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悪役だけれど

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第三章

 そして演技力もある、当代きっての悪役歌手と言っていい。
 だがその彼の人格はまさに聖者だ、それで言うのだ。
「あんないい人が悪役得意なんですね」
「ははは、世の中はそうしたものだろ」
 ここで年配の記者が彼に笑ってこう言った。
「そうだろ」
「そうなんですか?」
「ハリウッドの映画スターが麻薬をやったりするだろ」
「ええ、まあ」
「気難しかったり女性問題起こしたりな」
「ありますね、確かに」
 そうした話はしょっちゅうだ、正義のヒーローが実は、というのは。
「それじゃあそれも」
「ああ、逆になっただけだよ」
 ヒーローが実はそうした人間であるケースと、だというのだ。
「それだけだよ」
「舞台では悪役でもですね」
「実はいい人ってこともあるんだよ」
「そういうことですか」
「だからそんなに不思議なことじゃないさ」
 記者はジャーナリストに言う。
「そうしたことも」
「ですか」
「あの人また寄付をしたな」
「今度は病院にでしたね」
「それでまた人が救われる」
 彼のその寄付によってだというのだ。
「いいことだな」
「はい、本当に」
「悪役が人を救うんだ、それこそ舞台ではマフィアのドンみたいな人がな」
 そうした悪役スターがだと、記者は笑顔で語る。
「面白いだろ、考えてみると」
「ですね、ギャップといいますか」
「少なくとも実際のマルツィターノさんは悪人じゃない」
 むしろ聖者だ、これ以上はないまでの。
「舞台と実際は違うということもわかってな」
「そのうえで、ですね」
「一緒にいればいいんだ」
「そういうことですか」
 ジャーナリストも記者の言葉に納得した、舞台では悪役でも実際は違うというのだ。それで。
 舞台でイヤーゴを見事なまでに、それこそ悪の権化として演じきった彼を迎えてだ、まだ舞台衣装を着ている彼にこう言った。何度かのカーテンコールの後で控え室に向かう途中の廊下で声をかけたのである。 
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