待ち合わせの海鳴公園の到着するが、まだ誰も来ていないようだ。
夜中という事もあり一般人の気配もないが念のため周囲に人払いの結界を張っておく。
これで一般人は近づく事はない。
その時結界を超えて近づいて来る者が二人。
そちらに視線を向けると
「わざわざ悪いな、シグナム、シャマル」
「いや、私も聞きたい事があったからな。
それよりそちらの方は」
「プレシア・テスタロッサよ」
プレシアが名乗るとシグナムとシャマルの顔が僅かに歪む。
「テスタロッサ、フェイトの」
「母親よ」
「……許してくれとは言わない。
だが、今はまだ待ってほしい」
シグナムとシャマルが頭を下げる。
「一つだけ確認させてちょうだい。
貴方達は本当にあの仮面の事は何も知らないの?」
「はい。申し訳ないんですが、何者なのか、何が目的で近づいて来るのか」
「そう。なら謝罪は必要ないわ」
プレシアの言葉に目を丸くする二人。
「確かにフェイトが戦う事も母親としては心配よ。
だけど士郎から貴方達の目的は聞いてるから気持ちはわかるのよ」
シグナム達とプレシア。
共に大切な者を取り戻すために、守るために世界を天秤にかけ、罪を背負う事を選んだゆえに理解できるのだろう。
「ただし、あの仮面は捕まえたら私の所に連れて来なさい。
フェイトが一対一で戦っている中で背後からの不意打ちでリンカーコアを奪わせるなんてただじゃおかないわ」
むしろ、プレシアが腹をたてているのはあの仮面らしい。
フェイトとシグナムの戦いもバルディッシュが記録していた映像は見たらしいし、フェイトがシグナムをライバルのように思っているのもわかっているのだろう。
「さて、本題に入ろうか。
今回、わざわざ来てもらったのは闇の書いや、夜天の書の真実について」
「「夜天の書?」」
シグナムとシャマルが眼を丸くする中、静かに新たにわかった夜天の書の情報を話し始めた。
話を進めていく内に表情を歪めていく二人。
「……これが全てだ」
「そんな……じゃあ、はやてちゃんは……」
茫然とした表情で崩れ落ちるように座り込み、瞳から涙をあふれさせるシャマル。
拳を握りしめ必死に耐えているシグナム。
「まだ手がないわけじゃない」
茫然と涙を零すシャマルの涙を拭ってやり、髪をすく様に撫でる。
「……本当に、はやてちゃんを助ける事が出来るの?」
「ああ、まだ手は残されている」
子供をあやすようにシャマルを落ち着かせるように撫で続ける。
シグナムも目じりに浮かんだ涙を拭い
「どのような手か話してくれて」
こちらを見つめる。
それに頷き、静かに作戦を話し始めた。
「まず前提として必要な事は夜天の書の完成させることだ。
完成前だと下手に手を出せばはやてを呑みこんでまた転生してしまうし、蒐集を止めてもはやてへの呪いは止まらないからだ。
それに夜天の書が完成すれば」
「主はやては真の主だと認識され、プログラムの停止が出来るようになる」
「そうすれば、暴走も止める事が」
シグナムとシャマルの言葉に頷く。
だが事はそう簡単には行かないだろう。
「基本的にはその方針で行くが、懸念点もある」
「懸念点?」
「過去の主の中には夜天の書を完成させた者もいるが、暴走を止めることなく死亡している点だ」
これは夜天の書の矛盾点でもある。
完成したら主の魔力を際限なく使わせるが、夜天の書のプログラムである以上、主により止める事が出来るはずなのだ。
それがされていないという事は
「何らかの形で主の意識が奪われている可能性が高い。
プレシア、技術者としてどう思う」
「……そうね。
考えられるのは完成時に急激な魔力の奔流に意識を失う。
それかプログラムの改変によるバグで主の認証前に夜天の書に取り込まれている可能性かしら」
「もし意識を奪われている場合、意識を取り戻させる事は?」
「乱暴な方法だけどあるわよ。
意識を失っているなら、外部からのアクセスするか、攻撃による衝撃で無理やり起こす事は出来ると思うわ」
暴走している夜天の書にアクセスが出来ると思えないから、やるとすれば戦闘にはなるか。
「取り込まれているとすれば?」
「外部から方法だと暴走している対象に攻撃ダメージを与えて、リソースを戦闘の攻防に奪うぐらいかしら。
ロストロギアとはいえデバイスよ。
デバイス内部に人を取り込んで捕えるなんて本来の使い方ではないでしょうから、意識ぐらいは取り戻せると思うわ。
それに夜天の書の主に選ばれる魔力資質は持ってるのだからね」
どちらにしろ一戦交える覚悟はいるか。
あとは夜天の書に想定外の能力があったりすると外部からの影響で眼を覚ますかは賭けになるか。
だが意識を取り戻させる事が出来なければ、はやての主としての力が使えない。
それが失敗すれば夜天の書とはやてを救う事など出来はしない。
「なら方針は決まったな。
夜天の書の完成、そしてはやてを真の主として認証させるために意識を取り戻す。
恐らく夜天の書と戦う事になるかもしれないが」
「問題ない」
「はい。はやてちゃんを助けるためですもの」
覚悟も目指すところも決まったな。
まずは夜天の書の完成。
こればかりは俺では手伝えない。
だが精神に作用するなど魔術の得意分野だ。
少しでも可能性を上げるための仕込みはしておくか
あとは
「シャマル、俺にリンカーコアがあるか調べられるか?」
「それはわかるけど」
「なら頼めるか?」
「じゃあ、ちょっとじっとしててね。
クラールヴィント」
「ja」
俺の胸に手を当て、シャマルの指輪が光る。
「……まだ眠っている状態ですが存在してますね」
シャマルが魔力で触れているのだろう。
心臓のすぐそばに別の何かがあるのがわかる。
これがリンカーコアか
魔術回路の要領で意識を向けるが、シャマルの魔力が触れる何かがある程度で自然と動くとは到底思えない。
だが起こし方がわからないので少々荒業だが。
「――――同調、開始」
リンカーコアがある辺りに魔術回路の魔力を流し込む。
「っ!」
同じ魔力とはいえ発生元が違う魔力故か少し痛みが奔るがナニカがが胎動していくのがわかる。
これがリンカーコアか。
リンカーコアの再び意識を向けると魔力を放出しているのがわかる。
「士郎君、すごい。
簡単にリンカーコアを目覚めさせるなんて」
「魔術回路の経験があるからな。
これなら蒐集は出来るか?」
「はい。大丈夫ですけど」
「俺は魔術師だ。リンカーコアを蒐集されても戦闘には支障ない」
俺の言葉にシグナムとシャマルが頷き合い。
念話で呼んだのか闇の書が現れる。
「蒐集開始」
「Sammlung(蒐集)」
身体の中から何かが奪われていく喪失感。
だが魔術回路には何の変調ないのでこのまま戦闘も可能だろう。
「リンカーコアまで感謝する、衛宮」
「かまわないさ」
「それと一つ聞きたいのだが、今日の病院でテスタロッサ達にすれ違った時なぜ気がつかなかったのだ?」
ああ、あの件か?
「シグナム、温泉の時に腕輪を渡しただろう」
「ああ」
シグナムが頷きながら左手首につけている腕輪を見せる。
「その認識阻害の効果だ。
声を発したりすれば気がつかれるが、今日のようになのは達がおしゃべりや他の事に意識がいっているとすれ違うぐらいなら誤魔化せる。
シグナムがデバイスを握った時に見えたから止めたんだよ」
「なるほど。だがおかげで助かった。
改めて礼をいう」
闇の書、いや夜天の書の件も伝えた。
そろそろ行くとしよう。
「また何かあったら連絡を頼む」
「ああ、それと夜天の書が完成するときはまた連絡する」
「了解した」
「それではまたね。
士郎君、プレシアさん」
「ええ」
人払いの結界を解き、シグナムとシャマルを見送って俺とプレシアも帰路につくがその途中で、はやての事が気になった。
はやてにかかる呪いは加速しているが、あれから発作は起きていないというが本当にそうか?
「プレシア、悪いが先に戻っていてくれ」
「わかったわ。気をつけて」
俺が何かしようとしているのにすぐ気がつきプレシアに見送られながら空を駆ける。
確かはやての病室はあそこか。
その病室のベットは俺の予測した通り苦しむはやてがいた。
side はやて
静まった病室。
その中で私の荒い息が聞える。
全身が軋んで、息をするだけも苦しくて、胸を抑える。
少しでも痛みを苦しみを抑えたくて蹲る。
シグナム達に心配をさせたらあかんという私の思いが届いたのか、誰もおらんくなってからまた痛みが酷くなった。
そんなとき部屋に冬の冷たい風が入ってきた。
痛む身体で後ろの窓を振り返ると黒い恰好の何かが窓におった。
あまりの苦しみに死神の幻でも見とるんやろうか。
「……まだ行きたくないあ」
シグナム達と士郎君に出会って、すずかちゃんと出会って、なのはちゃん達と出会えて、これからもっと誰かと出会っていって。
いろんな欲が出てくる。
「やっぱり隠してたな。
まったく」
黒いナニカは静かに私に近づいてきて、優しく頭を撫ぜる。
その声は私の聞き覚えのある声
「……士郎君?」
「ああ、そうだよ」
「こんな時間にどしたん? 女の子の部屋に窓からお邪魔するやなんてマナー違反で」
痛みを誤魔化すようにそんな事を言ってみる。
そんな誤魔化しは士郎君に通じずに静かに抱きしめられた。
「し……ろう……くん?」
「我慢しなくていい」
ただ士郎君の温もりに包まれる。
「我慢なんてしとらんよ。
私は」
「ここには俺とはやてしかいない。
痛がっていい、泣いていい、シグナム達は見ていない。
心配させまいとしなくていいから」
士郎君の抱きしめる腕の力が少し強くなる。
「あ……私は……」
ただ私を抱きしめてくれる
「苦しいんよ。とても痛くて、泣いてしまいそうで」
「ああ、泣いていい。
我慢なんてしなくていい。
全部出してしまえばいい」
もう我慢できんやった。
縋るように、士郎君を抱きしめて、声を抑えずに泣いた。
side 士郎
泣きつかれて眠ったはやてを横たえて布団をかける。
やはり苦しみを我慢していたか。
シグナム達に心配をかけまいと我慢し過ぎだ。
「まったく」
苦笑しながら頭を撫ぜ、涙の跡を拭ってやる。
さて、少しはこれで苦しみが紛れればいいんだが
はやてが泣く前に密かに張った防音の結界をさらに強化し、魔力が漏れないようにする。
「―――
投影、開始」
投影するのはアヴァロン。
投影品ゆえに完全には呪いを止める事は出来ないし、一時的なものだがだいぶ楽になるはずだ。
はやてに当てるとアヴァロンは静かに分解し、はやてに取り込まれた。
それともう少しやっておくか。
部屋の四方に太陽と保護のルーンを刻む。
これでルーンの効果も得られるだろう。
さてここからは夜天の書が完成した後のための策だ。
何かあったら使えるように持ってきていた俺の魔力の籠った宝石を取り出す。
ジュエルシード事件の後、購入し俺の魔力を込め続けた宝石だ。
それをはやての口に入れ、呑み込ませる。
はやてに魔力を与えるためではなく、夜天の書が完成後にはやてに呼び掛けるためのモノ。
少しでも可能性を上げるための鍵だ。
「おやすみ、はやて」
最後にもう一度はやての頭を撫ぜ、病室を後にした。