ブルース
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第五章
「だからね」
「今度そっちの実家に行った時にか」
「そう、そうしましょう」
「何かそこまでか?」
「そう、天理教ね」
「うち浄土宗なんだけれどな」
「じゃあ浄土宗もよ」
妻は夫の言葉を逃さなかった、それでだ。
その浄土宗の寺にも行くことになった、実際に天理教の教会にも行った。
これでやっと終わったかと思えばまだあった、次は。
「教会だけれど」
「また天理教か?」
「違うわ、キリスト教よ」
今度はこの宗教だった。
「イエス様にお祈りして十字架と聖書も貰って」
「キリスト教もかよ」
「そう、行きましょう」
「ううん、そうか」
暁羅はここで気付いた、愛美がどう思っているのかを。
そのうえで若松が結婚前に言った言葉を思い出した、それでだった。
キリスト教の教会に行って暫く経ってからだ、こう若松に言った。
「ブルースを辞めたいんですが」
「よめさんが心配してるからか」
「口には出さないですけれどね」
それでもだというのだ。
「もうあちこちの神様や仏様にお願いしてますから」
「ああ、それは間違いないな」
「相当心配させてますから」
だからだというのだ。
「ですから」
「わかった」
若松は暁羅の考えを受け取った、そしてだった。
「その申請は受けた、後はだ」
「後任が決まってからですね」
「正式にブルースを辞めることになる」
「じゃあそれで」
「パイロットはどうするんだ?」
「それもです」
空は危険に満ちている、このことも考えると。
「辞めようと思っています」
「現場から完全に去るか」
「逃げですかね、これは」
戦う場所から逃げることになるのではないかというのだ。
「やっぱり」
「自衛官の仕事はパイロットだけじゃないぞ」
若松は微笑んで暁羅の今の言葉は否定した。
「むしろその他の方が多いだろ」
「だからですか」
「そうだ、だからな」
「他の部署で働いてもいいですね」
「むしろずっとパイロットでいられはしない」
少しでも不適と思われると降りることになる、パイロットであるということは非常に難しいことなのだ。
「だからだ。それもだ」
「一つの選択ですか」
「御前はブルースでなくとも自衛官だ」
まずそうだというのだ。
「だからそこで働け。奥さん達、そして国民の皆さんの為にな」
「わかりました」
暁羅は航空自衛隊の敬礼で若松に応えた、そうしてだった。
彼はブルースを去った、そして航空自衛隊の基地で幹部自衛官として働き続けた。ブルースでなくとも彼が自衛官でありその誇りを忘れず家族、そして国家の為に勤務し続けたのだ。
ブルース 完
2013・2・21
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