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~烈戦記~

作者:~語部館~
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第六話 ~初仕事~


…僕ががんばらなきゃ。

寝床から身体を起こし、唐突に心の中で呟いた。
窓の外は相変わらずの晴天だ。
こんな時でも外からはこの関の活気や雑踏が流れこんでくる。

そうだ。
いくら僕が嘆いたところで世の中は関係なく進んでいく。
だからこそ僕は前を向いて進まなきゃ。
…じゃなきゃ父さんはきっと僕の分まで無理しちゃうに決まってる。

昨日は泣き疲れて朝なのにも関わらず、いつの間にか昼まで寝てしまっていた。
前日に眠れなかった分が祟ってしまったんだと思う。
でももうそんな事はしない。
僕は昨日決めたんだ。
早く仕事を覚えて父さんを支えるんだと。

寝床から降り、身支度を整える。
衣服は村にいた頃のとは違い、しっかりと装飾の入ったモノだ。
僕の為に父さんが用意してくれた服。
だが、今はできるだけこの服を着たくない。
何故かといえば、僕と同じ年の洋班の衣服が華やかで、同じ空間にいるだけで惨めな気分になるからだ。

確かに身分の格差なんてあって当たり前の事だ。
そんな事を言えば村のみんなはどうなる?
服だけじゃない。
食事から寝床までどれ一つとっても誰しもがこんな生活ができているわけじゃない。
だから僕はこれからの生活相応にみんなの為にこの関で頑張ろうと思っていた。
どんな身分になったって僕はみんなと同じという事を忘れないように。

…でも、だからこそ僕はあの洋班を認めたくないし、認めてはいけないと思ってる。
身分が低い人間は身分の高い人間の為に働く。
高貴な人間は低俗な人間より優先される。
それを当たり前のように、そして漠然と世の中の決まり事のように語る彼を僕はどうしても好きになれない。

そんな彼と同じ空間で何かで劣っていると見られるのが僕は辛い。
…でも、僕はこの服を来て彼と会わなければいけない。
じゃなきゃ父さんがまた酷い目に合わされる。

『…』

鏡を見る。
なんて幼いんだろう。
村にいた頃は散々性格や背や顔の事で幼いと弄られていたが、もう中身だけは幼いままではいられない。
僕が問題を起こせば僕だけでなく周りも巻き込んでしまう。
我儘はもう言えない。

悔しいが洋班から学んだ。
権力のある人間には逆らえない。
それがたとえ間違っていても。
それが今の世の中の決まり事なのだと。

…もし、それを飲み込む事が大人になるという事なら僕はどうすればいいのだろう。

…世の中は本当にそんな事でいいのだろうか。

僕は枕元に立て掛けていた鉄鞭に目をやる。

…あの人が望んだ世界はこんな世界なのだろうか。


僕は鉄鞭を腰に差して部屋を出た。



父さんの部屋の前まで来た。
確か昨日の話しだと今日の昼までには兵士の一団が来るらしい。
そしてその受け入れ準備が必要ならきっと父さんは今その事で手が一杯だろう。
なら僕はまだこの関の事は何も知らないけど、何かを手伝えるかもしれない。
僕は部屋の戸を叩いた。



『父さん』
『…ん?あぁ、帯か。ちゃんと寝られたか?』
『大丈夫だよ。それより父さんは?』
『私も凱雲が昨日の内にだいぶ仕事を片付けてくれていたからな。しっかりと寝れたよ』

多分嘘だ。
笑顔は自然だが目の下には隈ができている。
父さんの机の上の資料の量を見る限り、凱雲ではできない仕事をやっているのだろう。
だが、その資料の量を初日に見た時と比べると多い気がする。
きっと洋班が来てからの事で色々と大変なんだろう。

『それより帯よ。私に何か用か?』

父さんは僕の視線の先に気付いたのか手元の資料を退けて話を聞く体制になる。
あまり長い時間はとりたくない。

『うん。僕も父さんの仕事を手伝いたくてさ。何か無いかな?』
『うむ…手伝ってくれるのはありがたいんだが、今私の手元には帯のできそうな仕事は残ってないな』
『…そっか』

よく考えればそうだ。
凱雲ができない程重要な仕事を僕にできるわけないよな。
それに今は大変そうだから僕に何かを教えながら仕事をやる余裕がないのだろう。
残念だ。

『あっいや、しかしな?凱雲の所にならきっと帯でもできそうな仕事があるかもしれんぞ?そっちを帯に頼めるか?』

しまった。
父さんが僕の顔を見て慌て気をつかい出す。
…すぐ感情を顔に出すのもこれから気をつけよう。

『えっ?本当っ!?』

本当なら一番大変な父さんを手伝いたいが、あえて僕は大袈裟に喜んでみせる。

『あぁ、任せた!』
『わかった!それならすぐ行ってくる!』
『うむ』

父さんは安心したように顔を緩める。
父さんも父さんで凄く単純ですぐに顔に感情が出る人なんだと思った。
そう思うと家族なんだなって思えて、思わず口元がにやけてしまう。

だが、そんな清んだ気持ちも不意に意識した父さんの痣を見てしまい現実に戻される。
でも、だからこそこんなやり取りの一つも大切に感じる。
だから僕はこの空気を壊さないように痣には気付かなかった振りをして部屋を出た。



帯が出て行った後、私は大きな溜息をついた。

『本当ならこんな会話を毎日してやれたんだがな…』

帯が関に来る前にほとんどの仕事を終わらせて待っていたのに、まさかこの時期に洋班様がこられようとは…。

手元の資料に目を落とす。
政務関連はすっかり昨日の内に片付けられていて私の仕事という仕事はほとんどなくなっていた。
それというのも凱雲が本来私のやるべき仕事にまで手を出したらしく、私がした事といえば帯が来る少し前に凱雲のまとめた資料に印を押すだけだった。
まったく…。
奴は私の為なら平気で本来の規則や役目立場を超えて働いてくれる。
頼もしいというかなんというか…。

そして今やっているのは完全に別件だ。
洋班様がこられたからには私は洋班様の命には絶対に逆らえない。
そして洋班様は…あのような性格だ。
何か関内の事や規則について気に入らなければ即座に変えろと言い出しかねない。
そうなれば一番被害を受けるのはこの関で商いをしている商人達だ。
だから私はこの関で有力な商人達にあらかじめその状況を伝え、それに伴う一応の準備と注意を促す文を書いている。
本来ならこのような内部事情を晒すような事はしてはいけないのだが、彼ら商人は私がこの関に就任して以来治安や活気を出す為に色々な事に尽力を尽くしてくれた所謂仲間のような存在だ。
だからこそ私は彼らとの信用を大切にしたい。

帯よ。
気持ちは確かに嬉しいが、これは私個人の事だ。
だからお前に手伝わせる訳にはいけないのだ。


青くなった左頬の痣をさする。
痛みはだいぶ引いたが、力を加えればまだ痛む。
あいつは私に気を使わせない為に気付かない振りをしていたが、それでもやはり嘘をつくのは下手なようだ。

『…気苦労をさせるな』

私は一息ついて文書に筆先を下ろした。



父さんの部屋から一直線に練兵所まで来た。
本当凱雲を探すならまず凱雲の部屋に向かうべきなのかもしれないが、凱雲が夜以外に部屋にいるのを想像できない。
そして一番強い印象はやはり練兵所なのだ。
村にいた頃から大抵は練兵所にいたし、昨日の話でも関の兵士を束ねているみたいな事を言っていたから間違いないだろう。

だが、不思議な事に今日は訓練の時の声が聞こえてこない。
ただでさえ兵士達は休憩がもらえているのか心配になるくらい終始訓練をしているのにその気配がない。
凱雲はおろか、兵士達すら練兵所にはいないのかもしれない。
だが、ここまで来たからには中の様子を確かめずにはいられない。
僕は練兵所へと足を踏み入れた。



『…え?』

練兵所の中に入ってまず出た言葉はそれだった。
そこにはいつものように兵士達がいた。
だが、地面に座りながら何やらみんなで話をしているようだっだ。どうやら談笑ではないらしいが、もし訓練中なら凱雲から拳をもらうであろう状況が広がっていた。

だが、凱雲はいない。
訓練中ではないのか?
ならいったい彼らは兵舎から出て来て何をしているのだろうか。

『ん?あっ!おいみんな!帯坊だ!』
『あ!帯坊!』

一人の兵士が気付くとみな一斉に立ち上がり僕の方に駆け寄ってくる。
だが、いつものような雰囲気ではない。
みな思い思いな顔をしていた。
いったい何があったのだろうか。

『なぁ帯坊!凱雲様を知らないか?』
『え?』
『凱雲様が一行に練兵所に現れないのだ』

凱雲がここにはいない。
なら凱雲はどこにいるのだろうか。
まったく想像ができない。
それより。

『みんなはどうしてここに?凱雲に呼ばれてたの?』
『え?いや、違う』
『?』
『なんというか…その』
『癖じゃな。毎日が訓練ばかりなせいで呼ばれんでも皆ここに足を運んでしまったのよ』
『そうじゃ。誰一人として遅刻せなんだな』
『そうじゃそうじゃ皆凱雲様が怖いんじゃな!』
『はははっ!』

なんというか凱雲はなんだかんだでみんなから愛されてるんだなって思った。
だが、今は関係無い。
ここに凱雲がいないなら別の場所を探さねば。

『あ、それより帯坊!』

兵士の一人に名前を呼ばれる。
いったい次はなんなんだろう。

『なんか帯坊の周りで大変な事になってるらしいじゃないか!』
『そうじゃ!昨日は大丈夫だったのか??』
『豪統様が痣だらけになる程殴られたというのは本当か?!』

もう情報が回っているようだ。
みんなから一斉に質問攻めにされる。

『うん!心配無いよ!大丈夫だよ!だから一人づつ!一人づつ!』

まずは周りを静かにさせる。

『州都から来た奴が豪統様を殴ったというのは本当か?』
『…うん』
『なんて野郎だ!どんな奴だ!?』
『俺が叩きのめしてやる!』
『やめてよ!』

みんなが一気に沸騰しそうになるのをなだめる。
…それができれば僕だって。

『いい!?絶対勝手な事しちゃ駄目だよ!?』
『なぜじゃ!?私等の豪統様が殴られたんじゃぞ??』
『そうじゃ!いくら上役だろうが黙ってられるか!』
『帯坊は悔しくないのか!?親が殴られたんじゃぞ!?』
『…ッ』
『おいお前!』

ドカッ

『ウグッ』

一人の兵士が違う兵士に殴られた。
周りがどよめく。

『いてて…なんじゃ急に!』
『言っていいことと悪い事があるじゃろ!帯坊の気持ちを考えてみろ!』
『なら黙ってろってか!?ふざけんな!腰抜け!』
『んだとてめぇ!』
『おいお前らやめろよ!』
『うるせぇ!』

『二人ともやめてよ!!』

二人が取っ組み合いになりそうな所を割って入る。
息を荒げた二人の鼻息以外静かになる。

『…僕だって悔しいよ。父さんが目の前で最低な奴に殴られて謝ってさ…。でも…僕らが我慢しなきゃ、きっと父さんがさらに責任を負わされて奴にいじめられるんだ…。だから…僕だって本当は…。』

地面に水滴が落ちる。
いつの間にか僕の目からは涙が出ていた。

『…帯坊』
『…ッ』

さっき僕に悔しくないのかと言った兵士が僕の目の前で膝をつく。

『帯坊ッ!すまんかったッ!ワシは頭に血が登るあまりに帯坊の気持ちも考えんと…ッ!』
『だ、大丈夫だよ!頭あげてよ!』
『すまんかった…ッ!すまんかったッ!』

その兵士は泣きながら頭を地面に擦り付け続けた。
気づいたら周りの兵士達もみな涙を浮かべていた。

…そうだよね。
みんな悔しいよね。
みんな父さんの事大好きだもん。
だから。

『…みんなもいい?絶対に問題起こしちゃ駄目だからね?』
『…』

どうやらみんなわかってくれたようだ。
だからこそ僕はみんな以上に頑張るよ。
大好きな父さんをこれ以上傷付けない為に。


『と、ところでさ!?凱雲がここにいないってなると、どこにいるかわかる!?』

僕は急いで涙を拭って笑顔を作る。
だが、一度落ち込んだ雰囲気は中々消えない。
いったん彼らをこの場に放置した方がいいのかな。

『…多分北門じゃないか?』

一人の兵士が答える。
北門?
何故?

『ワシは昨日内宮に呼ばれた一人なんじゃが、兵の受け入れをしろって言われてたから多分そこじゃないか?兵士の何名かも今朝急に北門に呼ばれたみたいじゃし』
『本当か?そんな話ワシは聞いとらんぞ?』
『ワシもじゃ』
『あ、ワシは数名北門に行った事は知っとるぞ!兵舎から今朝出て行くのを見たぞ!』

どうやら凱雲は北門にいるようだ。

『ありがとう!北門に行ってくる!』

僕は急いで練兵所の出口へ向かう。
だが、一つ気がかりを思い出し振り返る。

『あ、みんなはこれからどうするの?』
『ん?そうじゃな…』
『やる事がないなら兵舎に戻っててもいいと思うよ?多分凱雲は訓練どころじゃないと思うし…』

そういえば凱雲は昨日父さんの仕事もしてたんだ。
そして凱雲にも多分訓練以外にも仕事があるはずだ。
そして今、普段日課にしてる訓練を放置してる辺り父さんの仕事を優先していたのだろう。
そう考えると凱雲は今日訓練所に顔は出せないだろう。
それに普段から訓練ばかりなのだ。
たまには休暇も必要だ。

だが、兵士達の反応は違った。


『だったら尚更俺らは堕らける訳にはいかんじゃろ』
『え?』
『じゃな。帯坊達が頑張っておるんじゃ。ワシらだけ怠けとるのもバチが当たるわい』
『それに凱雲様の事じゃ。私等が訓練を疎かにした事が知られでもしたらそれこそ"貴様ら!兵士の自覚があるのか!"と殴られそうじゃわ!』
『はははっ!確かに言いそうじゃ言いそうじゃ!』
『よし!そうと決まれば訓練じゃ!』
『『オーッ!!』』

驚いた。
彼らがこんな真面目な事を言うなんて。

でもよかった。
みんなにまた活気が戻った。
これで安心して僕は僕の役目に集中できる。

僕は練兵所を後にした。



北門に近付くにつれてどんどん人が減っていった。
こんな事はこの狭い陵陽関ではまず起こりえない。
やはりこの先では凱雲が何かしら兵士の受け入れの為の準備をしているのだろう。

そう思うと普段が混雑している事もあり、自然と僕は小走りになっていた。



『急に北門を使うなと言われてもこっちも困るよ!なんとかしてくれよ!』
『本当に申し訳ない!だが勘弁してくれ!こちらも急だったんだ!』

北門に着くと、一人の兵士が何やら商人達と揉めていた。
多分受け入れ関係だろう。
話の途中ではあるがあの兵士に凱雲の居場所を聞こう。


『いや困る!もう受け入れ先が着く頃なんだ!なんとかしろ!』
『だから何度も言うようにここに上役が…』
『ちょっとごめん!』
『あ?なんだ帯坊か!すまんがちょっと後にしてくれ!』
『ん?帯坊ってあの豪統様の息子かい?なら丁度いい!ちょっとこいつらをどかしてくれないか!?』
『え?』

今なんて?
どかす?
急に話を振られるとは思わず間抜けな声を出してしまった。

『お、お前何を言って』
『私等商人は信用が命なんじゃ!しかし、こいつらは私等が築き上げた信用を崩そうとしやがる!だから頼む!今回の仕事はもの凄く大切なんじゃ!こいつらをどけてくれ!』
『え、えっと』
『帯坊!こいつの話は聞かんでええ!どっか行っててくれ!』
『あんたここの責任者の息子だろ!?なんとかしてくれよ!』
『ちょ、ちょっと考えさせて!』
『帯坊!』
『さすが豪統様の息子じゃ!話がわかる!おいっみんな!!豪統様の息子がどうにかしてくれるってよ!!』
『え?え?ちょっ、ちょっと!!』

今の商人の大声で周りでも揉めていた商人達がこぞって集まり始める。
え、なにこれ。
まずい。
これじゃあ明らかに僕がこの問題の責任者じゃないか。
しかも、僕はこの関に来たばかりでここの規則や商人達との関係なんて何一つ聞かされてない。
そんな僕が責任者?
無理に決まってるだろ!

だが、ここでもしも軽々しく発言してしまえばそれこそ収集がつかなくなる事は目に見えてる。
考えろ!
考えろ!

『ま、まずい事になっちまった…ッ!た、帯坊!凱雲様を呼んで来るから絶対早まるなよ!』
『あ、ま、待って!』

そういうと兵士は僕の静止を聞く前に商人達の中に消えてしまった。
…嘘でしょ。



既に商人達が充分に集まってしまい、今か今かと僕の発言を待っている。
だが、僕は本当は責任者なんかじゃない。
それに責任者だと言ったわけでもない。
…だが。

『おい坊主!まだか!?こっちも急いでるんだよ!』
『早くしてくれよ!』

既にこの商人達の間では僕はこの問題を解決できる人間だと思われている。
それに唯一の頼みである兵士は兵士で凱雲を呼びに行ってしまったっきり全然帰ってこない。

…もうそろそろこの商人達も限界だ。
周りからはヒシヒシと焦りや怒りが感じとれた。
それに僕自身も30~50はいるんじゃないかという程の商人達に囲まれて気がきじゃない。

『なぁ、息子さんよ』

最初の商人が声をかけてくる。

『な、何?』
『わしらはな?さっきも言ったように信用が命なんじゃ。信用がなきゃわしらは飯も食えんのじゃ。それにな?お前のお父さんとわしらは長い付き合いじゃ。ようは仲間のようはもんじゃ。だから頼む。豪統様の意思をわしらに示してくれ!』

流石は商人だ。
弁一つで生きているだけあってこちらが揺れそうな言葉を次々に言ってくる。
しかも、多分ここにいる人達はみんな僕が決定権を持っていないのも知っているだろう。
でも、それでも責任者の息子が一言黒と言ってしまえばそれが自分達の交渉を有利に進めれる事を知っている。
だからこそ焦りながらもじっと我慢してこの場に留まりながら僕を囲み続けている。

『なぁ、時間が無いんじゃ。豪統様はわしらを仲間とは思っておらんのか?』

だが、もう限界のようだ。
だから僕はこの場の中心にいる以上何かしら決断をしなければいけない。
多分本当の事を言ってもこの商人達は逃がしてくれないだろう。
理由は簡単だ。
なんと言っても僕は今ここに集まる商人達最大の切り札になり得る交渉要素だからだ。
だから決断せずにこのまま本当の責任者を待てば、商人達は僕の発言を引き出す為に何かしら仕掛けてくるはずだ。
…だから迫られた以上もう黙り続ける事はできない。


それに僕は父さんの力になるって決めたんだ。

やってやる。


『みんな聞いて!!』

大声をあげる。
みんな待ちに待ったと言わんばかりに期待の篭った眼差しを僕に向けて静まりかえる。
もう後には引けない。


『今回の件についてもう一度説明します!』
『それはもう聞いた!早く結論を言ってくれよ!どくのか!?どかないのか!?』
『そうだそうだ!』
『早くしろ!』
『…ッ』

一瞬怯みそうになる。
怖い。
みんな怒ってる。
だけど駄目だ!
僕が逃げちゃ駄目なんだ!

『いい加減にしてよ!!』
『『!?』』

『あんたらは交渉で飯を食ってる人間なんだろ!?だったら意見言う前に人の話を聞け!時間がなくても!!』
『…』

よし、黙った。
ここからが本場だ。
今なら僕の話がみんなに伝わる。
だがもしここで話が途切れたり噛んでしまえばもう終わりだ。

僕は一息ついて話始めた。

『まず、今回北門の出入りを禁止する理由は州牧様の命によりこの地に残った賊の残党を掃討するのが目的で徐城より派兵された2000の兵を受け入れる為です!』
『ちょっと待った!』

な、なんだ。
何かおかしな事言ったのか?

『この周辺の賊は昔に粗方片付いたはずだ!それに賊が残っているというのも初耳だぞ!?』
『それは近年徐城の太守様が独自で周辺調査をした結果森に潜んでいた賊の一団を見つけたとの事だ!』

勢いで嘘をついてしまった。
だが、昨日の父さんと凱雲の話を聞いていると、本当の事を話せばさらにこの場が混乱しそうだった。
だから多分これでいいはずだ。

全員が全員納得しているわけでは無いが続けた。

『そして本来ならこのような情報は事前に住民や関係者に報告しなければいけないところをこちらの不手際で伝達できなかった事をまずお詫びします!』

そう言って周りに頭を下げた。

『すみませんでしたで許されるかよ!』
『そ、そうだ!』
『それならわしらの商いはどうすりゃいいんじゃ!』

『ですが!!』

周りが沸騰しかけた所を大声で静止する。

『僕の父は必死にその受け入れを拒みました!それも州牧様の使者にです!』
『…ッ!?』

周りがざわめき始める。
また嘘をついた。
確かに父さんは洋班に対して反対はしたが、それは違う内容についてだ。
だが、僕は拒んだ理由を述べていない。
そうすると僕は嘘はついて…。

いや、僕は勘違いする事を知っていて嘘をついたんだ。
言い訳はできない。
でも、この嘘だけは突き通さなければいけない。
後で商人の方々に謝りに回ろう。
だからどうか今だけは許して下さい。

『…父さんは今とても大変な立場にいます。自分よりも立場が上な人間が来てしまって命令一つ出てしまえばみなさんを守りたくても守ってあげれません。そりゃ一時的に、また一回だけなら上に背いてでもみなさんを守れます。…だけど僕の父さんはそれよりもこれからもみなさんを守る為にある時は頭を下げ、ある時は恨まれ役を買ったりしながら必死に毎日戦ってます。…だからどうかみなさん』


『今回の件、どうか僕達に協力してください!!お願いします!!』
『?!』

そう言って僕は膝をついて頭を地面に着けた。

この言葉は紛れもない本当の言葉で、最後の方なんて交渉を度外視した僕の我儘だ。

やはり僕には荷が重かったのかもしれない。
結局最後の最後で自分の感情が前に出てしまい公私を混同させてしまった。

…僕は餓鬼だ。

ごめん。

父さん。

これが今の僕の精一杯です。


『…』


静まりかえってしまった空気。
その中で僕はただただみんなの反応を待つことしかできない。

怖い。

『帯!!』

そしてそんな静寂の中で父さんの声が響いた。





『た、大変です!』

戸が唐突に開かれた。

『な、なんだ騒がしい』
『豪帯様が!』
『!?』

名前を出された瞬間心臓が飛び出すかと思った。

『…何があった』

まずは冷静に状況を呑み込むんだ。
帯に何が起きたんだ。

『我々は凱雲様と共に北門にて兵の受け入れの為に交通整理をしていたのですが、そこに現れた豪帯様がいざこざに巻き込まれて…』
『なんという事だ…ッ!』

凱雲がついていながらなんという…。
怒る気持ちを抑えて状況を聞く。

『…豪帯は無事なのか?』
『あ、いえ!巻き込まれたのは話し合いのいざこざであって暴力事ではございません!』
『…はぁ。それをはよ言わぬか』
『も、申し訳ございません!』

よかった。
もしこれで帯に何かあったら私はどうすればよかったのだろうか。
一瞬で身体中の力が抜けた。

『しかし!』
『…ん?なんじゃ?』

一瞬何故こうも慌てているのか気が抜け過ぎて気がつかなかったが、仮に話し合いに巻き込まれた程度でこんなにも慌てて来るわけがない。

改めて気を引き締める。

『それが…商人達が豪帯様が豪統様の子供だと知るや否や交通整理の早期撤回を豪帯様に迫っていて…』
『なんだと!?』

それはまずい。
この関は国にとっては僻地の一拠点に過ぎないが、商人達にとっては蕃族と本国を結ぶ重要な拠点だ。
だが、元々が防衛しか視野になかったせいで門は内陸側の北門、蕃族側の南門の二つしかない。
つまり、この関での交通整理というのは基本的に商人達との事前の打ち合わせの元行われる行為だ。
それが今回は急を要するモノになってしまった為にさらに難しく、繊細な仕事になる。
だが、凱雲が向かったと聞いていたから安心して任せていた。

それがどうだ?
話を聞く限り帯が商人達に撤回を
求められているだと?
まだあいつは村から出て来て数日の人間だぞ?
この問題はあいつには早すぎる。
絶対に無理だ。

だがあいつは私の息子だ。
経験があろうが無かろうが帯が一言商人の要求を飲んでしまっては大問題だ。

『凱雲は何をしているんだ!!』
『そ、それが他の兵士に聞いた所北門より離れた場所で商人の一団との交渉に向かわれていて…』
『くそっ!今すぐ案内しろ!』
『は、はい!』

帯よ、頼む。
そこに行くまで耐えてくれ。



『お願いします!!』

北門につくなり帯の必死な声が聞こえて来た。
遅かったか。

『どいてくれ!』
『お、おいッ…ってあんたは!』
『道を開けてくれ!』

商人の人集りを掻き分けて中心へと向かう。
そして。


『帯!!』

中心では帯が商人達に向かって頭を地面にすり付けていた。

私は急いで帯の元へ駆け寄る。


『…帯、顔を上げなさい』
『…父さん。ごめん。』
『!?』
『僕にはやっぱ無理だったよ…。何の役にもたてなかった…ッ』

そう言うと帯は涙を流し始めた。

『ごめんなさい…ッごめんなさい…ッ!』

その言葉で完全に頭が真っ白になる。


『貴様ら!!』
『…!?』
『と、父さん!?』

気付いた時には怒鳴り散らしていた。

『こんな子供に向かって大の大人が何十人も寄って集って恥ずかしくないのか!?』
『父さん!違うよ!これは僕が自分から…』
『何とか言え!!』

完全に頭に血がのぼってしまっていた。
もう交渉もくそもない。
ただ自分の息子が何十人もの人間に責め寄られた事実だけが許せなかった。

私は商人の一人に掴み掛かる。

『ご、豪統さん落ち着いてッ』
『よくもぬけぬけとッ!!』

拳を振り上げる。


『いい加減にしてよ!』

バチンッ

『ウグッ!?』

尻に鈍い痛みが走る。
我に返る。

なんだこの痛みは…ッ!


後ろを振り返ると息を荒げながら目の端に涙を浮かべて鉄鞭を構える帯がいた。

…まさかその鉄鞭でワシの尻を叩いたのか。


『父さんは何しに来たんだよ!僕を助けに来たんじゃないでしょ!?しっかりしてよ!阿呆!』

そう言うと帯は問題が解決していないのにも関わらず、緊張から解放された安心感と恥ずかしさのあまり、堰を切ったように泣き始めた。
改めて帯がまだ子供なのだと知る。

たが、その言葉で冷静になれた。
…私はなんて事をしてしまったんだ。
自分の子供可愛さに仕事を忘れ私情で動いてしまった。

…なんという事だ。

掴み掛かった商人に向き直る。

『す、すまん。私は自分の子供可愛さのあまり…』
『豪統さん』

商人に言葉を遮られる。
駄目か。
私は身を構えた。

『あんたも変わらないね』

だが、言われた言葉は自分の予想外の言葉だった。

『あんたが役人に向いてない事くらい、ワシらが一番知っとるよ』

…ん?
どういう事だ?

『何年あんたと付き合ったと思っとるんじゃ。なぁ!?みんな!』

商人が他の商人達に言葉を投げかける。

『…そうじゃな。ワシらはあんたの我儘には嫌と言う程付き合わされて来たからな。今更かの』
『そうかもしれん。別に今日に限ったわけでもないしな』
『あぁ…今回のワシの大損はどうすりゃいいんじゃ…』
『んなもん商人じゃろ?商売にら損得はつきもんじゃ。諦めろ』
『とほほ…』

すると今まで帯を囲んでいた商人達は一斉に散らばり始めた。
…解決したのか?

『豪統さん』

何故かさっきまでの空気とは打って変わって急に緩んだ空気に呆気にとられていると、さっき掴み掛かってしまった商人に声を掛けられる。

『…あんたの息子さん、立派じゃったよ』
『…息子が?』

帯が何かしたのか?

『子供だからと甘く見ておったが…いやはや、逆にこれだけの人数の商人が説得されてしまうとはな』

そう言うとその商人もどこかへ行ってしまった。

…帯が交渉に成功した?
今私の後ろで童子のように泣きじゃくる私の息子がか?
商人の言葉が一瞬信じられなかった。
だが、散りじりになる商人達の背を見ていると何故か皆不満はあれど納得してくれているようだった。
…勿論、私は何もしていない。

私は後ろを振り返り、自分の息子に手を差し伸べる。

『…父さん?…どうなったの?』

どうやら帯も今のこの状況を理解できていなかったようだ。
顔はいかにも何故だと書いてあるような表情をしている。

『あぁ、お前のおかげでな』
『…僕?』

本人は無自覚のようだ。
…まったく、やってくれる。

『…ッ!?と、父さん!?』

私は自分の息子の成長に可愛さを憶え、思わず頭を荒々しく撫でた。

『よくやった。流石は私の息子だ』
『ッ!?うん!』

帯は潤んだ目を嬉しそうに輝かせる。
そして。

『へへっ』

同時にこれでもかと言う程照れ始める。
…まだまだ子供だな。

『帯よ。照れておる場合ではないぞ?まだ商人の一部を説得させただけだからな』
『あ、そっか。まだあれだけじゃないんだ』

帯は分かりやすい程肩を落とす。
まったく、先が思いやられる。

『だから帯よ。残りの商人の説得をお前にも頼めるか?』
『え?僕でいいの?』
『あぁ。どうやったかは知らんが、実際あれだけの商人達を説得できたんじゃ。お前に安心して任せられる』

…安心は言い過ぎかもしれんが。

『わ、わかった!頑張るよ!』

帯は私の言葉がよっぽど嬉しかったのか、みるみるやる気を出した。

『…だが、簡単に頭を地面に擦り付けてくれるなよ?』
『…うん』


その後少しして凱雲が戻ってくるなり地面に頭をすり付けて謝られた。

そしてその後は私と帯と凱雲の三人で商人の説得に回った。

帯はその間何度も私や凱雲の所へ来て助言を聞きながらも必死に商人達を説得してくれた。

…なんと心地のよい時間なのだろう。
自分の息子とやる仕事とはこれ程にやり甲斐のある事だったのか。
私は息子が来てからは自分の情けない姿ばかり見せていて、なんとも不甲斐ない毎日を過ごしてきた。
だが、だからこそ私は本来の仕事をする姿を自分の息子に見られている事が嬉しかった。
そして誇らしかった。


そして日が落ちない内に北門の封鎖を完遂する事ができた。
後は派兵された兵士達を迎えいれるだけだ。


…この一件が終わったら、色々な事を帯に教えてやろう。
そして今まで見せてやれなかった父の後ろ姿を見せてやろう。
これがお前の父なのだと。



だが、現実はそれを許してくれない事を二人はまだ知る由もなかった。
 
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