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利口な女狐の話

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第二幕その三


第二幕その三

「何か最近気になる娘がいるとか」
「うっ、それは」
 それを言われると急に、であった。動きを止める牧師だった。
「まあそれは」
「ないとは言えないですね」
「それでもです」
 だがここで牧師は遠い目になって述べた。
「どうもです」
「どうも?」
「昔のことを思い出してしまいます」
 その遠い目での言葉であった。
「どうしても」
「あのテリンカさんですか」
「そうです。いい娘でした」
 こう校長と管理人に対して話すのだった。
「あんないい娘はいなかったですね」
「まあまあ」
「そういうことは言わないで」
 場がしんみりとなったので牧師を慰める校長と管理人だった。その彼に干し肉を勧める。言うまでもなくビールのつまみである。
「これでも食べて」
「ビールも飲んで」
「ええ、そうですね」
「今日は楽しくですよ」
「ですね。それは」
 二人の言葉を受けて顔をあげた牧師だった。
「それでは」
「そうそう。楽しくですよ」
「飲みましょう」
「ええ。それじゃあ」
 こうして三人はカードに酒、それとつまみに煙草を楽しんだ。そのうえで店を出てそうして夜の道を歩く。片隅には森がある。まず校長が見たのだった。
「あれ、あれは」
「あれは」
 そして次には牧師が気付いたのだった。
「テリンカじゃないか」
「そうですか。あれがですか」
「ええ。よく似てますよ」
「何を言ってるのかしら」
 実はそれはビストロウシカである。二人はあまりにも酔っていてそれで彼女を人間の女だと見間違えていたのである。相当な酔いであった。
「私が人間の筈がないじゃない」
「いや、本当に似ているな」
「何かこの人あの穴熊さんに似てるし」
 ビストロウシカもビストロウシカで気付いた。
「っていうかそっくりじゃない」
「ふうむ。それはまた奇麗な」
 校長も言う。ビストロウシカは彼にも気付いた。
「蚊にそっくりね、こっちの人は。それに」
「おや、あれは」
 お互い気付いたのであった。同時に。
「あの人間は」
「あの狐か」
「あの人間なのね」
 こうそれぞれ呟いた。
「逃げて今は森にいたのか」
「元気みたいね」
 ここで互いに因縁を感じたのであった。
「こんなところで会うとは思わなかったが」
「まあ今は捕まらないけれど」
「しかしあの娘は」
 ここでその穴熊そっくりの牧師がまた呟いた。
「いい娘だった」
「まあそれはいい思い出にしてですな」
 校長がその彼を慰めて声をかける。
「どうですか?今度は」
「今度は?」
「私の家に来ませんか?」
 その慰めの為にまた声をかけた。
「私の家に」
「校長先生のですか」
「それで飲みなおしましょう」
 その為だというのだ。
 
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