鋼殻のレギオス IFの物語
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十六話
前書き
前書き一発ネタがあった。だが今はない。いつか載せる……かもしれない
一週間・前
・一日目
レイフォンの朝はさほど早くない
一日目は朝からのバイトが無いため、基本朝ご飯が出来るのと同じくらいに目が覚める
一通りの身支度を簡単にしてから食事の席に着き、稀にシンラの料理に当たり泣きを見ることがあるが、基本は十分な味の朝食を食べる。また、レイフォンが作るのを手伝う割合は朝・夕で四・五回に一回くらいである
その後暫くの間ぼーとしながら昼からの教導の内容についてやることを頭の中で反芻する
この際、上手くやることが纏まってない場合、レイフォンは知恵熱を出す
昼食を食べたらアントーク宅に向かいニーナの教導を行う
この際、休日をはさんだニーナの熱に押され、大抵の場合考えた案が流され直接の組手や試合形式になることが多くレイフォンは嘆く。数時間後教導は終わる
ああ、いい汗かいた。とばかりに一人ハツラツとしたニーナと別れを告げ、レイフォンは次こそはちゃんと意思を徹そうという大抵の場合無駄になる決意をし、途中で夕飯を食べて次のバイトへと向かう
次のバイト先である建設現場では作業着に着替え、レイフォンは建設関係の資格が無いので千人衝で人数を増やし資材運搬を行う
剄量だけはあるので、同じに働く何人かの武芸者よりも重い物を増えた人数分運ぶ
いかつい顔のオッチャン達と働き、ヤカンから直に水を飲むのが板につくくらい働いた後拠点に戻る
戻った後、ボードゲームをやろうとシンラに言われ、子供はさっさと寝かせろと言うエリスにシンラが殴り倒さるのを見て就寝する
・二日目
前日の疲れでもあるのか、前日よりも二時間ほど長く寝続け朝ご飯を食べ逃す
起きた際、寝過ごしたレイフォン用にシンラ特製のサンドイッチがあることもあるが全力でスルーし、見なかったことにして皿洗いのバイトに直行する
食堂の昼のラッシュ時に一騎当千張りの仕事をし、ピークが過ぎ人が疎らになったころに仕事が終わる
髭の店主の賄を遅い昼食として食べた後、一端拠点に戻る
ラップをかけられ、ご丁寧に<レイフォン用>という紙が付け足されたサンドイッチが残されていることに戦慄しつつ二、三時間ほど時間を潰す
その後次のバイト先である大型の練武場へと向かう
ここでは閉館時間を過ぎた場所の掃除を人数を増やして行う
人数が多い分それだけ早く終わって帰れるので、短い時間で担当範囲を終わらして帰る
<レイフォン用>の横に“エリスより”とシンラの字で文字が付け足されているを見た後、簡単な自己鍛錬を行い就寝
・三日目
朝からバイトがあるので少し早めに起きる
早めの朝食を食べた後食堂に向かい、朝食の時間帯後半から昼まで休憩を挟みながら皿洗いをする
千人衝で人数を増やし、休憩のときは分身を一人多く派遣し本体は休む
その後食堂のオッサンにありがとよ坊主とぐりぐりと頭を撫でられ、適当な賄を貰った後、アントーク家に向かい教導を行う
この際一日目とは違い基本的にはレイフォンの思った通りに進み、稀だが場合によっては新技の披露が入ることもある
また、この日は一日目よりも少し長く、夕方で少し暗くなるまで続けられる
ああ、いい汗かいた。というよりは、ああ、疲れた。という印象を残しながら元気に汗を流したニーナと別れを告げ拠点に戻り就寝
・四日目
朝は普通に起き、朝食を食べた後にバイト先である孤児院に行く
孤児院と言っても都市柄故、程々に裕福であるそこでレイフォンは子供たち相手にシッターの様なことをする
レイフォンよりも随分幼い子供たちの相手にし、時間が来れば昼食の準備の手伝い。稀にいる武芸者の血が流れている者には簡単にだが、制御の仕方などを教える
グレンダンでの経験を生かしながら相手をし、むしろレイフォンが子供たちの玩具になりながら対応をする
また、稀にだがこの時間にシッターではなくニーナの教導が入ることもあり、その際は話をした上で教導に行く
この仕事に限らず、いくつかのバイトでは名門であるアントーク家に雇われているという事が信頼の一つになっているため、特に文句が言われることはない
子供たち相手に、昼食→遊び→三時のおやつタイム→昼寝のコンボをこなす
レイフォン自身も一緒に寝ることもあったりしながら暗くなり始めるまで残り、その後次のバイト先の建設現場に向かう
刃鎧の応用で壁を歩いて運搬をしたりしながら働き、帰宅。そして特に何もなく就寝
・五日目
労働を通し、眠ることの大事さをより実感したレイフォンはひたすら惰眠を貪る
昼少し前に起こされ、昼食の準備を手伝ったりする。昼食を食べた後、少し食休みをしてからニーナの教導に向かう
自前の手作り菓子をニーナに味見してもらい、打ち合い中もデミニフェの味について語られる
参考になるなぁ、と思いながらも教導を終え、その後練武場の清掃に向かう
人数増やしてさっさと終わらせて帰宅。戻った後、今日こそはとボードゲームを仕掛けてきたシンラと対戦し、シンラが圧倒的大差で勝つ。シンラがエリスに錬金鋼で殴られるまでレイフォンの負けが続いたのち就寝
・六日目
朝食の後孤児院に行き、シッターをする
剄を通した小石による空中パフォーマンスを年下に強要されたり、玩具にされながらもしっかりとまとめ役をこなす
夕方少し前に孤児院を出、食堂に向かう
休日の夜と言う事でいつも以上に混み、充填率・回転率ともにヤバい店内でひたすらに流れてくる皿を洗う
混んで忙しい厨房の中、道具を取りに動く時間ももったいないという店主に対し、道具に剄を通し空中経由で渡す
伝道した剄による精密動作を含めた伝導体複数の遠隔操作、という何気にいい剄の操作鍛錬をしつつ、空中にいくつも食器や調理器具が飛ぶというカオスな空間の中ひたすらに皿を洗う
生産性が感じられないのに大量に続く単調作業に精神を削られ、厨房の向こうから聞こえる酔いの回った楽しげな声にレイフォンが普段は絶対に抱かない様な訳の分からない怒りの念を覚える
あの人刻むの遅いなー。あの人いつもサボってばっかりだなー。あの人裏じゃ悪口ばっか言ってるよなー。今剄を込めている器具の操作を辞めたらどうなるんだろHAHAHA。等と想像するほど精神がやられた頃、やっとピークが終わる
その後店の扉に閉店のカードを出したのち、店主が腕によりをかけた賄が店員に振舞われる
その美味しさにレイフォンの心も少し癒え、お腹をいっぱいにした後帰宅しすぐに就寝する
・七日目
特にバイトもない日であり、前日の疲れを取るためににひたすらに惰眠を貪り続ける
ああリーリン、それにクラリーベル様。僕は布団と結婚します。シンラさん、休みを取るように言ってくれて有難うございますとばかりに寝る
昼過ぎまで寝て起き、残っているものか自分で何か作り、遅い昼食を食べる
食べた後、街に出て行ってハーレイの所に行ったり適当に見て回ったり、またはシンラについて行ったり自己鍛錬などをしたりして一日を過ごす
以上が、ニーナが家出をする前のレイフォンの一週間の大体の流れである
所々日によって違いも出るが、基本はこの流れで進んで行く
そして以下が、ニーナが家出した後のレインフォンの一週間・改訂版である
一週間・後
・一日目
朝は普通に起きて朝食を食べる。
かつての教導の時間、特に何も用事が無いので自己鍛錬をしたりして時間を潰す。
夜に成ったら建設現場に行き千人衝無双。資格関係の技術系の人間や監督業の人間からは好かれるが、一部の肉体労働者からは仕事を奪われ用無し認定されたと恨まれ、どこか余所余所しく対応される
バイトでの人間関係に悩んでいると旅団の人間に相談し、しょうがないしなぁと言う意見や、叩き潰そうじゃないか手伝うよというシンラの意見を聞きなるほどと思い就寝
・二日目
慣れた物で前日からの疲れは残さず起き、特に何もせず、ボケーとして時間を潰してから食堂に向かう
食堂では店主が親バカを炸裂。髭の中年が初等学校を卒業したばかりの娘への愛を写真をみせながら熱く語る姿にレイフォンは軽く引きながら皿を洗い続ける。
レイフォンは店主に気に入られているため、家の娘を任せられる!いっそ継げ!と言われて写真を見せられる
元気にピースしている可愛い笑顔を浮かべた金髪ツインテールの少女サーニャの姿に髭のおっさんとの遺伝子の神秘を驚愕しつつ、しどろもどろに断る
賄を食べた後拠点に戻り、武器の素振りや基礎鍛錬を簡単に行う
夕方に成ったら練武館に向かい、千人衝無双で速攻掃除を切り上げる
余りにも早くし続けた結果上司に使えるやつだと知られ、ロクに給金も増えないのに掃除箇所を増やされ、ああ、手を抜くことって色々と大事なんだなぁ、と理解する
拠点に戻り、人間関係の解決策を見つけました! と旅団の人に告げ就寝
・三日目
少し早めに起き食堂に行き皿洗いをする
店主からサーニャの写真を無理矢理渡され、ひたすらにチャームポイントを弾丸トークで言われる
それを経て、意識に入れない流れ作業的に返事を返す処世術をレイフォンは身につける
店からの帰り道、サットン家のメカニック工房に寄る
アントーク家の教導が終わった後、ハーレイからレイフォンの事を知っていたハーレイの父親に新規錬金鋼のアドバイザーとして短期バイトとして不定期でだが呼ばれ、データの採取に付き添う
アドバイザーとしてよりも明らかに他の事、各武器・錬金鋼における重心移動の理想値算出や使用者のいない武器のデータ採取、剄の収束などに時間を取られた後解放される
拠点に戻った後、身につけた処世術でシンラの話を聞き流し、武器の素振りや鋼糸の鍛錬をした後就寝
・四日目
話を流されたシンラが仕返しで目覚ましをいじり、やたら早く起床する
そのまま朝食の準備を手伝い、仕返しにシンラの皿だけ唐辛子を山盛りに。食事の後孤児院に向かう
手を抜くことの大事さを覚えたレイフォンはリラックスして子供の相手をし、結局玩具になりながらも気楽に過ごす
時間が来て孤児院を後にし、建設現場に向かう
程々に手を抜くが、抜きどころを間違えたのか逆に不評を買い、馬鹿にするな等と言われる
手を抜いても駄目だったので、次はいっそシンラさんに言われた通り、一切気にせず無視してみるかと思いつつ帰宅
人間関係の難しさに悩みつつ、就寝
・五日目
遊びに行こう! とばかりに二日連続でシンラに早く起こされる
唐辛子の恨みらしく、レイフォンが眠たい目をこすり布団にしがみつく中、無理矢理引きずっていく
暇そうな団員も連れて街を回り、裏通りやら大人な店やらパチモン露店や看板の無い店など色々と回らされる
夕方になって練武館に行き、ほどほどに手を抜いたり千人衝を出さずに一人でやったりしていつも以上に時間をかけて掃除をし帰宅
買った物を机に並べられ、エリスに白い目で見られているシンラの姿をしばらく見てから就寝
・六日目
いつも通り玩具になりながらシッターをこなす
ピークでヤバい食堂内で必死に動き、皿洗い以外の事もこなしながら働く
あまりに忙しく、大声で指示される中、忙しさでテンションの上がった店主と、頑張れ! 頑張ったら娘をやってもいいぞ! いりません! サーニャがいらないとかふざけんなガキ!! 店長、じゃあ俺にサーニャちゃんを! 手前は論外だダァホ!! 等と厨房の他の店員も含め変なテンションでひたすらに仕事を進める
疲れ、理不尽な怒り、高揚、奇妙な連帯感の順に経験し、逆にハイになりかけ、閉店時間を少し過ぎたところで終わる
閉店後、賄を店員達で突きながら深夜の勢いの周りに押され、少量ながらアルコールを飲まされ酔う
俺の娘可愛いよな? ……ふぁい、可愛いです。 会いたいよな? ……はい、会いたいれす。等と酔って判断能力が落ちているところに店主に話しかけられ、知らず知らずの内に話を進められる
日が変わる前に送られながら帰宅し、そのまま布団へダイブする
・七日目
結婚相手の布団と一つになりながらレイフォンはひたすらに夢の世界の住人であり続ける
リーリン、僕は運命の人を見つけたよ。と思いながら前日のアルコールの影響もあり昼まで眠り続ける
午後は街に行ったり、昼寝をしたり、適当に開けたところで鋼糸や素振りしつつニーナさん達どうしてるかな……等と思いながら鍛錬をしたり、ひたすらに怠惰な一日を過ごす
「……結構時間が空いたんだね。いや、それでもまだ結構働いてるけどさ」
「はい。だからシフトを増やすか、何か新しく入れようかなって」
手帳に書かれた一週間のレイフォンの予定を見ながら、シンラは呟いた
なんとなく前から比べレイフォンの拠点に居る時間が増えたと思い、シンラが一週間の様子を聞いてみたのがこの結果だ
「遊んでばかりのシンよりもレイフォンはよっぽど働いています。少しは見習ったらどうです? 子供に経済力・社会力で負けますよ」
「ああ、全くその通りだ。シンラはもっと働くべきだ」
「……一応、僕もやることはやってるんだけどね」
長年のツレのエリスと、その次に付き合いが長い仲間に言葉を返す
それは落ち着きを感じさせる精悍な顔を顔をした男性だ。黒と茶が混ざったオールバックの髪型で、黒スーツでも似合いそうな彼はエリスに続きシンラを責める
「気が乗ったもの以外は最低限だけでしょう? 後は基本趣味に走ってばかりじゃないですか」
「いい加減訳分からない物を買って来ないでくれ。剄脈刺激から促す背伸び薬、とやらをこないだ見たが胡散くさ過ぎる。私が全力で引っ張ってやろうか道楽野郎」
「遠慮しておくよアルウェイ。今の背丈に不満はないからね」
即座に返され、その評価にハハハと適当に愛想笑いをしながら話を流し、シンラはレイフォンの方に視線をそらす
この二人、最初期メンバーであるエリスと、都市を出て比較的すぐに会ったアルウェイはシンラとの付き合いの長さが旅団内トップ2であり、シンラの今までの行いを良く知っている
特に両方とも激情に駆られるタイプではなく、今までのシンラの行為を笑顔で上げネチネチと嫌味を言って楽しむ性格なので、これ以上続けてもひたすらに短所を挙げられるだけの気がしてならない
レイフォンの方を見れば、何やらバイトの求人を見比べながらエリスに意見を求めているのが見える
恐らくだが、先の言葉通り何か新しいバイトを始めようとでも考えているのだろうとシンラは考える
何せ週三で一回につき数時間行っていバイトが無くなったのだ、時間は中々に空くことになる
金銭を稼ぐために来た身としては入れようとするのが普通だと言えるだろう。手に持っていたり周囲に散らばっている紙は求人の類だと考えて間違いない
「こちらはどうですか。時間帯的にも大丈夫だと思いますが」
「う〜ん……でも、時給は低くてもこっちの方が良いかなって思うんです。そっちだと年齢の事で断られそうで」
「ああ、それなら大丈夫ですよ。家には口だけは達者な暇人がいますから。契約の際には相手をだまくらかして何とかしてくれます」
「ああ、あいつなら口八丁でなんとかしてくれるぞ。あいつの屁理屈は都市経済を狂わせるレベルだ」
「本当ですかシンラさん?」
「いや、そこで疑いもせず僕の方を向かないでくれ」
何の迷いもなくレイフォンにこちらを向かれた事にシンラは悲しくなる
シンラ自身、そんな大げさなことをした覚えなどロクにないというのに心外だ
「話をつけるだけなら出来るけど、」
「出来るんですね」
「騙してだな」
シンラの言葉にエリスとアルウェイが息を合わせ続けた
「途中で挟まないでくれエリス、アルウェイ。……出来るには出来るけど、その紙を見たところそれは接客的な面もあるみたいじゃないか。客からの印象はどうしようもないから他のにした方が無難じゃないかな」
その意見を受け、仕方がないか、とエリスも頷く
「それもそうですね。なら、こっちにしますか? ですが時間が無理では」
「あ、それなら多分大丈夫です。なんでも、ここの店の人が今いる所の店長と知り合いだとかで、シフトを変えてもらえると思うので」
「それなら大丈夫そうですね。直ぐに申し込みに行くんですか?」
「いえ、もう少し他のも見てからにします。店長にも話さないといけないので」
手に持ついくつかの紙を見ながら話し合っている姿に仲の良さが窺える。半年以上たち、レイフォンも旅団の人間と馴染み、影響を互いに受けている。だが……
そう思いながらシンラは視線を床に向ける
「それに、シンラさんに説得してもらうのもいいですけど、他にもっと時給の良い所がありそうなので。そっちを見てから決めようと思います」
「それが良いと思います。出来るだけ高い所の方が得ですからね」
床に散らばっているのはレイフォンが手に持っているのとは別の求人だ。恐らくロクに読まれおらず、それも時給の低い物の紙が真新しいまま落ちているのが見える
最初の頃、バイトならなんでも良いみたいに思っていたレイフォンはどこに行ったのだろうか。今では自身の説得を使い、ねじ込むことも考えているような事を言いながら、少しでも給金の高い所以外目もくれていないのではと思えてしまう。確かにレイフォンの目的を考えるなら、それが正しいのだが
恐らく、床に落ちているの紙の物は、金額を見ただけで内容を見るまでもなくスルーしたのだろう
だがそれでも、知人関係の物に関しては安くても選択肢から外さないのはレイフォンらしいとも言える
((こんな影響は、受けない方がよかったんじゃないかな))
確かに、レイフォンがこんな思考になったのはバイトを通しての人間関係、社会経験に理由があるにはある
だが、高い方が良い、真っ向から潰そう、周りなど気にするな等と言って来たのは自分でもある
((変な事にならなければいいが……))
自身にも理由の一部であることをなんとなく理解しつつ、それを止めようとも特には思えない。どうなるのかの興味も多分にある。第一、レイフォンの目的の面からすれば害のない物なのだから
シンラはどこか他人事のように考えながら、良く分からない成長をしていくレイフォンを興味深く見ていた
「いっそのこと、無理に詰め込むのは止めて遊んでもいいじゃないかい?」
「え? 嫌です。バイトがありますので」
ふと、レイフォンとエリスが話しているのを見て浮かんだ考えを口に出す
そしてすぐさまレイフォンに断られた。視線を向けられてすらいない
「……はぁ。シン、あなたの暇人仲間集めは他でやって下さい」
「まったくだ。リュートやナタリア辺りでも誘えばほいほいついて行くだろうに」
リュート・バジルにナタリア・ウィード。旅団の中でも遊び好きな、言い換えればデスクワークが嫌いな二人の名前がアルウェイの口から挙げられる
「二人ならあっちの拠点に居る。関係のない者を巻きこまないでしてろ」
「いや、ナタリアを誘ったら確実にカトラスが巻き込まれると思うんだが……」
「それならいつもの事じゃないですか。何を今更。あれが彼の仕事でしょう。シンも面白がっていましたよね」
確かに、気が向いた時には良くリュートとナタリアの二人を巻き込んで遊びに行っていた。だが、そう云った時にはほぼ確実にナタリアの従兄であるカトラスが彼女に強制参加させられていたのをシンラは思い出す
そして、そんな彼が従妹からの要請に満更でもなく、時には諦めの表情で付き合っていたのを
「あの二人は見ていて楽しいからね。それはそうとして、単純にある程度は遊んでもいいんじゃないかっていうだけだよ。いくら出稼ぎって言っても、まだレイフォンは十三?だろう。働いてばかりじゃ枯れてしまうよ。というか、十分に枯れかけてる。そもそもレイフォン。君、趣味あるかい? なければ好きな事でもいいけど」
「……確かにそれもそうですね。ですが、流石にそれは考え過ぎじゃ……」
シンラの意見を理解しながらも、最後の質問は相手を馬鹿にしているとエリスがレイフォンの方に視線を向ける
質問され紙を捲る手を止めていたレイフォンは顔を上げ、まっすぐにシンラの方を見返す
「趣味って、あったほうがいいですか?」
「「……」」
「あ、バイトは結構好きです」
余りにも真面目な顔で聞かれ、エリスとアルウェイが答えに詰まり沈黙が空間を支配する
「レイフォンは今、金額的にはどの位稼いでいるんだい?」
指を折り、レイフォンが数え始める
「一応、最初の目標額は越えてる……と思います」
それを聞き、とても面白そうな顔をしてシンラは小さく手を挙げる
「レイフォンを巻き込むのに賛成の人」
「……」
「……」
とても渋い顔をしたアルウェイ、諦めの表情をしながらシンラを小さく睨むエリスの二人が小さく手を挙げる
「———え?」
賛成3:反対1
本人の意見を無視しながら、強制的にレイフォンのシンラ組((仮))参加が決まってしまった
「という訳なのですみません。せっかく紹介してもらったのに、あんまり向こうにバイト行けなくて」
「いや、しょうがねぇ。というか、その歳で趣味とか好きなものがロクにないって方に驚きだ。もっと遊んどけ」
バイト先の食堂で、レイフォンは店主にこの間の話をしていた
昼のピーク時をとうに過ぎ、客の少ない店内。特にやることもなく、厨房内で二人は各々の仕事をのんびりとしながら会話をしていた
「それに、たとえ週一で短時間でも行って貰ってんだから十分だよ。向こうもいい人材だって言ってたぜ」
「ありがとうございます。……もっと入れたかったんですが、止められてしまいましたので」
結局、レイフォンのバイト数は増えた。だが、それは当初レイフォンが考えていたよりも少なく、ここの店主の紹介の店へのだけ。それも、週に一日、数時間だけ
そもそもバイトの契約の際、レイフォンと雇い主との仲介で話しを通してくれるのがシンラなので、そのシンラが仲介を断れば新しいバイトは出来ない。出来たとしたら、ここの店主の紹介の様な形をとるしかない
その新しいバイトに伴い、レイフォンのシフトも変わった。新しいバイトを二日目入れるため、ここの店主と話して元々の二日目の分を三日目に回して時間を空けた。故に、今日である週の三日目は、朝から夕方までこの食堂でのバイトになった
そしてその際、ついでに時間を伸ばした。夕方以降のバイトがそもそも入っていないのでどうせなら遅くまで、それにバイト数が増やせなかった分時間を増やそうとシフトを入れようとした結果、外が結構暗くなるまでバイトしていくことになった
やや遅くなるが、昼も夜も店主の賄と言う形で食事が出るのでいいバイト先だともいえる
洗い終わった最後の一枚を立て掛け、手を洗う
次に皿が下げられるまで暇なので、とりあえず洗い場の周りに散った水滴をレイフォンはきれいに拭き始める
「どうせすぐ来るんだから別に拭かなくてもいいぞ。適当に休んどけ」
「はーい」
言われ、やることが本格的になくなったのでエプロンを外し、隅っこの方で椅子に座る
ボケーと何も考えいまま、何か作っているらしい店主の方を見る
「そういえば、今日は店閉めた後いた奴で適当に飲む話があるんだが、出るか? 今の所は俺とフーリエ、それとザックスだが」
「……飲まなくていいですよね」
前の時、ほんの少しだが言葉巧みに飲まされてしまった時のことを思い出して聞く
あの後、色々と大変だったのだ
「ああ、飲まなくていい。適当に飯突っついてジュースか何か飲んでれば十分だ。……まあ、自分から飲みたいっていうんなら話は別だがな。ああ、別だ」
「はは……考えときます」
一時厨房から出る
広い。とは言えないが、そこまで小さくもなく、そこそこの広さの食堂
ピーク時でも調理は二人でなんとかなる程度のここは純粋な食堂、というよりはややアットホームな感じがあり、今はピーク時を過ぎたため客は現時点で二人。常連でもある彼らはゆっくりと料理を食べている
先ほど直ぐに次の皿が来ると言われたが、この様子ではもうしばらく時間がかかりそうだ。そもそも、皿が来るのなら店内にいるもう一人のスタッフが会計の後に運んでくるので余裕がある
「ん? 休憩かレイフォン」
「はい。一通り洗い終わりましたので」
「まあ、今は客も少ないしな。そんなもんか」
フロア担当の先輩バイト、フーリエから聞かれ答える
彼はレイフォンがここのバイトに入る前からの古参のバイトであり、飲食業故、長めの前髪をバックにして留めている青年だ。前聞いた話では、二十歳ちょっとらしい
そんな彼は客がロクに居なく暇なのかしきりに手を胸の辺りで動かし、壁に寄りかかって店内を何とはなしにみている
「一昨日」
「どうかしたんですか?」
前置きもなく出された言葉に返す
「偶々会ったサーニャから体当たりされて、タバコ臭いって言われた」
「はあ」
確かにフーリエはタバコを吸う。だが、ヘビースモーカーと言うほどではなく、一日に五本吸うか吸わないか程度らしい
仕事中には一切吸わず、吸うにしても休憩中に外に出て吸うか、閉店後の飲みの時にしか彼が吸っている姿をレイフォンは見たことが無い
レイフォンからしてみたら臭いもそうするものではなく、気になるほどではない。むしろ、賭け試合の会場で酷く吸っている人たちを見たことがあるレイフォンにとっては慣れたところもある
気にならないけど、サーニャからしたら違うのかな? と彼女の姿を思い浮かべながら相槌を打つ
「で、体当たりがキックに変わった」
「はあ」
レイフォン自身、何度かされたことがある体当たりを思い浮かべながら相槌を打つ
一般人、それもまだ自分よりも幼い女性の、そもそも本気ではないそれは痛くはないのでさほど気にはならない
むしろ避けても問題が無い分、そっち((キック))の方が良いかもしれない
「それは別にいい。で、気になったからサリアに聞いたんだよ。タバコがそんなに臭うかって」
「どうだったんですか?」
サリアというのはここのバイトだ。シフトが違うからか、レイフォンが彼女と会うことはそんなに多くはない
長い茶髪を後ろでお団子状に纏めている姿を覚えている
フーリエが、視線をそらす
「……臭うって言われた。偶にバイト前に吸ってくることがあるんだが、そういった時は近づかないようにしてたって。後、吸った後は出来るだけ近づかないようにしてくれると助かるってさ……」
「……」
そういえば、フーリエはサリアの事が気になってるだとか店主が前に言っていた気がする。酒が入ってザックスと一緒に爆笑しながらだったが
そっちの事は一切わからないので、レイフォンは何を言えばいいのか分からなくなる
そんなレイフォンの頭にフーリエは手を乗せ、髪をいじり始める
「……で、タバコを一昨日から吸ってないんだよ。なんとかなると思ったが、我慢しようとすると逆に口がさみしくなっちまう。手が伸びそうになるが、持ってないしな」
「ああ、それで……」
胸の辺りで手を動かしていたのはそれだったのかと納得する。それに、いつもは少しだがする臭いが無くなっているのに気づく。本気で禁煙しているのだろう
誰かを好きになったことがないのでレイフォンにはよく分からないが、これが俗にいう“惚れた弱み”というやつなのだろうか
頭の上で動く手を意識しながら、そう考える
「で、なんかないか」
「いや、そう言われても……ザックスさんとかに聞いてみたらどうですか?」
無茶ぶりを振られ、一人の先輩バイトを思い浮かべながら言う
「あいつに言ったら爆笑しながらヘタレヘタレってうるさいんだよ……。生の唐辛子口に突っ込んでやった」
「あ〜」
容易にその場面が思い浮かんだあげく、つい頷きそうになって何も言えなくなる
そういえば、店長もフーリエの事を奥手だとかヘタレだとか言っていたなー、等と思い出す
確かに、この彼が積極的になっている姿が想像できない。というか、レイフォンにはどんな事をすれば積極的なのかが良く分からないのだが
が、言ったら同じ目に合いそうなのでレイフォンは沈黙を貫く
恋路はよく分からない。だからといって他に言えることも何もない
フーリエの視線が何気なくタバスコの容器に向けられているのに恐怖を感じる
((だ、誰か……))
誰でもいいからこの状態から助けてほしい
その祈りが通じたのか、店の扉が開くのをみてレイフォンは安堵する
少なくとも他にフロアがいない今、フーリエは客の対応に出なければならないのでこの状態からは解放されるはずだ
はたしてレイフォンにとっての救世主は、扉を開けたらそのままレイフォンに突進した
「お」
「え?」
二人の小さな反応を受けたその少女は、そのままレイフォンに体当たり喰らわせた
「あ」
そしてその衝撃に、フーリエに掴まれたままだったレイフォンの髪が一気に引っ張られ、頭部からブチブチ!と嫌な音が響く
「痛ァ!?」
「レイフォン久しぶり—!」
対面そうそうぶちかましを決めた金髪の少女————ここの店主の娘サーニャは、レイフォンの悲鳴を無視しながら満面の笑みを浮かべた
「うう……痛い」
「どしたのレイフォン? フーリエに虐められたの? どっかいけフーリエ! タバコ!」
若干涙目なレイフォンを心配そうな瞳で見つめ、サーニャはフーリエを睨みつける
勝気そうな瞳に頭の左右から伸びるツインテールがさながら威嚇する猫を連想させるが、いかんせん幼さが残る可愛らしい容姿ではせいぜい子猫程度の迫力しかない
勿論、フーリエには何の効果もない
「生憎だがここがバイト先だし、一昨日から禁煙中だ。それにレイフォンはお前のせいだ。後静かにしろ」
その言葉にレイフォンが客の方を見るが、特に何もなく大丈夫だと軽く手を振るだけだ
常連の彼らはサーニャともある程度面識があるのでさほど気にしてはいないのだろう。むしろ、面白そうに見ている
フーリエが軽く手を挙げ、その中に残ったレイフォンの髪をサーニャに見せる
「可哀そうに。レイフォンは将来きっと禿げてしまうだろうな。お前のせいでレイフォンはつるぴかだ」
やれやれ、とフーリエが大げさに首を振る
若干ビビるくらいの髪が乗ったそれを見せられ、頭皮の心配をするレイフォンの横でサーニャは顔を青くする
「大丈夫レイフォン? 大丈夫……大丈夫だよね? ね? ゴメン!! ……うう、わたしのせいでレイフォンがハゲに……。おとーさーん!」
そのままサーニャは涙目で厨房の方に駆けて行った
ちゃんと教えられているのか、涙目ながらも手を消毒し割烹着を素早く来て父親の元へと向かった
「いや、スマンなレイフォン。頭大丈夫か」
「ええ……まだ少し痛いですけど、血とかは出てませんし大丈夫です。それより、良いんですかさっきの? 店長のとこ行きましたけど」
抜かれた部分をさすりながら、サーニャに嘘を……嘘だと思いたい事をついたことを聞く
店長は娘のサーニャを溺愛しているので、泣かしかけたと知れたらどうなるか。フーリエには鉄拳制裁でも下るかもしれない
「あ〜……確かにまずかったか。反応が面白いからついいじり過ぎちまう。手持ち無沙汰でやっちまった」
時給下げられちまうかな。と呟きながらどんなもんかとレイフォンの抜けた髪の部分をフーリエが覗き込む
「……あ、やべ」
「え? ちょ、どうなってるんですか!?」
「いや、ほんとスマン」
フーリエが急に真顔になって謝ってきたので慌てて頭を探るが、特に何かなっている感じはしない
それでも安心できないまま探っていると、厨房の方からサーニャが戻ってくるのが見えた
少し泣きでもしたのか顔を赤くし、涙目で歩いてくる
「……ゴメンねレイフォン。お父さんに聞いたら、『やってしまったなサーニャ。これでレイフォンの将来に神は、いや、髪はない』って」
((……なんでそうなったの))
予想を斜め上を垂直に降下していく様な店長の返答に内心叫ぶ
「だから、『レイフォンの未来を奪っちまった分、責任をとってレイフォンの未来を貰ってやれ』って」
「てんちょー!?」
余りの展開にレイフォンは思わず叫んでしまう
「……グス。ねえ、どうすればいいの?」
サーニャに聞かれ、どうすればいいのかと考える
その横で、フーリエが小さく呟く
「なるほど、そう来たか……やるな店長。……あれ、これ俺御咎め無しじゃね?」
思わずそちらを見るとフーリエの視線は厨房へ。そしてその先には店長が
グッ!
グッ!
無言のまま二人は互いに親指を立てあう
((あ、なんだろうこの気持ち))
良く分からない若干黒い気持ちを二人に抱いたまま、涙目のサーニャに向いて弁解する
「いや、そんな簡単に禿ないから大丈夫だよ。このくらいで禿たら、僕の父さんとっくに禿てるから。フーリエさん達の嘘だよ」
弟たちの遊びに付き合っていた昔のデルクを思い出しながらサーニャに告げる
それを聞きサーニャは厨房の方を向き、父親がそっぽを向いたのを見て騙されたと理解し、今度は悔しさで顔を赤くしてフーリエに蹴りかかる
「ウソつくなこの野郎! ばーか!!」
「当たるかそんなもん」
サーニャの蹴りをひょいと避け、突進してきた彼女の頭をフーリエは抑える
身長や腕の長さの関係上、サーニャの攻撃がフーリエに届かなくなる
ぐぬぬと突進し続けようとする彼女を抑える中、客の一人が立ち上がるのを見てフーリエが抑えを解く
「お客様が会計だ。仕事の邪魔はするなよ」
「むー……」
父親から教えられているため、流石に仕事の邪魔をしない程度に分別が付いている彼女は睨みつつもフーリエへの勢いを止める
それを見て、フーリエはレイフォンの肩をポンとたたく
「じゃ、後は頼んだ」
そう言い、フーリエは会計の方に向かって行った
「……レイフォンは、仕事まだあるの?」
涙目がまだ治らないままのサーニャに聞かれる
すぐ皿が回ってくるだろうと思い、厨房に戻ろうと考えていたレイフォンはそれをに足を止める
正直、涙目の女の子相手の対応などレイフォンには敷居が高く、何を言えばいいのか詰まってしまう
最初に会ってから今まで、サーニャは元気な笑顔ぐらいしか見たことが無いから余計だ
「えーと、一応夕方までは」
「そうなんだ。……また、色々見せて貰えると思ったのに……」
不満そうにむー、とサーニャが頬を膨らます
父親から厨房でのレイフォンの行い((剄技を使った色々))をサーニャは聞かされていたらしい
そのため、実際に宙を飛ぶ皿などを見られた際に色々あったのだ
それが気に入ったらしく、時間があれば見れたのに……とサーニャは落ち込む
娘の事が気になっていたのか、覗いていた店長が口を挟む
「それなら大丈夫だぞサーニャ。レイフォンは今日の飲みに参加するってよ。そん時頼め頼め」
「え、ほんと! 分かった!!」
「え?」
まだ決めていなかったのに参加が決まり、つい反論しそうになる。が、嬉しそうにするサーニャの姿に言葉が止まってしまう
そんなレイフォンを見て、店長は一本指を立てる。そしてレイフォンは、複雑な表情のまま頷いた
レイフォンの臨時バイトが決まった瞬間だった
そんな日々を過ごし、レイフォンはシュナイバルでの日常を過ごしていった
食堂のバイトでは周囲に弄られ、店長には口車に乗せられたりサーニャに色々見せたり
清掃のバイトでは範囲を広くされたり早く掃除したりわざと遅くしたり
シッターのバイトでは子供たちの玩具にされながら仲良く遊んだりお菓子をあげたり
錬金鋼のバイトでは新開発とは無関係なこともされ、遅くまでなってお詫びに調整がタダになったり
バイトとは無関係な所では偶々あったニーナの姉と話をしたり、朝からシンラ組にむりやり拉致されて彼らの行きたいところに遊びに付き添われたり
そんな日々をレイフォンは送っていった
旅団の方では各々が収集したデータを纏め、分別。他都市からの物に関してはバックアップが取れる物は取った上で売り払い、金銭化
集めた情報から交易や趣味に必要な物を買い集め、収納
放浪バスの点検、修理。食糧などの買い集め
この都市で得られたデータ、周辺の地域データの解析
次にどこの都市に行くか、どこに行きたいかをメンバーで話し合い、方針の決定
一通り決まったり、特に用もない時は各々が好きに都市を観光
シンラがエリスやレイフォンと適当に回ったり、カトラスがナタリアに引きづられながら付き添われて遊んだり
時折話し合いをバックれ、遊びにいったりするシンラ組を捕まえたりしながら、旅団ではそういった日々が過ぎて行った
—————そうして数ヵ月が経ち、シュナイバルに来て一年近くの日々が過ぎた
「準備はいいかいレイフォン?」
「はい。バイト先にも挨拶してきました」
放浪バスの中でレイフォンがシンラに答える
この都市に来てから大よそ一年。出る時が来たのだ
「お世話になった人たちへの挨拶は大事だよ。僕も飲み屋のマスター達に別れを告げたからね。お土産の酒が多くてさ。いやー困るね」
「あー……」
そういえば昨日、シンラのいない所で酒盛りがあったような気がするが、きっと気のせいだろうと思う
「僕の方はなんか、いろいろ引き留められたというか勧誘されたというか……。住所とか色々がまあ……。お土産貰ったりで嬉しかったですけど」
言いながら、つい先日の事を思い出す
そろそろ時期なので、バイトを辞めるという事を言ったら色々と言われたのだ
いわく、残ってやっていかないか。いわく、サーニャが悲しむ。いわく、掃除が……などなど。実際の所、サーニャは不満そうながら送ってくれた。へにょいパンチは貰ったが
後はハーレイの父親が、実験の成果が出たら送るかもしれない、という事でもしかしたら錬金鋼が貰えるかもしれないという事があった。もしかしたらハーレイの方に行くかもしれなかったりらしいが、それは純粋に楽しみでもある
「引き止められるという事はそれだけ好かれていたという事だよ」
「そうだと嬉しいです」
こんな自分を、それだけ好いてくれたのならとても嬉しいとレイフォンは思う
一部のバイト先では明らかに労働力としての気がするが
そんな話をしていると、エリスがやって来た
「準備が出来たそうです。まもなく動き出します」
その言葉が終わると同時、バスのエンジンがかかり床が振動し始める
外は風もなく、視界も良好。バスで出るには十分な条件だ
暫く振動した後、少しずつ動き出して外へと向かって行った
一秒ずつに離れて小さくなっていくシュナイバルを、一年近く過ごした都市を見ながらレイフォンは良く分からない感情を感じていた
胸に小さな痛みがある様な、そんな感情
グレンダンを出たときにはなかった、良く分からないものだ
それを伝えると、エリスはいつも通りの無表所に近い顔でレイフォンに教えた
「それはきっと、郷愁や悲しみという物に近い感情だと思います。まだ昔の事にはなっていませんが、きっともう来ることはないでしょうから」
「……ああ。だからグレンダンを出る時にはなかったんだ」
グレンダンに戻ることは確定していた。だが、シュナイバルにはきっともうこないだろう
この世界で自分が生まれ育った以外の都市に、それも無関係の都市に二度も訪れる事などまずない。シンラ達の様な者たちでない限り、それはほぼ確定の事実
だからきっと、今の自分は親しくなった人達と会えなくなることに悲しさを感じているのだろう
そう、レイフォンは自分の感情を理解した
「レイフォンはまだ十三ですからしょうがないと思います。都市をいくつも回ってきた私たちは慣れていますし、そこまでのものではありませんが。……もっとも、生まれた都市を捨て、ただ自分の興味で世界を周っている私たちは、当たり前のどこかが欠落している可能性もありますがね」
シンは特にそうです……と言い、エリスは歩いて行った
離れていく都市を見ながら、レイフォンは一人でその光景を見ていた
既に痛みなど無くなっていることに、気づくことはなかった
こうして一同はシュナイバルを去り、放浪バスの指針はヨルテムを目指し走って行った
————————※※都市※※※※※
荒廃した街の中に彼女はいた
顔を歪ませ、慟哭の叫びを上げていた
彼女は激怒していた。絶望していた。憎んでいた。それを抱く心さえ壊れかかるほどに
自分が愛するものを、守るはずだったものを、その全てを蹂躙した存在を呪っていた
既に彼女が愛していた者達はいない。悉く殺戮者に■された
家々は潰され、道は陥没し、所々に黒い塊が散乱していた
彼らを守るはずだった壁はもはやその意味をなさない。穴をあけられ、人がいるはずの空間に一人として影はない
腐臭をまき散らすこの都市の中で、彼女が守るはずだった者達の残骸が残る中で彼女は絶望する
既に殺戮者は去った。都市の中には彼女独り
誰一人守れなかった彼女は無人の世界で無力を嘆く
彼女は只々、憎しみに狂っていた
無人の世界で一人、聞く者のいない慟哭の声を上げ続けていた
後書き
ホントはもっと短くなる予定だった。だけどサーニャが書きたくなって書いたら長くなった。後悔はしていない。後、多分もう出てこない気がする
ほかのバイト描写も書く予定だったが食堂描写が長くなったのでやめた。フーリエのイメージはworkingの佐藤さん。ヘタレ。一応、描写されてるキャラは全員フルネーム考えてある
前書きはくまさんヒャッホーな内容。めだかちゃん可愛い
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