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ワルキューレ

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第二幕その十


第二幕その十

「ジークリンデのことは任せて下さい」
「ジークリンデを?」
「そうです」
「この人は私が守ります」
 何かを決めた顔であった。
「ですから貴方は」
「いえ、私はこの人を守ります」
 しかしジークムントの言葉は変わらないのだった。
「何があろうともです」
「変わらないのですか」
「そうです」
 彼の考えもまた。どうしても変わらないのだった。
「私だけがこの人を守ることができるのですから」
「ヴェルズング。狂える人よ」
 ブリュンヒルテは今まさに折れようとしていた。
「私の言葉を聞いて下さい」
「貴女の言葉を」
「そうです」
 切実なその顔での言葉だった。
「何があっても。聞いて下さい」
「私に聞けとは」
「ジークリンデは私が守ります」
 このことをあくまで告げるのだった。
「その私がです。守ります」
「この剣を授けてくれた父は私を見捨てた」
 ジークムントはそのブリュンヒルテの言葉を聞かず剣を見るのだった。
「この剣が私を裏切り敵を滅ぼさないならば」
「どうされるのというのです?」
「私を滅ぼすのだ」
 言いながら己の首に剣をやるのだった。
「御前に微笑んでいる二つの命を奪うのだ、ノートゥングよ」
「止めるのです」
 ブリュンヒルテは声で彼の動きを止めた。
「それは止めるのです」
「止めよと」
「そうです」
 また言うのだった。
「ジークリンデもジークムントも」
「どうせよと」
「生きていて下さい」
「私に生きよと」
「そうです」
 全てを決意した顔だった。迷うことのない。
「私は貴方に祝福と勝利を与えます」
「その二つをですね」
「さあ、その剣を振りかざすのです」
 今それを彼に告げるのだった。
「貴方は私が守りましょう。ですから」
「ですから?」
「さようなら」
 こう告げたのだった。
「聖なる英雄よ。また戦いの場で会いましょう」
 ここまで告げて今はジークムントの前から姿を消した。ジークムントは再びジークリンデと二人になった。その中で呟くのだった。
「ワルキューレが告げたことは」
 そのブリュンヒルテのことである。
「喜ばしい慰めだろうか。そうであれば」
 ジークリンデを見るのだった。
「この今は死んだように見える人も幸福な夢が慰めているのだろうか。それなら」
 そしてまた言うのであった。
「戦いが終わり平和が喜ばせるまで眠っているのだ。そして」 
 顔を向ける。角笛の方に。
「私は向かおう。ノートゥングと共にだ」
「ヴェーヴァルトよ!」
 フンディングの声が聞こえてきた。
「何処だヴェーヴァルトよ」
「私はここだ」
 ジークムントも彼に応えて言う。
「ここにいるぞ」
「そこにいたのか」
「そうだ、私はここだ」
 こう大声で告げるのだった。
「ここにいるぞ」
「あの声は」
 ここで起き上がったジークリンデだった。声を聞いて。
「まさか遂に」
「そこか!」
 フンディングも姿を現した。出て来たのは彼一人だった。
「そこにいたのか恥知らずな男よ」
「私が恥知らずだというのか」
「そうだ」
 右手の槍で彼を指し示しての言葉だった。
「よくも逃げてくれたものだ」
「私はもう逃げることはしない」
 ジークムントは剣を前に出して言うのだった。
「貴様からはな」
「では来るのだ」
 フンディングも引こうとはしなかった。
「わしも一人だ。これで不満はないだろう」
「如何にも」
 ジークムントもまた彼と対して告げた。
「あのトネリコの木から抜き取った剣で貴様を倒す」
「何っ、あの木からか!?」
「そうだ、あの木からだ」
 彼は言うのであった。
「その剣で今貴様を倒そう」
「くっ・・・・・・」
「そうです、ジークムントよ」
 ブリュンヒルテがここで姿を現して彼に告げた。
「今こそ勝利を!」
「ならぬ!」
 しかしだった。ここで嵐そのものの声が響いた。
「この槍を恐れよ!剣よ砕けよ!」
 こう叫び彼が槍を一閃するとだった。それだけでジークムントが持つ剣は砕けてしまったのだった。
「なっ、剣が・・・・・・」
「今だ!」
 フンディングはその機会を逃さなかった。槍を突き出したのだ。
「うぐうっ・・・・・・」
 槍はジークムントの胸を貫いた。彼は槍が抜き取られるとその胸から鮮血を噴出しながら背中からゆっくりと倒れていく。そしてその中で呟くのだった。
「ジークリンデ・・・・・・」
「いけない!」
 ジークムントが事切れたのを見て。ブリュンヒルテはすぐに呆然としているジークリンデを抱きかかえて連れて行くのであった。
「貴女はこっちに!」
「貴女は!?」
「話は後で!」
 今はそれを言う余裕はなかった。素早く彼女を連れて父の前から立ち去ったのだった。
「おのれ、逃げ去ったか」
 ヴォータンはその彼女が逃げ去った方を見て忌々しげに呟いた。そして次にその顔のままでフンディングを見やる。そのうえで宣告したのだった。
「行け、奴隷よ!」
 呆然とする彼に告げた。
「フリッカの下にな。ヴォータンは務めを果たしたとな!」
 右手に持つその槍を突きつけるともうそれだけで倒れてしまい動けなくなったフンディングだった。ヴォータンは彼の亡骸に一瞥もせずさらに忌々しげに呟いた。
「ブリュンヒルテ。許すことはできない、主神に逆らったことは・・・・・・!」
 こう呟きすぐにブリュンヒルテが逃げ去った方に向かった。その動きは憤怒そのものだった。
 
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