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とあるIFの過去話

作者:七織
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四話

「テメェ、何言ってやがる」
「簡単なことだ。あのクローンは君をレベル6にするためだけに作られた。その君が実験に参加しないというのだ。此処にあるのも含め、既にある成体クローンともども破棄するしかあるまい。維持費だって馬鹿にはならん上、公になると困るのだよ」
「既にあるって、どういう意味だテメェ!」
「この実験に使われるクローンの数を聞かなかったのか?二万体だ。それを一つ一つ作るわけがないだろう。既に君があったもの、シリアルナンバー00001を初めとし、彼女の姉妹とでも言うべき個体が百体近く、既に稼働している。それらを全て破棄するとは、全くもって面倒なことだ」

確かにその通りだろう。人一人養うだけでも金がかかる上、それが膨大な数なのだ。それに人のクローンの作製は国際法で禁止されているため、公になれば問題になる。彼女たちは奇異の目にさらされるだろう
そして

「まず最初に、ここにある育成中の物、そして00001を始めとした、確保済みのものから破棄するとしよう」

その言葉を、聞き逃すわけにはいかなかった
 男の胸ぐらを掴み直し、先ほどによりも強く壁に押し付ける
その衝撃に一瞬、男が呻くがそれを無視して言葉をぶつける

「確保済み、だと?」
「っつ。ああ、その通りだ」
「俺は、あいつが救急車で運ばれてすぐに此処に来たンだよ。今更、舐めた嘘言ってンじゃねェ。殺すぞ」
「嘘では、ない。そもそも、違和感を感じなかったのかね?」

つまらないハッタリだ。あのことから今まで、まださほど時間はたっていない。あれだけの傷だ、処置するだけでも時間がかかる。自分が実験に反対することなど分かっていなかった以上、治療の邪魔をしてまで無理やる連れ去ることなどありえず、手配しても時間がかかり、自分が助けに行く方が早いはずだと一方通行は考えを巡らせる
それに、と一方通行は記憶を掘り返す。自分は見たはずだ。あの暗い静寂の中、確かに赤いランプをつけた無地の救急車がミサカを運んで行くのを―――

「――っ!!」
「今更気がついたのか」

無地の救急車など通常ありえない。救急車は迅速な行動を求められるため、周囲にそれを知れせる為の文字が側面や前面に書かれるのが一般的だ。故に、無地の救急車などというものが普通であるはずがない
それに静寂など更にありえない。赤いランプを回し、重傷者を運んでいるというのになぜ、あの救急車はサイレンを鳴らさかった!!
自分の馬鹿さを呪う中、その疑問に答えるように男は言葉を続ける

「今回の実験の性質状、外部への情報の漏洩は十分な注意を払わなければなるまい。それだというのに監視を外し、ましてや、クローン体を一般の病院へ輸送させるなど、そんなことをさせるとでも思ったのかね? お気づきの通りだよ、一方通行。00001号を運んだのは、こちらの手の者だ。既に君の知らぬ所へ運ばれ、処置を受けているだろう。後は、既に用済みとなった旨を伝えるだけだ」

何かを言おうとし、何を言えばいいのか分からず、一方通行は開けた口から言葉が出てこない
実際に、事はこの男の言う通りなのだろう。だから言うべき言葉が分からないし、現状を理解してしまう
居場所を聞くために脅そうとも、この男が喋る保証などなく、時間的にも間に合わないだろう。仮に聞き出し、間に合ったとしても、その間に他が、ミサカが大切だと言った妹達は間違いなく助からない。だからといい、妹達を守る為に動けば、間違いなくミサカが助からない。もう二度と、あいつに会えない
ミサカを助ける方法が、ミサカが大切だと言った妹達を助けるすべがない。どちらかを切り捨てるしか、見殺しにする術しか思い浮かばず、そしてどちらも選べない

「だが、もし、もしも、先ほどの参加を辞退する旨を撤回し、君が実験を続けてくれるのならば、クローン体の破棄を中止し、君を00001号の下に連れて行こう」

だからこそ、その言葉に惹かれてしまう

「最後にもう一度だけ聞こう。一方通行、君は実験に協力してくれるかね?」




結局、一方通行がとったのは行動は、男の胸ぐらを掴む手を離し、無言で俯くこと
それを了承だと取ったのか、男は胸ポケットから取り出した機械に対し、二、三言葉を発し、一方通行についてくるように言って背を向ける
男につき従い、一方通行は研究所の中を進む

「……あいつはどこにいる?」
「00001号なら奥の部屋で君を待っている。既に準備も済んでいるだろう」
「……騙しやがったな」
「騙してなどしないさ。君の知らない所に居る、と言っただけだ。言っておくが、連れだそうとしても無駄だ。その対策も既に済んでいる」

恐らく先ほど機械に対して呟いていたのがそうなのだろう。もっとも一方通行に確かめる術は無いが
男が止まるのに反応して立ち止り、見ればつきあたりに扉がある

「あの中にいる。では、実験が成功することを祈るとしよう」
「―――地獄に堕ちろ、糞野郎」



「お久しぶりです。とミサカは分かれて一時間もたっていないのに、場を和ますための小粋なジョークを言葉にします」

何を思ったのか、着ているのは常盤台の制服ではなく、一方通行が買ってやった服に身を包んでいた
そんな彼女を一言で表すならば、満身創痍というよりほかない
ある程度の処置は済んでいるのだろう。だが、いたるところに巻かれ、にじむ血で赤くなっている包帯が痛ましい
砕けた欠片で切り裂かれた右手は包帯でまかれ、サブマシンガンを持っている
血を流しすぎたためか、それとも暴発により抉られたためか、恐らく自力で立つことも困難なのだろう、無事な左手には姿勢を保つための支えの棒を握っている
どう見ても戦える風体ではない。最低限の処置がされているとはいえ、間違いなく病院に向かうべき傷だ

「……ではこれより、実験を再開します」

その言葉を言い、ミサカは右手を持ち上げ、銃口を一方通行に向ける
だが、弾丸は放たれない。傷ついた右手にはもはや、引き金に指をかけ、引き絞るだけの力がない

「……なァ、オマエはこれでいいのかよ」

その声に力はなく、何かを堪えるように放たれる

「実験は既に始まっています。早く行動を開始して下さい」
「オマエは、このまま死んじまって、それで満足なのかよ。なァ、それで――」
「でなければ、ミサカの価値が無くなってしまいます」

その言葉を聞き、一方通行は一気にミサカに近づき、地面に引き倒す。その衝撃で右手から武器がこぼれ、今日買ったばかりの髪留めが外れる。痛みに僅かに呻くミサカの上に乗りかかる様にし、その襟元を掴む

「何が、価値が無くなるだ! 俺に殺される、それだけがオマエの価値じゃねェ。このまま俺に殺されていいのかよ、妹達に外の楽しさを教えてやりてェンじゃなかったのかよ? なあ、教えろよ!」
「……これしか、ないんです」

僅かな沈黙の後、絞り出すような声でミサカは言った

「最初のままでしたら、ミサカはそのままあなたに殺されることを、死ぬことをなんの躊躇いもなく受け入れたでしょう。ですが、僅かな時間ですがあなたと過ごし、その時間を楽しいと思えたミサカは、死ぬことに対して僅かですが恐怖があります」
「……だったら、なんで抵抗しねェ」
「意味がないと知っているからです。この学園都市にミサカの、ミサカ達の逃げ場などありません。ミサカ達の数は、一人二人ではないのですから。私一人が逃げようとなどしても意味がなく、そして、妹達を見殺しにしたくありません」

倒れた衝撃が傷に響いたのか、着たばかりであろう真新しい服の、腹部の部分に血がにじむ

「それに、あなたがいくら言おうと、ミサカ達はあなたに殺されるためだけに作られた個体です。ミサカがこんな思考をすること自体が異常なのです。それ以外の価値を見出されません。そのように作られています。あなたに殺されないということは、ミサカ達の存在を否定するのと同じです」
「もしも、あなたがミサカを殺さないのであれば、ミサカは、ミサカの妹達はただ無意味に殺されます。それこそ御免です。自分たちが作られた理由さえ果たせず、ただ無意味に死にたくはありません。何も知らない彼女たちが、ただ殺されるなんて御免です」

だから、ミサカを殺して下さい。とミサカは言う

「……訳がわからねェ。死にたくねェンじゃねェのかよ。妹達を助けてェンじゃねェのかよ」
「ええ、死ぬ事には恐怖があります。ですが、ミサカはもうどうにもなりません。だからあなたに殺されたいのです。実験を続ければ、妹達が意味もなく一人残らず殺されることは無くなります。実験を続けなければ、ミサカ達は一人として生きられません。ですが実験を続ければ。続けて、あなたがレベル6になれば、それが少しでも早ければ、もしかしたらその時、その分だけでも妹達は殺されずに済みます。ミサカの死に意味が出来、彼女たちを助けられる」

そうなのかもしれない。一方通行が自主的に実験に参加すれば、自主的に力を求めれば、少しでも早く実験<レベル6>を成功させれば、その分だけでも妹達は殺されずに済む。それにレベル6ともなれば、研究者は自分の要望を無視は出来ないだろう。価値の無くなったクローンぐらい、ミサカの望んだように死なせずに、外に出してやれるだろう

「それに、今のミサカには無理ですが、ミサカ達は互いの記憶や情報を共有できます。死んでしまったとしても、その記憶は、誰かが引き継いでくれる」
「だから、お願いします。ミサカを、ミサカ達を」

そうしてミサカは、初めて自分を殺す男の名を言う

「殺して<救って>下さい。一方通行」



「……分かった。オマエを殺してやる」

長い沈黙の後、一方通行は小さい、けれどはっきりとした声で言った
襟元に合った手を離し、ミサカの胸元に、心臓の近くに持っていく

「ありがとうございます」
「最後に聞かせろ。その服はどうした。それと、俺に殺されると知ってて、何で俺に会いに来た」

俯いた一方通行の顔はミサカには見えず、その顔がどんな表情を浮かべているのか、ミサカには分からない

「会ったのは偶然です。あなたについていったのは、ミサカを殺す相手がどんな人物なのか興味があったからです。ミサカ達二万体を殺すような相手なので、人格の破綻した、狂人なのだと思っていました」
「ですがあなたは違いました。冷たく見えますが、とても優しい人でした。だからこそ、ミサカはあなたと親しくなったことを、去り際の言葉を聞いて後悔しました。あなたはきっと、自分を責めるでしょうから」

ああ、それがあの去り際の表情なのかと、一方通行は理解する

「それと、この服は頼んで着させてもらいました。もう着る機会はありませんから。あなたが買ってくれたものを着ないまま、というのはもったいありません」

そうか、と呟いて一方通行は式を思い浮かべる。痛みなく、苦しみなくミサカが死ねるだろう式を

「できるなら、ミサカはこの服を着て、また」

そして、ミサカに触れた手からその力が発動する

「あなたと、苦いコーヒーが飲みたかった―――」

そしてミサカは、僅かに浮かべた笑みのまま心臓の鼓動を止め、その体は生命活動を止めた



『これにて、今回の実験を終了する。次回の場所などについてはおって連絡する』

その言葉が静かな部屋に流れ、切れると同時に一方通行は嗤いだす

「いいぜ、なってやるよ。レベル6? ああそうだ、当り前じゃねェか。この俺がそうなるなんざ当たり前なンだよ。殺して殺して殺しまくってやるよ。テメェらの死体を踏みにじってなってやろうじゃねェか。クローン如きが、俺の役に立てるンだ、光栄に思いやがれ!!」

そうして、一方通行は嗤い続ける。口元を歪め、死者を冒涜して嗤う。その顔を流れる水滴に、気づかぬままに

 
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