は一瞬でリタイアしていたなんてね。
「そんな彼が私達を逃がしたのよ。イリヤスフィールが追うように言っても何とかしてくれるんじゃないかな。ううん、そもそも私達じゃ戦ったって勝てないんだからそれこそ急いで逃げる意味も無い。いくらセイバーが万全だとしても、私達が居たら終わり。追ってきているのなら向こうの方が足が速いはずだもの。絶対に追いつかれるわね。と、言うわけでゆっくり休んでから森を出ましょう。セイバーの体はまだ本調子じゃないんだしね」
「あ…う?」
理解の追いつかない士郎を措いて私はドカリと木を背もたれにして座り込んだ。
「凛。あなたはあのチャンピオンのサーヴァントに勝てると思いますか?」
「サーヴァントだけでチャンピオンを襲えば勝機があるかもね。操られる危険性がある私達は同行できない。マスターの援護は不可能だから令呪による支援は絶望的。そもそも対魔力の高いセイバーは大丈夫かもしれないけれど、アーチャーじゃ暗示をレジストできるか分からない。どうやって私を操ったのかはわからないけれど、シングルアクション…魔眼の類かもしれないわね…つまりそのそぶりすら見せずに相手を操る能力を持っていると言う事。そんな相手、どうやって勝てと言うの?そもそも接近戦ですらセイバー、あなたと互角に戦った相手よ?宝具の使用に不安の残る今のセイバーじゃ逆立ちしたって勝ち目は無いわ」
「そうですか…」
「とは言えそれはサーヴァントを狙った場合ね。マスターを狙うんだったらまだ可能性は有るわよ」
「それはダメだ。イリヤを殺すなんてのは絶対にダメだ。アイツはなんていうか…純粋で、まだ善悪の区別が付いて無いだけなんだ」
「だって」
「シロウ…ではどうやってチャンピオンを倒せば良いのでしょうか」
「うっ…それは後で考えるとして。イリヤを殺すってのだけは絶対に認めないからな」
はぁ…士郎のこの頑固な所は何とかならないものかな…
「まぁ、アーチャーに合流したらまた情報は増えると思うからこの問題はその時また考えましょう」
と言って話題を切り、沈黙が支配するなか休憩を取った後、私達はアインツベルンの森を出て行った。
後書き
聖杯戦争はきっと何もしなくても何処かで誰かが脱落するはず。別にアオ達が倒さなくてもソレが普通ですよねっ!と言う感じでライダーは退場しました。
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