戦国異伝
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第百二十七話 五カ条の掟書その九
「猿夜叉ではないのか」
「是非大殿にと仰っています」
「この隠居に何の用じゃ」
ここでもいぶかしむ顔で言う。
「全くわからぬ。延暦寺の方じゃな」
「左様でです」
「延暦寺からの方となればお会いせぬ訳にはいかぬが」
「お一人は杉谷善住坊殿、そしてもう一人の方は」
「どなたじゃ」
「無明と仰る方です」
「無明とな」
久政はその名を聞いて言った。
「あまり僧籍の方に使われる名ではないのではないか」
「不吉ですな、何か」
「仏法は光のもの、それで無明とは」
どうかというのだ。
「あまりないが」
「しかし間違いなく延暦寺から来られています」
それは間違いないというのだ。
「確かに」
「左様か」
「ではどうされますか」
「会おう」
久政はいぶかしんだままだがこう答えた。
「ここはな」
「そうされますか」
「茶を用意してくれ」
会う時に飲むというのだ。
「ではな」
「わかりました、それでは」
こうして久政はその延暦寺から来た僧達と会うことにした。程なくして二人の僧が部屋の中に入って来た。
その僧侶達を見てだ、久政の傍の者達はまず怪訝な顔になった。
「黒の衣に黒の袈裟とな」
「いや、あれは黒というよりもむしろ」
「闇ではないのか」
「うむ、闇じゃな」
こうひそひそと話すのだった。
「まことに延暦寺からの方か」
「妙に妖しいものがないか」
「延暦寺の方なら高僧の方も多い筈じゃが」
「しかし延暦寺で相当位の高い方々だそうじゃ」
このことがここで言われた。
「問題ないと思うが」
「延暦寺も様々な僧の方がおられるがな」
中には首を傾げずにはいられない僧もいる、延暦寺の僧兵達が都で暴れていることはあまりにも有名である。
「しかし延暦寺は延暦寺」
「護国の寺じゃからな」
「そこからわざわざ来られるとなると」
「それなりのことであろうしな」
そしてそれなりの僧だというのだ。
「大殿もお会いになられる他ない」
「そういうことにしろ」
それでもだというのだった。
「何か妖しいのう」
「全くじゃ」
彼等は首を傾げさせもした、しかし。
久政はその僧達にこう言ったのである。
「無明殿に善住坊殿ですな」
「はい、そうです」
「左様であります」
「してわしに話とは」
「そのことですが」
不意にだった、無明の目が光った。
その目で久政を見る、するとだった。
久政の態度が変わった、まるで抜け殻の様になりだった。
彼の話を聞く、すると。
「わかった」
「はい、それでは」
「御主達をわしの傍に置く」
こう言ったのだった、彼等の願いを受けて。
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