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戦国異伝

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第百二十六話 溝その十六

「そこで始末しようぞ」
「ではすぐに」
「浅井に仕掛けましょう」
「それにしても」
 ここで一人が言った。
「あの者、また来ておりませぬな」
「どうも近頃来ないことが多いですな」
「折角織田信長の傍におるというのに」
「一体何をしておるのか」
「何を考えておるのか」
「前から奇矯なところがありましたが」
 その者についての話にもなる。
「十二家の一つの主でありながらどうも我等と共にいませぬし」
「昔から避けている様でした」
「そして今は特にですな」
「滅多に、であります」
「まあよい」
 中央の声は不快げだったがそれでも言った。
「時が来ればな」
「その時にですな」
「動いてもらいますな」
「そうじゃ、そうしてもらう」
 こう周りに言ったのである。
「浅井が動いたその時にな」
「まさにですな」
「その時に」
「わしからも言っておく、その時にこそ動けとな」
 釘を刺すというのだ。
「只でさえ本願寺もおるからな」
「あの寺とは親鸞の頃から因縁がありますな」
「全く、徳のある僧も厄介です」
「行基から我等に仇なす者はいましたが」
「あの者もでしたな」
 その本願寺の開祖である親鸞のことも忌々しげだ、まるで世の者が悪鬼か羅刹を語るかの様である。
「至る場所で我等を阻んできました」
「あの念仏でどれだけ人を救ったか」
「我等にも気付きその法力で挑んできました」
「嫌な者でした」
「あの頃は特にそうした者が多かった」
 中央の声も忌々しげだ。
「法然に日蓮に一遍とな」
「道元もいましたな」
「平安の空海や最澄には特にやられましたが」
「親鸞もそうだった」
 その者もだというのだ。
「そして今の本願寺も」
「あの寺もですな」
「我等の敵ですな」
「親鸞からの敵よ」
 まさにそれだというのだ。
「蓮如も我等には気付いておらぬがな」
「あの者も相当な者ですが」
「気付くとそこで」
「織田信長と同じく」
「あの者も日輪だ」
 それだというのだ。
「やはり我等の敵となる」
「ではやがては」
「本願寺も」
「しかし蓮如は切れ者、操ることは出来ぬ」
 このことが厄介だった、彼もまた傑物であり信長に匹敵するだけの人物だからだというのだ。
「その側近達もな」
「とてもですな」
「操れませんか」
「中々難しい」
 そうだというのだ。
「織田信行で上手くいったのはよかったが」
「はい」
 闇の中から声がした。
「それはしくじりました」
「最後にな。しかしじゃ」
「しかしですか」
「御主はよくやった、見事じゃ」
「かたじけないお言葉」
「じゃが本願寺のこと、気付いているやも知れぬ」
 信行と同じやり方はというのだ。
「止めておくべきじゃな」
「では別のやり方で」
「操る他にも仕方はある。そうじゃな」
 ふと気付いた感じだった、中央の声の調子が楽しげなものになった。
「争わせるのもよいかもな」
「織田と本願寺をですか」
「双方を」
「うむ、共に我等の敵」
 そうだというのだ。
「ならばその双方を争わせるのじゃ」
「二虎競食ですか」
「そうさせますか」
「己を狙う虎が二匹おればその二匹を争わせればよい」
 三国志演義にある計略だ、それを使うというのだ。
「夷を以て夷を制するじゃ」
「では本願寺にも仕掛けますか」
「そして織田にも」
「双方が争い共倒れになればよい」
 彼等にとって非常によいというのだ。闇の中でこうした言葉が出た。
 そのうえでだった、まずは。
「織田と本願寺は大掛かりじゃから時がかかる」
「しかし浅井はですな」
「あの家には」
「すぐに仕掛けられる、ではな」
「はい、それでは」
「すぐにでも」
 闇の中で頷く声がした、そうして。
 闇の中でまた邪な笑い声が響いた。戦国の戦乱の中で相変わらず何者かが蠢き企みを続けているのだった。


第百二十六話   完


                 2013・2・22 
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