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駄目親父としっかり娘の珍道中

作者:sibugaki
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第5話 地図やガイドブックを持ってても迷う時は迷う

 白面の闇が一同の視界を覆い尽くしていた。一同にとっては今自分が目を開けているのか閉じているのか。意識があるのか、それともないのか。それらの類が全く分からなかった。
 只、今こうして目の前に発せられている閃光が一種の暗闇状態となっており銀時達の視界を塞いでる事が分かる。

「あれ……目の前が真っ白だ……でも、前は真っ暗だった筈……あれ? あれ?」

 新八は今、此処に自分しか見えない事に気づく。
 誰も居ない。銀時も、神楽も、定春も、ユーノも居ない。そして、背負っていた筈のなのはも居ない。

「皆、何処なんですかぁ! 銀さん? 神楽ちゃん?」

 声を出したが反応はない。嫌、そもそも自分は声を発しているのかさえ疑問に思われる。
 声は聞こえるのだがそれは口で放った声なのか、それとも脳内で発していた声を勝手に放ったと認識したと誤解しているのかも知れない。
 だが、その真相を知る手立ては今の新八にはないのであった。
 自分はこのまま一生閃光の暗闇の中に永遠と漂っていなければならないのだろうか。
 無重力とはこう言う類の事を言うのだろう。そう思いつつも、新八は一生に体験出来るかどうか分からないこの感覚を楽しむ事にした。
 最初は戸惑ってはいたが、この感覚も中々悪いものじゃない。そう思いながらこの浮遊感を楽しんでいた時だった。
 誰かが自分を呼ぶ声がした。だが、おぼろげに聞こえる溜誰の声かは分からない。
 空耳だろうか?
 そう思いながらその呼ぶ声を無視していた時、今度は右頬に激しい痛みが走った。
 それも、かなりの痛みだ。例えるなら……とんでもない馬鹿力で殴られたような。




     ***




「起きろやぁこの駄眼鏡がぁぁ!」

 一向に目覚めない新八に馬乗りとなり神楽が何度もその顔面を殴りつけた。新八の両頬は既に大きく腫れ上がっており、元の顔とは掛け離れた顔となっていた。

「おぉい神楽ぁ、あんま殴り過ぎんなよぉ。お前の馬鹿力じゃ最悪そいつを撲殺しちまう危険性すらあるだろうが」

 その横では銀時が腰を下ろしていた。同様にユーノも其処に居る。勿論フェレットの状態のままだ。
 一同が今居るのは何処とも分からない林の中であった。幸い木々はそれ程高くなく、そして多くもない。
 どうやら樹海ではないようだ。その為それなりに遠くを見渡す事が出来る。だが、だからと言って良好と言う訳ではない。既に空は闇が支配しており、天辺には光り輝く満月が漆黒の夜空を照らしていた。
 どうやら異世界でも空の色に変わりはないようである。しかし地理がないと言うのは変わりがない。此処は一体何処なのか? それを知る術が、今の銀時達には全くなかったのである。

「う……うぅ……」
「銀ちゃぁん! 新八が目を覚ましたアルよぉ!」

 そうこうしていると、先ほどまでトリガーハッピーを連想させるかの如く殴り続けていた神楽が声を張り上げる。どうやら新八が意識を取り戻したようだ。
 それを聞き、一斉に新八の元へと駆け寄る。

「おいぱっつぁん。生きてるか?」
「ぎ、銀さん……何だろう。ほっぺたが凄く痛い……何処かぶつけたんですか?」
「嫌、神楽がさっきまでお前の事ぶん殴ってた」

 隠す事もなく真っ正直に述べてきた。それを聞いた途端、新八の中に激しいまでの怒りが込み上げてきた。起こし方ってのがある筈であろう。普通に軽く叩くとか揺さぶるとか。
 なのにこいつらときたらそれを殴ると言う選択肢でやってのけたのだ。怒らない方がおかしい。

「ふざけんなよてめぇら! 起こし方ってもんを考えろや! 僕の事殺す気なのかぁ!?」

 かなり大声で吼えた新八。だが、それに対し銀時達は全く意に返してない。それどころか寧ろ新八の言い分に対し返って腹を立ててる様子だ。

「何ですかねぇこの駄眼鏡君はぁ? 起こし方に気をつけて欲しいだってさぁ。まさか眠り姫みたく目覚めのキッスで起こせって事かぁ? 夢見るのも大概にしろやボケェ」
「マジキモイアル。暫く私に近づかないで」

 あれ? 一体どうしたのだろう。自分は正論を述べた筈なのに何時しか自分が悪者みたいにされていた。ふと、自分の頬を摩ってみた。新八の頬は、何故か濡れていた。
 濡れていた部分を辿っていくと、それは新八の目に至った。どうやら、無意識の内に涙を流していたのだろう。
 精神に多大なダメージを負ってしまったようだ。されど、今の新八にそのメンタルを回復する手段は何処にもないのであった。

「ま、お前が変な趣味に目覚めたとかそんなのはどうでも良い。それよりもだ――」

 勿体付けるように銀時は間を置き、そのまま新八のまん前に近寄りじっと、その目を見た。
 その時の銀時の目は真剣そのものであった。

「新八……お前、なのはが何処行ったか知らないか?」
「な、なのはちゃん? 居ないんですか」

 今になって新八は気づいた。此処に居るのは自分の他に銀時、神楽、そしてユーノの四人しかいない。なのはの姿は何処にもなかったのだ。
 その事実を知った途端、新八は一気に自分の中から血の気が引くのを感じた。あの時なのはを背負っていたのは自分だ。そして、なのはが逸れてしまったのは自分のせいだと。そう新八は感じていたのだ。

「あ、あぁぁぁ! 僕の、僕のせいだ……あの時僕がちゃんと背負ってればこんな事にはならなかったのに――」
「落ち着けぱっつぁん。気持ちは分かるが自分を責めてどうにかなる訳ねぇだろうが」
「ぎ、銀さん……」

 意外だった。もしかしたら銀時は自分の事を散々責め立てるのだろう。そう思っていたからだ。だが、実際には銀時は思っていたよりも優しく新八を慰めてくれた。その言葉が何よりも嬉しかった。
 今の彼にとってはそれが何よりの心の支えとなっていたのだ。

「意外でしたよ。銀さんの事ですから頬に一発張り手をかますのかと思ってましたし」
「え? 良いの! そんじゃ遠慮なく――」

 その後、新八は銀時に思い切り殴られた瞬間こう悟った。
 「口は災いの元」だと――




     ***




 目を覚ますと、其処は一面緑で覆われた場所であった。
 周囲を背の低い木で囲まれ、床は柔らかい草で一杯であった。
 草から香る葉の匂いが何処か心地よさを感じさせる。その匂いを鼻で感じ、なのはは目を覚ました。

「あれ? 此処は――」

 一体どれ位眠っていたのだろうか。目を覚ますと体中に異様な気だるさが感じられた。まるで数日間ずっと眠り続けていたかの様な。そんな気だるさを感じていたのだ。

「何だか変な気分だなぁ。ずっと眠ってたみたいな気がする。普段はこんな事ないのに――」

 まだ気だるさは残るが何時までも此処でこうしている訳にもいかない。とりあえず起きて辺りを見回す事にした。
 体を起こしてみると若干体がふらつきだした。どうやら相等眠りこけていたのだろう。こんな感覚は初めてだった。

「やっぱり、ちょっと無理し過ぎたかなぁ? 万事屋の仕事って大した事ないと思ってたんだけど」

 なのはが万事屋の仕事を手伝い始めたのは彼女がまだ7歳の頃だ。その頃の銀時は万事屋とは言っておきながらも仕事の選り好みをしていた為に今一稼ぎが悪かった。
 流石にこれでは家賃を払う事など出来そうにない。そう思ったなのはは銀時に変わり仕事の応対をする様になったのである。
 流石にまだ幼いなのはに仕事の手伝いをさせる訳にはいかず、結局なのはが引き受けた仕事を銀時がこなすと言う今の図式が出来上がったのである。
 それからなのはの仕事の幅は広がりだし、何時しか仕事の応対から金銭管理、客の対応から炊事家事に至るまでを一手に引き受けるようになったのである。
 そのお陰か幾分かは稼ぎも良くなり、最近では毎月ちゃんと家賃を払えるようになってきた。
 と、言うのもなのはが万事屋に住む事になってからお登勢の要求する家賃の額がおよそ半分に減ったのである。流石に子供の居る状態で高額な家賃を取り立てる訳にもいかないし、お登勢としてもなのはは側に居て欲しい。そう言う心の表れでもあった。
 その心を感じ取ったのか、それ以降なのははお登勢の経営するスナックのお手伝いもする様になった。なのはからして見ればお登勢は優しいお婆ちゃんみたいなものだ。
 お登勢もまたなのはの事を孫娘の様に思っており、スナックの手伝いをする度に子供にあげる感覚でお小遣いをあげていた。
 無論、それはなのはのお金なので彼女が欲しい物を買う為に使っていた。
 一見するとかなり出来る娘みたいに見られるのだが、実はなのはには欠点もある。
 それは、まだ彼女が子供だと言う事だ。幾ら大人びた事をしても沢山の仕事をしたとしても、中身はまだ遊びたい盛りの子供だ。
 その為、一旦遊び始めると他の事に目が行かなくなったりしたり、欲しい物があったり珍しい物や興味を引かれた物にはとことん食いつくと言うある意味での子供っぽさがそのなのはにはあった。
 普段は金銭感覚などでしっかりしているのだが、一度興味を引かれるとそれを意地でも手に入れようとしたりする為そうなると金銭感覚が一瞬にして崩壊してしまう事も良くあった。
 まぁ、それはまだなのはが年端も行かない子供だと言うが故の事であろう。
 また、なのはは普段は見せないが、実は寂しがりやなのだ。
 それはなのはがまだ万事屋に来て間も無い頃、銀時がなのはを置いてパチンコに出掛けようとした時、なのはは物凄い音量で泣き喚いたのだ。
 当然その直後下の階から駆け上がってきたお登勢により銀時はボコボコにされたのは当然の事ではある。
 それから分かる通り、なのはは本能的に父親でもある銀時と離れたくなかったのだ。
 彼女は幼いながらも知っていたのだ。孤独の怖さ、辛さを。
 そして、今なのはは孤独であった。

「皆何処に行ったんだろう……」

 仕方なく見た事もない場所をなのはは歩いた。行けども行けどもそれは同じ風景ばかりだった。そして、空を見上げると既に日は西に傾き青い色だった空は茜色に染まっており、間も無く夜に差し掛かろうとしている頃だった。
 場所が場所だけにより一層辺りが暗く感じられる。そんな世界がなのはにより一層孤独感を与えていた。
 暫く歩いた後、なのははその場に蹲り両手で肩を抑え出した。

「此処何処? お父さん、神楽ちゃん、新八君、定春……皆に会いたいよぉ」

 その場に蹲り、涙目になりながらなのはは呟いた。家族に、皆に会いたい。この孤独感から解放されたい。その思いがなのはを強く追い詰めていた。
 徐々に日が傾き出して行く。もう間も無く日も暮れ、真っ暗な夜が訪れる。
 そんな時だった。なのはが丁度蹲っていた場所のすぐ近くの茂み、其処が突然震えだした。
 草木の揺れる音と何かしらの気配を感じ取り、なのはは音のする方を向く。
 もしかしたら銀時達が駆けつけて来てくれたのだろうか?
 期待を胸にその茂みから出て来る何かを待った。
 だが、出てきたのはなのはの予想を裏切る結果となった。茂みから現れたのは巨大な怪物であった。大きさ的には万事屋に居る定春と大差ない大きさだ。だが、問題なのはその姿だ。
 全身を黒い体毛で覆われており、顔は狂気の色で彩られており鋭い牙と眼光を放っていた。
 そして、大きな口からは絶え間なく唾液が滴り落ちており、それから察するにこの怪物は空腹を満たすべく獲物を探している状態であったようだ。
 正しく、今のなのははこの怪物にとってまたとない獲物であったのだろう。

「えっと……もしかして、私ってそんなに美味しそうに見える?」

 明らかにその様だった。怪物はなのはを舐め回すかの様に全身を見回しながら徐々に距離を詰めていく。
 一歩一歩、少しずつ、怪物はなのはとの距離を詰めてきていた。それに呼応するかの様になのはも一歩ずつ距離を離す。
 互いに一進一退しあっていた。
 即座に踵を返して逃げたかったが、相手は四足歩行の怪物。恐らく人間の歩行では一瞬の内に追いつかれてしまう。更に化け物に対して背中を向けている形だ。背中越しにマウントを取られては起き上がる事はまず不可能だ。

「あっ!」

 怪物ばかりに気を取られていたせいだろう。足元がお留守になってしまっていた。本来ならなんてことのない草むらに足を取られてしまいその場に尻餅をついてしまった。
 下半身に痛みを感じ、思わず涙目になりながらもなのはは目の前に迫る怪物を見た。
 既に怪物は目の前に来ていた。
 もうなのはとの距離は目と鼻の先である。怪物の荒い鼻息が近くで聞こえて来る。
 もう身動きが出来なかった。倒れてしまった状態では素早く逃げる事など出来ない。まして、こうも間近にまで迫った状態では逃げる事はまず出来ない。
 このまま成す術もなくこの怪物の空腹を満たす餌となってしまうのだろうか?
 そう思い諦め掛けたその時であった。

【何故、お前は起動しないのだ?】

 声がした。
 しかし、それはなのはの耳に聞こえて来る声じゃない。頭に直接聞こえて来る声であった。

「何? 一体何なの?!」
【何故、貴様は起動しないのだ? 既に寄生は完了している筈。なのに何故起動しないのだ?】

 恐らく声を発しているのは目の前に居る怪物だ。この怪物が何かしらの方法を用いてなのはの脳内に声を送っているのだ。
 だが、それでも意味が分からない。
 【起動】【寄生】さっぱり意味が分からなかった。

「い、言ってる事が分からないよ! 一体何が言いたいの? 起動って何? 寄生って何?」
【おかしい。寄生しているにも関わらず起動しないとは。もしやバグか? 面倒だが仕方あるまい】

 言葉を終えると、怪物は突如なのはから距離を離す。後方に跳躍し、数メートル位まで離れた後、怪物の背中から幾本もの長い触手が姿を現した。
 数本の触手は唸りを上げると一目散になのはへと向ってきた。
 逃れようとするがそれよりも素早く怪物の放った触手はなのはの手足を絡め取り、そのまま上空へと持ち上げていった。

「いやぁ、離して! 何するんですかぁ! この変態! 淫獣!」
【少々手荒だが仕方あるまい。すぐに済む】

 それだけ言い残すと、なのはを掴んでいた触手達は一斉に化け物に向かい急速に戻って行った。掃除機のコードを仕舞う動作の様にそれは化け物に向かい戻されていく。
 なのはが化け物のまん前に戻って来た直後、彼女の胸に化け物の巨大な腕が深く突き刺さっていた。
 しかし、痛みはそれほど感じないし、出血もない。見れば、自分の胸と化け物の腕の間に奇妙な湾曲が見られた。何かしらの力を使って直接体内に自分の手を伸ばしているのだろう。

【寄生している貴様に俺の力を当てる。そうすればお前も起動出来るだろう。所詮は起動した際に起こった初期バグの様な物だ。多少荒療治だがこうすれば直る】

 そう言いつつも、化け物の腕はどんどん深くめり込んでいく。腕が深くめり込んでいくに連れて、徐々に痛みが強く、広くなりだしてきていた。

「痛い、痛い痛い痛いぃぃ!」
【五月蝿い媒体だ。少し黙ってろ! もう少しでお前も楽になれる】

 化け物の言ったのは本当であった。それから少し経った後、化け物の腕が最奥へと到達し、その瞬間激しい激痛と共に全身にスパークが起こった感覚を感じた。

「あぐっ! ……うぅ」

 痛みとスパークの影響で意識を手放してしまう。だが、化け物にとってそれはどうでも良い事だった。この娘の中に寄生しているであろう同胞を目覚めさせる事。それがこの化け物の目的であった。

【ようやく見つけたぞ】

 手探りで探った結果。ようやくなのはの体内で眠っているジュエルシードを発見する。後は其処に自分の力を送り込めばきっと体内のジュエルシードは起動し、この娘を媒介にして巨大なロストロギアとなるであろう。
 この小娘は華奢な体の割にかなりの力を持っているらしく、これを媒介にして起動すれば相等な強さのロストロギアになる事は目に見えている。
 だが、いざジュエルシードに自分の力を送り込んだ時の事であった。本来ならその力を受け取る筈のジュエルシードがそれを拒絶したのだ。

【な、何だ? 何故俺の力を受け取らない?】

 化け物も流石に動揺しだす。再度力を送り込んでみた。すると今度は激しく反発しだした。激しい発光を放ち、化け物の進入を拒みだす。

【ぐおっ!】

 どうやらこの化け物にとって今放たれている光は苦手な部類なのだろう。即座になのはの体内から手を引き抜く。それと同時に発光はなのは全体に発せられ、彼女の手足を拘束していた触手を引き千切ってしまった。
 触手による拘束から逃れられたなのははそのまま地面へと倒れこんでしまう。意識を失った状態の為微動だにしていない。
 そんななのはの前で化け物は全身から煙を噴出してなのはを睨んでいた。

【これは、どう言う事だ? 理由は分からんが、こいつは我々にとって脅威となる……力が弱い内に破壊しなければ】

 先ほどとは一転し、化け物が殺意を放ちだす。動かないなのはの体目掛けて鋭い爪が生えた太い腕を振り上げる。そして、それを迷う事なく一直線に振り下ろした。
 鋭い爪が地面に突き刺さる。だが、其処になのはの姿は何処にもなかった。其処に居た筈の幼い少女の体は何処にもなかった。
 辺りを見回し獲物を探る。その獲物は案外近くに居た。
 化け物から丁度右に90度位振り向いた所に少女は居た。だが、ぐったりしたまま動かない少女を見た事のない別の少女が抱き抱えて立っていた。
 金色の髪に黒いマントを羽織った少女だった。年的にはなのはと同じ位に見える。

「広域結界を張っているのに何でこの子は此処に……」

 金髪の少女は自分が抱き抱えているなのはを見ていた。現在、このエリア一帯は民間人の入れないように広域結界を張ってある。これを張る事により一部の人間以外は入れない特殊空間となる。しかも、この空間内では幾ら建築物や物を破壊しても結界内では壊した事にならず、結界を閉じれば全てが元通りになると言う正に便利な機能なのだ。
 そして、その結界内になのはが居る事にこの少女【フェイト・テスタロッサ】は驚いていたのだ。
 だが、今は詮索をしている暇はない。目の前には殺意をむき出しにした四速歩行の化け物がこちらを睨んでいる。考えるのは後回しにした方が良さそうだ。

「御免ね。すぐ終わらせるから」

 そっと地面になのはを降ろし、フェイトは化け物を睨む。手の甲に取り付けられていた三角形の物体を手に取り握り締める。

「行くよ、バルディッシュ!」
【サー、イエスサー!】

 物体から声が発せられたかと思うと、それは瞬く間に杖の形へと変貌した。その時間は実に0.5秒程度であった。では、その変化プロセスをもう一度見るとしよう。
 え? 時間の無駄だから良いって? 分かりました。それでは本編をどうぞ。
 杖状となったバルディッシュを両手で握り締める。穂先から金色の刃が姿を現す。その様はまるで死神の鎌であった。
 化け物が雄叫びを挙げる。どうやら獲物を完全になのはからフェイトにスイッチしたようだ。太い腕を振り上げてフェイトに襲い掛かる。
 刹那、フェイトの姿が薄くなっていた。かと思うとその薄くなったフェイトはすぐさま消え去ってしまった。その光景に化け物は仰天する。
 一瞬の内にフェイトを見失ってしまったのだ。
 辺りを見回し見つけようと懸命に探す。

「私は此処だよ!」

 声がしたのは背後であった。振り向こうとしたが間に合わなかった。その時には既にフェイトがまた化け物の前に居たのだ。今度は化け物に対し背を向けている。
 これは好機!
 そう思い化け物は大きく腕を奮った。だが、その直後、化け物の右半身が地面に倒れこんだ。何事かと思った時には既に勝負は決していたのだ。フェイトの一閃が化け物を縦一文字に両断したのである。
 正に一瞬の早業であった。そして、真っ二つにされた化け物は光となりおその姿を消していく。光が収まると、其処には青い宝石と小さな子猫が横たわっていた。

「良かった。この子は無事みたい」

 子猫が無事なのを見て安堵するフェイト。そして、視線を青い宝石に変える。
 
「これも無事だった。早く回収しないと」

 そう呟き、バルディッシュの穂先をその青い宝石に向ける。すると、青い宝石は吸い込まれるかの如くバルディッシュの中へと消えてしまった。それを終え、フェイトは軽く溜息を吐く。一瞬の戦闘でも人は神経を使う。ましてや命のやりとりのある戦闘では尚更の事だ。それをフェイトはこんな幼い体でやってのけているのだ。

「そうだ、あの子!」

 戦闘を終えたフェイトは、先ほど助けたなのはの方へと駆け寄った。未だに意識を失っているのかぐったりしている。
 幸い外傷はないらしく呼吸も安定している。

「それにしても、この子の服装って何だろう?」

 フェイトはなのはの今の服装に疑問を感じていた。普段彼女が愛用する服とは何処か違うのだ。長い布で体を覆っている感じである。色は白地であり足元には桜の花びらが描かれている。
 その奇妙な服装も先ほどの戦闘でかなり傷んでしまっていた。所々擦り切れており泥もついている。
 話が脱線し始めている事にフェイトは気づいた。今は彼女の服装ではない。何故この子が結界内に入れたのか。それを確かめる必要があるのだ。

「ちょっと、調べさせてね」

 暗黙の了解の下、フェイトはそっとなのはの体に手を置いた。そして、フェイトは感じ取った。なのはの体内に眠るジュエルシードの存在に。
 ギョッとしたフェイトは思わず手を離し、なのはを見た。
 彼女の中にジュエルシードが寄生しているのだ。だが、妙であった。寄生したジュエルシードは起動し、ロストロギアになる筈だ。だが、このジュエルシードは全くその兆候が見られない。一体どう言う事なのだろうか?

「とにかく、このままこの子を此処には置いておけないよね」

 一人でそう頷き、フェイトはなのはを抱き抱えて空へと飛び上がった。空は既に日が沈み満天の星空と満月が顔を出す時刻となっていた。
 その漆黒の夜空を、フェイトは飛び去って行った。抱き抱えていたなのはを連れて。




     つづく 
 

 
後書き
次回【何時になっても思い出は良いもんだ】 
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