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Monster Hunter ―残影の竜騎士―

作者:jonah
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14 「★★★★『女王リオレイアの狩猟』」

 
前書き
==============================
依頼主:村の護衛
依頼内容:噂にゃ聞いていたが、あれが本物の雌火竜ってやつか…!
     悔しいが、俺じゃとても太刀打ちできない。
     頼む、腕に自信のある奴ならだれでもいい。
     村の安全のために狩ってくれ!
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ナギ は にげる を せんたく した。 ……にげられない!
ナギ空気化挽回の巻。間に合うか間に合わないかぎりぎりのところだけど←
レウスフォールドに逆鱗1枚必要ですけど、そこは……まあ、ね。尻尾切り落としてそのままお持ち帰りした時にラッキーだった、ということで。
オディル・ヴェローナは、皆さんご存知の彼女を参考にしています。ほら、あのキャラの自宅の前で腕組んで寄りかかって、色々豆知識とかくれる先輩ハンター。装備とか髪の色とかいろいろ違うけど、まあそこは、ね。ご都合主義だから!
 

 
 カエンヌ・ベルフォンツィと名乗った男が身に纏うのは、空の王者リオレウスの赤。背中には白と黒のコントラストに、ところどころ琥珀色の刃が見られる大剣が背負われている。素材から氷牙竜ベリオロスからつくられた大剣とみて間違いないだろう。確か、砂原のクルペッコを狩りに行っていたのだったか。それにしては帰りが遅いとここ最近エリザが心配そうにぼやいていたのを思い出した。
 全身にレウス装備、武器はベリオロスの大剣と、なかなか腕が立つのは確かなようだ。見た目はナギよりいくらか上、30になったかならないかくらいとまだ若く、優秀であることが伺えた。

(ところで…)

 ハンターがモンスター以外に狩猟武器を向けるのは御法度なので、ここでやりあう場合素手での勝負となるわけだが、なぜこの村の住民及び湯治客はわいわいと楽しそうに野次馬しているのだろうか。下手したら攻撃の余波をくらって骨の1本や2本普通に折れるかもしれないのに。ハンターの膂力を馬鹿にしてはいけない。
 まだカエンヌからの挑発を受けただけで、こちらはウンともスンとも言っていないのにもかかわらず、村人の一部(というか彼らはまず間違いなくハンターズギルドの職員だ)は公に賭けを始めている。こっちは嫌そうな顔をしているというのに。おまけに明らかにレートがおかしい。皆ことごとくカエンヌに賭けている。なぜ。

(あ、そりゃそうか)

 こっちはハタチもそこそこの若造で、麻の着流し+羽織。背中には(一般人から見れば)折れそうな細い剣。対してあちらはゴツい剣士装備プラス背中には重量級の大剣。素人目にどちらが強そうか聞かれれば、誰だってカエンヌだと答えるだろう。
 止めをさしたのは横にいるリーゼロッテだった。きらきらと眩しい瞳でこちらを見つめると、会心の笑顔で懐から先ほどの900zを取り出す。まさか。

「わたし、エリザの分と一緒にナギさんに賭けてきますから! 絶対負けないでくださいね! し し ょ う!」

(…え。ええええ――)

 ここぞとばかりに「師匠」と念押しするリーゼ。この場からくるっと逃避する気満々だったナギだが、知らぬ間に逃げ道は塞がれていた。ここで負けたらリーゼロッテはともかく、エリザには何を言われるかわからない。

(仕方ない…サクッと終わらす)

 普通にしゃべれるようになったのは飽くまでリーゼロッテとエリザのみだ。穏便に終わらせたくとも先方は納得しないだろうし、そもそもナギは弁が立つ方ではない。そうだったら山奥で暮らすなんて不便なことはしない。
 力技に結局出ることになると、ナギは溜め息をつきながら背中の太刀をあえて床に置いた。できればこの太刀の素材を見て彼に自分から引いて欲しかったのだが、鼻で笑われて終わった。なんだかイライラしているようだ。待ちきれないように拳を手のひらに叩いた。

「準備はいいかい、優男のお兄さん」
「ああ」
「それじゃ早速……ぅらァ!!」

 ドンッと床を蹴り大きく踏み出し距離を詰め、高身長から繰り出される大剣使いの拳の一撃は、当たれば人間の骨程度たやすく折れるだろう。
 ――当たれば、の話であるが。
 “影でさえ追いつけない”とも謳われる速さと機動力を持つ迅竜を従えるナギに、たかが人間の――それも上位やG級ならまだしも、まだ“下級”の――ハンター如きの動きが見切れぬ筈がない。重心を右に移動して最小限の動きでそれを回避した。
 勢い止まらずそのまま肩にタックルしてくる形となったカエンヌの、ちょうど全体重の乗っている右の軸足を払う。と同時に彼の胸に自身の肩を滑り込ませ、浮いた足をこれでもかと勢いよく振り上げた。
 必然、頭から床に突っ込んだカエンヌは、その一連の動きについていけない。ただ、体に響いた痛みにうめいた。
 野次馬には何が起きたのかすら分からなかった。カエンヌがあっという間にナギに迫り殴りかかった、と思ったら、瞬きの後には何故か殴られた筈のナギは最初の位置から一歩も動かず、ただ足元に転がっているカエンヌを悠然と見下ろしていた。

「暫くおとなしくしておいた方がいいな」

 言い捨て、太刀を拾い上げてそのまま去っていくナギ。圧倒的だった。
 勝者が去り、誰もが唖然とする中、唯一ギルドマネージャーだけはいつもの定位置で酒を飲みながら、「ひょっひょっ」と笑っていた。シワと伸びた眉の奥に見え隠れする金色の目がきらりと光る。

「やったぁ、臨時収入っ! えへっ」

 リーゼロッテはギルド職員から何倍にも膨れ上がった重い巾着袋を受け取りホクホク顔で、ひとりガッツポーズをした。

「ちょっと、リーゼちゃん!」
「あ、カミラおばさん」
「なんだいあの黒髪の彼! ひょろっちいと思ったら、随分強いんだねえ! おまけに顔も良いし! 700ゼニー損しちゃった」

 “損しちゃった”、なんて言いつつも恋する乙女のようにうっとりと手を組む恰幅の良いおばさんは、くわっとリーゼに向き直ると「いいかい」と力強く言った。

「絶対に逃しちゃいけないよ。ああいう男は案外押しに弱かったりするんだ。いっそのこと押し倒して既成事実――」
「ちょ、おばさんっ!!」
「ああごめんごめん、まだリーゼには早かったね。ウフ。兎に角、あんな優良物件そうそうないから、私みたいに嫁ぎ遅れる前にさっさと手に入れとくんだよ! 師匠と弟子だっけ? いけるいける、シチュエーション的に全然いける!!」
「……ぁう……」

 にやにやしながら笑うミーハーな雑貨屋店主、名をカミラ・バルテン。夢見る30代独身、自称「永遠の17歳。うふっ」。30代の前半なのか後半なのかひょっとして40に差し掛かっているのか、それは彼女の矜持に掛けて言えない。
 がやがやした集会浴場では集まった野次馬達も次第に解散してゆき、5分もしないうちにそこはいつも通りの日常の風景に戻った。リーゼもオディルの見舞いに向かい去る。
 あとには横たわったカエンヌだけが残った。

「……くそっ」

ダンッ

 苦々しい表情で拳を握り締めると、床に叩きつける。
 目に浮かぶのは、前に立つ自分を無視して、瀕死になりつつも最後の意地とばかりにオディルに火打石攻撃を仕掛けるクルペッコの姿。声真似で召喚されていたラングロトラに気を取られていた彼女は、辛うじて直撃はまぬがれたものの肩の骨を折った上ひどい火傷を負った。その上、直後無防備な彼女にラングロトラの回転引っかきが直撃したのだ。
 そしてカエンヌは彼女の体を抱えて逃げ帰ってきた。応急処置を施した後もベースキャンプの固いベッドで痛みに呻く彼女の声が忘れられない。

(しかも…)

 本当に許せないのは、彼女を守りきれなかったカエンヌ自身だ。その後オディルの懇願に負けて、彼女が敢えて囮になっている間クルペッコに集中攻撃を仕掛け、結局討ち取ったわけだが、カエンヌにもっと力があれば、大怪我を負った彼女にそんな危ない役割をさせることもなかったはずだ。オディルを守れるくらい、もっと大きな――
 そう、
 たとえばナギのような。
 オディルの体調を気にしながらの帰還に、普段より時間をかけながら悶々としていたカエンヌが、帰って早々初めて顔を合わせたナギに喧嘩を売ったのも、彼のその飄々とした態度と村人達の彼の実力に対する信頼の瞳(なにやら自分の居ぬ間にリーゼとエリザをリオレイアから救ってくれたらしい。そこは素直に感謝するが)があったからだ。
 つまり何が言いたいかって、八つ当たり。それも、見たところ自分より年下の男に。

(おまけに体よくあしらわれて『暫くおとなしくしておいた方がいいな』だと?)

 自分の強さを過信していたわけじゃない。だが、明らかに自分より細身の、背も平均は超えるだろうが自分よりかは低い、年下の男に、ここまで易易とやられたのには、カエンヌの矜持が傷ついた。
 防具が有る無しの重みで素早さがどうとか、言い訳もできない。叩きつけられた時レウスメイルを伝った衝撃に、不覚にも一瞬カエンヌは意識を飛ばした。寝転がっている今もジンジンと響く痛みは、正しく彼の言ったとおり、“暫くおとなしく”なっている状態だ。下手な大型モンスターよりも強い衝撃だった。

「くそっ!」

ダンッ!

 再び強く床を殴りつけると、装飾の溝に皮を切ったのか、血が流れた。
 ――もっと力を付けなくては。
 その為にはまず“経験”だ。それが一番手っ取り早い。あの男に一泡吹かせてやりたかった。
 カエンヌは立ち上がると床に置いてある自分の得物――アイシクルファングを持ち上げた。信頼の置けるこの重量は、身に纏うレウスシリーズと共にカエンヌの実力の象徴となっていた。掲示板の前に立ちめぼしいものはないか物色する。

(…リオレイア。フィールドは、孤島か……)

 竜車に乗っているあいだに疲れも取れるだろう。カウンターに持っていくと、困惑するシャンテを無視して無理やりクエスト受諾の判を捺させた。竜車は明日の昼ごろに出る予定だ。
 あの男がたやすく退けたというリオレイアの狩猟クエストに敢えてしたのは、偶然ではない。

(オディル、オレは強くなる。村も、お前も守れるように)

 村の医院に足を運び、眠る彼女の枕元に立つとぐっと拳を強く握り締めた。怪我の影響で熱が出ている彼女に、誓う。
 その日、カエンヌは自宅に戻ると防具を脱ぎ捨てるやいなやベッドに倒れこみ、数分もせぬうちに家には安らかな寝息だけが聞こえるのだった。

 オディルが目を覚ましたのは、カエンヌがリーゼロッテやエリザの制止を振り切って旅立った8日後の事だった。ちょうどそろそろ彼の方も孤島に着くかどうかといったところである。
 怪我の治りも順調で、このまま行けばハンター稼業は2週間後には問題なくできるだろうとのことだ。誰よりも彼女の身を案じていたエリザは嬉しさに姉の首にかじりついて、彼女がいない間に起きた自分の身の回りについて話していた。主にその内容は師たるナギのことである。オディルもまた鍛冶屋の娘らしく、ナギの狩猟弓(ファーレンフリード)について熱く熱くエリザが語りだしたとき一緒になって論議を交わすのを、リーゼは若干引きながらも微笑ましく見守る。
 そんなオディルが、普段はうざったいほどひっついてくるにもかかわらずいつまでたっても見舞いに来ないカエンヌについて尋ねたのは、彼女が目覚めてかれこれ3日たった朝のことだった。

「そういえば、カエンヌはどこだ? もう家に帰れたのだろう?」
「え? カエンヌなら、姉さんたちが帰ってきた次の日にまたクエスト受諾して行ったけど。場所は…どこだったっけ? 忘れたわ」
「なんだって!?」

 ガバリと起き上がって「いたた…」と呻くオディルは、だが心配するエリザの言葉を遮ってその腕を強く握った。その必死さにエリザも何事かと眉をひそめる。

「なんで止めなかった!?」
「なんでって…一応止めたわよ。『まだ昨日の今日なんだから、もう何日か休んで行きなさいよ』って。でもあいつ竜車の上で休めるからとか言って、誰の言うことも聞かなかったのよ」
「知らないのか? カエンヌも負傷しているんだ!」
「なんですって?」

 慌てて村長と補佐の男性、ギルドからシャンテ、それにハンターとしてリーゼロッテを呼ぶと、医師も同席して急遽それについて告白した。

「まあ、なんていうこと!」

 それだけ言った村長は頬に手を上げるとふらふらと椅子に座り込んだ。
 カエンヌが負傷したのはオディルを連れて逃げる時だったらしい。クルペッコの緑粘液ブレスが足に当たったカエンヌは、抱えたオディルの怪我を優先して身を呈してかばい、その際腕を地面との間に入れてしまったと。

(そういえば…ナギさんに殴りかかったとき、利き手と逆だった、気が)

 今更それに気づいたリーゼロッテは唇を噛む。医師はカエンヌの負傷を肩の捻挫か、骨のヒビか、悪ければ折れているかもしれないと推測した。大の大人2人分に加え、それぞれの防具の重さまであるのだ、転んだだけとはいえ骨折の可能性も十分あった。
 シャンテは青い顔で先日彼が受諾したクエストの写しを差し出した。補佐の男性が唸るような声を上げた。

「リオレイアだって!? 右腕を負傷しているのに!」
「なんということでしょう……」
「大剣を片手で振り回せるとでも思ってるのかしら…馬鹿ね」

 更に顔色が悪くなった村長は震える声で憂い、エリザは険しい顔をしながら心配の声色で罵った。一番泣きそうな顔で心配しているのはオディルだった。唇を噛み締め、じっと何かを考えている。やがて彼女はそっと皆に言った。

「例えリオレイアより高位のレウスを狩れる実力があったとしても、それはパーティでの話だ。あいつ一人ではかなり厳しい戦いになるのは確実だろう」
「そりゃそうよ。でも姉さんは負傷、あたしとリーゼじゃまだレイアと太刀合う実力はない。そもそもリオレイアを1人でどうこうできる人間なんて……あ」
「「ナギ!」」

 考えついた。思いっきり考えついてしまった。
 リーゼロッテとエリザは異口同音に声を上げ、顔も見合わせた。そうだ、自分たちの師ならば。きっと出来るに違いない。
 オディルが考えていたのはこのことのようだった。

「助けを願えないだろうか?」
「大丈夫です。ナギさん優しいですから、きっと来てくれます!」
「救援狼煙上げて! こうなったら時間との勝負よ!」

 エリザが声をかけると同時に男性が動き出す。村長の家政アイルーが火種を持ってきた。高く上ったそれは赤い煙を立ち上げながら空で一瞬強く光る。あとはナギが少しでも早く気づいてくれることを願うばかりだった。直ぐに出立できるよう竜車の手配と、ナギに受けてもらうべき孤島の採集クエストを用意する、とここでまたひと悶着あった。

「ああああ!」

 シャンテの悲痛な叫び。何事かと関係者(村人にはカエンヌのことは打ち明けていない)が駆けつけると、彼女は「どどどどどどうしましょう」と混乱していた。

「ナギさん、この間ハンターになったばかりだから、まだ四ツ星クエスト受けられません!」
「そういえば!」
「他に何か孤島からの依頼はないの!?」
「ありません! だって今孤島はカエンヌさんが向かってるリオレイアのテリトリーなんだもん!」

 ついつい敬語が抜ける。
 恨むべきはハンターズギルドのギルド規定。獲物の取り合いをしないよう、一度受諾したクエストは他の者が受けられないようになっているのだ。かつて取り合いがあってそれが大事になったからこそ作られた規定だが、それが今では足枷と合っていた。
 その場を収めたのは、すでにカウンターのマスコット化しているギルドマネージャーだった。

「大丈夫じゃ」
「何がですか!」
「ヤツには、孤島でハチミツの採集をたのもうとしよう」

 その手に握られているのは、新たな依頼用紙。依頼人はギルドマネージャー、依頼内容はハチミツ10瓶の納品だった。
 そうだ、依頼がないなら作ってしまえ。

「人命がかかっておるからな。ひょっひょっ」

 ナギが着いたのはそれから20分後。足の速いガーグァ車でも2、3時間はかかる渓流の奥地から来たと考えると、驚異的な早さである。村の忙しない様子から何かあったのだと悟ったのだろう、早足にリーゼ達に近づくと、何があったのか尋ねた。

「お願いです。力を貸してくださいませんか、ナギさま」
「一体どうしたんです? 誰を?」
「カエンヌ・ベルフォンツィ。先週あんたに喧嘩ふっかけてきたあいつよ」
「カエンヌさん、腕を怪我してたのにクエストを受けて行っちゃったんです!」

 村長、エリザ、リーゼロッテと、3人とも多少混乱しているのだろう、ややちぐはぐな説明にも大体の事情を悟ったナギが、一番冷静だと思えるギルドマネージャーに視線をやった。と、見慣れない顔に気づく。

「オディル・ヴェローナ、エリザの姉だ。妹が世話になったようで、感謝する」
「ナギ・カームゲイルです」
「先日、どうやら私がまだ寝ていたとき、カエンヌが君に喧嘩をふっかけたと聞いた。パートナーとして代わりに謝罪させてほしい。そして本当に申し訳ないんだが、あいつを、助けてほしいんだ…」
「ひょっ。ヤツが受けたのはこれだ。チミなら何日かかる?」

 ギルドマネージャーから受け取った用紙の写しを見て、「半日」と答えた。ギルドマネージャーと村長は既にナギの持つ“翼”についてを知っていたから、驚きつつも「これなら…」と期待に目を輝かせる。オディルは何を言っているのかついていけない。
 孤島は、村から5日かかる砂原のさらに向こう側にある。
 孤島のベースキャンプに着くには、島に最も近い沿岸までユクモ村から竜車で1週間、そこから船に乗って丸1日かかる。カエンヌが順調に進んでいたとして、孤島のベースキャンプに付いて現在3日目かそれくらいだろうか。自然と表情が厳しくなる。ギルドマネージャーもいつになく深刻な顔をした。

「2晩経っちまったな…」
「……兎に角、直ぐに向かいます。帰り用の竜車の手配はお願いできますか。明日には着くように」
「おう、任せておきな。行きは――」
「村人の目があるので、一応ここを出て暫くは。途中下車しますから」
「ちょ、ちょっと待って」

 ぽんぽんと決まっていく話の中に、エリザが割り込んだ。普段となんら変わらない着流し姿のナギの羽織を握り、その顔を見上げる。これから1人でリオレイアを相手にするというのに、なんの気負いも感じない、まさに“普段通り”の様子だ。

「明日にはって…あんた、1人でリオレイアを1日で倒せるの!?」

 通常大型モンスターを狩猟するには、ベテランのパーティでも3,4日、時には1週間程度の時間をかけてじわじわと体力を削っていく。それを1人で、1日でなんて、規格外以外のなにものでもない。
 ところが彼女の密かに尊敬している師はのたまったのだ。

「ああ。レイアの疲労具合にも寄るが、まあ3時間あれば確実だろう」

 3 時 間 あ れ ば 確 実 。
 ピシリと固まった弟子2人の頭を撫でると、ナギは身を翻した。
 門前で待っていたガーグァ車は、事情を聞いているのだろう、食料も何も乗っていない空の車だ。滑るように飛び乗ると同時、鞭打たれたガーグァは全速力で走り出した。

「……たかがアオアシラ1頭に4日も5日もかけてるあたしたちって…なんなの……」
「リオレイアって、3時間で狩れるようなモンスターだっけ?」

あるぇー

 わざとらしく首をかしげたリーゼロッテだが、ピクピクと動く頬筋のけいれんは抑えられない。さも当たり前のようにサラッといったところがナギらしいといえばナギらしいが、それが誇張でもなんでもないことがそこから伺えて、逆に響いた。

「……彼が、エリザたちの師?」

 呆然。オディルがやっと追いついたようだ。

******

「御者さん、ここら辺で」
「うニャ。本当に良いのかニャ?」
「ああ」

 ここからどうやって孤島まで向かうんだといった風に首をかしげながらも、ナギを車からおろした御者アイルーは「ご武運を祈るニャ」と言うと、そのままとなりの村に向かって去っていった。すぐに戻っては村人に感づかれるから、暇を潰してくれるのだ。
 それを見送ると、ナギはなれたように指を口に持っていく。

ピュゥイ!

 山間に響く指笛。頭上から影が舞い降りた。その背に掴まっていたルイーズを腕に抱えて、彼女とデュラクに事情を説明する。

「にゃっふー! アホだニャ! 死にたがりは死ニャしてやるのがいいニャ!」
「まあまあ…そういうわけにも行かないだろ。まあ兎に角そういうことだから、デュラク、半日で行けるか?」

ピィ!

 また一段と飛行速度が上がった。風に煽られないよう身をかがめて、流れるように変わっていく風景を見やる。

(まさか、俺が誰かの為にこんな行動をおこすなんてな…)

このままずっとあの渓流の奥で、誰にも知られず死を迎えるのだと思っていた。

 妙な感慨に耽りながら、ぼうっとすること暫く。人より体温の高い猫を抱いているせいか、気づけばうとうととしていたナギがデュラクの鳴き声に目を覚ますと、そこは海の上。日は傾き始めて、今は午後4時過ぎといったところか。思ったより早く着いた。日没あたりに着くと思っていたのだが。

「悪い、寝てた」

ピィー?

 しっかりしてくれよ、とばかりの声に笑って背中を叩く。既に島の全体像は見えていた。あと数分もすれば着くだろう。ベースキャンプには寄らず、エリアをひととおり上空から回ってみようと決め、デュラクの頭上からひょっこり頭を出した。横からは翼が邪魔で見えないのだ。
 その姿を最初に発見したのは、ナギより視力が優れているデュラクだった。ハンターズギルド発行の地図において“エリア2”と呼称されるそこは、浅瀬の川が真ん中に流れている広いスペースだ。ここならすぐにベースキャンプにも戻れる上、火傷の応急処置として活用できる水が近くにあるから、雌火竜と戦うのにはなかなか良い場所である。

「お、居たな。まだ生きてるか。よかったよかった…」

 とりあえずの生存確認にホッと息を着くと、そのエリアを見下ろせる場所に降り立ってもらった。片腕が負傷していても、カエンヌはHR3のハンター。まだ若いが、若い中での実力は確かにある。レウスシリーズやベリオロスの大剣を所持していることからもそれは明らかだ。
 そんな彼のプライドは、おそらく他の一般的なハンターに比べて高いのだろう。先日の手合わせで彼が負傷しているというのは目星がついていたのだが、ナギがその怪我(右腕上腕部を庇っていたので)に響かないような叩きのめし方にしたこと気づいた彼は、かなり鋭い目線でナギを見た。レウスヘルムの向こう側から、それはもう目線で人を殺せるくらいに。
 途中いきなり現れたナギがサクッとリオレイアを倒しでもしたら、獲物を横取られたとまた怒るのが目に見えてわかる。彼には悪いが、できれば窮地に陥ってから、やむを得ないという時になってから助けに入りたい。主に帰りのナギの竜車での精神安定のために。
 彼が確かに腕の負傷という不利な状況下ながらも、この3日間生き延びてきたのはひとえに彼の腕の良さである。というより大剣を半分片手で振り回しているその腕力はいったいどこから来るのか。
 このままうまくいったら、普段より時間はかかるだろうが、倒せるという確率もないわけではない。

「あ、俺達食料ないじゃん」
「ニャ。ちょっと黒毛の同胞に交渉して、携帯食料もらってくるニャ」
「おう、よろしく頼…いや、ちょっとまった」

 ふと見れば、さっきまで五分五分だった戦いが傾いてきていた。



「くそ、そろそろまずいか……」

 どうやら疲労が足に来たらしい。カエンヌはここは一時撤退と、ペイントボールをリオレイアに投げつけて逃げようとした。後ろを向いて3歩、後ろに感じる熱。

(ッ! 火球か!)

 振り向く暇もなく前方にジャンプしてなんとか避けた。弱まった握力に持った大剣も同時に放り出す。倒れた拍子に打った右腕が悲鳴をあげた。痛みを奥歯で噛み殺して立ち上がろうとするが、膝をつく。

(しまった、足を――ッ!)

 焼けた足はいうことを聞かない。視線を挙げればこちらに迫ってくるリオレイア。突進だ。これから回避するスタミナは無く、ガードする大剣も今はカエンヌの後ろ数メートルのところに転がっている。
 腕に直に響くレイアの突進の振動。

(何やってるんだ、オレは)
(冷静に考えて骨折したままリオレイアに勝てるわけないだろ。ハハ、馬鹿だな)
(死ぬ、のか)
(こんなことなら言っておけばよかった)
(オディル――)

 脳裏に彼女の顔が浮かんだ瞬間――

ズガァン!

 ――女王の頭が、地に沈んだ。
 
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