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ラ=トスカ

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第三幕その四


第三幕その四

「失礼、実は子爵にお聞きしたい事がある方がおられまして」
「誰だい?」
「こちらの方です」
 そう言って侯爵を手で指し示した。
「あ、これは侯爵。この様なところにまでおいで下さるとは。一体どの様なご用件でしょうか?」
 カヴァラドゥッシは尋ねた。それに対し侯爵はオドオドとしていた。するとスカルピアが出て来た。
「実は侯爵がこちらに奥方がおられるのではないかと仰いましたので」
 と言った。
「そして訪ねて来られたのですか。残念ですがご夫人はこちらにはおられません。疑われるのならここにいるフローリアに聞いて下さい。彼女もそれを確かめにこの家へ来たのですから」
 カヴァラドゥッシは言った。トスカも同調した。
「はい、間違いありません」
「でしょう?先程から申し上げているように私はカヴァラドゥッシ子爵を若い頃より存じ上げているのです。この方はそんな事をする筈が無いと申し上げているではないですか」
 と侯爵も言った。だがこれは計算のうちだった。スカルピアは次の手を打った。
「ですが貴方が仕事をしておられる教会に侯爵夫人の扇が落ちていました。これは何故ですかな」
 と問うた。カヴァラドゥッシは応えた。
「あの方は何回か教会に来ておられました。その時に落としたのでしょう。あの方が教会に来られていたという証拠は私が今あの教会で描いているマグダラのマリアの絵です。モデルに使わせて頂きました」
 例え相手がスカルピアでも臆するところは無い。
「そうでしょう、それで話の辻褄が合います」
 と侯爵も相槌を打った。
「それに侯爵夫人がここにおいでになっていないという事は家捜しでも何でもしてお確かめになれば宜しいでしょう」
 カヴァラドゥッシはしれっとして言った。あえて挑発の意も含んだ。それに相手も乗った。
 スカルピアが目配せするとスポレッタとコロメッティが動いた。数人の警官が後に続く。
 家の所々を捜し回る音がする。それを聞きながら侯爵がオドオドとした様子でスカルピアに窺った。
「私はもう用が無いみたいですが。これで失礼させて頂きたいのですが」
 その言葉にスカルピアは少し考えたがもう侯爵に用が無いのは事実だしこれ以上いられても邪魔にしかなりそうにもなかった。
「ええ、侯爵はもうお帰りになって下さって結構です。奥様も御自宅へお帰りになっておいででしょうし。それに奥様がここへ御自身の兄をわざわざ連れて来るとは思えませんし」
 とさりげなくアンジェロッティの事も入れた。これに対し侯爵は慌てた。
「妻の兄がここに?男爵、いくら何でもそれは冗談が過ぎますぞ」
 いささか狼狽し過ぎている程だ。スカルピアはそれに対し口の両端だけで笑っている。
「ははは」
「彼とは出来る限り早く縁を切りたいと考えているのです。何かある度に身の周りを探られそうになるのはもう嫌ですから」
 早口で言う。それに対しスカルピアは妙ににこやかに笑っている。
「それではこの場は我々にお任せ下さい。スキャルオーネ」
 名を呼ばれスキャルオーネが出て来た。
「侯爵を馬車でお送りするように」
 スカルピアの言葉に返礼し侯爵を送り出していった。足音が次第に遠のいてゆく。
 二人と入れ替わりにスポレッタとコロメッティが入って来た。スカルピアの前で敬礼する。
「何か見つかったか?」
 スカルピアはまずそう聞いた。
「いえ、何も」
「家の中にもか」
「はい」
「いないか」
「はい、誰も」
「何も無いか」
「はい、何も」
 それを見ながらカヴァラドゥッシは心の中で会心の笑みを浮かべていた。全ては彼の思惑通りであった。
「そうか」
 スカルピアの眼が光った。
「子爵」
 カヴァラドゥッシの方へ向き直った。顔に何やらドス黒い陰が挿した。
「少しお聞きしたい事があります」
「何です?証拠なら何も無かったではないですか」
「今のところはね。それにしても貴方の服といい靴といいお髭といい実に素晴らしいですな。良く似合ってらっしゃる」
 カヴァラドゥッシのフランス国旗に見立てた服と靴、そして顎鬚を皮肉る。
「それはどうも。服や靴はともかく髭を誉めてくれる方はあまりおりませんので光栄です」
 カヴァラドゥッシは返した。この程度の皮肉は余裕をもって返せる。
「確か今アルプスを越えてマレンゴで死んだ蛙達もそんな格好だった」
「ほお」
「志ある者ならおりますが」
「失礼、言葉が過ぎました。では子爵、改めてお聞きします。今日囚人が一人サン=タンジェロから脱獄したと貴方は幼い頃からのお知り合いでしたな」
「そうでしたっけ。何しろ私の友人は実に多くて誰かまでは。ただ物真似師の友人はおりません。志ある者ならおりますが」
「失礼、言葉が過ぎました。では子爵、改めてお聞きします。今日囚人が一人サン=タンジェロ城から脱獄したのは御存知ですね」
「そうだったんですか?知りませんでした」
「そしてその囚人を貴方が匿った」
「何処に?」
「この別邸に」
「で、家捜しして何も出なかったと」
「巧く隠れていますな」
「男爵、人を疑うのは感心しませんな」
「仕事なので。やっかいな鼠共を捕らえるには何事も注意深くなくては」
 スキャルオーネが帰って来た。スカルピアはそのまま控えさせた。
 
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