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赤い鳥逃げた

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第二章

「世界的指揮者のパートナーね」
「ああ、どうだよ」
「考えさせて」
 即答しなかった。
 けれど実は決まっていた。私はこの町で生まれ育ってきた。
 両親も兄弟もいて仕事も友人もいる。家もある。
 私の全てがある街だ、それならだった。
 離れられない、例え彼が誘っても。
 できれば彼にはこの町に留まっていて欲しい、けれどだった。
 彼はあくまで夢を見て私に言う。
「見てろ、日本からな」
「世界的指揮者の誕生ね」
「朝比奈さんや小澤さんだって超えてやるさ」
 目を輝かせての言葉だった。
「絶対にな」
「そうするのね」
「ああ、そうするさ」
 彼はその言葉通り頂点を目指した。その音楽的才能と知識、技量を日々磨いていった、それが認められていって。
 日本での仕事だけでなかった。他の国からも依頼がきだした。
「イタリアで?」
「ああ、モーツァルトのな」
 歌劇の指揮の依頼が来たというのだ。
「ナポリの歌劇場でフィガロの結婚の指揮だよ」
「凄いわね」
「ああ、はじめての海外の仕事だよ」
 笑顔で私に言ってくる。ワインを飲んで乾杯しながら。
「小さな歌劇場だけれどな」
「それでも来たのね」
「ああ、やってやるさ」
 彼は赤ワインを飲みながら話し続ける。
「このチャンスを逃さない」
「ここからなのね」
「伊達に必死でやってきた訳じゃないんだ」
 目を輝かせての言葉だった。
「ここからな」
「そう。世界に羽ばたくのね」
「だからこいつがいるんだよな」
 彼は部屋にある籠を見た。そこにいる赤い鳥を。
「夢の鳥が」
「そうね。この鳥がね」
 私もその鳥を見た。夢を実現させてくれる赤い鳥を。
 私は夢を適えることができた、そして今度は。
 彼の番だ、このことは素直に嬉しかった。
 けれど彼の夢が適ったら私のもう一つの夢は。そのことをどうしても思ってしまう。
 私も赤いワインを飲んでいる。けれどそのワインはいつもより美味しく感じなかった。
 そのワイン、グラスの中のそれを見ながら彼に言った。
「夢ね」
「ああ、絶対に適えてやるさ」
「頑張ってね」
 この言葉は自然に言えた。
「是非ね」
「ああ、そうするからな」
 彼は明るい笑顔で言う。赤い鳥は籠の中で小さい声で鳴いている。
 私はこの時がやがて終わることを感じていた、そのことを確信していた。
 彼のナポリでの指揮は大成功でそこから欧州全体で名前が知られる様になった。
 これまでは日本でばかりの仕事だったがそれが世界に拡がっていった。
 イタリアにフランス、ドイツ、オーストリア。イギリスやハンガリー、スペインでもだった。
 彼は日本にいない時が多くなりそしてだった。
 遂にその時が来た。それは。
「ロンドン?」
「ああ、ロンドンコヴェントガーデン歌劇場にな」
 彼は満面の笑顔で私に話す。今日日本に帰ってきてすぐに。 
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