ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
陰謀と計略
眼を瞑り、リーファの仮想体から力が抜けるのを見届けて、俺はレンとカグラに向き直った。
「さぁそろそろ話して貰うぜ、レン。お前のあの動き、とても二ヶ月のブランクがある動きじゃなかった。まるで、一日も休まずに戦っていたような、な」
全く似合わないとは自覚しているが、精一杯圧力の聞いた声で俺は言った。
それを聞いたレンは、薄く苦笑した。
まるで、悪戯のバレた子供のような、そんな無邪気な顔だった。
「………見てたんだ。あーぁ、全く。バレないようにセーブしてたのに。あんなのが出てくるなんてさすがに想定外だったよ」
「じゃあ、ホントなんだな。レン、お前は現実世界に帰ってから今までずっとALOにログインしてたんだ。違うか?」
俺の問いに、レンはゆっくりと首を横に振った。それを見たとき、俺は思わず地を蹴っていた。
一瞬でレンに肉薄した俺は、感情のままに胸倉を掴みあげる。
成すがままに空中に持ち上げられた小柄な身体。
「ふざけんな、レン………!んなこと、お前の身体が持つわけないだろうが…………ッ!!」
通りかかる彩り様々な妖精たちが、訝しげな顔でこちらを見えてくるが俺は構わず叫んだ。
それを受けるレンは、穏やかな顔だった。それが逆に、俺の神経を逆撫でする。
あの世界で、アスナは俺に言ったのだ。
栄養を直接血管内に注入するだけで、一ミリも身体を動かさない状態で人間の身体はどこまで持つのか、と。
そして、彼女はその後にこう言った。
絶対に遠からず、あたし達の命は終わる、と。
カグラは、後ろで沈痛そうに顔を俯かせている。
「何でそこまでする!!何で自分の命を大切にしないんだ!!!」
絶叫が、口の中から自然と溢れ出す。
解からなかった。
俺だとて、心の底からアスナを助け出したいと思っている。そのためならば、阻むものを全て壊すことにも全く躊躇をしないということも。
しかし、助け出したアスナは命を投げ打ってまで自分を助け出した俺に感謝するだろうか。
否。あのアスナならば《閃光》と呼ばれた頃のスピードで致死級の攻撃を放ってくるはずだ。
泣きながら。
泣きじゃくりながら。
その頬を、大粒の涙で濡らしながら。
なぜなら、俺は解かっているからだ。助けた後にアスナが望むものは、俺とユイ、両方が揃っている世界なのだと。
それが、この少年には解かっていない。
いや、解かってはいるが、そんな選択肢などありえないと思ってしまっている。
鈍くて、にぶくて、ニブイから。
気が付かない。
そんな選択肢があること自体、わからない。
分からなくて、解らなくて、判らないから。
いつの間にか両膝を地についていた俺は、レンの胸ぐらにあった手を思い切り地面に叩きつけた。不快な衝撃が手に走り、紫色のウインドウが視界に浮かぶ。
俺のその姿を、レンはつまらなそうな表情で静かに見下ろしていた。
何も感じていないかのように。
何も思っていないかのように。
《無》感情に
「マイの命より大事なことなんてないでしょ?」
言った。
呼吸が、止まった。
物理的に、目の前の少年の大きすぎる狂気に。呑まれてしまった。
ぞわり、と背筋が凍った。
「な、んだよ。そりゃ……」
絶句する俺の前で、レンは静かに立ち上がった。
話は終わりだ、と言わんばかりに。
「マイは世界樹の上にいる。僕は迎えに行くまで、あちらには帰らない」
「…………ッ!なんで、上にいるなんて分かるんだ!!」
「見たからだよ。この目でね」
謎の言葉に、俺は思わず眉をひそめた。世界樹の上は、エギルに聞いた話では行けなかったはず。
いや、行けた者はいる。しかも、つい最近。
「まさか、世界樹の上に行ったって言うプレイヤーっつーのは………」
「へぇ、知ってたんだ。その通り。僕は世界樹の外周から上にまで言ったんだよ。そして、見つけた」
そこまで言って、レンは顔をくしゃりと歪めた。まるで、耐え切れないものがあるかのように。
「冷たい鳥籠に囲まれた、マイとアスナねーちゃんをね」
「………そう、か」
なんとなく分かったような気がした。
ようするに、この少年は不器用なのだ。愛した者のためならば、何だってする。そんな、壊れやすい薄氷のような、柔らかいココロ。
それは決して許されるような物ではないけれど、しかし同時に、罰せられるような物でもない。
「わかった、レン。ひとまずその事については、もう俺は何も言わない。ただ一つだけ聞いていいか?」
「なに?」
黙って小首を傾げるレンに、俺は気になっていたことを質問する。
「さっきの戦闘で、お前は誰と戦ってたんだ?」
先程の戦闘の様子を思い出し、今更ながら背筋が凍る。
《空間》がぶった切られるなど、どんな戦い方をすればあのような状態になるのだ。その他にも数々の戦闘の爪跡が残っていたし。
俺のその問いに、紅衣の少年はさも何でもないように、一切の気負いなくさらりと答えた。
「あぁ、テオドラねーちゃん」
俺はもう一度、絶句せざるをえなかった。
テオドラといえば、あの体術のスペシャリストと言われた《柔拳王》テオドラのことだろう。しかし、仮にも《六王》第五席の彼女相手に、目に見えた傷のない状態で勝利したレンの今の実力を想像すると………
怖い考えになったので止めた。
はぁ、と俺がため息をついたとき、レンの隣に控えていたカグラが唐突に口を開いた。
「来たようです」
短いその言葉の意味が俺には解からなかったが、レンは解かったようだ。ぱっと顔を輝かせる。
「やっとかー。思ったより長かったな~」
「???おいレン、いったい何を―――」
俺はますます解からなくなり、真相を突き止めるべくそう言いかけたところに
ッッドオオォォォォォーンンッッッッ!!!
俺の背後で轟音が鳴り響き、俺の言葉を掻き消した。
「………………な」
思わず振り向いた俺の顔を襲ったのは、ジェット噴射のような呼気だった。ツンツンに逆立っていた俺の髪が思いっきり後ろに吹っ飛ばされる。
肩に乗っかっていたユイが吹き飛ばされそうになって、必死に踏ん張るのが見なくても分かる。
振り向いた俺の目と鼻の先にいたのは夜闇のごとき漆黒の体毛を持つ、体長二メートルはあろうかと言う巨大な黒狼だった。燃えているように紅い双眸が、ギラリと不吉に輝く。
「く、クー………か」
数秒間口をパクパク開閉した後、やっとのことで言葉を捻り出す。わー、とユイが肩から飛び立ってクーの鼻面に纏わりつく。
そう言えばクーの姿が結構前から見えないと思っていたら、レンのお遣いにでも行っていたのだろうか。
相変わらず、心の準備なしに見たら心臓に悪い姿だ。
「クー、お疲れ様~」
レンが近寄り、あごの下をカリカリするとクルルルルルゥ、と猫のような唸り声を発する。その声を聞くと、意外に可愛らしく見えてきた。
いや、よーく見るとレンは撫でているわけではない。首の下部分の体毛に手を突っ込んで、ごそごそ弄くっているのだ。
やがてその手が引っこ抜かれた時に握られていたのは、長細くて四角い直方体だった。大きさは、両手で抱えるほどだろう。その色はやはり、体毛の色と同じ漆塗りの漆黒だ。
レンがその下部に触れると、その箱はパカッと開いた。中から出てきたのは、丸められた────
「羊皮紙?」
よくよく見ても、それは少し黄ばんだ羊皮紙だった。
今はなきSAOでも、おそらくこの世界でも、この手のメモアイテムはあまり使われなかった。使われたとしても、物忘れしやすいプレイヤーがクエストの内容などを書き留めるくらいのものだ。
その理由はと言えば、メッセージシステムが存在しているからだ。
フレンドに登録すれば、いつ、どんな時でも文字数に制限があるとはいえメッセージが送れるのだ。こんな便利なシステムがあるのに、わざわざ使い魔を通して手紙をやり取りする物好きな奴はいないだろう。
思っていた、そう思っていた。が、ここにいた。
「何でそんな物でやり取りしてるんだ?普通にメッセでいいだろ?」
「あー、僕フレンドリストにはカグラ以外登録してないんだよ」
「………………………」
えぇーっ、と俺は思わずレンの後ろに控えるカグラを見るが、彼女はただ黙って沈痛そうな表情でため息をついた。
彼女の心中が限りなく解かって、俺はホロリと来てしまった。
うるさいなぁ~、と言いつつ、レンはくるくると羊皮紙を開いていく。
サッと通されたレンの両眼が、スッと鋭く細められた。硬く閉じられた唇の隙間から、やっぱりか、という意味深過ぎるかつヤバそうな香りがビシバシ匂ってくる言葉が漏れ出てくる。
「どうしたんだ?レン」
しかし、訊かない訳にもいかないので、俺はレンに訊いた。
紅衣の少年は、その問いにやっと羊皮紙から目を外して軽く首を振りながら、やれやれと言う風に言った。
「どうもこうもないよ。僕の種族のケットシーが、リーファねーちゃんのシルフ族と同盟を結ぼうとしてたんだよ。今日ね」
「へぇー、でも同盟なんて簡単に結べるのか?世界樹の上に到達できるのは一種族だけなんだろ?」
「もちろんそこはどうにかするんだろうさ。んで、僕が昨日シルフ領の近くにいたのは、シルフ領主に同盟を結ぶための会談の場所の最終確認をするためだったんだよ」
その言葉で俺は思い出した。確かに昨日、レンはシルフ領内で用事があるとか言っていたような気がする。
「なるほど、そこまでは分かった。じゃあ、それがどうまずいんだ?」
俺がそう言うと、レンはきょとんとした顔でこちらを見た。
「どうしてまずいことだって分かったの?」
お前の深刻そうな顔など、そんなときくらいにしか見ないからだ。
「ふ~ん。ま、いいか。その会談なんだけどさ。狙われたんだよ」
「狙われた?誰に?」
「サラマンダーだよ。奴らは会談を襲って、ケットシーとシルフの領主を討ち取ろうって考えてるんだって」
「そ、それは確かに大事だな。でも、サラマンダーがその領主さん達を討ち取って、何かメリットがあるのか?」
まぁ、メリットがなかったらそんなことはしないと思うが。
レンは肩をすくめて、どこか吐き捨てるように言った。
「まず、シルフとケットシ-の同盟で多少変化するパワーバランスがなかったことにできるでしょ。それから、領主を討ったことによるボーナスだね」
「ボーナス?」
「ボスを討った時点で、討たれた側の領主館に蓄積されてる資金の三割を無条件で手に入れることができるし、十日間、領主の街を占領状態にして税金を自由に掛けられる。これだけで目も回るくらいの大金だろうね。なにしろ、サラマンダーが最大勢力になったのは初代シルフ領主を罠にはめて殺したからなんだよ」
「……なるほど。シルフ族がサラマンダーと仲が悪いのはそれが原因なのか」
「そゆこと。………キリトにーちゃんはこのまま世界樹に行ってもいいんだよ?もともとスプリガンには、関係のない話しだし」
素っ気なく放たれた言葉。
何の気負いもなく、ただただ世間話でも、天気の話しでもするかのように放たれたそれは、なぜだか俺をひどく不快にさせた。
しかし、ここでキレるのは年長者としてどうかと思うので、俺は負けず劣らずしれっと言った。
「レン。きっとこの世界、仮想世界でも現実でも関係のない人間なんていないんだよ。人間、その気になれば誰とでも関係を持つことができるんだから」
ちょっと臭すぎたかな、と俺が鼻の頭を掻いていると、眼を丸くして俺の言葉を聞いていたレンとカグラは顔を見合わせた後に────
大爆笑した。
「ぶ、ぷわーははははあはははっ!く、臭すぎだよキリトにーちゃん!ぷ、あっははっはっははは」
これ以上ないくらい大爆笑するレン。その隣で、上品にくすくす笑うカグラ。
しかも、なんたることか黒狼のクーまでもが大きな口の端を持ち上げてくつくつと笑っているではないか。
やがて、ひーひーと呼吸困難に陥っているレンに変わって、カグラが言った言葉は簡潔だった。
わかりました、と。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「今回もういいでしょう。ネタがない……」
なべさん「いきなりのローテンションだな~。しかもチクるなよ、ネタがないこと」
レン「でも今回の話はホントに話すことがないんだけど」
なべさん「あるだろ、少しは」
レン「ないだろ、まったく」
なべさん「……………………」
レン「……………………………」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてください!」
──To be continued──
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