ワルキューレ
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第一幕その二
第一幕その二
「甘い蜜酒はどうでしょうか」
「酒ですか」
「ええ。宜しければ」
「だが私は」
しかしここで彼の顔は険しいものになり。そのうえで言うのだった。
「貴女を不幸にしない為に」
「不幸にしない為に」
「私は先を急ぐことにします」
こう言うのである。
「ここを去り」
「誰かに追われているのですか?」
その彼の言葉を聞いて問うのだった。
「一体誰に」
「私の逃れるところには不幸が追い掛け私の安らぐところに不幸が近付くのです」
彼は語った。
「ですから貴女に不幸が訪れない為に」
「去られるのですか」
「そうです」
だからだというのである。
「私は」
「いえ、ここに留まって下さい」
だが女はその彼を引き留めようとする。
「不幸がもう住んでいるところには貴方も不幸をもたらせることはできません」
「しかし」
「私は自らをヴェーヴェルトと呼んでいます」
「ヴェーヴェルト」
その言葉の意味は若者にもわかった。
「悲痛を護る者ですか」
「そうです。ですからここにいて下さい」
あらためて彼に告げたのだった。
「ここで夫の帰りを」
こう彼に告げ終えた時だった。屋敷の扉の方から声がしてきた。
「御前達はすぐに休め」
「はい」
「わかりました」
男達の声だった。
「剣や楯を収めてな」
「わかりました、旦那様」
「それでは」
「うむ」
そのやり取りが終わると扉が開いた。そうして漆黒の折襟の軍服にコート、それにズボンと制帽を身に着けた大柄な男が入って来た。髪も目も漆黒だ。それに顔中に濃い髭を生やしている。その男が屋敷の中に入って来てそのうえで女に対して言ってきたのだった。
「ジークリンデ」
「はい」
「そこの灰色の軍服の男は何者だ」
「旅人の様です」
こう彼に語るのであった。
「我が夫フンディングよ」
「旅人か」
「この木の傍に倒れているのを見つけました」
ジークリンデはまた夫に対して述べた。
「それで水を差し上げました」
「水をか」
「はい」
こうフンディングに言うのだった。
「この疲れきった人の為にです」
「その通りです」
若者も身体を起こして彼に告げた。
「それだけですが」
「それについては何も言わない」
フンディングは無愛想な顔で彼に言葉を返した。
「それについてはな」
「左様ですか」
「わしの竈は神聖である。そしてこの家は君にとってもわしにとっても神聖だ」
「それはわかっているつもりです」
「ならばいい」
若者の返答を聞いて頷くフンディングだった。
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