ソードアート・オンライン ―亜流の剣士―
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Episode2 《流し》
軋む剣越しに見るハズキの顔は俺への憎悪に満ちているようだった。
(どうする!?)
顔の前に翳す剣はギシギシと嫌な音を立て、今にも弾かれそうだ。もしそうなった場合、俺の顔面に斧が直撃するわけであるが、なんとかそれは避けたい。なんたってここは《圏外》のフィールドだ。顔のような急所に剣を砕くほどの一撃を食らわされてはHPがどうなったものか分からない。無いとは思うが最悪全損なんてことも……。
「っ!…なぁあんた!ここが《圏外》だって分かってるか!」
そう叫んだら一瞬だけ、斧の押し込んで来る力が弱まった。その隙を逃がさず片手剣のグリップを両手で握って、渾身の力で切り返した。重そうな斧を頭の後方へ押しやられたハズキがバランスを崩してよろよろと後ずさる。
「アカリ、下がってくれ!…って、あれ?」
距離を取ろうと後ろにいるアカリに声を掛けたつもりだったのだが、振り向いたそこに少女の姿はなかった。かわりに近くの木の下にしゃがみ込み、姿を消す後ろ姿を見た。
なんと羨ましい能力だ…。
「って、んなこと考えてる場合じゃないか」
再び前を向いた俺に体勢を立て直したハズキが対峙する。憎々しげに俺を射抜く視線になんとか堪えつつ口を開く。
「なぁ。一回落ち着いて話を聞いてくれ」
「………」
ハズキの沈黙を勝手に肯定と受け取り話を続ける。
「俺はカイト。あんたと話がしたくて来たんだ。あんたにお願いがある。アカリを追い掛けるのを止めてあげてくれないか?」
「……は?」
「だから、あんたに追い掛けられてあの子は困ってるんだ。会うなとは言わないけど、せめて執拗に追い回すのは止めてあげて…くれない…かな?」
言いながら「ヤバいな」と思った。ハズキの顔が見る見る赤くなり、斧が地面にたたき付けられた。
「僕はアカリちゃんに迷惑なんか掛けてない…」
「や、今実際に困ってるんだって」
「お前は嘘をついてる!」
「嘘じゃないって。なぁハズキ、ちゃんと話を聞いてくれ」
「っ!!…バカにしてるのか?」
「なんのことだ?」
ほとんど地面に埋まった斧をハズキが引き抜く。体をよじるように斧を構え、今にも攻撃してきそうだ。
「なんのことだよ。バカになんてしてないよ」
「また、お前も僕の名前をバカにするのか?女みたいだって!他の奴と同じように?…僕の名前を呼んでいいのは、アカリちゃんだけだァァァ!」
「ちょっと、待てってば!」
地面を蹴ってハズキが俺に迫る。だが、先程も感じたようにそのスピードはかなり遅い。多分こいつはステータスを筋力に振っているんだろう。
「うおぉぉぉ!」
「待てっつってんのにさ!」
横薙ぎに振られた斧を軽いバックステップで躱す。そのまま同じ動作をお互い繰り返す。
その間にこの状況をどう収めるか思考する。圏外だからこちらから向こうには攻撃を加えられない。それについては向こうも同じはずなのだが、興奮状態の相手に攻撃の終了を期待は出来ないだろう。
いや、少し待て。最初もかなり興奮して襲い掛かって来たが、それでも俺の言葉の脅しに反応したんじゃないか?なら、こいつはこの世界を《デスゲーム》と強く意識している奴だ。
……あまり気は進まないが、現状をどうにかするにはこれしかない。
振り回される斧を凝視して軌道を読む。後ろに乗っていた体重を前に移動させ
「うらぁッ!」
気合いを乗せた切り上げをハズキの斧へぶつけ、その方向を上へ変える。
交差した視線の先でハズキの表情が驚愕、それからゆっくりと笑みへと移る。高々と掲げられた斧にソードスキルの光が宿った。その動作がやたらとゆっくり見えた。これが集中しているということなんだろう。無意識のうちに口元に自嘲の笑みが浮かんだ。
……アインクラッド第一層の対人デュエルで敗れたあの日から、ずっと考えていた。あの瞬間何が起きたのかを。俺の《ホリゾンタル》は真っすぐにアキへと叩き込まれていたはずだった。それが気付けば地面に剣を打ち付けていた。
少し疑問に思ったのは、垂直打ち下ろしのスキルを放った剣が若干ではあるが、俺の体の中軸より《左》にズレていたこと。ここから俺がされたことを予想すると……。
ハズキの斧が振り下ろされる。恐怖に体が萎縮しそうになるが、自分に鞭打って斧を凝視、軌道に片手剣を合わせる。
斧と剣がぶつかった。ググッと強い力で押して来る斧を意識したところで剣を少し引いた。当然さらに押し込まれるが、
(ここだ!)
剣が15度ほど傾いたところで手首を強く剣を握る。ジャジャッと嫌な音を立てながら斧が刀身を滑る。力の向きを変えられた斧が俺に一切触れることなく地面に突き刺さった。
おそらくアキに俺がされたのがこれなのだ。俺の中で勝手に《流し》と呼ばせてもらっている。
起きたことが分からずハズキが斧を振り切った形で固まっている。まぁ仕方ない。これは本当に一瞬の出来事だから。固まったままのハズキの首元に剣の切っ先を向ける。
「…ナメるなよ。お前のHPくらい、今ここで全損させてやれるんだぞ」
もちろんこれは、はったりだ。さっきの《流し》だってほぼ偶然決まっただけだし、スピード型非力アバターの俺じゃ全損の前に技の打ち合いで負ける。
それでも脅しは十分効いたようだ。ハズキの体がガタガタ震える。
「ひ、ひぃぃ…」
「今なら見逃してやる。…行けよ!」
「うわぁぁ!」
ハズキが一目散に走り去った。あまりに急いでいたせいか、斧はその場に放置されている。持ち上げてみようとしたがピクリとも動かなかった。
斧を放置しアカリが隠れているだろう辺りに歩み寄る。ゴソッと動くような気配を感じ安心した。
「…よし、街行こっか」
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