イーゴリ公
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第二幕その三
第二幕その三
「御馳走もな」
やはり無理矢理詰め込む。娘達の中には泣き叫ぶ者までいる。
「飲ませろ食わせろ」
「そして楽しませろ」
「わしは女にも寛大だぞ」
ウラジーミルは席から立って宣言する。
「どんどん飲ませて食わせろ」
「勿論です」
「では皆で」
「しかし。軍が行くとこうまで気持ちがいいとはな」
「全くだ」
その中で男達が言い合う。
「戦争よりも酒だ」
「そう、まずはこれだよ」
そう言い合ってまた飲み合うのだった。
「酒がなくては」
「生きていても意味がないし」
「面白くもない」
「しかしこれからどうなるんだ?」
誰かが言った。
「軍がいないのに」
「だからそれは心配するな」
ウラジーミルは安心するように彼等に言うのだった。
「我等には城がある」
ロシアの堅固な城が。まずはそれを話に出した。
「そして富も」
「富もですか」
「こういったものを使えばいいではないか」
そう周りの者達に告げるのであった。
「違うか?」
「確かに」
「その通りですが」
それは一理あった。何も自分の兵を使う必要もない。ポーランドもマジャールもルーシーにとっては敵だ。つまり敵の力で敵を倒す、それがウラジーミルの考えであったのだ。
「ですがそれは」
「危険な一面もあるかと」
「何、そうはさせぬ」
ウラジーミルは不敵に笑って彼等に述べるのだった。
「そこは加減だ。その為にも富も城もある」
「はあ」
「守り、そういう時にはこちらも兵を使う。何事も戦うばかりではないではないか」
そこまで言ってまた派手に杯の中のものを飲み干すのだった。またしてもすぐに酒が注がれる。
「わしの考えがわかるな」
「わかります」
「ではいざという時はそうして」
「既に手は打ってある」
彼は彼でそれなりに動いていた。
「安心せよ。よいな」
「わかりました」
「それでは」
彼等は不安であったが頷いた。イーゴリ公がいない今ウラジーミルの言葉を信じるしかなかったのだ。だがそこにある不安を拭い去ることはどうしてもできなかったのだ。
そのウラジーミルの屋敷の前に。今ヤロスラーヴナがいた。彼女は暗い顔で兄の屋敷を見上げているのだった。そのあくまで巨大な屋敷の門を。
「お妃様」
その彼女に侍女達が声をかける。彼女を気遣う顔であった。
「どうしても。行かれるのですね」
「そうです」
ヤロスラーヴナは暗いが毅然とした声で彼女達に答えた。
「何としても言わなければならないことがありますので」
「しかしお兄様は」
「御聞きになられるかどうか」
「無理にでもです」
彼女には決心があった。
「無理にでも。兄に言います」
それを言葉にも表わす。
「そうでなければルーシーが終わるのですから」
「ルーシーがですか」
「今のルーシーがどうなっているか」
侍女達に対して語る。
「わかっていますね」
「ええ」
「それはもう」
空が暗い。それこそが今のルーシーの空であった。彼女達はその空を見て主に答えるのであった。
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