蒼天に掲げて
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十一話
決闘は広場で行うこととなった。
俺が戦うということで、何故だか知らんが村人全員が集まり、なにやら屋台などを出してお祭り気分で楽しむようだ。
「それでは制限をつけようかの」
ジジイが審判をすることになり、俺と武人は広場の真ん中でジジイの注意を聞く。
「まず一つ、殺すことは禁止じゃ、次に一つ、周りの者達に危害を加えぬこと、最後に一つ、参ったといえば勝負ありじゃ」
よいかのとジジイが見やり、俺と武人は頷き合う。
「それでは始めるぞ、二人共名を名乗れい!」
「名は稲威、字はない」
「我が名は趙雲、字は子龍」
ん? 趙子龍? どっかで聞いてことある名前だな……なんだっけ。
「よし! 二人とも、尋常に勝負せい!」
ジジイの合図で、まず動いたのは趙雲。朱の槍を使い、華麗な、まるで乱れ突きのように繰り出してきた。
(おいおい速いな)
『貴方が挑発するからよ』
(仕方ないだろ、ジジイが勝てれば旅に出してくれるってんだから)
『そのために挑発するって、どれだけ本気なのよ』
(まあまあいいじゃねえか、勝てばいいんだろ勝てば)
『そんな簡単にいける相手じゃないと思うけれどね』
(ま、確かに簡単にはいかないなこりゃ)
俺はその突きを、二本の太刀を使い一つ一つ丁寧に捌いていく。
「はあああああああぁぁぁ!!」
さらに猛攻は続いていく。俺は必死になって回避するが、さすがに向こうの方が速いらしく、所々かすり傷を負っていく。
はあ、痛いけど我慢するしかねえか。
「どうしたどうした? その程度か稲威――ッ!?」
神速の突きを一度喰らい、二度目の突きを左の太刀で受け止める。そしてお返しとばかりに右の太刀で斬りかかり、そのままこちらは暴風の如く、相手を近づけないよう二本の太刀を振り回す。
「ぐっ」
片方五十キロもする太刀には、さすがの彼女も受け止めきれなかったのだろう。俺と距離をとるためにバックステップの要領で後ろに下がる。
「お主、中々やるではないか」
「そうかい、そりゃどうも」
「ふむ、しかし威力と剣速はあるが、私の速さには着いてこれないようだな」
確かにそれは事実。俺はコイツの攻撃を受けているとき、先程のように後ろに下がったりする余裕はなかった。
「ならば話は簡単であろう?」
趙雲はニヤリと笑い、槍の構えを変える。
「往くぞ!」
瞬間、とてつもない速さで突進してきた趙雲に、俺は成す術もなく突きを喰らい、右のわき腹に傷を負う。
「どうやら勝負あったようだな、どうするのだ? まだやるのか?」
勝利を確信した趙雲の顔にイラっとし、俺は剣を突き立て吠える。
「当然だろ? ああそれと宣言してやるよ、次の一発で俺が勝ってやろう」
「なんだと?」
趙雲が訝しげな顔でこちらを見やり、今度は逆に俺がニヤリと笑う。
「次に同じ攻撃すればお前の負けだっていってんだよ? なんだ? 宣言されるとできないのか?」
「いいだろう、次は貴様の胴に風穴を空けてやる!」
俺の挑発に趙雲が乗り、神速の突進を俺に放つ。
さて、カッコよく宣言した手前失敗はできそうにないな。
神経を集中し、趙雲の槍を捉える。
ガシッ! という音と共に趙雲の動きが止まる。
「……なに!?」
俺の手には朱い槍があり、趙雲は俺が素手で掴んだことに驚く。
「なんで俺がお前より遅かったか教えてやろうか? そりゃな、このクソ重い武器振り回してたからだよ」
俺はそのまま趙雲の腕を掴み、ぐるんと一回転させ、朱い槍を奪い取った。
(ちなみに俺はまだ、耐久の能力を使ってはいない!)
『こっちでいう必要性ないわよ!』
(いや、いいたいんだけど、なんか図々しいだろ?)
『もう既に十分図々しかったわよ!』
「さて、これで勝負ありだな?」
「ああ、参った。私の負けだ」
というわけで、俺は旅に出れることとなった。
◆
あれから時間が経ち、現在夕飯時。
俺と趙雲の戦いを見て村人のテンションがお祭り騒ぎになり、宴会を開くこととなった(まあ決闘の時から宴会だったけど)。今は全員酒を飲みながらワイワイと騒いでいる。
「それにしても、まさか私の槍を掴まれるとは思いませんでしたぞ」
そして俺の隣には、趙雲が少し火照った顔でこちらを見ていた。そして俺と趙雲どちらの手にも、杯に酒が酌んである。
「そうかい、でもあの速さを掴まえられたのは偶然だ。今やれば絶対失敗する」
「おやおや、昼とは打って変わって弱気ではないですか」
「ああ、そりゃお前昼間は煽っていただけだ。ジジイが選んだ武人だから絶対強いと思ってな」
「ほう、それは嬉しいですな。お主に強いと称されるとは」
「おだてなくていい、それよりもだ。なんでさっきから俺とばかりしゃべろうとする? 向こうに酒もあるぞ」
「おや、ダメですかな?」
「いや、ダメとはいってないがな」
「なら良いではありませぬか」
そういってにこりと微笑む趙雲に、なんだかドギマギする。なんてこった、こうも可憐な笑みを見せられたら男なんかケロッと落ちちま――
「はくやーーー!」
ズドンという衝撃と共に、その雰囲気は吹き飛び、ついでに俺も吹き飛ばされた。
「ってえ、なにしやがる文!?」
「だって柏也がさっきからずっとおしゃべりしてるんだもん!」
「ったく、分かった分かった。お前もかまえばいいんだろう?」
「うん!」
「おや、随分と仲がいいようで」
「うん! だって私は柏也のお嫁さんだもん!」
ん? なんかさっきヘンナコトバガキコエタゾ?
いきなりの嫁宣言に、趙雲はふむふむと関心し、俺は目が点になる
「ほほう、ということは稲威殿は少々アレな趣味があると」
「まてまてまてまて! 違う、断じて違うぞ趙雲!」
「大丈夫ですぞ稲威殿、貴公にアレな趣味があったって皆同じ態度で接してくれましょうぞ」
「んぅ? アレな趣味ってなーに?」
「ああ、アレな趣味というのはだな」
「てめえ趙雲こら! 文になに吹き込もうとしてやがる!」
俺が怒りを露わにして趙雲の頭をはたくと、さも不思議がるように趙雲がこちらを向いた。
「なにをするのですかな稲威殿、私は別にやましいことを教えようとしたわけでは……」
「やましいってなーに?」
「ああもう、文は向こうにある団子食べてこい!」
「わかったー!」
俺の発言でようやく去った台風に、思わずため息を吐く。
「おい趙雲、文は純粋なんだからあまり変なことを教えるなよ?」
「ふふふ、昼間の仕返しですぞ稲威殿」
ニヤリと微笑む趙雲に、俺はそれかと顔に手を当てた。
「勘弁してくれよ、許してくれてなかったのか」
「はっはっは、稲威殿、お主は乙女心が分かっておらぬようですな。こういう時は女子に、なにか贈り物をするのですよ」
趙雲の追い討ちに、俺はがっくりとうなだれる。くそ、やはり知では向こうが有利か。
「はいはい分かったよ、で、なにが欲しいんだ?」
「ふむ、そうですな」
俺が諦めたように聞くと、趙雲は顎に手を当て考え始める。そしてぽんと手を叩くと、俺の耳に口を近づけて小さくささやいた。
「お主、というのはどうであろう?」
その言葉を聞いた瞬間、顔が真っ赤になりそうになったが、何故かいきなり照姫が念話で俺の脳内に介入してきた。
『そんなわけないでしょ、貴方を旅の仲間にしたいってことよ』
(そうなのか?)
『当然でしょ、まだこの娘貴方に惚れてないはずよ、からかっているだけだわ』
(そ、そうだな。それにしてもさっきから趙雲や文を見る度頭が回らないんだが?)
『んー、もしかして……』
(ん? なんか原因でもあるのか?)
『まだ分からないからこちらで検討してみるわ』
(了解)
「どうかしたのか稲威殿?」
「いや、また引っかかったなと思ってな」
一緒に旅しないかってことだろ? と聞くと、趙雲が嬉しそうに頷く。
「さすが、見破りましたか」
趙雲が褒め称えるが、実際は照姫に教えてもらったので喜べなかった。
「でもお前が勝手に決めていいのか? 他の二人にもそれぞれ意見はあるだろう」
「ああ、それは既に話してあります。二人共快諾してくれましたぞ」
「そうか、じゃ、明日立つんだろ?」
「ええ、その予定ですよ」
そうか、と相槌を打って俺は立ち上がり、趙雲に、挨拶してくると伝えて、少し真剣な顔で広場の真ん中へ歩いていく。
「えー、重大発表があるんで聞いてくれ」
そして、いつもジジイが皆の目を集める行動を真似し、皆をこちらに向ける。
「俺は明日、旅に出るからな。 以上で終わり、宴会を続けてくれ」
皆が一斉に静かになり、俺が一人コツコツと自分の家へ帰っていく。
「「「「「「「「「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇ!?」」」」」」」」」」
俺がぴしゃりと扉を閉めた直後、広場で大音声が聞こえた。
◆
結局あの後、村の皆が俺の家に押しかけて準備どころではなくなってしまった。
やれ「どこいくの」だの、やれ「文ちゃんをお嫁さんにするんじゃなかったの」だの、やれ「なに!? 文よそれは本当か!?」だの、まったく別の話が大いに盛り上がり、最終的には「帰ってこいよ」で皆解散した。
「どいつもこいつも好き放題いいやがって、帰ってきたら全員蹴りいれてやるからな!」
と、俺もまくし立てるように怒鳴り、準備が終わる頃には外は朝日が照っていた。
「じゃ、いってくるぜジジイ」
忘れ物がないか確認し、最後にジジイへ挨拶をする。
「ああ、気をつけるんじゃぞ。それからたまには手紙でも寄越すくらいはするんじゃぞ」
「分かってる、もちろん俺のやることが終わったらここに帰ってくるさ。それまで生きてろよジジイ」
「お主こそ、どこぞの戦場で野垂れ死ぬんじゃないぞ?」
「バカいうな、俺はジジイに育てられたんだぜ? そんなヘマしねえよ」
「はっはっは、いうようになったわい」
「ジジイの孫だからな」
そして沈黙にならないよう、大声で別れを告げる。
「じゃ、いってきます!!」
「ああ、いってこい」
そして扉を開けると、そこには趙雲達と、文の姿が。
「はぐや゛ー!」
俺に駆け寄ってくる文を受け止め、泣きじゃくる文をあやす。
「あーあー、なに泣いてんだよお前。帰ってくるっていったろ?」
「う゛ん、でも私も一緒にいぎだがったの」
俺は泣き止まない文の頭に手を乗せ、わしゃわしゃと撫でまわす。
「この村で俺とジジイの次に強いのはお前だろ? ジジイはもう爺だし、お前がこの村を守ってくれねえと俺は不安で仕方ねえ」
だから俺が帰って来た時に、お前が笑顔で待っていてくれよ。
俺が最後にもう一度頭を撫でると、文は力強くコックリと頷いた。
「うん! 私がんばるね!」
「ああ、頼んだぞ」
やっとこさ旅立つ準備が終わり、俺は趙雲達に謝りながら村を後にしようとした時。
「うおーい、がんばれよー!」
「ちゃんとご飯食べるんだよー」
「土産持って帰ってこいよなー」
「死ぬんじゃないぞー!」
「帰ってきたら文ちゃんを幸せにするんだぞー!」
「帰って来なくていいぞ柏也ああぁぁ!!!」
「文のオッサンそりゃねえぜ……」
「アニキー、帰ってきたら武勇伝聞かせてくだせえ!」
「村は俺達に任せろよー!」
村の皆が門の前に集まり、俺を見送ってくれていた。
「良い人達ですな」
「本当ですねー」
「うう涙が」
「稟ちゃん、鼻血じゃなくて鼻水が出てますよー」
「チーン!」
俺の隣にいる三人も少しばかり共感したようで、村の皆が見えなくなるまで手を振りながら出立することとなった。
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