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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第一章 土くれのフーケ
  第五話 考察とフラグ

 
前書き
ご指摘。感想おねがいします。 

 
 あの爆発後の騒ぎをなんとか治めた教師陣から、罰として放課後の片付けを命じられたルイズは、次の講義を受けるために教室を移動する際、士郎に対し、「ついてこなくていい」と言ってきたため、士郎は放課後までの間に、ルイズの爆発の原因をできるだけ調査するために動き出した。
 そして、士郎がいまいる場所は、つい昨日まで士郎が眠っていた保健室。
 まず、士郎は爆発の後気絶したシュヴルーズが運ばれたシュヴルーズと話をしにきたのだ。



「失礼。ミス・シュヴルーズは――」

 士郎が保健室のドアを開けると、保健室にあるテーブルでお茶を飲んでいたシュヴルーズと目があった。

「あらっ、ミスタ・シロウではありませんか? どうかなされましたか?」

 突然やって来た士郎に、シュヴルーズは軽く目を見張ると、飲んでいたお茶のコップをテーブルにコトリと置き口を開く。

「ええ、いきなり気絶されたものでしたから、心配になりまして。ルイズの許しを得て様子を見にきたのですが。その様子ですと大丈夫そうですね」

 笑みを含んだ士郎の言葉に、シュヴルーズは赤面した……何故か。

「ええ、心配をお掛けしましたが、この通り怪我ひとつありませんわ。ああ、そうです。忘れていましたがあの爆発から助けていただいてありがとうございました」
「いえ、礼を言われるようなことではありません、無事で何よりです」

 首を軽く振る士郎。

「それで実は、少しお聞きしたいことがあるのですが、今お時間は宜しいですか?」

 士郎の言葉になにか感じるところがあったのかシュヴルーズは士郎に向き直りながら許可を出した。

「ええ、大丈夫ですがなにをお聞きになさりたいのですか?」

 シュヴルーズは士郎に、自分の前に空いている席に座るよう促した。

「今日の魔法の失敗で起きた爆発なのですが。魔法は失敗すれば爆発するのですか?」

 士郎はシュヴルーズの前の席に座ると、早速話を切り出す。

「いいえ、そんなことはありません。普通はなにも起きないか、中途半端な結果になります。ミス・ヴァリエールのように爆発するといったことは無いはずなのですが、他の先生にも聞いたのですが、どうやらミス・ヴァリエールは他の系統魔法だけでなく、コモンマジックでも爆発してしまうそうなのですよ」

 やはり、爆発するのは一般的な失敗の結果ではないか……あの爆発、手榴弾ほどはないが、それなりの威力があった。失敗というよりも、爆発の魔法を使ったという方が納得するほどだ。

 士郎が顎に手を当て首を捻っているのを、シュヴルーズは不思議そうな顔で見つめている。

「では、爆発が起きるとすれば、例えばどんな時がありますか?」

「爆発ですか……そうですね、考えられるとしたら必要以上の魔力を瞬間的に放出したか……。そんな話は今まで聞いたことはないですし、やろうと思っても出来るようなことでは……。ですが考えられるとしたらそのくらいしか……すみません、これといった答えを返すことができませんでした」

 所々つかえながらも答えてくれたシュヴルーズに、士郎は頭を下げる。

「いえ、とても参考になりました。感謝します、ミス・シュヴルーズ」

 必要以上の魔力を瞬間的にか……この話からするとまるで魔法がルイズの力に耐えきれないことから爆発が起きるようだな……。

「ミスタ・シロウ、他になにか聞きたいことはありますか?」

 黙って考え込み始めた士郎に、シュヴルーズが尋ねてきたので、士郎はもう一つ聞こうと思っていたことについて質問してみた。

「それではミス・シュヴルーズ。“虚無”とは一体なんですか?」
「それは始祖の系統魔法である“虚無”のことですか?」

 シュヴルーズは士郎に問いに軽く驚くように聞き直すと。

「ええ、そうです。“虚無”の系統魔法は失われて久しいと言っておられましたが。何か分かることはありませんか」
「ミスタ・シロウはブリミル教の方ではありませんの?」

 答えではなく、困惑したような質問を口にするシュヴルーズに、士郎は事前に用意していた答えを口にする。

「以前いたところではブリミル教というものがありませんでしたので」

 苦笑しながら答える士郎に、シュヴルーズは驚いた。

「まぁっ! でしたらミスタ・シロウはどこから来たのですか?」

 シロウは肩をすくめると首を振る。

「それが分からないんです。地図をみても自分のいた国の姿形もなく、人に聞いても聞いたこともないと……」
「まぁ、そうでしたの……それはその……お気の毒に」

 シュヴルーズはどこか居心地の悪そうな顔をして、話題を変えるように『虚無』について話し出した。

「そうそうっ! “虚無”についてですね。そうですね、“虚無”についてですが、実はよく分からないのですよ。“虚無”は始祖様しか使うことが出来ませんでしたので、それがどのような魔法か、詳しくは分からないのですが。他の系統魔法に比べ詠唱の時間が長く、強力無比な力だったとは言われています」

 詠唱が長いか……そんなことが伝わるほど詠唱が長いということは始祖は、詠唱が長くなければ魔法が使えなかったのかもしれないな……。

 士郎が“虚無”の魔法について考えている間にもシュヴルーズの話は続いている。

「あとはそうですね、始祖の使い魔が複数いたことですか……」

 その言葉を聞き士郎は、考えるのを一旦止め、シュヴルーズに問いただした。

「始祖の使い魔? それはどんな使い魔だったのですか?」
「そうですね……たしか『ガンダールヴ』と 『ヴィンダールヴ』あと『ミョズニトニルン』でしたかしら?」

 シュヴルーズは時折頷きながらも答える。

「確か“ガンダールヴ”は神の左手と呼ばれていて、あらゆる武器を使うことが出来たそうですよ。“ヴィンダールヴ”は神の右手と呼ばれており、あらゆる獣に乗ることが出来て、そして“ミョズニトニルン”は神の頭脳と呼ばれて、あらゆるマジックアイテムを使用できたそうですよ。……あと何かあったような気がするのですが……」

 シュヴルーズの話を聞き、士郎は自分の左手に刻まれているルーンを横目で見た。

 神の“左手”……あらゆる武器を使うことが出来る“ガンダールヴ”か。俺の左手にあるルーン、俺の知っているルーンとは少し違うがガンダールヴと読めないことはない。可能性は高いか……。

「ミス・ シュヴルーズ。ガンダールヴについて他に何か知っていることはありませんか?」
「ガンダールヴですか。すみませんミスタ・シロウ、あまり詳しくないものでこれ以上のことは……」

 シュヴルーズのすまなそうな顔に士郎は笑顔で顔を振る。

「いえ、とても参考になりました。こちらこそ、ありがとうございました」
「ミスタ・シロウ、偉そうに言ったあとで何ですが、“虚無”の系統についてならばオールド・オスマンが詳しいと思いますよ」
「オールド・オスマンですか?」

 士郎が困惑した顔で聞くと、 シュヴルーズは納得したような顔で頷いた。

「ああ、ミスタ・シロウは知らなかったですか。オールド・オスマンとはこの魔法学院の学院長のことですよ」
「学院長ですか。ああ、だから“虚無”について詳しいと」

 士郎が納得したように頷くが、それに対してシュヴルーは首を左右に振る。

「いえ、学院長だから詳しいと言うわけではないんですが、確かちょうど二年ぐらい前でしたか、学院長が“虚無”について調べていたことがあったんですよ」

 シュヴルーズは昔を思い出すかのように、左上を見上げる。 

 約二年前? ……ルイズが入学してきた頃、か……。

「なので“虚無”について何かお聞きになられたいならば、学院長に聞かれればいいと思いますよ」

 学院長か……どのような意図を持って“虚無”について調べていたんだ。利用が目的? それとも守ろうとしているのか……敵か味方か、出来るだけ早く調べておきたいな。

 士郎は席を立ちながら シュヴルーズに礼を言った。

「それではこれで俺は失礼させてもらいます。今日はありがとうございました」
「いいえいいんですよ。ミスタ・シロウとお話できて、こちらも楽しめたのですので」

 士郎が保健室のドアを開ける直前に、シュヴルーズのほうに振り向く。

「すみませんミス・シュヴルーズ。最後に一つお聞きしたいのですが、学院長はどのような人なんでしょうか」

 士郎の問いにシュヴルーズは、そのふくよかな頬に手を当て少し考える仕草をしたあと、自信を持った顔を士郎に向けた。

「素晴らしい方です。どんなことよりも、まず生徒のことをお考えになられる、そんな方ですわオールド・オスマンは」

 その答えを聞き、士郎は今度こそ保健室から出て行った。





 士郎が石畳の廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。

「ああっ、シロウくん。ここに居たんですか」
「コルベール先生、どうかしましたか?」

 士郎が後ろを振り向くと、多量の本を抱えたコルベールが。

「ええ、シロウくんのルーンをもう一度見せていただこうと思いまして探していたんですよ」
「そうですか。ところでその多量の本は一体?」

 話しながらも士郎は自然にコルベールが抱えた本を持ち上げる。

「ああ、ありがとうございます、シロウくん、それは図書館に返しにいくところでして。ええ、実はシロウくんのルーンを調べているのですが、それがどうにも分からなくて。それでシロウくんのルーンをもう一度見せてもらおうかと思いまして、本を返しに行くついでに探していたんですよ」

 ルーンを調べる……か。

「図書室までですか。ああ、ルーンについては構いませんよ、どうぞ」

 士郎は片手で本を抱え、左手にあるルーンを見せた。

「ああ、ありがとうございます。フムフムどれどれ……前にスケッチしたものに間違いはありませんね、それではどうして見つからないんですか? ……あとは“フェニアのライブリー”で調べるしかありませんね」
「見つからなかったんですか?」

 首を振るとコルベールは、溜息を吐いた。

「ええまあ。シロウくんのルーンは文字の下に不思議な紋様がある、珍しいものだからすぐに分かると思ったのですが……」
「紋様?」

 コルベールの言葉に士郎が疑問符を浮かべる。

「ええほら、あるじゃないですか」

 コルベールが指差す先は、左手の甲に描かれた使い魔のルーン……その下にある赤い紋様。

「あ~……。そのコルベール先生。実はこれルーンではないんですよ」

 士郎の言葉にコルベールが驚きの声を上げた。

「え? どういうことですか?」
「これは使い魔のルーンとは別物です」
「そ、そうなんですか? それではこれは何なんですか?」

 不思議そうな顔をするコルベールに、士郎はどこか懐かしげな顔をして左手の甲を見つめる。

「まあ、一種の記念品の様なものですよ……そう言えば“フェニアのライブリー”とは?」

 急に話しを変える士郎を不審に思ったコルベールだったが、左手を見つめる士郎の視線に何かを感じ取り、何も言わず士郎の話しに乗った。

「え? ええ。“フェニアのライブリー”ですか? 教師のみが閲覧を許されている図書館の一角のことですよ」
「そこを調べれば俺のルーンも何か分かると?」
「ええ多分ですが」
「……ふぅん」

 ということは、俺が本当に“ガンダールヴ”だとしたら、コルベール先生にバレるのは時間の問題ということか。

 コルベールに悟られることなく軽く溜息を吐いた士郎は、何気なく話題を変える。

「そういえばコルベール先生。俺はこの魔法学院の学院長とあったことはないのですが、どういった方なんですか?」

 コルベールは足を止めずに軽く頭を傾げた。

「そう……ですね。とても元気な方で、色々と博識で魔法の実力もハルケギニア最高のものだといってもいいと思いますし、何か問題があったら王室が相談をするぐらいの方ですよ。あとはそうですね。 常に生徒のことを考えており、教師として見習うことが多くある素晴らしい方ですよオールド・オスマンは」

 常に生徒のことを考えている、か……。

「それではもし、教師で判断がつかない問題があればオールド・オスマンに相談を?」

 士郎の質問に不思議な顔をするもコルベールは律儀に答えた。

「そう……ですね。教師の方で判断がつかないことは、よく相談したりしますね」

 ということは、もし俺が本当に“虚無の使い魔”である“ガンダールヴ”だとすれば、それにもしコルベール先生が気付けばオールド・オスマンに相談するということか。

 話しているうちに図書館に近くまで着いたのか、微かに本の香りが漂い始めた。

「ああ、ありがとうございました。ミスタ・シロウここまででいいですよ」

 コルベールがお礼を言いながら手を差し出してくる。 

「コルベール先生……もしこのルーンが何か分かれば教えてもらっても?」
「ええ、もちろんです。それでは、失礼しますよ」

 コルベールが図書館のドアに向かおうとすると、それを待っていたかのようにドアが開くと重そうな本を持った女性が出て来た。
 長い緑色の髪をした、眼鏡を掛けた美しい女性。

「みっ、ミス・ロングビル」

 急に現れた女性。ロングビルにコルベールがどもりながらも声を掛けると。

「あら、ミスタ・コルベール? どうかされましたか?」

 重そうな本を憎々しげに見ていたロングビルだったが、コルベールに声を掛けられると、にこやかな顔に変わったのをコルベールは気付かなかった。

「えっ、ええ、少し図書館に用がありまして。ミス・ロングビルも図書館に何か?」
「ええ、もう終わりましたが」
「そっそうですか、それでは、また……」

 ロングビルの答えに肩を多少落としながらコルベールは図書館の中に入っていった。





 ロングビルがドアの前に立つ士郎に気付くと、顔を若干伏せながら脇を通り過ぎようとする。

「運ぶのを手伝おう」

 だが、士郎の前を通り過ぎる前に、重そうな本を抱えたロングビルに向かって士郎は声をかけていた。

「い、いえ大丈夫です。気にしないでください。えっ、え~とミスタ……」

 士郎に断りを入れながら名前を言おうとしているロングビルを見て、名前を告げていなかったことに気付いた士郎は笑いながら答えた。

「そう言えば自己紹介していなかった。失礼、衛宮士郎と言う」
「ミスタ・シロウ……。ええ、分かりました。あ、そう言えばなぜ私の名前を?」

 士郎の言葉に頷きながらも疑問の言葉を上げるロングビルに士郎は笑いかけた。

「コルベール先生がそう呼んでいたのを聞いていたんで……あ~、もしかして違った?」

 その言葉に納得したロングビルは、首を振りながら答えた。

「いいえ、当たりです」

 士郎はそう笑いかけてきたロングビルに手を差し出した。

「どうやら向かう方向は同じようなんでね。女性が荷物を持っているというのに俺が手ぶらだと周りの視線が痛い。助けると思ってその本を持たせてくれないか」
「えっ?」

 そう言ってきた士郎に一瞬驚いた顔をしたロングビルだったが、すぐに小さくクスクスと笑うと、芝居掛かった様子で手に持った本を士郎に渡した。

「しょうがないですね。分かりました、ミスタ・シロウを助けるため断腸の思いでお渡しします。借り一つですよ、ちゃんと返してもらいますからね」

 士郎に本を渡したロングビルが、腰に両手を当てて悪戯っぽくそう言うと、士郎は手渡たされた本を片手で抱えると、もう片方の手を胸に当て、恭しく頭を下げた。

「必ずやお返し致しましょう」





 ―――しかし本当この男何者なんだい。初めて会った時、私を見たあの眼……私の全てを見抜こうとでも言うようなあの眼光。絶対に唯の平民じゃないのは間違いないが……それにあの体にあった傷……傭兵か?

 士郎に本を手渡したあと、士郎と一緒に歩き始めたロングビルは士郎と話しながら保健室で士郎の身体(裸)を見たときの事を思い出しポッと頬を染めた。

 ……ま、まあ。なんにせよ、只物ではないだろうね。

「そう言えばミスタ・シロウはミスタ・コルベールと一緒にいましたがどうしてですか?」
「ん? ああ、コルベール先生が本を大量に抱えているのを見てしまったんで、聞いてみたところ図書館に本を返しに行くところだと言うことだから、別に用事もなかったんで手伝っていただけさ」
「まあ、そうだったんですか、お優しいんですのね」

 ふーん、お人好しだね。といことは、さっきのアレも別段下心があったという理由ではないということ?

 ロングビルが内心呆れながらも答えると士郎は苦笑いを浮かべる。

「いや、ただの性分だな。そのおかげで周りからはよく呆れられたものだ」
「ふふっ、そうなんですか。きっとあなたを心配しているんですよ、ところでその方達はどんな人達なんですか?」

 まあ、いつもこんなことをしてたら、そりゃ呆れられるだろうね。でもそりゃ、呆れるというよりも心配しているんじゃ?

 何かを思い出すように一度目を閉じると、まるで恋人のことを話すような幸せな顔が士郎の顔に浮かんだ。

「大切な人達だ。とても大切な……な」
「そう……ですか」

 なっ、なんて顔して答えるんだい、全く。見てるこっちが恥ずかしいじゃないか。

 ロングビルは微かに頬を染めると。

「もしかして、恋人ですか?」

 ニヤリと悪戯っぽい顔を士郎に向けた。

「あ~……どうなんだろうな……一概にはなんとも」

 ロングビルの問いに士郎は、本を片手で抱えなおすともう一方の手で顔を被い、ため息混じりの声を出した。

「そういうミス・ロングビルもそれだけ美人なんだ。恋人ぐらいいるんじゃないか」
「えっ? い、いいえ、そんな……今はいろいろ忙しくて」

 首を振り答えるロングビル。

「そうなのか? そう言えばミス・ロングビルは何の仕事を?」
「今は学院長の秘書をやっていますわ」
「学院長の……」

 それを聞いた士郎が微かに目を光らせたあと、ロングビルに問いかけた。

「そう言えば学院長はどんな人物なんだ? これだけ立派な学院の学院長だ、さぞかし随分と出来た人物なんだろうな」

 士郎の言葉に、ロングビルは疲れたように肩を落とすと、大きなため息を吐いた。

「そうだとしたらよかったんですが……まぁ、魔法だけはハルケギニアで最高峰でしょうだとは思いますが……」

 そう、魔法だけはすごいんだけどなあのエロジジィは……魔法だけは……。

 士郎はロングビルの反応を見て、詳しく聞かない方がいいと思い話題を変えようと話しかけた。

「学院長の秘書だと、家族も鼻が高いだろうな」
「家族……ですか」

 さらに雰囲気が悪くなったロングビルを見て、士郎は慌て出し。

「あ~……すまない」

 力なく頭を垂らした。

「いっいいえ、そんなことはありません。ただ両親はもう亡くなっておりまして」
「そうか……」
「そんなに気にしないでください。もう亡くなってずいぶんたちますし……それに、私には妹がいますから」

 その言葉に士郎は顔を上げた。

「妹が?」
「ええ、妹がいますので大丈夫なんです。あの子のためならなんでもできますよ……」 

 ―――そう……あの子のためなら私は平気だ、どんなことだって出来る。

「大切な妹なんだな」
「ええ、とても」

 ロングビルの顔にふっと浮かんだ笑みを見た士郎が、開いた口元から言葉をこぼす。

「……綺麗だ」
「えっ」

 びくりと身体を震わせたロングビルが、慌てた様子で士郎を仰ぎ見る。

「あなたの妹が羨ましいな。こんな綺麗な姉がいて」
「そっ、そんな、お、おだてても何もでませんよ」

 と、突然何を言っているんだいこの男は―――ッ?!

 ロングビルがぶんぶんと顔を左右に振って否定するのを見た士郎は、柔らかな笑みを浮かべて同じように顔を左右に振った。

「おだててなんかいない。本当に、本心から綺麗だと感じたから言ったまでだ」

 真剣な目でどこまでも真っ直ぐに見つめてくる士郎に、ロングビルは顔を真っ赤にさせながら俯いた。 

「っ、っう、くぅ……」

 そっそんな顔して言うもんじゃ無いだろ。まっ全く、何て顔で笑うんだよ、見てるこっちが恥ずかしいよ……。

「っ! あ、そ、その、ミスタ・シロウ。こ、ここまででいいですから。ありがとうございました」
「あ―――ちょっと待ってくれ」

 いつの間にか目的地の近くまでたどり着いたロングビルは、真っ赤な顔で早口に言って、士郎が持っている本を受け取って行こうとしたが、以前の様に足を止めてしまった。

「学院長の部屋はどこにあるんだ?」
「がっ、学院長の部屋は本塔の最上階ですっ。そっ、それでは私はこれでっ―――!」

 それだけ言って逃げる様にロングビルは去っていくのを士郎は、その鷹の様な目を微かに光らせて見送った。





 ロングビル……か、学院長の秘書だというが、あの身のこなし―――只の秘書とは思えないが……。

 去って行くロングビルを見つめる士郎。

 一応注意はしておくか? 
 ―――しかし、あの時の彼女は本当に―――。

 ロングビルの後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、再び歩き始めた士郎だったが、妹のことを話した際のロングビルの様子を思い出すと思わずピタリと足を止めてしまった。足元に差す西日に誘われるように顔を上げた士郎は、窓の向こうに見える茜色に変わり始めた太陽に視線を向けると。



「―――綺麗、だな」
 
 

 ―――柔らかく、頬を緩めた。





 
 

 
後書き
  
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