ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~
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マザーズ・ロザリオ編
過去編
過去編―西暦2020 年春夏―
前書き
過去編と銘打ってはいますが、実は一話だけw
ある静かな涼風が吹く小さな公園。
区画が再開発され、モダンな雰囲気の住宅地の中にあり、子供達も多いせいかそこは地面の全域が芝生で覆われている。
とは言っても好奇心旺盛な子供達はその小さな公園に収まるはずが無かった。
必然、お昼を若干過ぎた時間帯にその公園には沈黙が下りる。本来その場に居るべき子供達の歓声は遥か遠くから風に乗って届いていた。
「すぅ………」
故に、今この時間帯に公園を利用すれば、涼しい木陰を独り占めできる訳だ。
―――という事は今日の朝聞かされて知ったのだが。
風が木々の間を通る隙間、この公園で最も寝心地が良いだろうそこでただ静かに寝ている少年。
呼吸が非常に緩やかなのでパッと見は本当に動いていないようだ。まだあどけなさが残るその顔立ちに反して見る人が見れば己の目を疑うだろう。
小さく、見えにくいが腕や足に無数の小さな傷や腫れた後。唯一綺麗な左腕は明らかに天然の腕では無かった。中途半端な眼力しか持たぬ人ならば児童相談所に駆け込むかもしれないその傷の原因は無論、虐待だのそうゆう類いのものでは無かった。
遠くから風に乗って聞こえてきていた子供達の歓声はいつしか聞こえなくなっていた。
―――タ、タ、タ、タ………
アスファルトの舗装を軽く跳ねながら人が近づいてきた。
「こら、ゆうき!道路で走らないの!」
「はぁい!」
―――タ、タ、タ、タ………
「全くもう……」
少年は薄く目を開けた。女の子が2人、母親らしい女性が1人居た。
公園に着くなり、いっそう元気良く跳ね回るセミロングの少女。後ろから微笑を浮かべながら歩いてくる同じ年頃の女の子、やや険しい顔をしている母親も、半ば諦めたように苦笑いを浮かべている。
知り合いでも何でもない。道で見かけた覚えすら無かったが………。
(……どうして?)
微かな違和感が彼の胸に去来した。例えるなら、歯車が僅かに噛み合っていなくて、動きが鈍い。
そんな小さな違和感を彼女達から感じた。
しかし、それは彼にとってどうでも良いことだ。彼の欲するものは『絶対的な力』、『並ぶもの無き強さ』。ただそれだけだ。
違和感を突き詰めようとするその僅かな好奇心すら今の彼にとっては些末な事だ。
――トン、トン、トン……
ゴム製のボールが彼の目の前に転がってきて、止まった。
―――今から考えれば、このボールが彼の人生の分岐点だった。
彼女に関わらなければ、今の『水城螢』は存在しなかった。ただボールを投げ返せば、そうなっただろう。
だが、
「……ん」
「ありがとう!」
わざわざボールを拾い上げ、女の子に手渡す。
これが、彼を後に人間たらしめた、出会いだった。
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「……………」
木の若葉がこすれ、涼しげな音をたてる。気温は次第に上昇し、半袖でも過ごせる気候だ。
「螢~!!」
何時もの時間、何時もの場所。律儀に時間通りにやって来た螢を木綿季は太陽のような笑顔で迎えた。
「待った?」
「うん。待った!!」
「………すまん」
釈然としないものが胸の内にあったが、無邪気な笑顔で堂々と言われてしまうと言い返す気にもならない。
「ランはどうした?」
ランとは木綿季の姉、紺野藍子のことだったが、何度か会う内に『ラン』と呼んで欲しいと言われたため、そうしている。
「お姉ちゃんは今日は家に居たいんだって。『ごめんなさい』って言ってたよ」
「そっか」
別に珍しい事ではない。木綿季と比べると、ランはおとなしい。いや、木綿季が元気すぎるというのもあるが。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
行き先はデパート。木綿季のお母さんに頼まれたお使いだ。
……ついでに遅くならない程度に遊んでこい的な事を言われているが……。
(……考えてみれば、木綿季の趣味とか好みとか知らないな)
足早に歩き始めた木綿季を追いかけながら、早くも先行きが不安になって来たのだった。
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肉、野菜、木綿季の希望でマシュマロ(これは自腹)を買って、サービスカウンターからデリバリーの手続きを行う。小学生の運べる量で無いが、だからといって速達便を使わせるという木綿季母の意外な大盤振る舞いには多少唖然とするものがある。
何でも父母共々それなりの家柄のようで、木綿季の家も標準より大きい。
小学生がサービスカウンターでデリバリーの手続きをそつなくこなすというシュールな光景に対応した店員は額に冷や汗を掻き、手がおぼつかなくなっていた。
それでも約5分程で手続きを終え、近くで待っている筈の木綿季を探すが―――、
(……いねぇし)
基本自由気儘な木綿季は興味のある物につられて何処かへ行ってしまう。以前、縛り無しの隠れんぼをした時は死に目に合った。勿論、俺が。
―チリン……
「…………?」
妙に気になる風鈴の音がしてそこに行くと、目をキラキラさせながらくるくると回る風鈴を眺めている木綿季を発見した。小さな扇風機に煽られた幾つもの風鈴が涼しげに共鳴する。
「…………っ」
楽しげにそれを眺める木綿季の笑顔を吸い寄せられるように見入っていたのを自覚し、フルフルと頭を振る。
ざわついた、あるはずのないあの感情を気のせいだと自分を諫めるために、木綿季の笑顔に感じた《違和感》をぬぐいさるために。
(……何を馬鹿な事を)
普段のその笑みが、まるで―――、
「……やれやれ」
家族だった者達の口癖が未だに抜けないことに少し辟易しつつ、木綿季の後ろに忍び寄る。
特に意味はない。
……何となく、悪戯をしてみたくなったのだ。
30cm程離れて立ち、後ろから突然鼻を摘む。
「ふがぁっ!?」
「何語だ?日本語話せ」
「ふぁ、ふぁなひて~」
訳、『離せ』的な。
手を離してそのままコツンと頭を叩く。
「……あんまり遠く行くな。探すのが大変だ」
「うぅ……。ごめん」
シュンとなる木綿季にまた胸の中で波がたつが、それも無視して視線を風鈴に向ける。木綿季の視線が集中していたのは、隅のやや小さめの風鈴。
これからの季節に相応しい『アサガオ』の風鈴だ。御値段ウン千円也。
(流石に、きつい……)
名残惜しそうにそれを見詰める木綿季を促し、俺達はその場を離れた。
夕暮れ時、あちこちで散々遊び迂闊にも夢中になってしまったため、辺りは段々と暗くなって来ている。それでも暗くなりきる迄に木綿季を家まで送り届け、夕食への招待を丁重に断って自分の家路に就いた。
距離的には100メートルも離れていないが、何の特徴もないその家に着いた頃には辺りは闇に沈んでいた。
「……………」
黙って戸を開けて中に入り、そのまま居間の明かりを点けてテーブル上の書き置きに目を通す。いつも通りの内容をさほど真面目に見もせずにゴミ箱にほおり込む。
ヤカンでお湯を沸かしている間に風呂桶に湯を張り、インスタントと冷凍食品で夕食を済まし、風呂に入る。体に染み付いたルーチンをこなし、布団に入るとまだ時刻は8時だった。
昼間が賑やかだったせいか、何時もの通りすぐ就寝とはいかなかった。
「似合わない事を……」
胸の奥のしこり、それが寂しさだと知っているからこそ呟かずにはいられなかった。
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7月。
夏休みも間近とあり、放課後のクラスは湧いていた。少数の来年中学受験をするクラスメートは夏にも関わらず青い顔をしながら何やら小難しいテキストを開いている。
(……ご苦労な事だな)
螢はその陰と陽のクラスの雰囲気のどちらに混じる事なく、ただ窓から覗く雲を眺めていた。今日は晴れ後曇り、または雨だそうだ。
「傘、持ってないな……」
面倒がって持ってこなかったのが、何とも悔やまれる。
教室に人気が無くなった所でゆらりと立ち上がり、伸びをする。
今日は珍しく木綿季が「いっしょに帰ろ!」と誘って来たので、断る理由もなく頷いた。
優等生の木綿季は放課後も何かと教師に頼まれ事をされる事があるらしく、今日もその例に漏れなかった。
故にこんな時間まで教室で時間を潰していた訳だ。
そろそろ終わっただろうと、下駄箱に向かうべく席を立つと、教室の一番後ろの端っこ。そこで自分と同じくつまらなそうに外を眺めている人物を見つけた。
「……………」
日野坂香夜。
学年トップの筆記成績、50メートル走小学生記録を非公式に保持し、他のスポーツは何をやらせても一流のスーパー小学生だ。
そりゃあ、つまらないだろうな。弱冠10歳と少しで周りに競争相手が居ないのだから。
そんな理由からあまり話し掛けやすい相手では無かったが、俺には話しかけなければならない理由があった。
近年、世間の風潮で公共建造物のセキュリティーレベルの引き上げが為されている。その一環として、教室の施錠が小学校で義務化されつつある。
鍵当番に頼まれた教室の施錠をまだ帰らないのなら、日野坂に頼まなければならなかった。
「……まだ、帰らないか?」
「…………ん?」
自分に話し掛けて来たのが意外だったのか、反応が少し遅れた。俺が鍵を持ち上げチャリ、と音をさせると、日野坂は得心したというように頷き、落ち着いた声を発した。
「いや、僕も帰るよ。待たせて悪かったね」
「俺も、待つ人が居たからな。次いでだ」
お互いに積極的に外界と関わろうとしない性格ゆえ、会話をしたのは勿論、声も殆ど聞いたことが無かった。荷物を持ち、教室から出ると施錠する。
セキュリティーレベルの向上とは言っても使用しているのはアルミの物理的に施錠する前時代的なものだ。
教室から下駄箱と職員室は反対側のため、日野坂とはここで別れるものだと思っていたが……。
「……実はね。僕は君と話してみたかったんだ、水城君」
「それは、光栄だな。お前のようなやつから興味を持たれる事なんて毛頭無いような気がするが」
本心である。彼の事はお世辞ではなく凄いと思っている。今すぐ『然るべき場所』に行けば『奴等』に匹敵するであろう才能すら感じていた。
「……思った通り。謙遜だよね、それ」
「さあな」
言葉少なに用事を済ませ、下駄箱に向かう。
まだ付近で談笑する生徒達の声が聞こえて来た所で……、
「螢~!!」
ぶんぶん手を振りながら走ってきて、ぴょん、ガシィ!!
「……って、まてまて!?」
ちなみに抱き付いて来たのではない。俺達はそんな関係じゃない。
ただドロップキックをかまされる事をした覚えもない。
避ける間も無く、腹にめり込んだ足にそのまま床に倒され、両手でムギュッと頬を潰される。
「おそ~い!!」
「わうかっは(悪かった)……」
素直に謝り、頭をぽんぽんと叩くとくにゃんと表情を崩して、頬を染める。
「木綿季?」
「え、な、何でもないよ!?」
何が?
「えっと……水城君?」
置いてきぼりだった日野坂が目を丸くしながらこちらを伺っている。
「……よし、木綿季。先ずは降りろ」
帰り道。
木綿季、藍子(あの後来た)、日野坂をそれぞれお互いに紹介し、ようやくカオスな状況に終止符を打った。
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日野坂とはそれからよく話すようになった。周りは『日野坂が喋ってる!?』という珍事に揃いも揃って目を剥いていた。
そして知ったのは、意外と気さくな事、両親は有名な学者で世界中を飛び回っており、殆んど家に居ないこと、そして何よりも俺を驚かせたのはこの年にしてコンピューター全般に造詣が深く、極めてハイレベルな技能を所持している事だ。
俺は日野坂からその技術を学んだ。今思えば、このタイミングで日野坂と出会ったのは行幸と言えよう。
何故ならば、理不尽な世界が、牙を剥いたからな………
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学年が上がってまもなく、それは起きた。
「木綿季と藍子が、ですか?」
「ええ……。その様子だと、心当たり無いみたいね……」
心配そうに眉を寄せるのは木綿季のお母さんだ。
放課から2時間。何時ものように日野坂家に遊びに行こうとした所、門の前で出くわしたのだ。
携帯を開き、日野坂に遅れる旨の連絡をすると、言った。
「じゃあ、見てきますよ。家の鍵、お願いします」
ポッケから飾り気の無い物理鍵を渡すと、お母さんに渡し走り出した。
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Side木綿季
「どうして……」
体が震える。手足の末端は凍ったように動かない。
隣の姉も混乱から抜け出せて居ないようだ。
並んで座る自分達の左側には校長先生、右隣に担任の先生が座り、双方とも黙りこくっている。
先程から喧しく捲し立てているのは対面に座る数名の保護者達、弱者を虐げるのをいとわない、凶悪な光を目に抱き、興奮のため瞳孔は開ききっている。
厚い化粧の匂いが室内に充満し、空調がそれを否応なしに鼻へ届ける。
「――そこの所、学校としてどう責任を持つおつもりで!?」
「で、ですから、彼女達の病気は……」
「そのような事を聞いているのではないと―――」
「そうです!こんなバイ菌まがいの―――」
唾を吐き散らし、興奮の度合いをまた一段と上げた女性が遂に、決定的な言葉を言おうとした時、ドアが静かに開いた。
「失礼します。紺野さん達を迎えに来ました。……ほら、2人とも、帰ろう」
あくまで穏やかに、敵意など一切無い口調で部屋に割って入ったのは近所に住む2つ歳上の友達。水城螢だった。
「水城君!紺野さん達はまだ大事な話の途中だと……あぁ!?」
遅れてやって来たのは若い男性教師、記憶違いで無ければ螢の新しい担任だった筈だ。
「ちょっとあなた!勝手に入って…「ほら、木綿季、藍子。早く帰ろう?今日はハンバーグだって」…!?」
彼の目にはもう木綿季と藍子しか映ってなかった。
その他以外は全て認識すらしていない。
わざとではない。
完膚なきまでの完全無視だった。
「螢、さん……」
「螢……」
「ん?元気無いぞ。ハンバーグ嫌いだっけ?」
「いや、そんなこと無いけど……」
その時になって気がつく。
螢はいつからこんな饒舌になったのか。
こんなに笑顔を見せるようになったのか。
何より、この部屋に満ちる心臓を直接掴まれたような圧迫感は……?
「い、いい加減にしなさい!先生、その子を連れていって下さい!話はまだありますから!」
「は、はい。直ぐに!ほら、水城。直ぐ終わるから、な……」
そう言って男性教師が螢の肩に触れた直後―――、
スライドドアが鉄球で潰された如くひしゃげ、轟音と共に廊下側に倒れた。
「あ……新しい腕、凄い出力だな。……普通で良いのに」
呆れたように左手を覗き込み、しげしげと眺めた後、肩に置かれたまま硬直している手を振り払い、スタスタと部屋に入ってくる。
「ね、オバサン達。何か文句あるわけ?聞いてあげてもいいよー?」
傲慢不遜に言い放つその少年に、誰も何も言うことが出来ない。
やがて、冷えきった手が何か、硬いものに包まれた。
螢の左手。
鋼鉄でできたその手に引かれ、僕達はその学校を去った。
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Side螢
「ふう……」
数分前に通ってきた道を取って返し、学校にまでやって来た。
寄り道をしていない限り通学路ではち会うかとは思っていたが、結局学校までたどり着いてしまった。
「…………ん?」
とりあえず木綿季や藍子の教室まで行こうと思って昇降口に歩いていく途中、職員玄関に差し掛かった所に4月から担任になった教師が落ち着かない様子で立っていた。
(どうしたんだ……?)
胸騒ぎがして近寄ってみる。どうせ放課後に校舎に入る許可を貰わなければならないし、まだ家に帰ってきて無い木綿季をお母さんが心配している事も話しておいた方が良いだろう。
「先生?」
「!!……おお、水城。どうしたんだい?」
「実はですね……」
ここに来た理由をかい摘んで説明する。しかし、特に一生懸命という具合にでもなかった。そうゆう事情なら校舎に入るのはともかく、校内放送で呼び掛けてくれるぐらいはするだろうと思ったからだ。
「な、なるほど。えっとだな。紺野さん達は今……ちょっと厄介事に巻き込まれててな」
「厄介事?どのような……?」
「いや、それは……」
教師が言い淀んだその心の隙を突いて俺は職員玄関から中に入った。後ろから制止の声が聞こえるが、耳に留めない。
胸の奥でザワザワと良くない予感が立ち上る。
「木綿季、ラン……」
校舎に滞留する空気の臭いを感じとる。
壁の塗料、床のワックス、皮脂や化粧の臭い、香水、学校独特の様々な臭いの中から捜し物を拾い上げる。
――あの安らぎを与えてくれる、優しい匂いを……。
「……応接室?」
その部屋の前に立って今度は耳をそばだてる。
聞こえてきたのは、彼女達の秘密。喧しいキーキー声がそれを捲し立てて、学校側はそれを否定しない。
されど弁護もろくに出来ていなかった。
(……知らぬは俺だけ、か)
幾度となく感じた違和感、彼女達自身やお母さんが言ったこと、全てが噛み合って、真実を悟る。
どうしようかと迷っている内に、キーキー声は罵倒に変化し、
やがて、彼を怒りに染めた。
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車で迎えに来ていたお母さんに木綿季と藍子を渡し、少し言葉を交すと、自分は乗り込まずに歩いて戻る事に決めた。
「く……!?」
頭痛が激しくなり、その場に蹲ってしまう。
激情のまま『力』を解放し、暴れかけた事に今さら恐怖を感じた。
(……潮時か)
頭痛が引いていくのを感じながら電話帳を開くとある番号にコールした。
『珍しいね。君が掛けてくるのは。どうしたんだい?』
「力を貸して欲しい」
心が欲するままにそう、言い放つ。
『……つまりはあの話を受けてくれる、ということかな?』
「そうだ」
電話先の相手は暫しの沈黙のうち、翌日ある場所に来るよう告げた。
翌日、午前7時。
居候していた伯父の家には出ていく旨の書き置きを残し、自分の身の回りの物だけを持ったただけで特に持っていく物はない。
ただ1つ、彼女達との思い出の写真だけを丁寧に包み、少し迷った末にボストンバックの中に入れ、外へ出ると見知った顔が玄関の前で爽やかな笑顔で立っていた。
「……本当に、来る気か?」
「当然。……連れてってくれよ。僕達が居るべき世界にさ」
不敵な笑みで螢にとんでもない事を言い放つのは日野坂香夜。
昨日、帰り際に彼の家に行き、事のあらましと、別れを告げた。自分の取る道を含めて。
「荊の道、どころの話じゃあ済まないぜ?」
「良いって。こんな所で腐ってたら、人生勿体ないじゃないか。それにさ………僕達みたいな異端者は『コッチ』じゃあ、嫌われるだけじゃないか……」
「……分かったよ」
彼なりの嘔悩があっての『答え』ならば俺に止める権利は無い。
朝の住宅街に静かに進入してきた黒塗りの車。
日野坂が先に乗り込み、続こうとすると、
「螢!!」
「…………ッ!!」
後ろから走ってくる気配は1人分。誰かはすぐに分かった。
「……すいません、少し待ってて頂けませんか?」
「分かりました」
運転手に声を掛けて振り向く。
「木綿季……」
「良かった……まだ、行ってなくて……」
「……お別れは、言っただろ」
「僕は言ってないもん」
今朝早くにお母さんにだけ連絡し、謝罪と口止め、それと伝言を頼んだのだが、どうやら無駄だったようだ。
「螢……どこにも、行かないで。僕の秘密、聞いたでしょ。最期まで、一緒に、居てよ……」
「………………」
木綿季は……本当はこんな事を言う子じゃない。言うなら逆の言葉だろう。
今はただ、混乱して何も考えられないだけだ。
「それは、出来ない」
「……どうして。何で、螢が居なくならなきゃいけないの?嫌だよ……さみしいよ」
目に浮かぶのは宝石のように美しい水滴。夏の朝、朝顔の花の表面にあるような、儚く、小さな光の粒。
歩み寄り、その光の粒を拭ってやり――少し躊躇った末、その小さな体を優しく、ありったけの想いを籠めて抱きしめた。
「木綿季、お前は強い。俺よりも、誰よりも。皆の希望にだってなれる。ランやお母さん、お父さんの力に、希望に、木綿季はなれるんだ」
「そんなこと……だって、僕は……」
その先を続けようとする木綿季を頭をふって黙らせ、心の底から誓う。
諦めかけている彼女に、虚像でもいい、仮初めの勇気を与えるために。
「だったら、俺が2人を助ける」
「え……?」
「だから、待ってろ。俺が行くまで死ぬな。死んだら怒るからな!!」
そして、同時に再会の約束。俺がまだ『コッチ』側の真っ当な人間でいるうちの最後の約束。
「……はぁ、無茶苦茶言ってるよ、螢」
そう言って木綿季は笑った。
その笑顔を今までの『作り物』ではなく、純粋な喜色。
あのデパートの風鈴の前で見た、それだ。
「木綿季、少し早いが……渡しておくよ」
「……?」
木綿季の誕生日は5月、今は4月の半ばだ。
誕生日プレゼント。
人生で初めて人の為に選んだ贈り物。
荷物から取り出したのは長方形の白い箱。
その中身は……あの風鈴だ。
「わぁ!!」
箱を開けた木綿季はまた満面の笑みを浮かべる。しばらくそれに見入り、がばっと顔を上げた。
「螢、ありが―――!?」
俺はゆっくりと顔を彼女から離すと立ち上がり、踵を返す。
「じゃあな、木綿季。またな」
「う、うん……って、え?い、今の……キ……ち、ちょっと、螢っば!?」
真っ赤になって口元を押さえながらどもる木綿季を振り返り、俺はもう一度微笑んでから、その場を去った。
この時別れた、大切な彼女との再会はそれから数年後となる。
_______________________________________
「ふむ、了解した。その少年――いや、失礼。日野坂君の『ホークス』入隊を承認する。……さて、水城君」
「はい」
「もう、戻る事は……」
「承知の上です」
「そうか」
ホークス総帥武田将は1つ頷き、傍らのホークスの紋を象ったペンダントを放って寄越すと、低く厳かな声で告げた。
「水城螢。貴殿を本日付で『特務機関ホークス第三師団隊長』に任命する」
「拝命します」
斯くして、後に世界を震撼させる『カタストロフ』事件。
その阻止を担った『紅き死神』こと水城螢、『全知の参謀』日野坂香夜の物語はここに始まった。
後書き
日野坂研究員は実はMobでは無かった!という話ではありませんので、あしからず。
『世界を震撼させる『カタストロフ』事件』というのは後々のお楽しみに、アリシゼーションの後辺りであきらかに!なるかどうかは分からないw
『紅き死神』にしては珍しく甘さ多め苦さ控えめでお送りしました。比率的には6:4を目指したつもりです。さて、次回からさっそく原作開始ですが、先に注意事項。
実際には出版したらまずいだろうレベルに倫理観が無いような気がしてなりません。
出版じゃなくて公開だから、てか既に二次創作だから!のノリで参ります。
大丈夫!ユウキが可愛いからオールオッケー!!
さて、突然ですがコラボやります。一周年記念です。既に共演募集はしています!
七月中に「つぶやき」までお返事下さい。
んで、ちょこっとあらすじ。
「おまえは……!!」
「久しぶりだね」
『紅き死神』一周年記念、《Cross over:The end of future》
以上!ノシ
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