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エターナルトラベラー

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第八十六話

 
前書き
今回で丁度100話目です。連載開始からおよそ二年、転載から一年。結構長い事続いていたのですね… 

 
さて、目の前にはアインツベルン家が用意した乗用車がある。

「え?イリヤ、これに乗っていくの?」

「そうよ、何かおかしな所がある?」

「いや、無いけど。この聖杯戦争の為だけに用意したにしては高かったんじゃない?」

「そう?お爺様が手配してくれたのだけれど、高いものなの?っていうか、サーヴァントのあなたが物の値段なんて分かるの?」

「いや…まぁ」

口を濁す俺だが、目の前のロールス・ロイス・シルヴァーセラフにはあきれ返っていた。

日本の乗用車とは一線を画す豪奢な内装の高級車であった。

一応ナンバーは日本で取り直したのか大きさが合っていないのだけが外観を損ねているが、持ち前の高級感を損ねるほどではない。

「チャンピオンって騎乗Aを持っているわよね。だったら運転できるはずよ」

まぁ、別に騎乗スキルなど無くてもこの時代の車くらいなら運転できるのだが…

「俺が運転するのか?」

「そうよ。リズとセラが着いて来たら両脇を固められて自由時間なんてないじゃない。今は二人の目を盗んでいるんだから早く行きましょう」

「まぁ、イリヤの命令なら運転くらいはするけれどね」

俺はロールス・ロイスの後部座席のドアを開きイリヤを迎え入れる。

「どうぞ、お嬢様」

「ごくろうさま」

などと、プチお嬢様ごっこの後に自分は運転席へ。

騎乗スキルでシートに座った瞬間にその扱い方が感覚として感じられるが、まぁ関係ないか。

イリヤに命じられるままに車を運転してアインツベルンの森を抜け、冬木市の新都へと到着。車を時間貸し駐車場へと駐車すると、そのまま新都をイリヤと一緒に回る。

日も落ちかけて来た時、俺達は広い公園へと足を踏み入れた。

その公園はまだ日は沈んでいないと言うのに人気は少なく閑散としていて何処か空気が淀んでいた。

余りにもおぞましい気配が立ちこめ、それを感じた俺は警戒を強める。

「チャンピオンにもここの淀みは分かるのね」

「…ここは?」

俺の問いにイリヤは表情を曇らせてから答えた。

「ここは前回の聖杯戦争が決着した場所。…わたしのお母様が死んだ場所よ」

「…そうか」

イリヤの母親について、俺はその情報を持ち得ない。

あの映画では出てこなかったし、おそらく死んでいるのだろうと言う事は漠然と分かっていたが、その詳細は知らなかったのだ。

イリヤはほんの少しの間公園を見渡すと踵を返した。

「いきましょう、チャンピオン」

「母親に祈りを捧げていかないのか?」

「お母様はいつでもイリヤの心の中にいるもの。だから祈りなんて必要ないわ」

と毅然に答えたイリヤにうながされ、俺も彼女の後を追い公園を後にした。

日が落ちるのを待って聖杯戦争が始まる。

いや、別に夜しか行わないと言うわけでは無いのだろうが、人目を避け、魔術の漏洩を最小限にすると言うのがこのゲームに参加する者の暗黙のルールなのだ。

「それじゃ、行きましょう、チャンピオン」

「はいはい」

「もー、もう少しやる気だしなさいっ!」

「とは言えあたりにサーヴァントの気配は無いし。まずは相手を探さないとどうしようもない。しかし、俺達にはそのサーヴァントが何処に居るのかと言う目処が全く無い」

「アサシンのサーヴァントなら気配遮断スキルを持っているから、あなたの索敵能力に引っかからない事もあるわ。それと、マスターは始まりの御三家からは優先的に一枠授けられる。アインツベルン、マキリ、トオサカの三家はこの聖杯戦争に必ず参加するでしょうから、マスターになりそうな人物の情報と居城は調べてあるわ」

「なるほど。それじゃ、そこに此方から出向くのか?」

「そう言う訳にもいかないの。いい、チャンピオン。魔術師の家と言うのは魔術工房の役割を持っている場合が多いの。特にここに何世代も根を下ろしている彼らの家は間違いなく魔術的な守りが施されている。対魔力の高いチャンピオンには傷一つつかない様なものだろうけれど、普通工房攻めは攻める方が不利なの。篭城されたら三倍の戦力が無いとって昔の偉い人が言っていたようにね」

「じゃあどうするんだ?」

「とは言え守ってばかりも居られない。聖杯戦争に勝つためには打って出なければならない時が必ず来るわ。だったらわたし達は逃げ隠れせずに歩き回り、出会った敵をを倒せばいいのよ」

当然でしょとばかりにイリヤは言った。

「それじゃ、とりあえず今日は?」

「適当に夜の散歩と洒落込みましょう。昨日のランサーがまたちょっかいをかけてくるかもしれないしね」

「了解」

日が落ちて気温の下がった夜の街をイリヤを連れて歩き回ったが、その日は全く成果なし。サーヴァントと出くわさないままにアインツベルンの森へと帰る事になったのだった。



また夢を見る。

今度は日本のブケヤシキみたいな所で誰かが下働きをしている。

黒い髪、黒い瞳のその人は、やはり何処か人から距離を置いていた。

その彼も年頃になったのか、近しい女の子と一緒に学校へと通う事になる。

しかしその学校と言うのがとてもおかしい。昔キリツグから聞いたニンジャと言う架空のアサシンを育成する所のようだ。

シュリケンやマキビシ、クナイと言った現代ではその存在すらあやふやな道具の使い方を教わっている。

面白いなと思ったのは忍術だろうか。その男の子が手を変な感じで組み息を吸い込むと、吐き出した吐息が火の玉へと変わる。ニンジャなんて居ないってキリツグは言っていたけれど、この夢に出てくる彼らは間違いなくニンジャだった。

ニンジャの彼はやっぱり何かに怯えていた。自分の存在そのものを戸惑いながらも、自分の環境に言い訳をして結局やってはいけない何かを自分でしている。…いつかの誰かと同じだと心のどこかで認める事を全力で拒んで。

それでも、彼はうまく生きていた。少ないながらも友達も出来たようだ。しかし、それがまた自己嫌悪に拍車をかけているようでもあった。

何かの試験の最終日。彼の街を巨大な怪物が襲っている。それは大きな蛇だったり、巨大なサソリだったり巨大な蟻だった。

人々は逃げ惑い、しかしそれでも幾人も死んでいく。

この後はどうなったのだろう。見られたくないのか覚えていないのか、急に風景が移り変わった。

それは月が綺麗な夜だった。まだ彼の年齢は少年の域を出ていない。しかし、彼には何か予感が有ったのだ。

もうこれ以上ここには居られないのだと。タイムリミットが迫っていた。

その全てを受け入れ、抵抗も無いままに彼はまた暗闇へと消えていった。







バサリと布団を跳ね除ける。

「また…ね。でもますます分からない。今日の彼は前の夢の彼とも違った。…はぁ、考えてもしょうがないわ」

きっとまだあの夢は続く。別に見ようとしている訳じゃないのだけれど、盗み見ているようで体裁が悪い。

「なによ、チャンピオンが悪いんじゃない。わたしの所為じゃないわ」

と調子を切り替えたわたしは背伸びで眠気を飛ばすと呼び鈴を鳴らし、リズを呼び着替えさせてもらうとチャンピオンが作っているであろうスイーツにつられるように部屋をでた。



単独行動スキルを持っているとは言え、イリヤは俺を一人で索敵に出すことは無いし、逆に言えば自由行動を許すつもりも無いようだ。

このアインツベルンの居城の中なら問題なく動き回れるのだが、それ以外となると難しい。彼女の言葉に命令を混ぜられて行くなと言われれば外出する事は難しいのだ。

その為にどういう状況になっているのか全く掴めていないのが不安でならない。

今日は日が落ちた頃に冬木市に入り、敵を探してふらついている。

時刻は会社勤めの人たちも残業でもなければ夕ご飯を済まし後は就寝を待つ時間帯。小学生などはとっくに寝ている頃だろう。

そんな時刻を俺達は今、外人墓地の横を通り冬木教会のある高台の方へと歩いている。

前方から下って来るのは高校生ほど青年と紅い服が印象的な少女。後は黄色い雨具を被ったサーヴァントが一騎だ。

「…イリヤ?」

そのサーヴァントを遠くから見てイリヤは凄く冷徹な表情を浮かべていた。あのサーヴァントとイリヤには何か因縁が有るのだろうか。…いや、セイバーは前回の聖杯戦争でイリヤの父親のサーヴァントでもあったのだ。それを考えれば複雑なのだろう。

「ううん。なんでもない…行くよ、チャンピオン」

イリヤは率先して彼らと距離を詰めると手前の三人に声を掛けた。

良い夜ね、と。

続くイリヤの言葉で衛宮士郎、遠坂凛であると言う事が知れる。残ったサーヴァントはセイバーであろう。

セイバーの他にサーヴァントの気配は無い。どうやらアーチャーは居ないようだ。

バッとセイバーが雨具を取り払い衛宮士郎を庇うように前に出た為に俺もイリヤを背にするように前に出る。その瞬間に武装を顕現させ、いつでも敵を阻めるように警戒する。

「それが貴方のサーヴァント?大した英霊じゃ無さそうね」

と遠坂凛がマスターの能力として透視した俺の能力を見て鼻で笑った。

「あなた、いったい何の英霊なのかお聞かせできないかしら?剣を持っているようだけれど、セイバーはここに居るし、アーチャーでもない。三騎士の残りはランサーだけど、ランサーは槍の英霊、剣を持たない訳じゃないだろうけれど、彼も既に居るし」

「ああ、ちょっと待ってくれ…」

遠坂の質問に待ったを掛けて俺は身の内からの声に耳を傾ける。

『セイバーが居るんだよね』

『……今度はフェイトか。…戦いたいって言うんだろ?』

『うん、変わってもらえないかな』

『了解。適当な所で今日も離脱できるように心がけてよ』

『保障は出来ないけど、分かった』

そりゃそうか。と思いつつ体の主導権を交代する。



銀色の甲冑を着たチャンピオンのシルエットが歪む。

「なっ!?」
「なんだっ!?」
「こっこれは!?」

あの人たちが驚くのも無理は無い。

初見はわたしも驚いたもの。

これはこの前のあれだ。

思った通りに一瞬でチャンピオンの姿が女性の姿へと代わる。

鎧は黒に金色の縁取り。腰はフレアスカートのように広がっていて造りはこの間の白と桃色の彼女に似ているが、持っている武器は小型の戦斧だ。

その斧は以前の夢に出てきた彼の杖に似ている。

油断無く彼女はその戦斧を構えて宣言する。

「チャンピオンのサーヴァントです。セイバー、一勝負お願いします」

「受けよう」

「なっ!?イレギュラークラス!?」

「遠坂?」

トオサカの隣に居たシロウが慌てている彼女に聞き返す。

「さっき話したでしょう。今回の聖杯戦争は基本の7クラスでは無いって。目の前のアイツがそうよ。基本クラスではない分、扱いはピーキーだと思うから、基本ステータスが弱いからと言って油断は出来ないわね」

「何を言っているの?トオサカリン。チャンピオンのステータス、ちゃんと見てみなさいよ」

「は?」

『ロードカートリッジ・サークルプロテクション』

ガシュっと薬きょうが排出され、魔力が充填され、チャンピオンが戦闘態勢を整え、わたしに防御魔法を行使して守りを固める。

「やばっ!?こいつ桁違いだっ…筋力、敏捷、耐久がブーストされてる」

「シロウ、離れてっ!そこに居ては危険だっ!」

セイバーも目の前のチャンピオンの異様さを感じ取り、自分のマスターを下がらせようと声を掛けた。

『クレッセントフォーム』

斧の先端が開いたかと思うとそこから魔力が噴出し、刃が形成される。それは死神の鎌のように弧を描いた大鎌に姿を変えた。

セイバーもその手に持っている見えない何かを構える。おそらくアレは彼女の宝具。何かの力でその姿を隠した彼女の武器だろう。

ジリッと両者が出方を窺う。

「クレッセントセイバーっ!」

チャンピオンが振りかぶった鎌を一振りさせると、その刃が打ち出されるようにセイバーへと飛んでいった。

「ふっ!」

セイバーのクラスは優秀な対魔力を持っている。目の前のそれを防御するまでも無いと感じ取ったのかセイバーはそのまま突進し、肩からその刃に当たっていった。

目論見どおりその刃は霞と消えたが、一瞬視界を奪った閃光に乗じてチャンピオンは接近し、再び纏っている光の刃を振りかぶり、セイバーを斬りつける。

「っ!?」

先ほどの物と一緒なら、セイバーの対魔力の前に維持できず、刃先が消失してしまうはず…しかし、セイバーは自分の手に持っている姿の見えない何かで受け止めた。

そうか。チャンピオンも類稀な対魔力を持っている。チャンピオンの魔術的な何かを打ち消す為に干渉するセイバーの対魔力を自分の対魔力で拮抗させてキャンセルさせたんだ。

流石に体を離れすぎたものには効果が無いみたいだけど、手に持った武器の魔力までは幾らセイバーの対魔力が高くても散らせないらしい。

ギィンギィンと甲高い剣戟の音が聞こえる。

見えない剣を正確に捌いていくチャンピオンに、その武器が大鎌と言う事もあり、慣れない相手に苦戦を強いられるセイバー。

二人の戦闘は距離を保ちつつ着かず離れずを繰り返していて、リンも援護のタイミングを逸している。それならとこちらに向かってガンドの魔術を放って来たが、それはチャンピオンの張ったバリアに弾かれて役にたたない。

ギィンと一際大きな剣戟が響いたかと思うと、セイバーとチャンピオンはお互いに距離を開けて対峙し、仕切り直しと言った感じで武器を構えている。

「…あなたにはこの武器が見えているのか?」

「だってそれって光を屈折させて透明にしているだけで、編んだ魔力を隠しているわけじゃない」

「なるほど、あなたにはこの剣の魔力を見ていたと言う事か。私には見えぬが、この剣の形は筒抜けだったか」

「西洋の直剣だね。セイバーの名に相応しいほどの名剣だと見えるよ」

「あなたの鎌も中々のものだ」

『サンキュー』

「意思のある宝具なのですね。その大鎌は」

「うん。私の相棒なんだ」

『ロードカートリッジ・ザンバーフォーム』

そう答えたチャンピオンはカートリッジを一発ロードさせ、魔力の充填を行うとその鎌の形を大剣へと変えた。

「ほう。剣の英霊である私に剣で挑むと言うのか貴公は」

「剣の英雄のクラスに選ばれる程の騎士と一度戦ってみたかったからね」

問答はそこで再び終わり、互いに地面を蹴り距離を詰めると再び剣戟の音が響き渡る。

なるほど、彼女はチャンピオン達の中で一番直剣に秀でた存在なのだろう。

槍には槍で、剣には剣で挑めるサーヴァントなんてチャンピオンしか居ないだろう。いや、彼の力を見るにキャスターには魔術で挑んでも勝利できるのでは無いだろうか。

バチバチと放電する音が聞こえる。おそらくこれはチャンピオンの大剣の刀身が電気を帯びているからだろう。

互いの剣戟はいつまでも続くのではないかと思えるほど拮抗している…ように見える。

けど、たぶんチャンピオンは手を抜いている。だって、さっきから単純に武器を振っているだけだもの。

ううん、確かに彼女の太刀筋からは長年の研鑽の上の美しさや強さがある。けれど、チャンピオンが言っていた。彼女達の修めた技術は自分と大差ないと。

と言う事は以前の彼女が使った宝具に宿っている特殊能力のような能力も彼女は身につけているはず。そう、獲物を重くする能力や、物を透過する能力みたいなものを…

あ、もしかしてチャンピオン(アオ)も持っているのかな。そう言った能力を。

とと、そうではなくて、今重要なのは彼女が手を抜いているかもしれないと言う事だ。

これはマスターとして諌めなければならない。

「チャンピオン。何を遊んでいるの?真面目に戦いなさい」

わたしの言葉が呪力を伴ってチャンピオンに強制力を伴った言葉として届く。

「セイバー、斬り合いはここまでになりそう。マスターが真面目にやれってさ」

「そもそもサーヴァントの決着には宝具の開放が最も早い。気にする必要はありません」

「そう。なら、ピッチを上げていくよ」

「望むところです。全ての障害は私の剣で切裂いて見せましょう」

なんて会話を切り合いざまに交わしたあとチャンピオンは大剣を右手で持ち、左手を何かを下手で放り投げる感じで幾つかスローイング。

「むっ?」

突然の事にセイバーはその投げ出した何かを切り伏せる事ができず、その何かを警戒し、停止する。

チャンピオンの手のひらから出たテニスボールくらいの大きさの何かはセイバーを通り過ぎた後ろで固定されたように止った。

チャンピオンはセイバーをそのボールとはさむような位置に陣取ると、構えた大剣でアスファルトを抉る。

「はぁっ!」

ドオーンッ

爆発音と共に舞い散る幾つもの(つぶて)はまるで磁石にでも吸い寄せられるかのように一直線にセイバーに襲い掛かる。いや、正確にはセイバーの後ろにある球体目掛けて飛んでいっているのだ。

「なっ!?」

散弾銃もかくやと言った勢いのその礫にセイバー横に転がる事で回避する。別にセイバーの防御力ならあれくらいの礫など恐れるほどの物ではないが、結果としてセイバーの回避は正しかった。

チャンピオンによって巻き上げ続けられたアスファルトや土などの微粒子が集まり先ほど放たれた何かに吸着したそれはおよそ直径一メートルほどの大きさにまでなっていた。

セイバー自身を吸着できる物では無いらしいが、もし、この引き寄せられた粒子に捕まったら?

それはギチギチと唸りを上げている球体が物語っている。あれの呪縛は強力なようで、捕まれば圧殺されてしまっていただろう。

ドオーンッ

またも爆音。

舞い散ったアスファルトは再びセイバーへと襲い掛かる。

いつの間にかチャンピオンが吸着の核になるあの弾をセイバーの背後に投げていたようだ。

さらに避けるセイバーに死角から一閃。チャンピオンの大剣を辛くも転がりながら避けるセイバーには現状を打開できるだけのチャンスがなく、今は逃げるのが精一杯のようだった。

チャンピオンは粉塵も利用しながらセイバーの視界から巧く姿をくらましつつアスファルトを巻き上げ続けている。

一定量吸着したそのアスファルトの塊は、どうやらそれ以上吸着する事が出来ないのかその吸着力が落ちている。

最初に投げ出したそれなどは殆どただのアスファルトの塊だ。

セイバーはそれを背後にチャンピオンの気配を探る。が、しかし。チャンピオンのその能力はどうやら吸着だけではなかったらしい。

突如爆発したように弾き飛ばされたそれが背後からセイバーを襲う。

「がはっ…」

なるほど、吸着と反発で一セットなのね。

と一人で納得するわたし。

セイバーは予想外の攻撃に不意をつかれ、ダメージを負ってしまったようだ。

ふらついたその瞬間、チャンピオンはセイバー目掛けて作り上げた三つの塊を押し出した。

転がるようにそれらはセイバーの所へと迫り、その集められたアスファルトを開放する時を待っている。

流石に先ほどの威力の衝撃が後三度繰り返されればセイバーと言えど致命的な隙が出来るだろう。

勝った。とわたしは思ったが、ここで思わぬ乱入者が現れた。

「セイバーーーっ!」

「…っシロウ?」

シロウだ。

シロウは有ろう事か小柄なセイバーの体に覆いかぶさるようにして地面に伏し、その身を挺して守ろうとしたのだろうが、セイバーでは耐えられても人間である彼が耐えられる訳が無い。

身を挺してサーヴァントを庇った所で自分が死んだらサーヴァントを助ける事なんて出来ないのに。

あの男はそれすらも分からないのか。

「っ!?」

乱入者の出現でチャンピオンはおそらく爆発させるはずだったそれを寸での所で取りやめたが、その巨石は止らず。そのまま二人を押しつぶさんと迫る。

「どいて下さいっ!シロウっ」

「なんでだよっ!」

聞かないシロウを無理やり引っぺがすセイバー。

「はぁっ!」

セイバーは四肢に力を込めてシロウを跳ね除けると迫る巨石を切り伏せた。

ドスンドスンと鈍い音を立ててアスファルトが落下する。

チャンピオンの能力から離れたそれは地面に落ちた瞬間に瓦礫の山と化した。

セイバーはシロウを背に庇うように立つと剣を下げ表情を曇らせる。

「すまない、チャンピオン。あなたの心遣いのお陰で我がマスターは生きている」

「うん。ちょっとビックリしちゃったけど、その人じゃあれは耐えられなかっただろうしね」

セイバーはシロウの襟首を引っつかむと後方に向かって放り投げた。

「え、あ?セイバァァァァァァアアア?」

ズザーーっと音を立ててアスファルトを転がっていくシロウはリンの手前でようやく止った。セイバーが絶妙な力加減で投げ飛ばしたのだろう。

「リン、すみませんがマスターを二度と入って来れないように拘束していてください」

「なっ!?どうしてだよっ!」

「バカね衛宮くん。あなたが死んだらセイバーは現界してられないのよ」

「だからって見ているだけは出来ないじゃないかっ…確かに方法は悪かったけど、それでも目の前で人が死ぬのは嫌だっ!」

「それこそバカよ。サーヴァントは既に死んだ存在。ここで殺されたからと言っても元の場所に戻るだけよ」

リンがシロウに怒っているような声で言って聞かせているが、当の本人は理解していない。

何だろう…なんかもやもやする。

なんか面白くない。

「チャンピオン、今日はもう帰りましょう。なんか飽きちゃった」

その言葉を聞くとチャンピオンはわたしの側まで下がってセイバー達に睨みを効かせている。

「それじゃあね、お兄ちゃん。リン、次は殺すから」

短く言い捨てるとわたしは踵を返す。

「まてっ!」

「まだやるなら次はあなたのマスターの生死を考慮しない」

引き止めるセイバーにチャンピオンがそう答えるとようやく解散ムード。セイバーも追ってくる事はないだろう。

三人が見えなくなるまで遠ざかると、いつの間にかチャンピオンも男の彼に戻っていた。

「いったいあなたの中には何人居るのかしら?」

「さてね。この聖杯戦争中に全てが出てくる事は無いよ」

「そっか」

質問をはぐらかされてしまったが、特に知りたいわけでもない。もやもやした気持ちに整理がつかないから何となく話題に出しただけだ。

基本的にチャンピオンはわたしに干渉してこない。サーヴァントだからって事もあるんだろうけど。きっとこれはこの彼の性格なんだと思う。

「今日はもう城に帰るのか?」

「ええ、空の散歩でもしながら帰りたいわ。チャンピオン、お願いね」

「了解」

と言った彼はわたしを抱き寄せると、背中に光る妖精の翅を出し夜空へと舞い上がる。

夜の空を切裂きながら夜景を眺めているうちに先ほどのもやもやはなりを潜めた。







夢を見ている。

また別の彼の夢だ。

見える街並みは近代的で、なんと言うか、まだなじみの無いこの冬木市が一番近い感じだろうか。

今度の彼はなんて言うか、その現実に戸惑いつつも何処か嬉しそうだ。

彼は一人、魔術の練習をしている。

ようやく手に入れたことに本当に喜んで、でもやはりどこか何かに怯えている。

彼が怯えているのは何だろう。

いつも彼は未来に恐れを抱いている。

未来が怖いなんて事は人間なら誰しも持ちえる感情なのだけど、彼のそれはそれらとは少し違うような気がする。

時間が進む、幼少時代が過ぎ、二次成長が始まるかと言う頃、彼の周りでショックな事が起こったようだ。

現れたのは一人の少女。

その彼女の持っている杖がこの間見た最初の女性のチャンピオンが持っていたそれに類似している。

ああ、これはきっと彼女だろう。

彼女に彼は自分の技術を教えている。しかし、彼はすこし複雑なようだった。

場面が移り変わる。

淡々と過ぎていく日常の中で、彼は特に焦っていた。

その理由は分からないが、とても心配している事が有るらしい。

ある日、彼の家に記憶をなくした少女が運び込まれてきた。金髪に赤い瞳の彼女の存在に彼は酷く動揺したようだ。

取り返しのつかない何かを目の前にどうして良いか分からないと言った感じだ。

また場面が移動する。

ビデオの早回しを見ているように、意味を捉える前に場面は移り変わっていく。

良くは分からないけれど、彼は焦っていた何かに答を見つけたらしい。

その後の彼の生活は穏やかとはかけ離れた事も多々あったけれど、見つけた幸福を大事に精一杯生きたようだ。







「これで三回目。…でも、きっと全部同じ彼の人生。…これはどういう事だろう」

とベッドの上で呟いた後、憂鬱な気持ちを振り払いわたしは起き上がった。
 
 

 
後書き
今回はフェイトの権能によって強化された吸着能力(マグネットフォース)の応用編ですね。しかし、この吸着させると言う能力は結構汎用性が高い気がします…その気になればもっとえげつない事も… 
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