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東方守勢録

作者:ユーミー
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第九話

「ご……あ……」


ナイフはことごとく俊司の肉体を貫いていく。そのたびに引き裂かれた痛みの血が流れる感覚が、体中を駆け巡っていった。


「もう一回!」

「ぐっ!?」

「もう一回!!」

「っ……」


一度だけでは物足りないのか、二度三度ナイフを抜いては差して行くクルト。そんな状況を俊司はただただ痛みに耐えながら見ることしかできなかった。

やがて満足したのか、クルトはナイフを俊司に刺したまま笑っていた。


「幼馴染のナイフで復讐を果たして……幼馴染のナイフで殺される気持ちってどうだい?」

「うる……さい」

「おお、予想以上に弱ってるね。まあ、僕もあと数分の命だろうけどね!!」


クルトはそう言うと、拘束していた俊司を思いっきり投げ飛ばす。

俊司はそのまま壁に衝突すると、まるで人形のようにだらんとしたまま地面に倒れこんだ。


「あ……ああ……」


激痛のせいか、もう俊司の口から声が発せられなくなっていた。なにか叫ぼうともしても、なにかしゃべろうともしても、出てくるのは空気のみ。

狂い始める五感をなんとか維持しながら、ゆっくりと動こうとしていた。


(力が……入らない……それに視界も何もかも……かすんで……)


かすみ始めた視界の中に、俊司はなんとか階段を捕えていた。

少しずつ体をはいずらせながらも階段に近づこうとする。ここで止まるわけにはいかない。ここで終わらせるわけにはいかない。ただの執念が俊司の手を動かそうとしていた。


(戻らなくちゃ……みんな……妖……夢……)


永遠亭で待つ仲間達、正面ゲートで戦っている霊夢達、捕虜の解放に向かった悠斗と雛、3階で足止めをしてくれた紫、そして階段の近くで待ってくれている妖夢。

どれだけ戻りたいと願っても、どれだけ会いたいと願っても、その思いは無残にも消え去ってしまう。

手の力もほとんどなくなっていた。動けるとしてもほんの数ミリずつ。

もはや打開策などありもしなかった。


(……)


俊司はもう何も考えようとはしていなかった。

動くのをやめて体を無理やり仰向けにさせる。目に映ってきた天井は、まるで憐れみにみちた視線を送っているようだった。


(……)


思考がどんどんと薄れていく。もはや自分が何を考えているかすら分からなくなっていた。

しまいには、いままで起きたことすべてがフィードバックされるように俊司の脳内に移り始める。死期が近付いてきたからだろうか、薄れていく思考のなかでも鮮明に見えていた。

そして、その映像を見ながら無意識に涙を流していた。


(俺……泣いてる? どうして……)


泣いている理由など分かりたくても分からない。だが、自然に流れてくる涙は、どこか悲しみの感情をほんのりと漂わせていた。


(そうか……妖夢……)


ふと頭の中に出てきたのは、半人半霊の少女の笑顔だった。

いつでも俊司を支えてくれ、ともに切磋琢磨をしてきた仲。それに、異性として好意を向けあってきた仲。だが、彼女からの答えは聞いていたが、自分の答えをきちんと伝えていなかった。

それが悔しくて泣いているのか、それとも彼女に会えないのが悲しくて泣いているのかは分からなかったが、彼女が絡んでいることは確かだった。


「そうか……そう……か」


かすれてほとんど聞こえなくなった声を、絞るようにして出し始める俊司。彼の顔は涙を流しながらも、決して悲しもうとはしなかった。








「ごめんな……妖……夢……約束……守れ……そうに……な……い……ゃ……」











それが、少年の最後の言葉になった。
































4階 階段付近


「静かになりましたね……」

「そうね……」


最上階の爆音や地響きがなくなり、妖夢と紫の心配は最高潮に達していた。

結果がどうなったのか気になるが、妖夢にとっては俊司が生きているかの方が心配だった。ほんの数分前からいやな予感がしていた。


「……」

「妖夢……」


紫も俊司のことを気にしているのか、心配そうにする妖夢の肩をポンとたたく。少しは気を紛らわすことができたが、それでも平常心でいられるわけではなかった。

その時だった。


「!?」


突然ガラスが割れたような音がしたと思うと、光の破片が階段から現れる。


「まさか魔法が……」

「……」


紫は何も言うことなく階段に足をかける。

だが、魔法が発動することはなく紫の足は階段に触れた。


「発動しない……」

「行きましょう!!」


二人は大急ぎで階段を駆け上がって行った。
























最上階


「俊司さん!!」


広場に入るなり妖夢はそう叫んだ。

だが、返事は帰ってこず、妖夢の声は広場を響き渡って行った。


「俊司さん……?」

「おかしいわね……静かすぎる」

「やあやあ……いらっしゃい」

「!」


突如、男の声が広場を響き渡る。

辺りを見渡すと、広場の奥の壁にもたれるようにして男が座っていた。


「案外遅かったんだね? まあ当然か」

「……俊司さん……は?」


辺りを見渡すが、俊司の姿は見当たらない。見えるのは、名も知らない男のみ。状況から考えて俊司の復讐相手だろう。

妖夢の心臓の鼓動は、一気にピークを迎えていた。


「……どこにいるんですか?」

「なに? 聞こえないんだけど?」

「俊司さんは……どこにいるんですか?」

「ああ、俊司君ね? 知らないなぁ」

「答えてください……」

「だから知らな」

「答えろおおおお!!!!!」


妖夢はいきなり叫ぶと、一気に男に近づき刃先を首に突き付けていた。いつもの穏やかな目は消え、憎悪に満ちた目で男を睨みつける。

だが、それでも男は不敵な笑みを浮かべていた。


「まあまあ落ち着けって。その目……あいつと全く同じだぞ?」

「うるさい……早く教えろ……さもないと切る!!」

「別にかまわないさ切っても……どうせ死ぬんだから」

「!?」


男は軽く鼻で笑うと、腹部を抑えていた手をどかす。そこには生々しくつきぬかれた傷穴と、赤々しい血がべっとりといつていた。

なんとも言い難い苦痛が、少女の心を貫く。


「答えがほしいか?」

「……嘘……だ……」

「じゃあちゃんと言ってやるよ。俺とあいつは相討ちだったんだよ。二人揃って死んじゃいますってことさ」

「!!」


男がそう言った瞬間、妖夢の手から楼観剣が滑り落ちた。同時に少女の体から力が抜け、その場に座り込む。

男はそれを見ながら、笑みを浮かべていた。


「なに、そんなにショックだったのか? あいつのことが好きだったの?」

「あ……ああ……」

「あいつも哀れだよなあ。こんなこを置いていくなんてさぁ」

「やめろ………やめろやめろやめろ!」

「まあ、どうでもいいか。あいつが死んだのにはかわりないし」

「やめろおおおおお!!!」


妖夢は再び楼観剣を手に取ると、何も考えようとせず男に切りかかろうとする。

だが、刀をふりおろそうとした瞬間、紫がその手を引き留めていた。


「やめなさい妖夢」

「はなしてください紫様!こいつは……こいつは!!」

「気持ちは分かるわ。でも……あなたが彼を殺してなんになるの?」

「関係ありません!!」

「そうよ。何もないのよ。死にかけの彼を切ったところでなにもならない……俊司君が戻ってくることはない」

「でも……でも……」

「こらえなさい妖夢。悲しむのは……すべて終わらせてからよ」

「……う……あ……」


すっかり脱力してしまった妖夢を紫は片手で支える。そして、そのまま男を睨みつけた。


「何?」

「……外道が」

「知ってる。早く逃げれば? ここももうじき壊れるから」


男がそう言った瞬間、大きな爆発音が何度も響き渡る。そのたびに所々から火が燃え上がり爆風が生まれていた。


「……」


紫は再度男を睨みつけた後、脱力したままの妖夢を抱えたままスキマを作り中に入っていた。

















広場に残されたクルトは、一人思い出にふけっていた。


「まさか……軍隊なんかに属して最後を迎えるとは……昔と大違いだな」


そう呟くと、クルトはポケットからある物を取り出す。


「このお守りの役目も……もう終りだな」


ところどころが汚れてしまっているお守りを見ながら、クルトは少し笑みを浮かべていた。


「さて……あなたの言うとおり組織と一員としての人生……経験してみましたよ。なかなかおもしろかったな……ぜんぶあんたのおかげってことか。」


天井を見ながらクルトはそう呟く。なにか深い思い出を蘇らせながら……

















「ありがとうな……慧音先生」










そう言った男の頭上には、大きながれきが迫っていた。 
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