変人だらけの武偵高
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3話
前書き
不定期更新のタグ付けるの忘れてた……
今テスト期間なので、取り敢えずストック分放出します。
これによって次回更新がいつになるかは自分にも分からなくなりました(笑。
二つに結わえたピンクブロンドの髪。
ルビーのような赤い瞳。
身長はキンジの胸の辺り程度の小柄な少女が、諦め掛けていたキンジに発破を掛けた。
(そうかーーそうだな。諦めるのは、まだ早い)
屹立する施設の一つ、その屋上に立っていた赤い少女。あんな小さな女の子に武偵を説かれたまま死ぬような腑抜けになった覚えは、毛頭ない。
キンジは、万全でないにしろ、あるだけの知恵を振り絞った。これだけのスピードだ、時間は限られてくる。このまま真っ直ぐ進めば、いずれはーー
「……! そうか!」
キンジの脳細胞はフルに回転し、その結論を導き出した。
この方法なら、上手くいけば爆発による被害を最小限に食いとどめ、なおかつキンジにも生き残る道が見える。
無論、百パーセント安全な保証なんてない。どちらかと言えばフィフティ・フィフティか。
だが。
「そんなことは日常茶飯事なんだよ……武偵って仕事ではな……!」
覚悟を決めて、キンジは思い切りハンドルを切った。
耳障りな音が鼓膜を叩く。
アスファルトの焦げる匂いが鼻をつく。
襲いかかる強力なGに耐えつつ、自転車を倒れないよう姿勢制御するのは困難の極みだった。
気を抜くと一瞬で倒れてしまう。キンジは全霊をもってバランスを取る。
「こなっ……くそおっ!」
死んでたまるか。死んでたまるか。死んでたまるか。
こんな所で、死ねるかーー!
必死にハンドルを握るその形相は苦いものだった。全身がばらばらになりそうだとすら思える衝撃の中、それでもハンドルは離さない。
そして、生を望む強い意志が、彼の遺伝子に刻まれた力をほんの一瞬だけ引き出した。
「ーー!」
タイヤの擦れる音が、周囲の全ての音を轢き殺した。ふわっ、と一瞬浮くような感覚を経て、キンジの見る世界が九十度傾く。
「まずは第一段階……成功!」
後輪だけの、九十度のドリフト。いや、ドリフトと言えるかも分からない、あまりに無理矢理な方向転換だった。
武藤開発の加速装置は相も変わらず健在で、そのお陰と言っていいのか、武偵殺しの要求違わずスピードを維持したまま曲がった。そこが一番の鬼門だっただけに、キンジは内心ホッとする。
これで後は、飛び降りる際にタイミングを間違えなければ任務完了。キンジも生き残り万々歳だ。
この人口浮島は縦二キロ、横五百メートル。つまり、こんな通学路のすぐ隣に、海に沿った道があったりする。
海にしずめてしまえば、爆発の威力も抑えられるはずだ。
「場所は……よし、完璧っ!」
丁度良い具合に、海に面した桟橋があった。釣りスポットとして釣り好きの生徒の間では割と有名な場所だ。堤防があったらかなり危なかったが、一先ずキンジは賭けに勝った。
桟橋に乗り上げ、そのまま走り続ける。
飛び降りるタイミングを間違えれば、それは即、死に繋がる。早過ぎれば自転車は海に落ちないだろうし、遅過ぎれば爆発に巻き込まれる。
(まだだ……まだ)
動悸が早くなる。最良のタイミングなんて無い。生きるか死ぬかは、完全に自分の感覚頼みだ。
視界が狭くなる。呼吸も荒い。
これ以上はーーまずい。
キンジは、弾かれるように自転車から飛び出した。
幸いにも、タイミングは完璧だった。
が。焦りのためか、運悪く少し態勢が崩れた。
爪先に、硬いものが掠める。
自転車の、サドルーー!
キンジは空中で、自転車の方に視線をやった。死に際で感覚が加速しているのか、それはやけにゆっくりと見えた。
自転車が傾く。
このままでは、海に落ちる前に倒れて、起爆してしまうだろう。
(あ、俺、死ぬのか)
呆気ない、実に呆気ない散り様だ。
人が死ぬ時は案外あっさりしているというのは聞いていたが、これで彼の生きてきた人生の幕が降りるなんて。
「ちく、しょう……」
今度こそ、キンジは生存を諦めた。あの赤い少女には悪いが、もうどうしようもない。
キンジが意識を手放そうとした、その瞬間。
二発の銃声が、スローモーションの世界に響き渡った。
キンジは目を見開く。
何故、一体誰が。
キンジは銃声のした方に視線をやった。
先程の赤い少女である。
彼女はパラグライダーを器用に操り、その小さな手には大き過ぎる二丁の拳銃を握っていた。二発の銃声はあの銃のものと考えて間違いあるまい。
キンジは射線の先に目をやった。
今にも崩れ落ちそうな、爆弾二発を抱えた自転車。
そしてキンジは、驚くべきものを見る。
バランスを崩し、キンジが飛び降りた左側に倒れそうだった自転車の左ハンドルに、彼女の銃弾がぶち込まれ、なんとバランスを立て直したのだ。
続いての一発はまさにダメ押し。ハンドルのど真ん中を撃って、重心を安定させた。
結果、自転車は止まることなく、海へと飛び出した。
キンジは慌てて受け身を取り、爆風に備えて身を屈めた。
地震のような振動、それに続く盛大な水飛沫。
どうやら目論見は成功したらしい。キンジは尻餅をついて、大きく息を吐いた。
「助かった……のか?」
「そうね。正確には、私に助けてもらったってところかしら」
いつの間にか、パラグライダーを外した例の少女が隣に立っていた。
気に留めていなかったが、彼女が着ているのは東京武偵高指定のセーラー服。見た目的に高校生ではなさそうなので、インターンだろう。
「ああ……そうだな。済まない、助かったよ」
「あら、案外素直ね。まあ、嫌いじゃないけど。そういうの」
くす、と少女は笑った。
年齢とかけ離れた大人っぽい仕草に、キンジの心音が早まった。
言及こそしてなかったものの、この赤い少女はかなり美人だった。
髪色から考えてもハーフなのだろう。もしくはクォーターなのか、外国人ぽい高く通った鼻筋に、髪と同じ赤くて細い眉。そんな中でも、どこか日本美人のような奥ゆかしさを感じる。
体型こそこぢんまりとしているものの、それはこれからの成長でどうとでもなるだろう。
まあつまり、彼女は掛け値なしに美少女だったという話だ。
「でも」
前置きして、少女はキンジの鼻っ柱に人差し指を突き立てた。
「そういう時は『済まない』じゃない。『ありがとう』がベストよ。OK?」
やたら発音の良いOK? だった。
「オーケー、ありがとな。ええと」
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私は……」
と。
名乗りの途中で、少女ははっと振り返り、キンジの上に覆い被さってきた。
「伏せなさい!」
怒鳴り声の後、少女の頭上を大量の銃弾が通過した。あのまま立っていれば、いかに小柄な少女とて蜂の巣になっていただろう。
キンジは桟橋の向こうに視線を向けた。
先程キンジに並走してきたセグウェイと同型のものが、うじゃうじゃと湧いている。数えると、十五台いることが分かった。
……と。キンジは気が付く。
自分の顔の上に、赤い少女の柔らかい部分が乗ってることに。
(あ、やば)
考える暇もなく、彼の血流が変わった。
「数が多過ぎる……私の銃じゃあの数は捌けないわね。どうにかして逃げましょう。幸い、後ろは海よ」
「……止めた方が良い。こいつは随分狡猾な奴だ。こんな分かりやすい逃げ道に何の対策も打ってないはずがないからな」
「まあ、それには同意しておくわ。なら、どうするつもり? 二人なら正面突破も出来なくはないだろうけど……圧倒的に不利よ。遮蔽物もないし」
「いや、俺だけで良い。アンタはここで待機してな」
「……頭でも打った?」
少女の訝しげな視線がキンジに突き刺さる。
そんなことは気にも止めず、彼はおもむろに立ち上がった。
「ちょっと、危ないわよ! 伏せなさい!」
「あんなへなちょこ玉、この俺にあたりゃしないさ」
「あなた本当にどうしたの? まさか、打つ人?」
打つ人、とは戦闘中、薬物で集中を高めたりする人種のことだ。少女はどうやら、人が変わったキンジを見て、危険な薬物を服用したものと勘違いをしたらしい。
が、日本の武偵は基本的に薬物使用は禁じられている。当然、そんな事実はない。
「いや……今日のラッキータイムだ。アンタのお陰で美少女成分満タンだぜ」
「何言ってるか分かんないんだけど……」
「さっきも言ったろう。あの鉄くず共は俺が一匹残らず掃除するから、アンタは下がって茶でも飲んでなってことさ」
キンジは左のホルスターからベレッタを。右のホルスターから、もう一丁の愛銃、デザートイーグルを抜いた。
と、同時に、駆ける。
相手が銃弾をばら撒いてこようがお構いなしに、走って走って走る。
彼に向けて放たれた銃弾は、その一切が彼には当たらなかった。
「やっぱり超ラッキーだな。今の俺は。……そして」
十五台のセグウェイらのど真ん中、囲まれるような位置で静止するキンジ。
正気の沙汰ではない。この光景を見たなら、誰もがそう口にするだろう。囲まれないよう動くのは、どんな戦術でも基本中の基本。わざわざ敵陣のど真ん中に移動するなど、自殺と同義だ。
マシンガンの方向が、一斉にキンジの方を向く。
キンジは両の手を広げーーベレッタとデザートイーグルの引き金を引き絞る。
二発の弾丸は、その両方がそれぞれ一撃の下にUZIを粉砕した。
すかさず次の、また次の敵に照準を定め、破壊していく。
舞うように一周した頃には、残るセグウェイは一台のみとなっていた。
「俺にちょっかい出すなんて……アンラッキーだぜ、アンタ」
愛銃二丁の銃弾が、止めとばかりに最後のセグウェイを吹き飛ばした。
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