悪役だけれど
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第一章
悪役だけれど
ジュゼッペ=マルツィターノはオペラ歌手だ、声域はバリトン、その中でも声が低いドラマティコ=バリトンである。
その声域から劇的な役を歌うことが多い、しかも大柄で厳しい顔立ち、濃く黒い髪の毛と見事に切り揃えた顎鬚に黒く強い光を放つ目を持っている。
こうした外見もあり所謂悪役を演じることも多い、彼はマネージャーのジェリオ=モナコ、彼とは正反対に小柄な彼にこう言われていた。
「次はイヤーゴだね」
「うん、それだよ」
「場所はメトロポリタン歌劇場、何というかね」
「最近悪役が多いね」
「最近じゃなくてずっとだね」
マルツィターノは苦笑いでこう言うのだった。
「僕の場合は」
「まあそうだね」
「どうもティト=ゴッビの再来とも言われてるらしいけれど」
一九五〇年代から六〇年代にかけて活躍したバリトン歌手だ、やはり悪役として有名だった歌手である。
「それもね」
「いい評価だね」
「ゴッビは凄い歌手だったけれどね、けれど」
「彼は悪役として有名だったからね」
「つまり僕は悪役なんだね」
苦笑いをしての言葉だ。
「やっぱり」
「うん、そのイヤーゴの評価も高いよ」
「ヴェルディの作品は他にも歌ってるけれどね」
それもかなりだ、ヴェルディの作品はバリトンが重要なのでそれで彼も様々な役を歌ってきているのである。
だがその中でもなのだ。
「僕はイヤーゴは一番だね」
「そうだよ」
その通りだとだ、モナコは答えた。
「君の場合はね」
「やれやれだね」
「それでメトに行くんだね」
「うん、行くよ」
否定はしなかった、尚メトとは彼がイヤーゴを歌うメトロポリタン歌劇場の愛称のことである、
「メトに行くのは大好きだよ」
「じゃあいいね」
「わかったよ、後は」
「いつも通りだね」
「うん、ギャラの一割はね」
マルツィターノは真剣な顔でモナコに述べた。
「寄付をしておいてね」
「うん、わかったよ」
「それでね」
それに加えてだというのだ。
「ニューヨークの子供達、何十人かになるけれど」
「劇場に招待するね」
「いつも通りだね」
「うん、そうするよ」
こうモナコに語る。
「後家族にも仕事に行く挨拶をして」
「ニューヨークに行くんだね」
「そうするよ、それじゃあね」
こう言ってそしてだった、彼は微笑みそのうえでだった。
モナコは孤児院への寄付に子供達の招待をさせてだった、彼は妻子に仕事に行く挨拶をしてからニューヨークに発った、飛行機に乗る間妻子の写真を見ていた。
そしてニューヨークに行くとまずカトリックの教会に入った、モナコも一緒だ。
その時にだ、彼はモナコにこんなことを話した。
「この教会にまず来ないとね」
「ニューヨークに来たらね」
「神と主と精霊に祈りを捧げないと」
こう言うのだ。
「歌えることを祈ってね」
「君が歌えることを」
「僕が歌えることは全て神のご加護によるものだから」
だからだというのだ。
「神を忘れてはいけないから」
「そうだね」
「この教会はいい教会だよ」
礼拝堂の中に入りステンドガラスから差し込める光を見る、光はステンドガラスの色を映し出し青や黄色、緑の光を教会に差し込めさせていた。
その光に照らされる黄金の十字架の主の下に神父がいた、見れば褐色の肌に丸い鼻を持っている。
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