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トーゴの異世界無双

作者:シャン翠
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第九十二話 これは急がなきゃな

 カイバはグレイクを確認するために視線を送る。
 すると、グレイクは確かに頷いた。


(合図だ……)


 カイバは全身を硬直させる。
 未だコークと剣を合わせて闘っているヤーヴァスを見つめる。


(仕方無い……仕方無いんだ……)


 自分に言い聞かせ懐(ふところ)から『毒針』を取り出す。
 額から汗を流して何もしていないのに乱れる息を整える。
 するといきなりグレイクが動き出した。
 それもカイバに向けてだ。
 カイバは一応剣を構える。
 何もしないで突っ立ってるだけは、さすがに怪しいからだ。
 それを見たヤーヴァスはマズイと思い向かう。
 だが、コークはすかさずヤーヴァスに攻撃を加え、足を止めさせる。


(くっ……これでは少年を……)


 ヤーヴァスは視線だけをグレイクの方へ促している。
 グレイクとカイバは剣を合わせる。
 カキンと小気味(こきみ)いい音が響く。
 顔を突き合わせた二人は視線をぶつける。


「いいか小僧」


 グレイクから声が発せられる。
 カイバは黙って彼の顔を見つめる。


「次に俺とコークが二人がかりで奴を止める」
「止める?」
「そうだ、その瞬間を狙って、お前がやるべきことをやれ」


 つまり動きが止まったヤーヴァスに『毒針』を刺せということだ。


「で、でもコークは言うことを聞いてくれんのか?」
「心配するな。奴もこちら側だ」


 コークはフリーのギルド登録者だが、今は金で『黄金の鴉』に雇われている。
 話はもう通しているということらしい。


「今からお前を吹き飛ばす。お前はやられた振りをすればいい。隙を見て……分かるな?」
「……わ、分かった」
「ではやるぞ?」
「ちょっと待て! ヨッチは……ヨッチは無事なんだろうな?」


 するとグレイクはめんどくさそうに言葉を放つ。


「今はな。だが今後はお前次第だ」


 すると、グレイクは大きく剣を振ってカイバを吹き飛ばす。
 勢いよくカイバは吹き飛び、その姿を見てヤーヴァスは声を上げる。


「少年っ!」


 しかし、気絶しているのかピクリとも反応が無い。
 本当は振りなのだが、ヤーヴァスには分からない。
 ヤーヴァスは一歩下がり対戦者二人を視界に入れる。
 自分一人になってしまったので、闘い方を変えるために二人に注意を払う。
 グレイクとコークは、二人してヤーヴァスを見つめる。


(ここからが本番か……)


 ヤーヴァスは目に鋭さを宿す。





「そ、そんな! 妹さんが!」


 あれからリールの話を聞いた闘悟達の中で、クィルが声を張り上げる。


「まさかそんなことを……」


 ニアも普段の陽気さは微塵(みじん)も見せず、真剣な表情を見せている。
 声を発した二人だけではなく、その場にいた誰もが、あまりにも衝撃的事実に愕然としていた。
 闘悟は黙ってリールを見つめる。
 彼女の瞳は、涙を止めることを忘れたように流れ続けている。
 ミラニが闘悟の近くへやって来て小声で言う。


「……これはまさか?」
「そう……だろうな」


 その二人のやり取りは誰も気づかなかった。
 意味深なセリフだけに、誰にも聞かれなくて良かったと闘悟は思った。
 もし聞かれたら、その内容について聞かれただろう。
 しかし、ここで長々と説明している時間もないのだ。
 すぐに行動を起こさなければ、最悪のシナリオを作ってしまう。
 ミラニは闘悟の肯定の言葉を聞くと早速行動を起こそうとする。


「すぐに騎士団を動かして探しましょう」


 ミラニがそう意思表明(ひょうめい)をすると、彼女は誰の返事も聞かずに部屋を出て行こうとする。


「待てよミラニ」


 彼女の腕を掴んで止めたのは闘悟だ。


「何だ?」
「聞いてなかったのか? 誰かに話したことがバレれば、ヨッチに危険が及ぶって」
「そんなヘマなどしない」
「幾らお前の部下が優秀だからといって、気づかれる可能性もあるぞ。それに、捕らえている奴らは『黄金の鴉』の奴らだろ? 騎士団が負けるとは思わねえけど、時間がかかっちまうんじゃねえのか?」
「そ、それは……」


 確かに闘悟の言う通りだった。
 自分が育てている騎士団は優秀だ。
 統率も取れているし、実力もある。
 有名なギルドパーティ相手でも遅れはとらないだろう。
 だが、何人いるかも分からないし、交戦になってしまった場合、時間を掛け過ぎてしまえば、そのはずみでヨッチに危険が及ぶ可能性が高い。


「で、ではどうすると?」


 ミラニ含め、皆が闘悟に視線を向ける。
 闘悟は、ミラニの腕を解放すると、不安そうに顔を歪めているリールを見つめる。
 そして目を閉じ、朝見たカイバの悲痛な表情を思い出す。
 闘悟はゆっくりと瞼(まぶた)を上げ口を開く。


「……オレがやる」




 カイバは気絶した振りをして仰向けになっている。
 横目で三人を見つめる。


(俺……何をしてんだ……)


 将来はグレイハーツ魔法騎士団に入って一花咲かせようと思って、今まで頑張って来た。
 まだまだ実力も経験も足りないが、これからも必死になってやっていこうと思っていた。
 悪い奴を取り締まり、人に害を成す魔物を討伐する。
 父親を早くに亡くしているカイバは、強くなって家族を守ろうと思ってきた。
 だけどその強さは、父親のように気高くあろうと決めていた。


 父親はこの国の騎士団だった。
 任務中の怪我が原因で他界してしまったが、カイバはそれを誇りに思っていた。
 任務は、盗賊を捕らえることだった。
 もちろん、父親は見事やり遂げた。
 しかし、その最中に受けた怪我が原因で亡くなったのだ。


 死んでしまったのは悲しくて仕方が無かったが、命を賭してまで任務をやり遂げた父親をカイバは尊敬していた。
 いつも父が言っていた言葉は「自分の中の正義を信じろ」だ。
 カイバはその言葉を支えにして、今まで生きてきた。
 そして、これからもそれを信条に父の後を継いでいこうとしていたのだ。


(それなのに……)


 悪党の言うことを聞いて、不正を行おうとしている。
 それは間違いなく自分が信じる正義とはかけ離れたものだった。


(だけど……それでも……)


 ヨッチだけは、家族だけは守らなければならない。
 カイバは自分の無力さに歯を食いしばり体を小刻みに震わせていた。
 本当は誰かに助けを請おうと思った。
 だけど、そのせいでヨッチに危険が及ぶことを考えると、どうしても行動を起こせなかった。
 何度闘悟にも話そうかと思ったか。
 だが結局は話せなかった。
 本当は助けてほしかったのに、何も言えなかったのだ。
 できたのは、ただの強がりだけだった。


(ゴメンなヨッチ……お兄ちゃん、悪いことしちまうよ……)


 カイバは諦めたように目を細めた。
 自分を信じて闘っているヤーヴァスの隙をついて、『毒針』を刺す。
 まさに卑怯者で悪党の所業に違いない。
 誰かの信頼を裏切り、大会を汚す行為を行う。
 無論自分の本意ではないが、それでも自分には優先すべきものがあるのだと言い聞かせる。
 心の中で、誰にともなく謝罪し続ける。
 ただの自己満足に過ぎないが、そうすることで他のことを考えないようにした。
 ただ家族を、妹を助ける。
 そのことだけを考える。
 カイバは空を見つめながら歯を食いしばり決心を固めた。


「カイバァァァァァァァッ!!!」


 そんな時だった。
 自分の名を呼ぶ声がした。
 その方向へ視線だけを向けると、そこには怒った表情で、自分を見下ろす闘悟がいた。

 
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