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トーゴの異世界無双

作者:シャン翠
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第九十四話 やればできるじゃんお兄ちゃんよ

 闘悟が去った闘武場では試合が再開していた。
 だが、先程と違うのはカイバが積極的に戦闘に参加しているということだ。


「キサマ! 妹がどうなってもいいのか!」


 グレイクとカイバは互いに剣を交えている。


「妹は友達に任せた!」
「あんな小僧一人に何ができる!」
「へん! トーゴのことあんま舐めんなよ!」
「何!」
「トーゴはな、俺と違って本物なんだよ!」


 自分と違って、自分の信じるものを貫いてる男だと言っている。


「意味が分からぬわ!」
「うわっ!」


 カイバは吹き飛ばされて地面に転がる。
 カイバを見下しながらグレイクは言う。


「馬鹿なことをしたもんだな。これで貴様の妹は今頃……クク」


 するとカイバは痛む体を起こす。


「俺は……俺は……」


 カイバは悔しそうに声を上げる。
 闘悟のことは信じているが、それでもやはりグレイクの言葉を聞くと不安になる。
 自分の無力が本当に歯痒(はがゆ)い。
 その時、マイクを通して声が闘武場に轟(とどろ)く。


「おに~~~ちゃ~~~んっ!!!」


 カイバはハッとなってキョロキョロする。
 そして、実況席に待ち望んだ姿があった。


「頑張ってぇぇぇぇっ!!!」


 誰もが何事かと実況席を見る。


「ヨ……ヨッチ……?」


 目を疑いそうになるが、それは間違いなく愛しい妹の姿だった。
 その隣には友人の闘悟もいる。
 その友人が、もう大丈夫だと言わんばかりに微笑む。


「……ありがとな……トーゴ……」


 カイバは嬉しそうに涙を流す。
 妹が助かったのも嬉しいが、自分のために闘悟が動いてくれたのがとても嬉しかった。


「ば、馬鹿な……」


 もちろんその場にいるグレイクは状況の把握に行き詰っていた。


「こ、これで……」


 グレイクはいつの間にか立ち上がって言葉を放っているカイバを見つめる。


「これで自分の正義を裏切らなくて済んだ……」
「はあ? キサマ何を言って……?」


 フラフラと体を揺らし、物凄い形相(ぎょうそう)で睨みつけてくる。
 その姿に少し気圧(けお)された。


「うおぉぉぉぉっ!!!」


 カイバはグレイクに向かって行く。
 だが、それをあっさり受けるほど実力は拮抗(きっこう)してはいないので、ヒュルリと避わされる。


「正義を貫きたけりゃ、いかんともしがたいその弱さを、少しはマシにしてからほざけぇ!」
「ぐほぁっ!」


 腹に蹴りを入れられ吹き飛ばされる。
 内臓がきしむ音が聞こえる。
 吹き飛ぶカイバを受け止めたのはヤーヴァスだった。


「キ、キサマ! コークはどうした!?」


 ヤーヴァスの相手は、自分のパートナーであるコークがやっているはずだった。


「奴なら、あそこだ」


 ヤーヴァスは、地面に臥(ふ)しているコークを指差す。
 どうやら完全に倒されたようだ。


「くっ……この役立たずが!」


 グレイクは忌々(いまいま)しそうに舌打ちをする。


「くそ! 何が起こっている! 何だこの状況は!」


 闘悟は取り乱しているグレイクを見て、マイクを拝借(はいしゃく)して一言だけ言った。


「だから言ったろ? てめえの思い通りになんかさせねえって」


 グレイクはハッとなって闘悟を睨みつける。


「キ、キサマのせいで!」
「おい、相手を間違えんなよ」
「何ぃ!」


 カイバが息を乱しながら立ち上がり声を発した。


「トーゴと闘いたきゃ、俺を……俺達を倒せよ!」
「そうだな。今は我々が貴公(きこう)の相手だ」


 ヤーヴァスは頷き肯定する。


「ぐ……ならぶっ殺してやる!」


 グレイクは目を血走りながら睨みつける。
 啖呵(たんか)は切ったものの、ハッキリ言って体に残るダメージでもうフラフラだった。
 いや、たとえ全快でも実力の差が大きいので、まともにやれば勝ち目なんて無い。
 だから今自分にできることはこれしかなかった。


「はあ、はあ、すみませんヤーヴァスさん、ちょっと頼み聞いてもらっていいっすか?」
「……何だ?」


 視線を逸らさず問う。
 息を飲んでカイバはヤーヴァスを見つめる。


「サポート、頼めますか?」


 すると、少し目を閉じ考える仕草をする。
 カイバは黙って見つめる。


「……何が起こっているか、いや、起こったか分からないが、どうやら、この場を収めるのは少年が相応しいようだ。それに……」
「え?」


 ヤーヴァスがいきなり目を開き視線を向けてくる。
 その鋭い目つきで体を硬直させる。
 だが、フッと軽く息を吐くヤーヴァスを見て、呆気にとられる。


「何すか?」
「それに、いい顔をしている」


 先程とは違ってと、ヤーヴァスは言外(げんがい)に込めている。
 その言葉の意味を把握できずポカンとする。


「全力で応えてみよ。あの者達に」


 視線を闘悟達の方へ促す。


「はいっす!」


 勢いよく返事をする。
 「いい返事だ」とヤーヴァスは微笑を返す。


「何をごちゃごちゃとやってやがる!」


 グレイクはいきなり『火の矢(ファイアアロー)』を放ってきた。
 カイバとヤーヴァスはそれを避けるが、離れ離れになる。
 グレイクの狙いは、二人を引き離すことだったので、企みが成功したと言える。
 グレイクは単体となったカイバの方へ俊敏に向かって行く。
 だが、いきなり地面が盛り上がりカイバの前に壁が作られる。
 ヤーヴァスが『魔剣ドール』でカイバを守った。
 グレイクは舌打ちをして、壁の後ろへ回る。
 だがそこには、誰もいなかった。


「ど、どこに行った!?」


 いきなり消えたターゲットを探してキョロキョロする。


「ここだ!」


 その言葉を聞き、グレイクは上を見上げる。
 カイバは壁の上にいた。
 そのまま飛び降り、剣を振り下ろす。
 だが、咄嗟(とっさ)にグレイクは剣で防御する。
 怒りで冷静さを欠いているとはいえ、咄嗟に行動ができるのはさすがギルドランク上位者だ。
 だが、かなりの勢いで衝突した剣同士は、音を立てて両方とも折れてしまう。
 グレイクは歯を食いしばりカイバの左腕に、力一杯剣の柄で殴りつける。


「ぐうぅっ!!!」


 嫌な音がして、地面に転がる。
 カイバは殴られた左腕を右手で押さえて、苦痛に顔を歪める。


「クハハ! これが実力の差だ小僧!」


 トドメを刺そうと近づこうとすると、また地面がカイバを守る。


「くそ! 忌々しい土野郎め!」


 ヤーヴァスを睨みつけて毒を吐く。
 カイバは意識が遠くなりそうになりながらも、ハッキリと聞こえてくるものを感じる。


「頑張ってぇっ! お兄ちゃんっ!」


 可愛い妹の必死に応援する声だ。


「踏ん張りなさいカイバ!」


 母親の声も聞こえる。
 カイバは全身に力を込めて目の前の壁を昇る。
 そして、またも上からグレイクに掴みかかる。


「は、離せ小僧!」


 グレイクはカイバの頬を殴る。
 殴られた拍子で、折れたであろう左腕に激痛が走る。
 あまりの痛みで意識が飛びそうになる。
 そして、とうとう限界を迎えたようにガクガクになるカイバを見てグレイクは笑う。


「クク、これで終わりだ!」


 自分に倒れてくるカイバをもう一度殴ろうとする。
 しかし、目の前のカイバが急に消えた。
 いや、凄い速さで懐(ふところ)へと潜り込まれた。
 よく見れば、地面から現れた腕がカイバを引っ張っていた。


「少年っ!」


 ヤーヴァスの声に朦朧(もうろう)としていた意識がハッキリとする。


(これが……最後のチャンス!)


 カイバはその勢いを利用して突っ込む。
 ヤーヴァスのサポートを無駄にはできないと、力を込める。


「体当たりでもしてくるつもりか!?」


 グレイクは仕方無く両腕で防御する。
 だが、感じたのはチクリとする刺激だけだった。


「ん? なっがぅっ!」


 いきなり体に電気が走ったかのような痛みが走る。


「こ……こりぇ……ふぁ……っ!?」


 全く呂律(ろれつ)が回らない。


「へへ……どうだ? てめえらの作った『毒針』の味は……よ?」


 カイバは嫌味を含めて笑う。
 やっと事態を把握できたグレイクはこれ以上ないくらい目を見開く。


「これでホントに終わりだぁっ!」


 カイバは魔力を右足に宿す。


「みゃ……みゃ……て……」


 体を震わせながら、言うことを聞かない口を必死に動かす。
 獣人の脚力の強さを見せてやると言わんばかりに力を振り絞る。


「うおらぁっ!」
「ぶへぇっ!!!」


 顔面を蹴り飛ばし、大いに吹き飛んでいくグレイク。
 白目を剥(む)き、顔の形が変わっているが死んではいないようだ。
 だがもう、ピクリとも動きはしなかった。


「へん……見たか……Dランクを舐めんな……よ……」


 だがカイバ自身も本当に限界を迎えたのか、そのまま地面に倒れる。


「お兄ちゃんっ!」
「カイバッ!」


 ヨッチとリールが同時に叫ぶ。


「行って下さい。カイバが待ってます」


 闘悟の言葉を聞いて、二人は頭を下げてカイバのもとへ向かって行った。


「いきなりすみませんでしたフレンシア様」


 闘悟は実況席にいるフレンシアに声を掛ける。


「いいえ、トーゴくんのすることだもの。何かわけがあったのでしょ? ……聞かない方がいい?」
「そうですね、全てが終わったら話します」
「……分かったわ。それならこれは貸しということで……いいかしら?」


 怪しく微笑む彼女に嫌な予感を感じる。


「う……お手柔らかに頼みます」


 そう言って闘悟は実況席を出て行った。


「あ、あの……私を置き去りにして話さないでほしいのですが……」


 傍にいるモアが一人で愚痴(ぐち)っている。


 
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