鋼殻のレギオス IFの物語
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十三話 後
前書き
レイフォンの強さは、原作同時期よりも弱い設定です
原作で、リーリンがいくどもレイフォンに茨の棘を刺してきたといった描写があり、その棘が剄力の元
ここのレイフォンは天剣授受者になっていないので、リーリンから見た心配が原作よりも薄くて刺される棘がやや減少。老生態という強敵との戦闘が零なので経験値低し
故に原作以下
「————なッ!!?」
声が聞こえると同時に発生した気配に反応し、レイフォンは瞬時に己が武器を構え一瞬で戦闘態勢に入る
そこに先ほどまで気の抜けた姿はない。身に纏う剄は教導時の比では非ず、その場の雰囲気を一変させ僅か離れた場に佇む声の主を睨む
とても巨大な男。……いや違う。それは強力な剄の放射によってそう見えただけの錯覚。白い頭髪を後ろに撫ぜ、整えられた髭を持つ枯葉色のスーツを着た痩身の老人
痩身なれど非力には見えぬ覇気、鋭い輝きを伴った戦士を連想させる眼光を持つその存在に一瞬威圧されそうな幻覚に襲われる
(この距離に近づかれるまで気づけなかった!?)
自分の言葉に乗せるように放たれた声。それが聞こえるまで感知できず、この距離まで近づかせることを許したことが信じられず、剣を握る手に無意識に力が入る
それらのことが示すは相手の実力。恐らくは天剣クラスに匹敵するという事実がレイフォンの危機感を煽る
だが、そんなレイフォンの様子に気づかず、ニーナはそこに現れた存在が信じられずに口を開く
「大祖父……さま?」
「久しいなニーナ。いくらか語らいたいところだが、それは後とする。すまないが、今日はお前に用があるわけではないのでな」
「……ニーナさんの知り合いですか?」
「あ、ああ。……私の大祖父さまだ。だが、なぜ……?」
剣は離さないながらもニーナの親族だと聞き危機感は無くなるが、驚きのまま疑問の声を上げているニーナの様子にレイフォンも疑問を抱く
そんな2人。そしてよく事態が理解できずに一言も喋れていないハーレイの三人の疑問に答えるようにニーナの大祖父———ジルドレイド・アントークは視線をニーナからレイフォンに移し、口を開く
「いかにも。ジルドレイド・アントークと言う。今日は小僧、確かアルセイフと言ったな。お前に用があってきた」
「僕に?」
親族のニーナではなく、初めて会うはずの自分に用があると告げられ疑問よりも先に困惑の表情が浮かぶ
「ああ。……用件は二つ。茨の守護者の小僧よ、“茨輪の眼”は既に目覚めたか?」
「茨?………すみません、何のことですか?」
「……その様子だとやはり、何一つ知らんか。まあいい、最初から分かっていたことだ。今のことは忘れてくれ」
「えーと、はい」
忘れろも何も、何を聞かれたかすら理解出来ていないのだから言われるまでもない
横を見ればニーナも何の事だか分らなかったのか、先ほどまでとは少し違った疑問の表情を浮かべすぐそばのハーレイに視線で聞き、それを受けたハーレイも首を横に振り否定を表す
そんな三人の様子を見て、ジルドレイドは僅かに表情を和らげる
それだけで先ほどまで会った覇気は薄まり、眼光の鋭さもややなりを潜める
「すまんな。なに、先ほどのは老人の戯言だとでも思ってくれればいい。用件はもう一つ。どちらかと言えば、今回はこちらが本命だ」
「何でしょうか?」
「いや、なに…………この老体と、一手手合わせ願いたくてな」
言われた言葉が一瞬理解できず、レイフォンは思わず聞き返してしまう
「手合わせ……ですか?」
「ああ。先のことと少し関わるのだが、是非ともお前の力量を見たい。今しがた出てきたのも、先ほどまで様子を見ていたからでな。何、一度だけで十分だ」
一瞬、この人もかー!!とあの人達と同類だと思いレイフォンは内心叫ぶが、どうやら一度だけでいいという言葉は本心らしく勘違いに気づき持ち直す
「えーと、まあ一度なら大丈夫ですけど……」
と言いつつ、受けた方がいいのかと横目でニーナ(現雇い?主)を見る
あの人種の様に後に引かないというのならレイフォン自身、ジルドレイドの実力に対しての興味もないと言えば嘘になる
その視線に気づいたニーナは一転、困惑していた表情にやおら興味深そうな色を浮かべる
「ふむ、受けたらどうだレイフォン。むしろ受けてほしい。私も是非見たい」
ジルドレイドの実力はある程度知っている。かつてアントーク家の武芸者が束になってかかり、その全てを跳ね除けた光景は未だに強く記憶に残っているし、あれがおそらく全力でないことも気づいている
レイフォンの力もある程度は知っているが、自分に合わせてくれているため全力には遠いという事も知っている
そんな2人の全力が見れるやもしれぬとニーナは期待が膨らむ
それを受け、レイフォンはジルドレイドに向け首を縦に振り受諾を示す
「それは兆重。ならば既に場は用意してある。ついて来てくれ」
背を翻し歩き出したジルドレイドの後を追いニーナとレイフォン、そしてハーレイは歩き出した
「ねえねえニーナ。あの人が前に言っていたニーナの大祖父さまなんだよね?」
「ああ。そういえばハーレイには言っていたな」
先の場から少し離れた場所。開けた場を持つアントーク家が所有している鍛錬場を有した建物の中に二人はいた
その視線の先には件の2人、離れた場にいるジルドレイドとレイフォンの姿を収めながら二人の会話は続く
「人工冬眠で必要な時以外は出てこないんでしょ? レイフォンと戦うために出てきたのかな」
「そう言っていたが、私にもよく分からん。……だが、そんなことで出てくるとは思えんし、本来ならある程度前もって知らせがあるのだが……」
「ってことはやっぱり、一つ目の要件に関わることなのかな?」
「そうだろうな……。確か、“茨輪の眼”だったか」
「後、レイフォンのことを守護者とか……何か知らないの?」
「知らん。そもそも、大祖父さまと会うのもこれで三度目だ。詳しいことは知らない」
「そっか。……そういえば、レイフォンが天剣授受者になりかけた、みたいなことを言ってたよね」
「そういえばそんなことを言ってたな。まあ、そこまで不思議でもないが」
実際に天剣授受者という者に会ったことはないが、聞く分だけには許容量のことをクリアしているレイフォンが選ばれかけたというのはそこまで疑問に思う事ではない
そんなことを言うニーナに、ハーレイは頭を振る
「違うよニーナ。そこじゃない」
「? ならなんだ?」
「僕が言いたいのは、どうしてそんなことを知っているのかってことだよ」
「知らん。……まあ、色々あるんだろうな」
「そっか、色々か」
「ああ、色々だ」
「不思議だね」
「ああ、実に不思議だ。……っと、どうやら始まったみたいだ」
視線の先、立ち合う二人の様子が変わったことに気づいたニーナの言葉を最後に、二人の会話は途絶えた
———外力系衝剄変化・閃断
まず手始めにといった思いでジルドレイドに向かって走りながらレイフォンは閃断を放つ
相手の対処法、並びにどの程度の力量なのかの確認も含めた物であり、その威力は既にニーナの教導の時の遥かに上回る
だがその一撃に対し、ジルドレイドは動じることもなく一歩として動かずに片手の鉄鞭を無造作に振るうだけで打ち払う
その光景に僅かに目を見開き先ほど以上の剄を込めた閃断を放ち、同時に旋剄並びに殺剄を持って斜め後方へと移動、瞬時に剣を逆袈裟に振るうが
「ぬるい」
僅かな声を発しながら反転と同時に放たれた一撃で打ち払われ、その威力の高さに押され距離が開く
そして今の動作から、恐らくだが先に放った閃断は打ち払うまでもなく、その身から発せられる剄の前に意味をなさなかったのだとレイフォンは推測する
「手加減はいらん。全力で来い」
力を探るような動きを察してか、全力を出せというジルドレイドの声により一層レイフォンの思考が研ぎ澄まされる
今の攻防、並びに最初の出会いの時から考え相手の実力はまず間違いなく天剣クラスだと断定。故に、一切の手加減を抜いてレイフォンは動く
———内力系活剄変化・旋剄。並びに外力系変化・背狼衝
ゼロから一瞬でのトップスピードへの移行。十分に距離のあるところで見ているニーナからすら残像が実体のままであると疑わぬほどの速度を持ってジルドレイドへと迫る
———外力系衝剄変化・剛剣
優に身の丈の上回る剄の剣を己が武器に纏わせ袈裟切り。されど表情一つ変えずにジルドレイドが右の鉄鞭を持って迎撃に動くのを見、互いの武器がかち合い剣の勢いが殺されるのを確認し
———外力系衝剄変化・爆斬衝
爆刺孔の亜系。刺した点からでは無く纏わせた剄そのものに指向性を持たせて爆発させ相手を狙う
だが剄が変わる一瞬の変化を見逃さずジルドレイドは右の鉄鞭をそのままかち上げ、身を沈めると同時に爆発を上方に逃し回避。残る左の鉄鞭で横薙ぎにレイフォンを狙う
無防備になった身にその一撃を受けるわけにもいかず、逆向きに発生させた旋剄でもってその場を離れる。が
「まだだ。受けて見せろ」
一瞬で懐に潜り込んだジルドレイドの一撃が振り下ろされる
なんとか引き戻した剣で受けるがなんの意味もなさず、突き抜ける一撃を金剛剄で受けるが
「———がっ!?」
殺しきれぬ衝撃に吹き飛ばされ、地に落とされるがすぐさま体勢を立て直す
金剛剄の御蔭か、幸いにも衝撃に体が痺れただけであり動きに支障をきたすような怪我、痛みはない
だが、それでも十分な隙があったにも関わらず、ジルドレイドはレイフォンへの追撃はせずに佇む
「全力を出せと言ったはずだ。全力を出すことを、そしてそれを人に、儂に向けることを躊躇うな」
疑問ではなく断定の口調。そしてそれはレイフォンの無意識での迷いを打ち抜く
他人を圧倒する剄量。天剣クラスでしか匹敵するものがいないそれを本当の意味で人に向けてこなかったレイフォンにある、他人に全力を持って剣を向けることへの半無意識下での迷い
だが、それを指摘するジルドレイドの言葉に、そしてそれを出してもなお自分を上回るであろう眼前の相手に、レイフォンはその迷いを捨て意識を変える。初めて本気≪全力≫の視線を相手に向け、それに合わせるようにその身に纏う剄が鋭さを帯び、それを受けたジルドレイドの剄もまた力強さを増す
「そうだ、それでいい。お前の力を、その底を儂に見せてみせろ」
「……行きます」
呟きと同時にレイフォンは前に出る
(ほぼ確実に相手の方が剄量は上。それにあの威力を何度も剣で真っ向から受けるわけにはいかないし、武器の技量も恐らく上。なら、出来る限り動いて———)
武器の錬度、そして剄量という二点で自身を上回る相手に、そしてそもそも錬金鋼の事で本質的な意味で全力を出せないレイフォンは三つ目の己が力を持って立ち向かう
(———技で隙を作る!)
向かってくる相手に対し旋剄で接近。十分な剄を込めた閃断を放ち、同時に気配を複数にばら撒く
放たれた閃断を剄を込めた鉄鞭で相殺し、気配のもとを叩こうとジルドレイドは探るが……
「ふむ、そんな技があるのか」
そこにあるのは全て実体。ルッケンスの千人衝をレイフォンが修得した故の千斬閃という絶技
都合八人のレイフォンがジルドレイドを囲み、動きを見せる
———外力系衝剄変化・爆斬孔並びに渦剄
その内の一人がジルドレイドの近くの地面へと剄を放ち、その衝撃で舞う土煙を渦剄で取り込んで視界を殺す。その上で四人のレイフォンがほんの僅かずつ差をつけジルドレイドへと接近、一人が地を蹴り上空から剣を振り下ろす
視界が殺されても剄の動きを読み、一番早く近づく一人に対し片方の鉄鞭を振るおうとし
———内力系活剄変化・旋剄
一番最後に動いた一人が旋剄でもって加速。一人目に割り込み剣を振るうが反応され、鉄鞭で受け止められ
———内力系活剄変化・旋剄
二番目に動いたレイフォンの後ろからその背に姿を隠し本物のレイフォンが接近し
———外力系衝剄変化・背狼衝並びに餓蛇
そのまま前の一人を貫き、自らを巻き込みながら剣を回転させジルドレイドへと突っ込む
「ほう、なかなか。だが……」
餓蛇を正面から受け、その身を止めるジルドレイド。その力をもってすれば除けられようが、その間に未だ健在な三人のレイフォンが切りつけるという状況。その状況でなお、ジルドレイドは口を歪ませ
「甘いわっ!」
———内力系活剄変化・戦声
怒号が響き渡る。音声剄技・戦声の衝撃が体を貫き、周囲にいるレイフォンは一人残らずその身を一瞬硬直。その隙を以て黄金の剄が周囲全てを飲み込み、分身体を消し飛ばす
体の一瞬の硬直の隙に剣を弾かれ、一人となって飛ばされたレイフォンに対しジルドレイドは高速で接近。ガードの上からレイフォンを吹き飛ばす
衝撃が全身に残りながらもそれを利用し姿勢を整え、すぐさま移動。追撃に動くジルドレイドに対し距離を保ちつつ衝剄を放ち、時折近づいて剣を振るう
———外力系衝剄変化・爆刺孔
振るう剣を交差した鉄鞭で受けられ、切っ先から爆発を生じさせるも鉄鞭の片方を上に弾くことで剣ごとずらされ、もう片方で薙ぎ払われる
———活剄衝剄混合変化・竜旋剄
活剄によって腕力を強化。回転しながら周囲に衝剄を放ち竜巻を発生させるも、黄金の剄を纏い強化した体と鉄鞭で強引に突破される
———活剄衝剄混合変化・鎗伸剣
鎗打の剣による亜系。カウンターを狙い放ち、背狼衝を用い拮抗するも相手の押し込みにより力で飛ばされる
———外力系衝剄変化・渦剄並びに針剄
視界を濁し、眼に向かって針状に尖らせた剄を放つもそもそも相手の体に通らない
———外力系衝剄変化・蛇落とし並びに爆刺孔
限界が近くなった黒鋼錬金鋼から青石錬金鋼に武器を変え、竜巻状に練った剄をぶつけ、飛ばされないと理解したうえで全力の突きからの爆刺孔を放つも、腰を据えて力強く振るわれた双鉄鞭の一撃にその力を殺される
フェイントをかけた一撃は見抜かれ、読まれぬようにとあえて斬線を外した一刀は弾かれる。稀に通る一撃も、その力を削がれ致命打にはならず、僅かに服に切れ込みを入れるのみ
「ハァ……ハァ……ハァ……」
身に纏う服は所々汚れ、既にレイフォンの吐く息は荒い。対照的にジルドレイドは僅かに乱れてかけていた息を一呼吸で整え、身に纏う服は何度にも渡る剄の荒波にさらされ、損傷を受けているも本人自体の損害は無きに等しい
怪我の有無で言えばレイフォンとて打ち合いを避け、動き回っていたためにそこまで差はないが、何度となく体を貫いた衝撃は蓄積し、体の動きを阻害している
一月程度なら動き続けられるだろうほどの活剄も、自分以上の実力者との数時間の近距離での打ち合いで既に息が上がりかけている
剄を練る速度が落ちているのを感じる。このままでは先に錬金鋼の方がダメになる可能性もある。今日この日ほど錬金鋼の事で不満を抱いたことはないかもしれない
鋼糸でも使えたらと思うが、これだけの実力者相手にある程度使えども未だ実戦で使っていない武器は不安が残る
このままでは負けるのは必定。ならば、と動きに出る。既にその準備は整っている
身に纏う剄を意識し、その密度を上げる。これからすることを脳内で意識し、剄の流れを強化する
———活剄衝剄混合変化・千人衝並びに千斬閃
現れる幾多ものレイフォン。その数は今のレイフォンの限界である二十。それだけの数の剣を持った、そして剣を持たない剄による実体が現れる
その数、そしてレイフォンの気配の変化にジルドレイドは動く。それを見て本体のレイフォンは力の限り剣を振り、
「———なっ」
届くはずもない衝撃によりジルドレイドの体が揺れる。それは一瞬であり、ダメージはない。だが、バランスを崩した体は動きを止める。その正体は小さな剄の糸。何度にも渡る接近のさなかレイフォンがジルドレイドにつけた化錬の糸にして使った技は剄の化錬変化・蛇流
その隙を突き、幾多のレイフォンがジルドレイドを囲み
———活剄衝剄混合変化・刃鎧
反物質化した剄がジルドレイドの動きを阻害し、周囲のレイフォンが襲いかかる
それに対し、ジルドレイドは再び戦声をだそうと口を開き
「———かあっ!!」
———内力系活剄変化・戦声
幾多のレイフォンもまた口を開き、喉よ裂けろとばかりに声を張り上げる
『———あああぁぁぁぁぁ!!』
———ルッケンス秘奥・咆剄殺
同種の振動波を起こした技、剣を持たぬ分身体が起こしたルッケンスの秘奥である咆剄殺とぶつかり合う
周囲を覆い、地を振動させ粉塵をまき散らせ空間を震わせるその二つの技は互いにその力を殺しあい、 代償として咆剄殺を放った分身体は消え、戦声もまた意味を無くしジルドレイドの体を揺らす
「なに?」
その現象に一瞬呆気にとられるジルドレイドに残った十人のレイフォンが迫る
もはや刃鎧の拘束はなけれど、戦声のために一瞬隙を見せ、咆剄殺に揺らされたジルドレイドにもはや十分に躱す暇はない
致命傷は与えられないだろうが、ある程度のダメージは与えるはずの幾多もの剣が迫る中、ジルドレイドは感心したようにそれを見る
「予想以上か。十分だな……」
そして、ジルドレイドの錬金鋼に流れ込む剄の量が跳ね上がった
「…………」
「うわー。何が起こってるかさっぱりだよ」
横で一緒に見ているハーレイが何か言っているがニーナは返事が上手く返せない
今見ている攻防。その余りのレベルの高さに眼が話せない
レイフォンが強いことは知っていた。だが、あそこまでの実力に豊富な剄技、そして技術があるなど知らなかった。今までどれほど自分が手加減されていたのか知らなかった
大祖父が強いことは知っていた。アントーク家の武芸者を軽く跳ねのけるほど強いことは知っていた。だけど、常識外れの剄量を持つレイフォンが軽く押されるだけの力があるなんて知らなかった
今見ている光景だってすべてが把握出来ているわけではない
距離があるというのに、動きは全てぶれて見えるし、残像の時もある。一般人のハーレイではロクに何も見えないだろう。レイフォンの教導がなければ自分も何が起こっているか半分以上は分からなかったかもしれない
だがそんな戦いにも、慣れてくると少し違和感を感じてくる
(大祖父さまの動きが前に見たときと違う様な……)
昔の事なので良く覚えていないが、前に見たときはもっと自分から攻勢に動いていた気がする。だが、今はどちらかというと受け身で、相手の技を真っ向からつぶすように動いている印象を受ける
そんなことを思いながら見続けていると、レイフォンが何か剄を今まで以上に練り、動くのが見える
いくつものレイフォンに囲まれ、今まで見たことのない剄技によって足止めされ、こちらまで大気の振動が響くような技で大祖父の技がかき消されるのが見える
そんな大祖父に幾人ものレイフォンの剣が向かうのが見え
(………ああ)
一瞬その光景につい声が上がりそうになるが、跳ねあがった剄量でそれを捌く大祖父の姿に安堵の息がこぼれる
「何か、今空気が変わったね」
「……ああ。武器に込められる大祖父さまの剄量が上がった。この間のレイフォンよりも上に感じられるほどだ」
「……待って、それおかしいよ」
「? 何がおかしいんだ?」
「ニーナの大祖父さまの剄量が、あの時のレイフォン以上なんてありえない」
「何故だ。確かにレイフォンは強いが、大祖父さまの方が強かっただけだろう」
自分の尊敬する大祖父のことを軽視されたと思い、ニーナは憤るが、ハーレイは違うと首を振る
「大祖父さまのほうが強いのは別にいいんだよ。でも、剄量は別だ。あの時に何があったか覚えてる?」
「覚えているさ。あの時はレイフォンが錬金鋼に……あ」
少し前のことを思い返し、ハーレイが言わんとすることを理解し言葉が止まる
「そう、それだよ。————どうしてそんな剄に耐えられる錬金鋼を、ニーナの大祖父さまが持っているのさ?」
「流石に全部は無理か。だが支障はなし。小手先ばかりかと思えば、それも馬鹿にしたものではないらしい。この歳で教えられることになるとはな」
「どう、して……。その錬金鋼はまさか……」
確かに自分の技はジルドレイドを捕えたはず。今の今までジルドレイドの剄量は自分より上ではあったものの、錬金鋼に込める剄の量は自分とそう変わらなかったはず。押し負けていたのも剄量差からくる活剄の差と技術や体格差、筋肉量などであったはず
そしてそのままならば確実に入ったはずの自分の技。届いていたはずの刃は、錬金鋼に注がれる剄の量が跳ね上がったことで打ち破られ、届いたのは僅か一刀。頬の赤い一筋の流れがその結果
それをなした原因を、ありえない量の剄が注がれてもなお白熱せず形を保ち続けるジルドレイドの双鉄鞭を凝視する
「そう睨むな。これはお前が知っている物とは似て非なるものだ」
「天剣じゃ……ない?」
「然り。これはお前の都市に有る、文字通り天から与えられた剣ではない」
悠然と佇み、レイフォンの疑問に答える様に、何かを思う様にジルドレイドは言葉を続ける
「無力を嘆き、力を託すことしか出来ぬ己を嘆き、それでもなお悪意に立ち向かわんと志し、共に縄を編まんと決めた同志が託した命の刃だ。もっとも、基本的な性能はお前の知っている物とそう変わらん。
……見たところ、もうそうは戦えまい。次で終いとしよう」
「……分かりました」
「アルセイフよ、ならば小手先を捨て、次の一撃に己の全力を注ぎこめ。そうして見えてくるものもあろう」
言われるまでもない、とばかりにレイフォンは剄を剣に込めていく
既に幾多もの打ち合い、何度も許容量限界近くまで込めた剄のせいで既に今使える手持ちは手にある青石錬金鋼一つ
ぶつけ合うつもりがない以上、最後の一撃の武器が硬さではなく剄の伝導率が高いこれなのを幸運と思うべきか
互いに全力を尽くすべく、剄を練る中ジルドレイドが口を開く
「ここまで爺の我儘に付き合ってくれた礼だ。特別に見せてやろう………テントリウム」
僅かな呟きと共にジルドレイドの剄が跳ね上がり、黄金の輝きが強くなる
その初めて見る現象に、陽炎のように見える何かの姿に内心驚きを持つが、することに変わりはないのだからとレイフォンは意識を一層鋭くし剄をただひたすらに練る
剄が錬金鋼に流れるのが分かる。だがまだ足りない。
————これでは切り裂けず、刃は届かない
剄の密度を上げ、練り上げられた剄をただひたすらに錬金鋼に流す。
————まだだ、あの跳ね上がった剄には対抗できない
体内に響き渡る錬金鋼の悲鳴を拾い上げる。ぎりぎりまで込め、乱れる音を意識する。
————だが、そんなものでは到底足りない
ならば意識しろ。流れる剄を。込められぬのなら流し続けろ。不意に思い上るイメージは幾重にも重なる剄の層。刃物が幾重にも熱され、その層を重ね刃を研ぎ澄せていくイメージ
ならば剄の層を作り上げろ。ぎりぎりまで込めた剄が幾重にも折り重なり、剣の外側を流れ巡回する様をイメージしろ
レイフォンはただひたすらに意識し自分に言い聞かせる。イメージの上で作り上げられた層が乱れるの様に、とうに許容量を超えているはずの剄で、今にも荒れ狂い形を変え爆発しそうな剄で最後の武器が壊れぬように乱れぬイメージを、研ぎ澄まされた刃を作り上げる。
————ああ、これなら
今出来る最善が何とか形に収まり、その手ごたえを感じた瞬間、それを見計らった様にジルドレイドが動く
「お前の技を借りるぞ」
その中で練られる剄を見てレイフォンは理解する。あれは今日自分がニーナに見せた技の亜系。だが、そんなことは別にどうでもいい
迫る相手をただひたすらに見やる。少しでも動けば形を崩しそうな剄を解き放つ瞬間を意識する
自分と同じように剄を十分に練ったジルドレイドの動きは閃光のごとく自分との距離を詰め、鉄鞭が動く
ジルドレイドの右足が地を蹴る。前方で腕が交差し、逆側の脇腹に控えられた二つの鉄鞭が腕の動きと共に前に出る。———まだ早い
ジルドレイドの右足が宙に浮き、左足が地に触れる。開かれていく腕の交さにつれ、二つの鉄鞭は手元でかち合い、交差点を先の方へとずらしながら迫る。————あと少し
————活剄衝剄混合変化・双牙衝
ジルドレイドの左足が地を踏みこむ。交差点が近づき、ジルドレイドの技が放たれ剄の圧力で吹き飛ばされそうになる。————今!
相手の背狼衝が放たれる一瞬前。レイフォンは右足を振り上げるのではなく滑らせるように前に出し、踏込と同時に剣を振り、剄を解き放つ
もはやそれは技ですらない。ただひたすらに剄が重ねられた剣を、抜打ちに近い、自分が慣れ親しんだ形を以て振るう
少しでも早く。少しでも速く。相手の武器が自分に届くよりも先に自分の刃が相手を切り裂くようにとそれだけを意識して振るう
双鉄鞭がまるで鋏の様に自分を包み左右から押し潰そうとする中、自分の今までの中で最速と言ってもいい速度で迫る剣が互いに刹那の距離まで近づきあい————
「————見事」
その言葉、そして自分の剣が打ち砕かれる音と爆発音に似た音を最後に、突き抜ける衝撃にレイフォンの意識は途切れた
「大祖父さま!」
試合を終え、倒れたレイフォンを背負って観戦していた部屋に来たジルドレイドに向かい、ニーナは小走りで近寄る
少しでも話を聞きたい。今の試合のこと、持っている錬金鋼の事、レイフォンの強さのこと……。先ほどの試合の凄まじさに当てられ、聞きたいことが山の様に浮かんでくるがどれも明確な言葉にならない
そしてそれと同時に、背負われているレイフォンの怪我のことも気になり第一にそのことが口から出る
「大祖父さま、その……レイフォンは大丈夫ですか?」
「おお、ニーナか。包帯か何か布を持っていないか?」
「あ、僕タオルなら持ってます」
「すまんが借りる」
ハーレイが出したタオルを受け取り、背から降ろした気絶したままのレイフォンを椅子に横たえその左腕に軽く触れる
「……うう……つっ!…ぁ」
「やはり左腕が折れているな。少々強くしすぎたか」
その反応を確かめ、ジルドレイドはレイフォンの体を何か所か軽く押して触診をした後、レイフォンの左手に支えを付けた上でタオルを巻いていく
「あの……レイフォンの怪我は大丈夫なんですか? それと大祖父さまも」
「左腕が折れているようだ。それと、何か所か気になるところがある。他は擦り傷程度だからそちらは直ぐに治るだろう。一応医者に見せた方がいいだろうな。儂の方は大した怪我はない。……ふむ、この服は変えを用意せんといかんな」
そういい、レイフォンの腕の固定を終えたジルドレイドは所々切れ込みの入った上着を脱ぎ去る
そしてその動作を見ていたニーナは、肩口にある赤い染みに気づき自然と目が吸い寄せられてしまう
「大祖父さま、それは?」
「ん、これか? これは最後の一撃の際、少年の放った刃が儂に届いた証だ。既に傷は塞がっている。……自分の血が未だ赤いことなど、忘れていたな……」
何か小さく呟いた言葉が気になりながらも、ニーナはレイフォンの様態が気になってしまう
「しかし、それなら直ぐにレイフォンを連れて行った方が……」
「そう急ぐな。この少年なら実力から考えて五分と経たずに目を覚ます。起きるのを待ってからとしよう」
「……分かりました」
「何、直ぐのことだ。聞きたいことでもあれば可能な範囲ならば答えよう。そっちのお前もだ」
「え、いいんですか?」
「全ては無理だがな」
その言葉にハーレイはレイフォンの方に向けていた視線をジルドレイドの方に向け、疑問を声に出す
「その錬金鋼は何なんですか? 天剣っていう、レイフォンが言っていた錬金鋼みたいでしたし。それとその〜……出来れば、調べさせてもらえないかなーなんて」
「これは天剣という錬金鋼とは違う。詳しいことは言えんが、そういった特別な物が実際にあるという事だ。それと、あいにくだが調べさせてやることは出来ん」
「そうですか……。ということは、すごく珍しい錬金鋼なんですか?」
「そうとも言えるな。もっとも、可能性は低いがニーナならばいずれ手に入れるやもしれん」
「私が、ですか?」
「ああ」
「そう……ですか。それと大祖父さま、レイフォンは強かったですか?」
自分も手に入れられるかもしれないという言葉に驚きながらも、聞いてみたかった事をジルドレイドに問う
「ああ、強かった。小手先に頼っている様だったが、粗削りながら力は十分だろう。武器さえあれば、もっといい試合が出来ただろうな。……武器と言えば」
何かを思い出すように小さく呟き、ジルドレイドは視線をハーレイへと向ける
「確かサットンと言ったな。少し頼みがあるのだが」
「あ、はい。何ですか?」
「何、アルセイフの錬金鋼を後で用意してやってもらいたい。先の試合で一つ壊れてしまったのでな。金額の方は後で家の方から出させる」
「それなら喜んで」
「ん、うーん? ……あれ、ここは……ってイタっ!」
「そうか、ありがたい。……っと、どうやら起きたようだな。立てるか? 左腕が折れている様でな、起きたのなら病院に連れて行く。力を入れすぎてすまなかったな」
「あ、大丈夫です」
左腕を使わず、腹筋で体を起こす
そのまま立ち上がり、レイフォンは体を軽く動かして動くのに支障はないことを確認する。所々痛むし全体的に疲れがあってだるいが、普通に動く分には左腕以外は特に問題はない
先ほどジルドレイドに謝られたが、あれだけの試合をやったのだからそこまでの酷い怪我ではないと思っているし、いい経験だったと思っているので別段気にはならない。逆にずっと年長の相手に謝られて少し困るくらいだ
「ならば動くとしようか」
「済まなかったな。少し本気になりすぎてしまった」
「いえ、あれだけの試合でしたから。これくらいなら前に稽古でなったこともありますし、いい経験になりました」
「そういってもらえると助かる。あのくらい力を出して戦える相手など初めてだったのでな。それに、ニーナの前で不甲斐無い所は見せられん」
病院の中、ベッドに腰掛けるレイフォンと近くで椅子に座っているジルドレイドが会話を交わす
病院での診察の結果、左腕の骨折に右腕と肋骨に罅。左腕の骨は外に突き出る寸前だったらしい。それと全身の打撲で全治二週間強から三週間。
だが、それは平均的な武芸者の目安なので実際はそれよりも短くなるだろうし、実際罅が入っていると言われても右腕と肋骨には青痣を除けば痛み等は特に感じられない。強く動かせば少し痛むが、この分ならそちらは二日もすれば元に戻るだろうと思う
医者には肋骨の罅から今日一日位は病院のベッドで寝て行けと言われ、今のこの状態となっている
ニーナとハーレイも途中までいたのだが、そこまでの大けがではないということでジルドレイドのすすめで先に帰って行った
「それと、壊してしまった武器に関してはサットンの家の息子に頼んだ。金はこちらで払うから、後で受け取りに行ってくれ」
「あ、ありがとうございます」
「礼はいい。壊してしまったのはこちらだからな。しかしあれでは、全力は出せないだろう」
「ええ、まあ……」
「おしいな。武器さえ有れば、よりよい試合になっただろう。それに小手先に頼ることも減るだろうに。…………ふむ、アルセイフよ。お前、この都市の住人になるつもりはないか?」
「え?」
突然の勧誘にレイフォンの思考が理解しきれず一瞬思考が止まる
「それだけの実力を持っているのだ、来るなら歓迎しよう。アントーク家で面倒を見てやる」
「あ、いえ。その……」
「錬金鋼も、時間は掛かるがお前の剄に耐えられるものを用意してやれるだろう。ニーナとも歳が近い。いっそニーナはどうだ? 爺贔屓だが、あれはいい娘だ」
「その、ここにいるのは出稼ぎでして。グレンダンに兄弟たちが……」
「ならば連れてくればいい。それらも纏めて面倒を見よう。施しが嫌だというのなら、仕事の紹介もしてやる」
「え、えー?」
次々に言われる勧誘の言葉にレイフォンは戸惑う。家族纏めて面倒を見てもらえるという言葉はありがたいし、家の大きさ的に可能なのだろうが急過ぎて言葉が思いつかないし実感がわかない。それに生まれた時から居たグレンダンを出るというイメージが薄い
「あの、でも、そのええと……。あーと、その、えー……。その、何というか……」
「ふむ、混乱させてしまったか。何分急過ぎたようだな。……そう焦ることはない。今でなく、先でもいい。いつか未来に迷った際の選択肢の一つとでも捉えておいてもらえればいい」
「あ、ええと……はい」
「では、そろそろ儂はお暇させてもらうとしよう。ここの費用は儂が払っておくので気にする必要はないし、ニーナの教導に関しても話は通しておく。何か他に用はあるか? キャラバンの方に必要なら言っておくが……」
「いえ、それは別に大丈夫です。頼みたいことも特には」
「そうか……ではな。今日はこちらの都合に付き合ってもらって助かった。それと、ニーナの教導のことよろしく頼む」
「分かりました。それでは」
「ああ、さらばだ」
そういい、ジルドレイドは去って行った
「病院かぁ。久しぶりだな。……それと、今日の試合は凄かったな」
(途中でも思ったけど、やっぱり鋼糸を戦いでも使えるようにした方がいい。それに最後の一撃、あの感覚は忘れないようにしなきゃ。にしても、やっぱり有名な所ならどこの都市でも天剣クラスの人っているんだな)
濃密な経験に、いくつもあやふやながら手にした成果。そして増えた未来の選択
久しぶりの病院のベッドの上、レイフォンは間違った知識を持ちながら窓から見える鮮やかな夕焼け、そして飛び回る電子精霊たちの明りを眺めその光景を心に焼き付けていた
そしてまた、今日も日は巡っていく
「あんな錬金鋼がホントにあるなんて……。壊れたレイフォンの錬金鋼も手に入れたし、おっしゃあ燃えてきたー!!」
後書き
初期構想だと爺をもっと無双させるつもりだった。爺が最初から全力で攻勢に出てたらレイフォン即効負けてた。
最後の一撃は劣化連弾。
ジルドレイドによるレイフォンの勧誘。まあ、原作でもお前が儂の都市にいたらうんぬん。
怪我に関しても、受ける直前で金剛剄を不完全ながら使ったからあの程度。もろに食らってたら肋骨確実に折れる。ただ、もっと重症にさせても良かったかもしれない。
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