ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
ALO編
episode6 決戦、空飛ぶ狩人3
前書き
大規模MMOとか見てると、大人数VS大人数みたいな戦闘に憧れます。
わちゃわちゃした感じのあれです。
減速した時間のなかで、ふっと脳に、既視感がよぎる。
(ああ、そういえば……)
踏み外す木の幹。回転する体。そして、周囲のプレイヤー達の、傾く体。ああ、なんだ、ものすごいデジャヴだ。あれは、この世界に来た初日のこと。あの時はまだこの世界のことを何も知らなかった俺には何が起こったか分からなかったが、今なら分かる。
これは。このスキルは。
(……『呪歌』スキルの上位技、《ハウリング・シャウト》)
『呪歌』スキル。『魔譜演奏』スキルの、道具を使わない歌バージョンの音楽妖精の種族固有スキルで、その効果も似通ったものが多い……が、その中で、『演奏』にはない特殊なスキルの一つ、幾つかのアップテンポな曲でのみ可能な、《ハウリング・シャウト》。
効果は、大音量での絶叫によって、効果範囲のプーカ以外の種族の三半器官を狂わせ、平衡感覚を一瞬だけ奪う特技。一度使うと数時間使用できない一発技な上に放つ本人も酸欠(の、ような症状でしかこの世界ではないのだが)症状を起こしかねないが、その分効果は『歌使い』の必殺技と呼ぶに相応しい。
あの日……初めてこの世界に飛び込み、そして戦いに身を投じた日、慣れない体にバランスを崩した俺を、彼女は必死に、できる限りの力で助けようとしてくれたのだ。あの、美しい声で。
加えて、今回はそれだけではなかった。
続いて響くのは、歌では無い声。
その声は、力強い、
「うおおおーーっ!!!いたぞーっ!!!」「すすめーっ!サクラたんを守れぇーーっ!!!」「飛べぇーっ!!!木なんざ圧し折れーっ!いそげぇーっ!!!」「うおおおーーーっ!!!」「萌えーーーっ!!!」「サクラたんはぁーーーん!!!」
いや、野太い掛け声、
「すすめーっ!!!」「俺らの歌姫を守れーーっ!!!」「笛は渡さんぞぉーーー!俺はサクラたんは横笛の方が好きだーーーっ!!!」「ばかやろーっ、歌がいいだろうがーーーっ!!!」「あのピンクの髪が大好きだーーーっ!!!」「俺は全部だーーーっ!!!」「死ねっーーー!!!」
……いいや、気持ち悪い悲鳴は。
「な、なんだ、ありゃあ!?」
大群を為して突っ込んでくる、数十……いや、百に及ぼうかという、大群のプーカ達だった。
◆
「くっ、狼狽えるな!!! 大群であっても個人のスキルはこちらが上、勝てない相手じゃないわよ! 冷静に武器を構えなさい! 私達は『空飛ぶ狩人』なのよ!!!」
鉤爪を振り翳していた女|猫妖精が叫び、狙いを俺から突っ込んでくるプーカの連中に切り替える。プーカの方は戦術も戦略もクソもなく、完全に特攻、暴徒化して突進、滅茶苦茶に戦線を貫いて乱戦を演じ始める。
……いいや、もっといい表現があるな。
彼らを、むこうの世界で例えて端的に表そう。
(……ゲート開始直後にタガの外れた、オタク集団、だな、こりゃ)
次々に「さくらたーーん!」やら「萌えーーっ!」やら喚きながらの疾走、いや全力飛行で突っ込む姿勢は向こうでは厳重注意ものだが、こちらの世界では当然そんな規則はない。その熱気を如何なく発揮し、質で勝る『狩人』の面々を数と勢いで圧倒していく。
「畜生、なんでこいつらこんなに硬いんだ!?」
「支援だ、支援の『呪歌』を後ろで三人がかりでしてやがる!」
「先にそっちを片づけるぞ、遊撃隊、一旦森の上へ出て、」
叫ぶ『狩人』の面々の声が、再び野太い声の多重奏に掻き消される。凄まじいエネルギーで相手を押し続け、しかし大した武器防具も無いせいで次々とあっさり斬り捨てられていくが、それでも次々に後続が現れて戦線を押し上げる。まったく、アイドルオタクってのは、大したもんだぜ。
そして。
(その中で、声を響かせ続ける、あいつもな……)
後方から聞こえる『呪歌』の、美しく鈴の鳴る様な、それでいて戦域全体に響き渡る力強さと、人を引き付ける磁力を持つ、独特の……心を打たれるような、歌声。横で伴奏を奏でる二人の女性プーカは俺にとっては初めて見る顔だが、歌っている少女……まるで天使の様な美しい、桜色の髪を持つ、カーソル名「サクラ・ヨシノ」の声には、しっかりと聞き覚えがあった。
「行かせんよ!」「舐めんなよ~?」
「ぐあっ!?」「なっ!?」
上から飛びかかろうとした『狩人』の面々が、更に上から飛来した数人のプーカと切り結ぶ。
その数人は、先程までの勢いだけ(それでもその勢いは賞賛すべきものだが)の連中とは明らかに異なる鋭い動きで数度打ち合い……『狩人』選抜メンバーの数人が、エンドフレイムへと変わる。装備の充実度から見るに、こいつらがプーカの『戦闘狂』と呼ばれる面々なのだろう。
演奏される《守りの大亀の合奏曲》の三人がかりの演奏でその防御力を極限まで高められた面々は、全く怯むことなく突進して敵メイジの魔法の詠唱を許さず、『狩人』を追い詰めていく。向こうもさる者、必死に戦線を掻い潜って演奏者を襲おうと試みて、こちらの護衛と火花を散らす。
指揮官らしき女ケットシーも、その素早い身のこなしで戦線深くへ突入を試みる、が、
「くっ、貴方はあとですっ!!!」
「そうはいくか、よっ!!!」
今度は俺が逃がさない。
追う方と、追われる方。立場が変われば、その戦闘方法も変わる。追われることに慣れていない女戦士の動きには、先ほどまでのキレは無い。乱戦へと向かい前線部隊を鼓舞するべきか、それとも俺を迎え撃つべきか。或いは上空の呪歌を続ける連中を黙らせるべきか。迷いが、彼女の体を縛りつけていく。
「くぅっ……!」
「ほらほらっ、はやく決めないと死ぬぜ!!!」
迷いに思考のリソースを裂かれた彼女の動きが、鈍る。いくら優秀な指揮官だったとしても、この一瞬の間に難しい三択を、それも自分と同等の戦闘力をもつ相手と切り結びながら選ぶことなどできはしない。顔に映る焦りの色が、徐々に濃くなる。
同時に、それは彼女……あるいは俺のような、スピードが生命線となる戦闘を行うプレイヤーにとっては、文字通り致命的な隙を生む。
「……っ!!?」
俺を仕留めようと大振りした鉤爪が空を切り、その脇が大きく開く。
防具の無い素肌を敵前に無防備に晒したままの硬直に、声にならない舌打ち。
好機。そう思うと同時に、体は自動的に……かつての経験のままに、動き出す。
ぴったりと伸ばしたまま揃えられる指。引き絞られる体。女司令官の、歪む表情。
そして。
「うおおおおっ!!!」
「く、くあああっ!!!」
放たれた必殺の貫手、《エンブレイサー》。
鋭い一撃が、女戦士の胸の中央を、過たず貫いた。
ページ上へ戻る