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トーゴの異世界無双

作者:シャン翠
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第百二十話 すっげえ楽しかったぞミラニ!

(さすがはトーゴだな。しっかりと目で追って来ている……なら!)


 自分は『縮地』を使って全力で動いているのにも関わらず、闘悟の視線から逃れることができないことに、素直に感心する。
 次の行動を起こすべく、キッと目を細めて魔力を解放していく。


「この世界に住まう優しき風を総(す)べる王、その汝(なんじ)の御名(みな)に従い、我は魔の力を捧(ささ)げる誓いを立てる者なり……」


 ミラニは高速で動きながら、闘悟に悟られないように詠唱していく。


「速えな、このスピードを目で追えてる奴がどれだけいるか……」


 先程の自分の速さとハッキリ言って遜色(そんしょく)がない。
 魔力の容量は確かにミラニと比べくも無いほど闘悟が圧倒しているが、魔力の使用効率が段違いにミラニの方が先達(せんだつ)である。
 彼女は魔力を圧縮して、必要な部分に、必要な量だけを効率よく使用している。
 だから魔力を無駄にしないし、その分、魔力活用による効果も絶大だ。


(さすが魔法騎士団団長ってとこか。アレは見習わなきゃな)


 だがふと闘悟は、そんな彼女を見て、ふと違和感を感じる。
 それは魔力が急激に高まっていることだ。
 それを体のどこかに集めて使用しているのではなく、力を溜め込んでいる感じだ。
 何かをしようとしているのは明白。
 だがそれが何かまだ判断できていない。


「アイツ……何をしようと?」


 ミラニはそんな闘悟から目を逸らさず詠唱を続ける。


「我欲するは汝の力、契約の名のもと、その力を示し、我が目の前に立ちはだかる愚者(ぐしゃ)を……」


 闘悟はその瞬間、彼女の口が微かに動いているのを目にした。
 そして魔力が一気に膨れ上がるのを感じる。
 ア、アイツ! まさか詠唱を!?
 ようやくミラニの行動の真意が読めたが、彼女はもう十分と言わんばかりに足を止めた。


「跡形(あとかた)も無く吹き飛ばしたまえっ!!!」


 ミラニが両手を闘悟に向かって突き出す。


「『終わらない嵐(テンペスト)』ッッッ!」
「しまっ……っ!?」


 闘悟の足元に魔法陣が現れる。
 だがそれだけでなく、真上にも同じような魔法陣が現れる。
 上下の魔法陣に挟まれた闘悟は、嫌な予感を感じて、すぐさまその場から離れようとするが、一歩遅かった。
 下からとてつもない強風が吹き荒れる。
 闘悟は自身の意思とは反対に、体がフワッと浮いてしまう。


「な、何だ!?」


 体が浮いているせいで、身動きが取れない。
 そして闘悟は真上から嫌な気配を感じる。
 するとそこから風の刃(やいば)が、それこそ雨のように降り注いできた。


「マ、マジかよっ!!!」


 容赦無く無数の刃が闘悟を襲う。


「痛っ!」


 徐々にその刃が体を傷つけていく。
 闘悟は防御をしながら、刃の雨を凌(しの)ぐ。
 地面の上なら避けることはできるが、今は力の効かない空にいる。
 そのせいでできることは身を縮めて防御に徹することだけだった。
 もう服もボロボロになり、切り傷が無数に増えていく。


 しばらく痛みに耐えていたら、上空の魔方陣が光り、刃の雨が止んだ。
 ついに終わったと思ってホッとしてたら、今度は下から吹く風が回転し始めた。
 まるで竜巻の中にいるみたいだ。
 もちろんそれだけでなく、上からも同じような竜巻が襲って来た。
 だが一つだけ違うことがある。
 それは逆回転だということだ。
 そのため、無作為(むさくい)に吹き荒れる嵐により、闘悟の体が悲鳴を上げる。
 突然左腕がボキッと音と共に、あらぬ方向に曲がる。


「痛ってぇっ!」


 泣きそうなほどの苦痛に顔を歪める。
 このままだと、体がバラバラになるかもしれない。
 竜巻の持つ力の凄まじさを、強制的に理解させられた。


(風がこんだけの凶器になるなんてな……っ!?)


 歯を食いしばり体を持って行かれないように全力で身を屈める。
 すると、パッと風が嘘のように消える。
 浮遊感が無くなり、地面までの落下感が襲う。
 だが今度こそ終わったのかと思って安心すると、下から先程とは比べものにならない強風が吹く。


「うぷっ!」


 そのせいで体が上空高くまで飛ばされる。
 ま、まだ終わらねえのかよっ! 


 『終わらない嵐(テンペスト)』……それは風の属性魔法の上級に位置し、一度受ければ、本来なら文字通り木端微塵(こっぱみじん)にされるほどの威力を持つ。


 高く飛ばされた闘悟は、上空にある魔法陣の傍まで飛ばされていた。
 すると今度はその上空の魔法陣から、ミラニが先程放った『風の弾丸(ウィンドブレッド)』のような風の塊が飛ばされた。
 無論その威力は弾丸とは呼べないほどの強力なものだ。
 風の塊を受け、物凄い勢いで舞台に叩きつけられる。


「ぐうぅっ!!!」


 闘悟はまるでプレス機に押されているかのような衝撃を受ける。
 少しでも気を緩めれば、肉体など簡単に潰されるほどの圧力を感じる。
 先程折れた左腕がとんでもなく痛い。
 ミシミシという骨が軋(きし)む音が聞こえてくる。


(……っの野郎……っ!)


 あまりの圧力で声が出しにくい。
 恐らく、この魔法は、ミラニの魔力が無くなるまで続くのだと判断する。
 これほどの魔法なので、そう長くは続かないとは思うが、これ以上は体の痛みに耐えられそうに無かった。


「いっ……いい……」


 闘悟は魔力を徐々に解放していく。


(む……っ!?)


 闘悟の魔力が異常に高まっていくことをミラニは悟る。
 すると彼女は歯を噛み締め、目を細める。


「いい……いい加減にしやがれぇっ!!!」


 とんでもない魔力が放たれ、上下の魔法陣と共に風も吹き飛ばす。
 その魔力量は五パーセントほど解放していた。
 勢いよく立ち上がり、ミラニがいた方向を見つめる。
 だがそこには誰もいない。


 あれ? ミラニはどこ行った?
 すると観客から「あそこだ!」や「上だ!」などが聞こえてくる。
 その言葉に従い上を見上げる。
 そこには確かに彼女がいた。
 ただ彼女は剣に手を掛けていた。


「『斬(ざん)・一閃(いっせん)』っ!」


 この技はセイラ戦で見せたミラニのオリジナル剣技だ。
 その威力は折り紙つきで、セイラを場外に吹き飛ばすほどの威力を持っている。


「なっ!?」


 闘悟は目前まで迫ってくるミラニを見つめていた。
 そして、フッと笑った。
 ホントにすげえ。
 ホントに成長した。


 ここまでが恐らく彼女の立てた戦術だったのだろう。
 素早く動き相手を翻弄(ほんろう)しつつ、下手な攻撃は加えず、上級魔法の詠唱時間を稼ぐ。
 そして、上級魔法で相手を攻撃し、トドメとして自分の最大の剣技を叩き込む。
 もちろん、ほとんどの場合、上級魔法の時点で、相手を倒せるだろう。
 しかし相手は闘悟だ。
 破られる可能性を考え、その先をしっかりと考えていた。
 だから彼女は今、空にいる。


 その流れるような連撃は、美しくもある。
 本来なら上級魔法を決めた時点で勝負は決するのが普通だが、手は緩(ゆる)めず、自分の最高戦力をフルに発揮する。
 その組み立て、タイミング、威力共に申し分無い。
 まさに今の彼女から紡(つむ)がれた最善である。
 だからこそ、闘悟は素直に彼女を尊敬できた。
 自分ではこうも簡単に相手を誘導することなどできない。
 きっと、自分との闘いを頭の中で何度も繰り返しては修正を加えてきたことが分かる。
 その勤勉なる努力が、この一連の動きには濃縮されていた。


「……すげえよミラニ」


 ああ、ホントにビックリだ。
 ここまでやられるとは思っていなかった。
 正直、もっと早く終わると思っていた。
 間違いなく、オレが今まで闘ってきた中で最高の闘いだ!
 だからこそ、オレは……。
 向かって来るミラニに、キッと視線をぶつける。


「お前の闘いに応えるっ!」


 闘悟は間違いなく十パーセントの魔力を解放した。
 ミラニは鞘から剣を抜く。
 闘悟とミラニの間にある距離が徐々に縮まっていく。
 そして……   


 パシィッッッ!!!


 その両手でミラニの剣を挟んだ。
 つまりは真剣白刃取りだった。
 剣に纏われた魔力と、闘悟の両手の魔力がうねりをあげて弾け飛ぶ。
 闘悟の足元の舞台が破壊され、亀裂が走っていく。
 二人はそのままの格好で視線を交わし合う。


「く……っ!?」


 ミラニは力を込めて振り下ろそうとするが、ビクともしない。
 闘悟も両手に力を込めて、これ以上剣が押し込まれないように防いでいる。
 次第に互いの武器に込められた魔力が消失していく。


(くっ! も、もう魔力が……っ!)


 ミラニの体は脱力感に支配されていく。
 そして、その一瞬を感じた闘悟がその場から姿を消す。
 いきなり剣を抑える力が抜けたので、そのまま地面に向けて斬りつけてしまう。


「え?」


 闘悟が突然いなくなったので、混乱に陥りそうになる。
 だが瞬時に我に返り、周囲を見回す。


「ここだミラニ!」


 その声は何と上空からしてきた。
 闘悟はいつの間にかミラニの遥か上空に陣取(じんど)っていた。


「避けろよミラニ」
「は?」


 ミラニは微笑しながら言う闘悟を見て呆けた声を上げる。
 すると闘悟はブウォッという音と共に物凄い勢いでこちらに向かって来る。
 この状況は先程と似ていた。
 違うのは、闘悟は帯剣(たいけん)しておらず、魔力が膨大ということだけだ。


「ま、まさかの『天動(てんどう)縮地』ですかぁ!!!」


 ようやく実況を挟めたモアが驚くのも無理は無かった。
 闘悟がしていることは、間違いなくミラニと同じなのだから。
 フレンシアも言葉を失って呆気にとられている。
 まさか闘悟が『天動縮地』を使用できるとは思っていなかったのだ。
 使用できるなら、今までの攻撃からも逃げられていたからだ。


「マ、マズイッ!」


 ミラニはこのままではどういう結果になるか素早く判断できたみたいで、その場から急いで離れた。
 闘悟はそれに構わず、舞台の中心に向かって突撃していく。


 ドガァァァァァァンッッッ!!!


 闘悟は舞台に激突して、凄まじい衝撃音が響く。
 その上、またもや舞台が跡形も無く吹き飛ばされる。


「キャッ!!!」


 女の子らしい悲鳴を上げて同じように吹き飛ぶミラニ。
 衝撃によって生まれた爆風は凄まじく、舞台の欠片(かけら)もあちこちに飛んでいく。
 そして、しばらくして地面に転がったミラニは体の痛みに耐え、目を開ける。
 そこには驚くべきことに、舞台がなくなり、代わりに大きなクレーターが出来上がっていた。
 それを見て、ゾッとする。
 もし自分があの中心にいたらと思うと背筋が凍る。
 彼女はその中心を見て何かを発見する。
 そこには、黒髪の少年が立っていた。






 ミラニはフラフラしながらも立ち上がる。
 あれだけの攻撃をして、上級魔法まで使用した。
 その上、先程の闘悟の攻撃にも巻き込まれた。
 もう体力も魔力もガス欠寸前だった。
 だが一言、どうしても彼に聞いておきたいことがあった。
 ミラニはクレーターの中心に近づくと闘悟に向けて言葉を放つ。
 闘悟もミラニに気づいたようで視線を向ける。


「トーゴ貴様……」
「何だ?」


 何となく顔をしかめ、言い辛そうにする。
 闘悟は黙って彼女の顔を見つめている。
 そして、ミラニは覚悟を決めたかのように口を開く。


「…………私はどうだった?」


 彼女が聞きたいことはこれだった。
 自分が本当に強くなれたのか、是非問いたかったのだ。
 すると闘悟は笑みを浮かべて言う。


「さすがは団長だ。すっげえ楽しかったぞ!」


 闘悟の破願(はがん)した表情を見て、ミラニは一瞬驚いたような顔つきをしたが、すぐに柔らかく微笑む。


「そうか……うん、私も楽しかった」


 そして彼女は限界が来たようにその場に座り込んで一言だけ言う。


「私の負けだ」


 闘悟の勝利が決まった瞬間だった。

 
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