ソードアート・オンライン クリスマス・ウェイ
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[番外編] 背教者ニコラスの逆襲
前書き
番外編です。クリスマス・ウェイ未読でも問題ありません。※SAO原作7巻既読推奨
某掲示板へ投稿したものです。投稿者は作者です。
「はぁ……疲れた」
ゆっくりと背中の木に体重をあずける。雪にまみれた木は柔かく、あたしの体を受け止めてくれた。
クリスマスイヴに解放された21層を疾風のようにかけぬけ、22層のホームを購入する……という一大イベントは一時間ほどまえに達成された。
打ち上げもそこそこに解散し、キリトとアスナ、そして手を振るユイちゃんが家に戻ったのを確認しやっと張りつめていた心がゆるんだ。
――まったく、もう……世話がやけるんだから……二人とも。
吐きつけた息が白いのに、今更ながら気がついた。
キリトはキリトでぼけーっとしてるし、アスナはアスナで途中からわんわん泣いてしまうし、フォローするこっちの身にもなってほしい。まったく手のかかる二人組だ。
まあクリスマスイヴの夜を愛しい異性と、愛しい?同性のためにつかえたのであれば、これはこれで有意義な過ごし方だったのかもしれない……なんて無理矢理自分を納得させようとしたが、無理な話だった。
見上げた先、ログハウスの窓からは明るいオレンジの光が漏れる。
気温は間違いなく氷点下を回っているのに、ログキャビンの窓から漏れる照明に照らされた部分だけは、なんだか暖かそうだった。
きっと――きっと今頃、クラインが置いていったワインでも乾杯しながら、幸せそうに笑っているのだ。三人で。
「……」
「……はあ」
すぐとなりで木々に体重を預けているリーファにしろ、シリカにしろ、その光に思うところはあるようだ。二人とも膝まであるコートに身を包み、どこか複雑そうな表情でログキャビンを眺めている。
それを見て、あたしの心にもひとかけらの氷が落ちているのに気がついた。普段は意識できない――いや、意識しないようにしている氷のとげ。
昔はもう少しさばさばした、合理的な性格だと思っていたのに。そのとげはちくちくと心の奥をつついてくる。そして、あたしを変えた二人は、無責任にもあの家で仲良く過ごしていて……。
「らしくないかな……」
もう、どちらが「あたしらしく」ないのか、よくわからなくなっているあたしがいる。
けれど、大事な妹分の二人が切なげな表情をしているから、いつまでもくよくよしているわけにもいかない。
胸にささった氷のとげを意識しないようにしながら、複雑な表情をしている年下の友達に言った。口元をゆるめて悪戯っぽい笑みを「浮かべながら」二人に近づく。
「さ、じゃあ行きましょうか! あたしたちはあたしたちで!」
そしてシリカの背中をぱんぱん叩き、リーファのお腹をつっついてみた。
「はうっ!?」
「ひゃんっ!?」
二人はよっぽど、もの想いにふけっていたようだ。
あたしの接近にまったく気がつかなかった。シリカなんて尻尾が逆立っている。
「はいはい。二人ともここまで。あたしたちはあたしたちで、クリスマスを楽しもーか!」
まるで自分に言い聞かせるように、二人に言う。
そのまま二人の腕に腕を絡めて主街区へと引きずっていく。
「あ、ちょ、リズさん!」
「もう! い、いつも強引なんですよー! リズさんは!」
困惑気味のリーファと文句を言うシリカ。二人にあたしは胸を張って答える。
「いいのいいの! どうせあたしたちこのあと予定なんてないんだから! 寒いところでじっとしてるよりよっぽど建設的でしょ! さー! 気合い入れて限定ボスを討伐するわよ!」
リーファとシリカを引きずりつつ目指すのは、各領地首都とアインクラッド主街区に特設されたポータルだ。
そこからクリスマス限定ボスのいるインスタンスマップへ飛べる。
しばらく引きずっていると、心の整理がついたのか――もしくはヤケクソになったのか――リーファとシリカが自分の足を使いはじめた。
そう。きっといつまでもくよくよしているのはあたしたちらしくない。
わたしはあいつのように頬をつり上げてやりながら、雪をざくざく踏みしめて、ボスの待つポータルへ足をすすめた。
じつは、背教者ニコラスさんは今回のクリスマスにも参加していたのです。
新生したせかいのなかで、ニコラスさんは大斧とズダ袋をてに、インスタンスマップ「ツリーの森」で、侵入者をほうむっていました。
神たるカーディナル・システムの教典はただ一つ――プレイヤーの命を奪うこと。
でも、ニコラスさんは<<黒の剣士>>にまけてしまいました。
ニコラスさんはただしく、背教者、なのです。
背負うべき十字架も、彼をしばらう教義も、なにもありません。
ニコラスさんは、みにくい姿のイベントでした。
かれはくるのかな、こないのかな? ニコラスさんはじゃあくにゆがんだ頬をさらにしゅうあくに歪めて、まっていました。
でも、彼ほどつよいプレイヤーはまだあらわれませんでした。
はいじんと呼ばれる高スキルプレイヤーは、アインクラッドにいってしまったし、冷やかしにくるのはツガイのプレイヤーばかり。
これじゃあ、ニコラスさんも負けるわけにはいきません。大斧で彼らの魂をかりつづけ、ニコラスさんはまっていました。
そしてそのときはきました。三人のプレイヤーが現れたのです。
ケットシー、シルフ、レプラカーン。
戦槌、太刀、ダガーをそれぞれ構えた三人は、いつぞやの黒の剣士にひってきするほど、「いきて」いました。
ニコラスさんは、刹那――誇張ではなく、ワンセコンドの間――にりかいしました。
彼女たちこそ、まちにまったものたちであると。
彼女たちにほふられるために、いまここにいるのだと。
レプラカーンの少女が、ニコラスさんを強気ににらみつけます。燃えるような、視線。ぞくりとくるような、視線でした。
でもそれでいいのです。
醜悪にカチュアライズされたニコラスさんの姿は、「なにアレ、マジキメェ」といわれるためにあるのですから。
だから、ニコラスさんは、彼女たちの憎悪値をあげるために。
カーディナル・システムの言語モジュールからどくぜつ言語ふぉるをせんたく、擬似音声をごうせいします。
そしてニコラスさんはこう、いいはなちました。
『こいよ――クリスマスノ、負け犬』
ブッゥ――――――ン
「――リズさん。あいつ、なますにしましょう」
――あたしの左前方にいたリーファが言った。
十代の女子にしてはあまりにも物騒かつ、乱暴な言葉だけど、あたしは全力で同意した。 リーファは腰に帯びていた長剣を音高く抜き放つ。
アインクラッドの天井で跳ねた月光が、長剣の側面で反射し凛々しい横顔を映し出す。 きっとあの光が、ヤツのみる最後の光になるはずだ。
「――いえ、リズさん。あいつは、あたしが切り刻みます」
――あたしの右前方にいたシリカが言った。
十代の女子が決して抱いてはいけない殺意をはらむ言葉だけど、あたしは全力で賛同する。
こちらも腰からダガーを抜き放ちニコラスへ向けていた。
普段、コロコロいろんな変化をする愛らしい顔には、彼女のファンが見たら失神間違いなしの氷のような無表情が浮かぶ。
そんな彼女が抜き見の刃を構える姿は、鬼気迫るものがあった。
そして、あたしは。
自分のヘイトが上昇するのを感じていた。
ヘイトの管理? そんなのできるわけない。
胸のなかにあった氷のとげが、ヤツへの怒りで蒸発した。
たまにはこうやって、感情を爆発させないとやってられない。
八つ当たりの対象として、あの気味の悪いサンタクロースはちょうどいい――。
「――絶対にぶっ○す……」
普段絶対に口に出せない言葉が口をついた。
「ぴ、ぴぃ?」
あたしたち三人の気迫に押されたピナがびっくりしていなないた――が、
その主人たるシリカはピナの様子に気がついていないようだ。
燃え上がるような瞳でヤツをにらみつけている。
「……ふがふが」
ヤツが枯れた声で、なにごとか言っている……。
言葉を吐くたびに揺れるヒゲがものすごく腹が立つ。
「プレゼントはぁ……おまえたちのぉ……いの「「「だまれよ」」」」
ああ――キリトには絶対に聞かせられない。
そんなことを心の片隅で思いながらも、あたしたちは乙女の敵を葬るべく、戦闘を開始した。
リーファがあたしのとなりで弱々しく人指し指と中指でピースをつくり、
シリカは耳をぺたんと倒しながら困ったような笑みを浮かべた。
恥ずかしさが頂点をとおりこし――頬が熱いを通り越し、逆に冷たくなっていた。
なんとか視線を前にすると、NPCが記憶結晶であたしたちの姿をスクショした。
背教者ニコラス討伐の最中はすっかり忘れていたけれど、
このクリスマス限定ボスモンスター「背教者ニコラス討伐クエスト」はタイムアタックだった。
ようするに、何秒でボスモンスターを討伐できるかを競うクエストなのだ。
イベントの本質から考えれば、これはきっとカップルでパーティを組み、きゃっきゃっうふふしながら自分たちの出したタイムに一喜一憂し、思い出を刻むクエスト……のはず。普通なら。
そう――普通のカップルならまったく問題ないけれど、あたしたちは三人の女子パーティだ。恥ずかしいったらない。
あたしは大きくため息をつきながら、あたしとリーファ、シリカが叩き出してしまったタイムを見やった。
あたしたちのパーティが出した記録は現在一位。
さらに言うと二位以下をぶっちりぎりで突き放すベストタイム……だった。
いま取られたスクリーンショットは、ALO公式ホームページにタイム付きで掲載される。シリカが外部ブラウザを立ち上げ調べたところによると、上位十名までは顔写真が掲載「されてしまう」というとのことだ。
このことはクエスト受注画面に書いてあったらしいのだが、ある種のヤケクソに陥っていたあたしたちは、その記述にまったく気がつかなかった。
この場合、クエスト承諾=写真掲載承諾……となってしまうのでいまさら取り消せない。
SAOに捕らわれていたときには、決してサンタクロースにお願いなどしなかった。
でも、今日は違う。いまだけは違う。
指を組み、アインクラッドの天井を仰いで祈る。
お願い、サンタさん。
お願いだから、あたしたちより早いタイムの組をあと十人、お願いします――!
そうすれば、ランキングから足切りされて顔写真は載りませんから――!
「い、いらっしゃいませ……」
あたしが工房から顔をだすと、店内にいた何人かのM型妖精剣士が「リズちゃんキタ――!」だの、「リーファたんと、シリカたんも来るかな――!」だの、「ドジっ子、萌え――!」
だのといった歓声をあげた。
あたしは顔がひきつらないように注意しながら、ミーハーチックなお客さんたちの相手に笑顔を向ける。
サンタへの願いむなしくあたしとリーファ、シリカのトリオは、ALO公式ホームページで大々的に紹介された。
よくよく考えれば、あたしたちはサンタさんの元ネタである宣教師ニコラスを、最速でボッコボコにしていたのだ。あのときのサンタへの願い事がかなわなくても、無理がない……ような気がした。
ただし、宣伝効果としては抜群でイグシティにあるあたしのお店は大繁盛している。リーファとシリカが手伝いに来てくれた時など、店の外まで行列ができるほどだった。
やや、特殊なお客さんが増えてしまったのが悩みのタネだけれども。
でも不思議なことに当初は恥ずかしくて仕方なかった出来事も、一月もたてば心の整理がついて思い出に変わる。あのときの写真はお気に入りの額に入れて、工房の端にかざってあった。
カップルのために用意されたイベントを、女子だけでクリアしてしまった写真のあたしたちは、みんな一様に苦い笑みを浮かべている。それでもいまとなっては大事な友達と同じ時間をすごしたという、大事な証明だ。あのとき参加してよかったと心から思う。
そして……。
――よ……っし。来年こそは……すくなくとも、独り占めはさせないわよ……。
密やかなリベンジを胸に秘めつつ、あたしは心中で気合いを入れた。いまから列をつくってならんでいる、ひやかしのお客さんをばったばったと捌かなければならない。
「いらっしゃいませ! 今日はどんなご用件ですか!」
まずは先頭の、昨日も来ていた太り気味のお客さんから――。
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