ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
密やかな会合
イギリス王国内、ウィンザー城。
イングランドの都市ウィンザーにある城で、ロンドンから日帰りで十分行ける距離にあり、毎年多くの観光客が訪れている。
現在の持ち主はイギリス王室で、女王が週末に過ごす場所でもある。
およそ45000平方メートルの床面積を持ち、現存する城で人が住むものとしては最大のものである。
六月にイギリスのアスコット競馬場でイギリス王室が主催する競馬祭《ロイヤルアスコットレースミーティング》開催時には、エリザベス女王自ら、ウィンザー城から馬車に乗って臨席し、レース表彰式では女王自ら優勝馬関係者に優勝トロフィーを贈呈する場所でもあるその城に無数にあるバルコニーのうちの一角には、二つの人影がいた。
華奢で、豪奢な造りのティーテーブルとその上に置かれている高価そうな───実際そうなのだが───ティーカップを挟んで座るのは、一人はカップが小人用ですか?と思いたくなるほどの偉丈夫、《伯爵》という重々しい肩書きを名乗る事を地球で唯一許されるその男、ヴォルティス=ヴァルナ=イーゼンハイム。
二人目は、細身の男だ。濡れているかのような黒髪に、切れ長の双眸は吸い込まれるかのような漆黒。加えて、着ているのは漆黒の白衣。存在自体が冗談のような格好だ。
ジッと見ていると、その男の周囲だけ時間の流れが違っているかのような、そんな不思議な感じがする、不思議な男だった。分かりやすく言えば、そこにいるようでいない、という風だろうか。
しかし、儚げな印象は全くない。何か、確固たる意思がある空気がその男に影をもたらしていた。
カチャン、と無言でカップを置き、ヴォルティスが言った。
「テオドラがやられたか。まぁ、あやつの実力では今のレンは止められはせんだろうがな」
それに、カップを傾けていた黒衣の男は軽く肩をすくめた。
「ま、そうですね。いかに、アメリカ軍の海軍隊員でもできることとできないことがありますからね」
綺麗な声だった。すうぅーっ、とどこまでも伸びて、透過して行くような声。
しかしなぜかしらその声には、対峙した者を見下しているような感じがした。
ふむ、と唸ったヴォルティスは肘をテーブル上に置き、あごを組んだ手の甲上にずしりと乗せた。
「卿よ。ウィルから報告は受けているが、レンの寿命があと数週間というのは本当なのか?」
「………えぇ、そうですよ。正確には、あと十八日と十五時間二十三分五十一秒ですがね」
すらすらと答えるその男に、フンとヴォルティスは再度鼻を鳴らす。
なぜそこまでの正確な時間を、などと言う疑問はこの男には不要だ。
どうせ教えてもはぐらかされるだけなのだから。
「もちろんこれは、今後あいつが一切の医療行為を拒絶した場合の、ですけどね。ま、それはあいつの性格上、無理と言うものでしょう」
にこやかに言い放つその男に、ヴォルティスは一睨みすると言った。
「ならばなぜ、テオドラは放って置いたのだ。負けると解かっているのに止めないなど、愚将のやることだぞ」
一般人ならば、蛇に睨まれたカエルのように竦み上がり、動けなくなってしまうその視線を男はやはりにこやかに受け流した。
「ならばイーゼンハイム卿。あなたは力が自分よりも上だったならば、どんなに憎い敵でも逃げますか?例えば、ご両親を殺した反王室派とか……」
「────────ッ!!」
ガタァン!という音が響き、ヴォルティスが椅子を蹴倒しながら立ち上がった。
その顔には、悪鬼のごとき憤怒の形相。
「貴様………。我を愚弄する気か…………」
ゆらり、と見えない何かが大柄な身体から放出される。平和そうにさえずっていた鳥達の鳴き声がにわかに遠のく。
しかし、この期に及んでもまだ男は涼しげな笑顔を顔に貼り付けている。
「まさか。俺にそこまでの度胸はありませんよ、伯爵」
「……………………………」
黙って蹴倒した椅子を元に戻して腰掛けたヴォルティスに、気を取り直したように男は続ける。
「しかし、卿。あなたの言う通り、少しスケジュールが詰まってきたのは事実です。こうなったら致し方ありません。日本に待機させている《彼ら》を動かすしかないかと………」
「………それで、レンは助かるのか?」
重々しくいうヴォルティスに、男は爽やかな笑顔で言う。
「さぁ?」
「……………………………………………」
「俺はただ俺のやりたいことをするだけです。他人のことなど興味もないし、本心から言えば知りたくも無い」
「それが、卿の弟であってもか」
「…………はい」
相変わらず、何を考えているのか窺えない笑顔を顔に浮かべて、男は言った。
返答までに一瞬の空白があったが、その間にこの男は何を考えたのだろう、とヴォルティスは思ったが、もちろん口に出してまで訊かなかった。
時間の無駄だ。
「卿の考えることなど、武人たる我には欠片も解からない。しかし、これだけは言っておくぞ」
そう言うと、ヴォルティスはテーブルから身を乗り出して、黒衣の男にズイッと顔を近付けた。
「あの子の平和を崩すな」
「………《平和》、ですか。一人の少女を救い出すために、自らの命も投げ出して救出しようとする。これのどこが平和なんですか?」
「よいか、卿よ。《平和》というのは、他人が定めるものではない。己が定めて初めて《平和》となるのだ」
「……………ありがたく頂戴しておきますよ。しかしあいつにとっての平和は、まだ実現されてはいないでしょうね。何せあいつにとっての平和は、少女を助けることですから」
肩をすくめて放たれた言葉に、初めてヴォルティスがクックと笑った。
「確かに、な。それついては我も同意する」
「………《彼ら》は、あいつに勝てると思いますか?」
「無理だろうな。あやつはもう、なかば人の域を超えている。良くて敗走、悪ければ全滅だろう」
「《人でないモノ》には《人でないモノ》、ですか」
「合理的だとは思わないか、卿よ。目には目を、だ」
そこで男は、もう一度カップを持ち上げて香りを楽しむかのように鼻に持っていった。
「歯には歯を…………なるほど。こちらはいつ発たれるので?」
すぐにだ、とヴォルティスは即答した。
黒衣の男は少しだけ眼を見開いた。
「お早いですね。てっきり明日くらいかと思っていましたよ」
「フン、それこそ卿の思い通りであろう」
「さぁ、どうでしょう。…………卿、あなたは《運命》というものを信じていますか?」
「《運命》、か。愚かな。《運命》など、己の手で切り開いていくものだろうに」
「そうですね。そう考えている人が多いと思います。しかし《運命》というのは、言わば図書館のようなものなのですよ」
ヴォルティスは凛々しい眉をひそめた。
「図書館だと?」
「ええ、これから入荷する本も、ずっと昔からある本も、その冊数も、全て決まっている。そんなシステムとでも言うべきものなんですよ」
「………つまり、卿はこう言いたいのか?《運命》は最初から決まっている、と?」
ヴォルティスの問いに、男はイエス、と言った。
なぜ英語、とヴォルティスは思ったが言わなかった。
「そしてその図書館の中身を見ることができたら、これから起こることも、そしてこれまでにあったこともわかるとは思いませんか?例えば、ビッグバンやペルム紀末に起きた大量絶滅、果ては生物の深遠に迫ることも可能なのです」
俄かに興奮し出した男の言葉を、ヴォルティスは頭の中で反芻させていた。
そう、こんなことを昔どこかで聞いたことがあるような気がしたのだ。
そうして、思い出す。
「《アカシック・レコード》か!しかしあれは単なるまやかしではないのか!?」
「ほぉ、知っていましたか。いえ、《アカシック・レコード》は実際にありますよ。しかし、信じる信じないは勝手ですがね」
「………それを使って何をしようとしている」
「使うなんてとんでもない。卿、さっきあなたが言った通り、俺も《運命》ってやつを切り開いてみたくなっただけですよ」
すらすらと淀みなく答える黒衣の男を、ヴォルティスはじっと見つめる。しかし、いくら見つめてもその真意は欠片も見えない。
ハァ、とため息をついてヴォルティスはカップを持ち上げて、また置いた。
自分ひとりが座っているティーテーブルの上に置いた。
向かい側には、誰も座っていなかったかのような、空の椅子と、同じく空のティーカップ。
誰もいなくなったバルコニーの中で、ヴォルティスはそっと
「それが……、本当に卿の願いなのか…………。小日向相馬」
呟いた。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「思わせ振りで、しかもかなりの重要そうなフラグ立て回か」
なべさん「そうだね。ま、回収できるかどうかはともかくとして」
レン「しろよ!?」
なべさん「問題は読者様達が作中に出てきた《アカシック・レコード》をご理解いただけているのかなあー、っちゅーことなんですよね」
レン「あー、出てきたねー。確か運命を記した本がある巨大図書館みたいなもんじゃなかったっけ?」
なべさん「そうそう、大体そんな感じ。過去、未来、現在の宇宙全部の情報がやってくる集積場、ってな感じだね」
レン「フィクション?」
なべさん「ん?いや、なんか実際に見たおっさんがいるらしいよ。真偽はともかくとして」
レン「へぇー、頭がおかしくなったんじゃない」
なべさん「やめなさい、ひんしゅくを買うから。はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいね~」
──To be continued──
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