東方小噺
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目指せ魔法使いと死神娘
前書き
六月四日に出たお題
『霧雨 魔理沙と小野塚 小町がちょっとしたゲームをする話』です。
ふざけ成分を入れるタイミングを逃し続けて早三話ほど。アホ話はどこへいったのやら……
5k半。まあ、まずまず。個人的にはもうちょい短くしたいかな
諦められない。それは、ずっと私を支えてきた気概だ。
見えているのに手が届かいない物は、いつもある。
例えばそれは、月と星。
小さな頃屋根に登り、輝くそれが綺麗で手を伸ばした。
隣にいた香霖はそんな私に魔法でもないと届かないと笑い、頼んでもいないのに月や星との距離、その名の由来を解説し始めたのもだ。
そんなあいつに言ってやったのだ。
いつか、必ず掴んで見せると。魔法を、使ってみせると。
どんなに努力しても、手に入らないものもある。
それは家柄だったり、才能だったり。
はたまた、魔力、だったり。
それが嫌で、足掻き続けてきた。
自分の実力を知った上でずっと動き続けてきた。
トライ&エラー。足を動かし頭を稼働し手で解き明かし。
研鑽し、練磨し、蓄積し、開拓し。
時にはひっくり返してゼロから始めた。
欲したものを最初から持っている奴がいた。
それを当たり前に使う者。
自分と同じに前へ進む者。
どうでもいいとサボる者。
そんな奴らに追いつくには、止まるわけには行かなかった。
ただ、前へ。ひたすらに前へ。
自分が持つ、最大の力を持って。
壁など見ずに、吹き飛ばすために。
だから、私は止まらない。
「おらああああああああああああああああああああああああ!!!!」
私――霧雨魔理沙は、馬鹿にしたようにこちらを笑う死神に向かい、水面の上を全速力で駆け抜けていた。
「ゲームをしよう」
暇潰しに来た三途の川の畔。船の中で寝ていた死神、小野塚小町を私は何となく箒で叩いて起こした。仕事中のはずなのに居眠りとはいい度胸である。上司に言いつけたら何か貰えないだろうか。
悲鳴を上げて起きた小町は私を睨んだ。全くいい根性である。
何か珍しい植物やキノコは無いか。或いはいい材料になりそうなものが欲しい。そう言った私に対し、小町が言った言葉がそれである。
「何でゲームしなくちゃならないのよ。暇じゃないんだが」
「あっはっは。昼寝してた私起こしてその言い草とか。今すぐ寿命迎えさせてあげようかい」
「やめとけやめとけ。お前が真面目に働くなんて、天変地異の前触れだ」
「相変わらずの性格だねぇ。……材料が欲しいんだろう? 魔法の研究にでも使う物の」
小町が立ち上がる。船が揺れ、水面に大きな波紋が出来る。その波紋は広がるに連れ次第に小さくなり、私が見ている先、河の半分ほどの所で消える。
揺れる船の上、小町はそれを一切に気になさず、まるで地の上にでもいるかのように堂々と立っている。普段から乗り慣れているからだろう。最も、昼寝床としてだろうが。
鎌を片手に持ち肩にトントンと。変に笑顔なそれが小町の怒りを表している。
「勝てりゃいいの教えてあげるよ。勝てればね」
「ほう、そう言われれば乗るしかないな。勝って根こそぎ奪わせて貰うぜ」
私の言葉によしきたと小町は笑い、鎌から楷へと手を変える。
そして船を漕ぎ、岸から離れていく。
「おい! ルール、は……え?」
私の目の前、確かにあった幅の広い河は、いつの間にかほんの数メートルほどの小さな河になっていた。
小町は十秒とかからずそれを渡り切り、対岸に降りてこちらを向く。
「最近は冥界の庭師やら船幽霊やら、用があるからと勝手に渡って困ってたんだよ。博麗の巫女もさぁ。ここはそんな軽いところじゃないのにねぇ」
言い、小町は鎌を構える。くるりと手でそれを一回転。両手で柄を掴み逆さにし、刃の背を地に付ける。
まるで、番人であるかのように。死神である象徴たる鎌を前に、魔理沙に向け立ち、にやりと笑う。
「ルールは簡単さ。この河を渡ってこっちに着いたらあんたの勝ち。来れなければあたいの勝ちさ。簡単だろ」
「そんなルールでいいのかしら?」
「ああ、いいさね。私の能力を忘れたわけじゃああるまいさ」
ああ、と私は思い出す。彼女の能力を。
それに気づいた彼女はにわりと笑い、トン、と軽く持ち上げた鎌で地を突く。
「要はあたいの能力とあんたの能力、どっちが上かの勝負さ。人間のくせに最速を自ら謳ってるんだろう? 渡ってみな。あんたみたいに前向きな人間には渡れない、三途の川をさ」
小町の姿が、遠のく。余りにも急速に。
河の幅が、広がる。僅かに出てきた霞で、向こう岸が微かに見えなくなるほどに。もはや「河」とさえ言えぬ程にまで。
これが、小町の力。『距離を操る程度の能力』
つまりこの勝負は、私が渡る速さが上か、小町の伸ばす力が先か。そういうことなのだろう。
渡ってやろうじゃないか。手を伸ばし、その彼方を掴んでやろうじゃないか。
勝負だと理解し、心が高まる。未踏の地を踏むように、その場所を自らの足で踏み入れるように。
自らの力を示すために。届くのだと、分からせるために。
箒にまたがり、炉をくべ魔力を込める。帽子を深く被り、その時に備える。
合図はない。もう始まっているのだから。
足が、地を離れる。『空』へと、浮かぶ。
そうして私は、宙を走ったのだ。
風が唸り声を上げる。掻き分けた風が水面に痕を刻み、速さ故に生まれた無風場が背後で爆ぜる。
魔力で防壁を張っていなければ、人間では目も開けられない世界。私が入ることのできる世界。それを、ただただ真っ直ぐに、前だけを見て私は進む。
それでも、まだ対岸には着かない。
既に飛んでから十分は優に経った。普段とは違う全力での速さを考えれば、霧の湖でさえ何往復も容易。
それでもまた、対岸には着かない。
見据えた先、小町が楽しげに私を見ている。既に射程圏内だというのに、そこからの距離が縮まらない。
だから、一層魔力を込め速度を上げる。
魔力はまだ猶予があるとはいえ、この調子で使い続ければいずれ尽きる。瞬間最大値なら生まれきっての魔法使いである知り合いにも対抗できる自信はある。
だが流石に持続的な生成量となれば人間である自分はどうしても劣る。それは、自分がパワーにこだわる理由の一つでもある。
魔力の大量使用で体内に熱が篭もり、暑さで汗が垂れる。それは真っ直ぐに下へと落ち、小さな波紋を生む。
相変わらず小町は憎たらしげな顔で笑っている。
「おらああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
意思を叫びに変え、ひたすらに前へ。その余裕げな顔を崩してやると、ぶち破ってみせると更に魔力を込める。
限界など知らない。それを超えなければ道などないと知っている。
ただひたすらに前へ。指がかかった可能性を引っ掛け、それを全力で後ろへ。自分を前へ。
汗が玉となり溢れてもなお、止めはしない。止まるまで、止めることはない。
だが、それでもなお小町は私を見て笑っている。
否。――哂っている。
「……あん?」
疑問が脳裏を掠める。小町のその顔が、熱くなった頭に僅かに水を被せる。
何かがおかしい。いや、何かがおかしかった。
飛ぶ速さはそのままに、私は思考を巡らせる。
いくらパワーだと言っていても、研究を無駄だとは思っていない。結果がパワーなだけで、その過程には確かに理論もある。幾多の本を読み、盗ん……借りた魔道書を読み明かしてきた頭が、心のどこかで「待て」をする。
小町の笑は何だ。あれは単に面白くて笑っているのではない。まるで、滑稽な者を見るような目だ。何かに気づかぬまま足掻く愚か者を、馬鹿にする目だ。
気づけ、気づけ。何だあの目は。
答えが出ず空回りする頭。魔力の残りもそう多くはない。
このままでは、飛ぶことすら危うい。
焦りが増す。流れる汗を乱暴に手で拭い、払う。焦りを吹き飛ばすように、頭を大きく振るう。
下に落ちたその汗がまたも水面を小さく揺らす。
波紋が、……
「何で、下に落ちてるんだ」
冷水を浴びせられたように思考が冷える。
それは余りにおかしい光景。
自分は「高速」で「前」に向かって飛んでいるはずだ。
なのに何故――汗はほぼ真下に落ちているのだ。
「加速」し続けているはずの、私の下に。
――ここは……
不意に、小町の言葉が脳裏に浮かぶ。
浮かび、それが欠片となって脳裏を廻る。欠片は互いに寄り添い合い、一つの絵となって私にある形を見せる。
それが正しい答えなのか。まさかこれが、正解なのか。
止まれば、その答えが確かめられる。けれどもし間違っていたら、もう終わりだ。残りの魔力では、今以上の速度をもう一度出すことは不可能。
けれど、そんな迷いを私は鼻で笑い飛ばす。
迷いはいらない。迷うだけ時間は私を置き去りにする。そう、と決めたら、自分が信じたらする。それを貫くだけだ。「停滞」はするわけにはいかないのだから。
込めていた魔力を小さくし、段々と速度を落としていく。
そんな私を「距離の変わらないまま」の遠さで見ていて小町はきょとんとした目をする。
そしてある所まで落ちたところで、私は無理やり反転をして急ブレーキをかける。「後ろ」が、目に映る。
「やっぱり、か」
さほど離れていない所に飛び立った岸があった。
今まで飛んだ距離から考えれば、ありえないほどの近さに。
つまり、実際のところ私は飛んでいなかったということだ。
小町のペテンに掛かっていたのだ。
傍から見れば一箇所にでも止まっていたようなもの。知っているものから見れば酷く滑稽な光景だったに違いない。
呆れ、私は炉を――ミニ八卦炉を前方へと掲げる。両手で持ち、それに残ったありったけの魔力を込めていく。
込められた魔力によって熱を帯び、収束したそれが、光へと変換され新たな形を表す。
――マスタースパーク
私の十八番。巨大な光線が視界を埋める。そしてその反動を一切堪えずに受け、私は後ろへと凄まじい急加速を受け吹き飛んでいく。
何とか転げぬようにだけ体を支え、光が途切れるまで両手で確かに支える。支え、光が消えていく。
確かに目の前にあった岸を、彼方に残して。
私の体を、対岸の地を送りきって。
「やるねぇ。まさか気づくとは」
下に降り、疲れに寝転んだ私の上に小町の声が届く。
ごろんと転がってそっちを向き、呆れた顔をする彼女に得意げにニヤリと返す。
「引っ掛けとかずるい話よね。見て笑うなんて」
「そりゃね。でもあいにく、あたい嘘は言ってないさ」
「妖夢と村紗の事を言っといてよくいう……」
呆れたように私は溜息を吐く。
私が気づいた答え。それは、ここが「三途の川」であるということ。
言わば、生者は渡れない場所だということだ。
――ここはそんなに軽いところじゃないのにねぇ
あれがヒント。つまり、普通の場所ではないのだと言うこと。
目の前で渡ってみせたのもきっと意識誘導。渡れるのだと、そう意識づけた。そしてその後「冥界の半人半霊」と「船幽霊」を例に挙げ、更に誘導。確かに渡れるのだと、そう思い込ませた。思い込まされた。
そして同時に、小町は渡るためのヒントもくれていた。ゲームである以上、勝ち目がゼロなのは駄目だと思ったのだろう。「前向きな奴は渡れない」と。
そしてその結果、私は後ろ向きで辿りついた。
予想通りなら本来渡れないはずの河。小町が何らかの形で渡らせてくれたのだろう。
体を占める達成感のままに、私は小町に言う。
「私の勝ちだ」
「……あたいの負けさ。仕方ない、認めるよ」
その言葉に、私は天を仰ぎ見る。
確かに、渡ってみせたのだ私は。
仕組みに気づいたとき、何としても渡ってみせると決めていた。
三途の川。生者には――普通の人間には、決して渡ることかなわぬ河。
だというのに小町は言った。博麗の巫女、と。霊夢が、簡単に渡ったと。
ありとあらゆる縛りから『浮く』能力。余りにも馬鹿げた、かけ離れた才能。それなのにサボる友人。
それを聞いたとき、自分も渡ってみせると、未だただの人間なれど、手を届かせてやるのだと思った。
そして、それは叶った。辿りつけたのだ。
天に向けた掌。星を掴むと言わんばかりの手。
そんな私の頭の近くで小町は屈む。
その手に、小さな一輪の花を持って。
「映姫様の部屋にあった花さ。閻魔様の育てる花だ、何かの役に立つと思うよ。暇つぶしの礼さ」
「ありがとう、だぜ」
「疲れてるんだろ、強がなくていいさ。良ければ悔悟棒もあげようか? パシパシ叩かれるもんだから隙を見て持ってきちゃったよ」
少し迷うが、そっちはいらないと首を振る。
使う道も思いつかないし、生憎見つかって怒られるつもりはない。怒られるのは彼女の部下である小町に任せておこう。
「少し休みな。帰りは船に乗せてやる」
「渡っちゃったけど、死んでないわよね私」
「さあ、どうだろうね」
笑う小町を呆れた目で見て、私は河の方を向く。
立ち込めていた霧はもうない。遠くにある対岸が、確かに見える。
小さな一歩。それでも確かな進み。
満足を胸に、暫しの休みを取るため私は目を瞑った。
後書き
あとがき!
「小町、私の悔悟棒を知りませんか?」
「映姫様の、ですか? 生憎知りませんね」
「そうですか……」
ブン!ブン!!
「あの、それは……」
「ああ、新しい悔悟棒です。取り寄せました」
「いえその、何でそんなフルスイングしてるのかをですね……」
「ふむ」
ブゥン!!ブゥゥン!!!
「実はですね、犯人はもうわかっているんですよ」
「へ、へぇ。それは良かったですね。では、あたいはこれで……」
「とある少女が『それなら小町の奴が持っていたぜ』と」
「魔理沙ぁあああああああああああああ!!」
「ふん!!!」
バチン!! バチィン!!!
「痛あああああああああああ!!!!???? え、ちょ、まだ、え、うっそ。すみません、あたい謝りますか、どうかゆるs」
終わり
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