久遠の神話
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第四十四話 不老不死その十二
「違わないのよ。ただね」
「ただ?」
「神と人との違いはね」
その紙一重の違い、それは何かというと。
「時間よ」
「時間!?」
「人は死ぬけれど神は死なないわ」
悲しみをそこに含み。上城ではなく遠くを見ての言葉だった。
「永遠に生きるのよ。そこが違うのよ」
「何かそれだけで全然違うんじゃないですか?」
「そう思うのね」
「違うんですか、それは」
「大して違わないわ。時間はね」
「そうでしょうか」
「ええ。むしろね」
自分にあるものではなかった。自分以外の大切な誰かを見て、遠くにその相手を見て聡美はまた上城に言った。
「それは辛いことなのよ」
「そうなんですか?死なないってやっぱり」
「凄いって思うのね」
「素晴らしいことじゃないんですか?」
上城は素直に自分の考え、憧れを聡美に話した。
「それって」
「そう思っても不思議じゃないわ」
聡美は上城のその考え、不老不死への憧れをまずは肯定した。
「確かに。死なないのはね」
「ずっと生きられるってやっぱり」
「死は恐ろしいものよ」
それは終末への恐れだ。だから誰もが恐れるのだ。
しかしその終末があることについて。聡美は上城にこう言った。
「けれどそれは終わられるのよ」
「終わられる?」
「そう。別れを繰り返していくことが」
それが終わるというのだ。死ねば。
「愛する人が次々と死んでいっても自分だけが生きていくのよ」
「そうした人達が」
「ええ、そうなるのよ」
「そうですjか」
「別れだけがあるのよ」
聡美は自分のことでもあることのことを悲しい目で語っていく。やはり上城はこのことには全く気付いてはいないが。
「それだけが。わかるでしょ」
「はい、お話を聞いていると」
「不老不死は一見素晴らしいものだけれど」
だが、だというのだ。
「その実はね」
「辛いものなんですね」
「別れていくだけだから」
それ故にだというのだ。
「これだけ辛いことはないわ」
「ですよね、それは」
「そうなの。それでね」
聡美はさらに言った。
「別れたくない、そう思うと」
「それは出来るんですか?」
「相手が自分と同じならね」
「不老不死ならですか」
「ええ、それはね」
「できるんですか」
「そう。ただ」
しかしだというのだ。それは。
「相手が神やニンフ達ならいいけれど」
「人ならですか」
「それはこのうえなく悲しいことになるわ」
聡美は自然に目を伏せさせていた。そのうえでの言葉だった。
「残酷なまでに」
「不老不死は。辛いものなんですね」
「そうなのよ。それに耐えることもね」
別れ、その辛さにだというのだ。
「別れることの辛さは上城君ももうね」
「わかります。これまでありましたから」
言いながら自分を可愛がってくれた曽祖父のことを思い出す。確かに大往生だったがそれでもだった。悲しく感じたのだ。
「本当に何度あっても」
「辛いでしょ」
「そしてそれがずっと続くんですね」
「人はね。それが終わるのよ」
自身の死によってだというのだ。
「最後の別れでね」
「けれど神様にはないんですね」
「それがどうしても耐えられなくて。愛するがあまり」
「愛するがですか」
「どうにかしたいと思っているわ」
また自分のことを言う聡美だった。
「本当にね」
「ううん、何かよくわからないですけれど」
実は聡美が今言っていることは全くわからなかった。そのうえでの言葉だった。
「銀月さんも悩んでおられるんですね」
「そうなるわね。実際にね」
「そうですよね」
「誰でも悩むものよ。人間ならね」
心が人間ならばだというのだ。
「そうなるわ」
「人間ならですね」
「そうよ。この話はこれで終わるわ」
充分話したと見て聡美はこうした。そしてだった。
上城にあらためてこう言った。今度の話はというと。
「それでだけれど」
「はい、今度は一体」
「このお店のパンだけれどね」
微笑んで二人が今食べているパンの話になった。
「どうかしら。このパンを村山さんにもね」
「そうですね。買っていって」
「食べてもらいましょう」
聡美は紅茶を飲みながら笑顔で言う。
「そうしてもらいましょう」
「そうですね。それがいいですね」
「美味しいものは一人で食べるより二人よ」
その明るい、暗いものがなくなった笑顔での言葉だった。
「そして二人よりもね」
「三人ですね」
「美味しいものは皆で食べてこそだから」
だから美味いと言ってだった。そうして。
上城は樹里にそのパンを買った。そのうえで不老不死のことも知った。それが決していいものではないということを。
第四十四話 完
2012・8・26
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