ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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ALO編
episode6 会議の席、勇者の底力2
前書き
満を持しての、大先生登場。
(っ!?……マジかよッ!?)
感じた違和感を確かめて、俺は心の中で頭を抱えた。
この手のゲーム、辛いことだが『気付いた時は事態は既に手遅れ』ということが少なくない頻度で生じる。そしてそれは、綿密なゲームバランス調整によって作られたダンジョンやボスモンスター(勿論、ハードタイトルであるには変わりないものの)よりも、対人戦で多く遭遇する場面なのだ。
……たとえば、今回のような。
(……駄目だ)
少なくとも、俺はもう無理だと思った。《トリック・クラウンズ・シェイド》によって猫妖精に化けた(といっても、カーソルをフォーカスすれば俺が音楽妖精であることはすぐにばれてしまうのだが)俺の頭の三角耳が、絶望に落ち込んだ気持ちを表してかぺたりと伏せられる。
……ああそう、激烈にどうでもいいことだが、俺の外見は今、ケットシーだ。
つまり、誠に不本意ながら、俺の頭には三角耳が生えていてケツからは尻尾が伸びている。
外見を確認することは、していない。断固したくない。だが、「スッゴ~イ、カワイ~!」とわめきやがったアリシャは許さん。側近がいなければチョークスリーパーの刑だ。今は堪えているが、あとできっちりオトシマエをつけてやる決意をしている。
まあ、そんなことはどうでもいい。心の底から、どうでもいい。
今急遽対処するべき問題は。
「……皆、すぐに武装してくれっ。近くから、かなり多くのプレイヤーが接近している。ここのメンバーを狩りに来ているんだろうよっ。……急げっ!!!」
突如大声を上げた俺に、一斉に視線が集中する。
それぞれの種族の側近や護衛達もできうる限りの周辺警戒はしていたのだろうが、この『蝶の谷』のような開放された地形でなおかつ広域索敵魔法を使わないのであれば、かつてSAOにて《索敵》マスターだった俺に分があった。声に素早く反応した数人が何らかの魔法を使い、
「っ、本当です!」
「反応は赤、……サラマンダーだ!」
上ずった声での叫び声。
つつがなく終わりそうだった調印式、の会議に、一気に緊張感が走る。
(くそっ、油断していたな…)
シルフもケットシーも知らない仲ではないらしく(俺は別にそんなに両種族の会談に参加できるほどに仲良くなった覚えは全くないが)調印式は和やか、何かが起こるとは思えない雰囲気だった。そのせいで魔法索敵を広げるでもなく、……まあ、皆正直なとこと大なり小なり気が緩んでいたのだろう。
慌てて反応した会議の参加者、総勢十四人がそれぞれの武器を構えた頃には、既に、
「ちっ、なんて数だ…っ!」
「な、なんでここが……っ!?」
大挙して押し寄せてくる赤い輝きが、スキルなしでも目視できる程になっていた。
その数、五十を優に超えるだろう。こちらも相当に精鋭だろうが、それを加味したところで戦力差は圧倒的。向かってくる連中のスピードを目算で図って考えるに、今から全力で随意飛行で逃走を試みたところで……逃げ切ることは、恐らく不可能。
それが分かったのだろう、参加者の数人が絶望的な呻きを挙げる。
(……せめて、領主連中だけでも……)
逃がさなければ。
俺が咄嗟にそう考えて、あらかたのアイテムを渡してきてしまったストレージを開く。どうする。遠距離攻撃用投擲武器、目晦まし、陽動、一通りのアイテムは揃っているが、「一発ぶちかまして50人を撃退!」なんてアイテムは無い。あるわけがない。かといって、あの大群相手にガチンコ戦闘して張り合えるほどの力が俺にあるわけでもない。
手詰まり。
どうしようもない、『詰み』。
(くっそ、っ!?)
詰んだ。
その、俺が諦めた、その瞬間。
(……? ……なんだ?)
直後、なおも続く《索敵》と俺の鍛えられた聴覚が、もう一つの羽音を捕えた。
◆
サラマンダーの無数の羽音に紛れた、一際強い弦楽器のような高音は確か、シルフのもの。もう一つ、管楽器に似た響きは、スプリガンのそれだったはず。これだけの激しく音高く鳴る羽音、『随意飛行』の更に限界に近いレベルの速度だろう。
「くそっ、何処から情報が……!?」
「りょ、領主様だけでも、何とかっ」
そんな音には気付けない皆が、強張った顔でサラマンダーの大群を睨みつける中で。
(……来る!)
その響きが、近づいて。
一人の妖精の黒い影が、近づいて。
「っ!!?」
巨大な爆音と共に地面に衝突し、派手に土煙を上げた。
「双方、剣を引け!!!」
同時に聞こえる、バカでかい声。
聞き覚えのない、けれども懐かしく耳に……いや、魂に響く、声。
この世界ではSAOの世界とは違って、声は向こうの世界の自分と一致するものではないし、プーカに至っては歌うために設定で弄ることさえできる。そりゃそうだ、こっちの世界の外見とあっちの世界の外見が一致するとは限らないしな。俺の声だって、誠に遺憾なことにこっちの世界の姿形に非常にマッチしたそれに変化させられている。
だから、この声は、聞き覚えは無い。
聞き覚えは無い、はずなのに。
俺はそれが、誰の声か、確信を持って断言できた。
誰にも聞こえない、小さな声で呟く、その名は。
「…キリト…!」
懐かしい、『勇者』の名だった。
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