一人の男
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第二章
「我が国よりずっと自由かもな」
「ソ連の目があるからなあ」
「すぐ隣にいるからね、あそこは」
強引に国境を変えて隣国にしてきたのだ、つまり何かあればすぐに軍隊を送って来るのである。勿論ソ連に言論の自由はない。
「あの国も隣にない」
「いいこと尽くめじゃないか」
「僕達もこの国にいたいね」
「本当にね」
「ずっとね」
そうした意味でもキューバは彼等にとって憧れの国になっていた、実際にカストロはソ連に対しても媚びる素振りはなかった。
「カストロがいてくれれば」
「きっとな」
「この国はいい国になるよ」
「彼は英雄だよ、本物の」
「この国を引っ張っていくね、これからも」
そうなることを確信していた、そして。
モリはカストロがさ去っても演説を続けるキューバの民衆を見ながら同僚達今度はにこう言ったのである。
「もう一人いるからね、この国は」
「ああ、彼だね」
「彼のことだね」
「そう、彼がいるんだよ」
微笑んで言う言葉だ。
「アルゼンチンから来た英雄がね」
「チェ=ゲバラか」
「彼もいるか」
「カストロが指導者なら彼は戦士だよ」
それも偉大な、という言葉が来るまでにだというのだ。
「革命を先頭になって戦ったね」
「危険な任務には自ら志願するらしいね」
「そして本当に先頭になって戦うっていうね」
「今はキューバの要人だしね」
「彼もいたね」
「カストロ議長の演説は聞いた」
モリはこのことには満足していた、しかしそれだけではなかった。
「後はね」
「ゲバラ氏にも会うんだね」
「彼にも」
「そう、彼のところに行こう」
同僚達を誘う。
「そして彼と話そう」
「随分と気さくな性格らしいね」
「誰にも威張らないっていうけれど」
「うん、だからね」
そのこともあってだというのだ。
「今度は彼と話そう」
「よし、それじゃあね」
「明日は」
「ゲバラ氏だ」
「彼に会おう」
「絶対にな」
こう話してだった、一行は事前に国立銀行、彼が総裁を務めるそこに外交官一行として面会を求めた、その際だ。
電話に出て来た者がこうモリに言って来たのだ。
「その時間でしたら同志はです」
「国立銀行におられますね」
「いえ」
否定の言葉からだった、返事は。
「その時は国立銀行にはおられません」
「そうなのですか」
「その時間はいつもサトウキビ畑におられます」
「視察に行かれているのですか」
モリはその話を聞いてまずはこう思った。
「それでおられないのですね」
「違います、作業に従事しておられます」
だからいないというのだ。
「ですから」
「国立銀行にはおられないのですか」
「若しお会いされたいのなら」
その時はというのだ。
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