ヱヴァンゲリヲン I can redo.
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第九話 Misatos
ヨウジは「F.Satomi」と金文字で書かれた扉の前に立っていた。一応女子寮で男子禁制だが、ここの支部の保安部員は恐ろしく甘い。男子寮においても同じ。異性の立ち入りはほとんどフリー。そのせいか、職員達が生き生きしているようにも見える。
さて、さっきから部屋の戸の前にたつヨウジは、後ろの視線が気になっていた。通りがかる女性職員がくすくす笑って通り過ぎる。
「は~…早く出てこいよ藤城…」
そう彼が肩を落としたころを見計らってだろうか、時を同じくして部屋の戸がやっと開いた。
「ごめんね、待たせて」
舌先を出して謝る彼女の服装は、黄色のタンクトップにホットパンツ。大人びたスタイルの彼女にしては過激な服装。
まぁ、彼には見慣れたものだが…。
「入って」
サトミは部屋の奥に消える。ヨウジはしばらくそこに立った後、ゆっくりと部屋に足を踏み入れた。ビールの匂いが微かにした。
「酒、飲んでんのか…」
リビングルームに足を踏み入れると、缶ビールを両手に計二本持ったサトミが、ソファに腰かけてこちらを見て笑っていた。
ソファの前の小さなテーブルには、既に開いた缶が一本置いてある。既に飲みきっていたようだ。
ヨウジがそれに気づき、改めて彼女の顔を見ると、彼女の顔は少し赤色に染まっていた。ヨウジは表情を曇らせてサトミの隣、ソファに座る。
するとすぐにサトミが彼に近づいてきた。体を密着させ、ヨウジの筋肉質の体の腰辺りに手を回す。そして顔を彼の顔に近づけ、潤んだ目で彼の目を見つめた。
「キス…して…」
ヨウジはそれを聞くと黙って、自分の唇でサトミの唇を塞いだ。彼らにとっては慣れきった感覚。
しかしヨウジは、それに物悲しさを感じずにはいられなかった。彼女の心の中が、手に取るように分かってしまったから…。
唇を離し、彼はサトミを目を真っすぐに見つめた。彼女の目は先ほどよりも潤み、赤くなっていた。
そんな彼女の頭を優しく撫でながら、彼は静かに大人の声で言った。
「また思い出して…責任…感じてんのか…」
サトミはとっさに視線を外す。ヨウジに背を向け涙を手で拭い、溜息にも似た息を吐く。
「私たち大人は、子供たちに無茶ばっかり押しつけてたって事が、やっと分かってね……」
「適格者に選出されて…その身になったからな…」
ヨウジは両手を後頭部に当てて、ソファにどっしりと凭れた。筋肉質の重厚な体をクッションが受け止めた。
一方サトミは、テーブルに置いていた缶ビールのうちの、一本をひったくるように取ると、すぐに開けて思いっきりあおった。一気に飲みきれなかったビールが、口から漏れて首筋を伝う。
「お、おい! 葛城!」
ヨウジは思わずその名で呼んでしまった。彼女の耳に聞こえるようにはっきりとした声。
呼ばれたサトミは缶を置き、タンクトップで口元を拭いた。ムッとした口調で言い返す。
「その名前、私はもう捨てたわよ。今はただの藤城サトミ。あんたも加持リョウジでは無く、ヨウジ・カヤマ」
ヨウジはそれを聞いて悲しそうな表情に変わる。しかしサトミは、相変わらず彼に背を向けて続ける。
「最近、前の世界の苦しい記憶ばかり思い出すのよ…。
自分たちが生き残るために必死で…
子供たちの事なんか正直どうでもよくて…
守りたいものを守ろうとした人間を犯罪者扱いして…。
あんなに嫌いだった父親の様に、他人を守れなかった…。
そしてその苦痛の先に在ったのは…あの赤い世界。絶望に満ちた人生…」
「葛城…」
ヨウジ、前世「加持リョウジ」の脳裏にあの記憶がよみがえる。一面の赤い大地。建物で見る事の出来なかった地平線が良く見え、動物が存在しない死の大地…。
彼も忘れたかった…でも…
「もう忘れたい! 解放されたい!! あんな世界なんて…もう消してしまいたい!!」
前世ではクールだった彼女は、うって変わって泣き叫んだ。自分の為に愛する人を傷つけ、世界の為にまた愛する人を傷つけた。その苦痛を忘れる術もなかった。
しかしそんな彼女に、ヨウジは怒鳴った。
「葛城!! 俺だって前世を思い出すのは辛いんだ!! だから過去の事を感じて感傷に浸るのは構わない、しかし、俺らにはやるべき事があるんだ! 過去を捨てるなんて、絶対にするな!!」
サトミが涙を湛えた眼で、ハッとした表情をして振り返った。彼女が見たのは、怒鳴って呼吸を荒くしたパートナーの姿。歯を食いしばり、彼女と同様に苦痛に耐えている姿だ。
サトミはそこで改めて気づいた。自分たちに課された、いや自分達で課した使命を。
この世界には、同じレールを進ませない──。
それを転生したミサトと加持は、この世界で初めて出会った時に決めた。
「そうだった…私、忘れかけてた…」
ヨウジはホッと息を一つ吐くと、残ったもう一つの缶に手をかける。
「ところで藤城、なんで今回俺を部屋に呼んだんだ?」
さっきまで情けない表情をしていたサトミは、その表情を一気に引き締める。その表情はヴンダー艦長時代と酷似していた。
「あんたは知ってたかしら…4号機の事故の件…」
ヨウジも、真剣になった。
葛城ミサトの執務室は、書類で溢れかえっていた。先の対第五の使徒戦で損害した家財の賠償請求の書類である。その額合計で何億円。
彼女はその全ての書類に目を通し、認める印のスタンプを押さなくてはならない。これも作戦部長の仕事である。
「ったく…全然減らないわね…」
特に今回の戦闘では被害が大きく、書類は前回の二倍ほどの書類が届けられていた。近接戦闘においての、使徒の能力を見違えたミサトの責任によるもの、とリツコから言われたのが心に残る。
全くもってその通りだった。
射出位置をもう少し遠い所に変更し、そこからのガトリングの一斉射を行えば被害も少なくて済んだはずである。自分の力不足を痛感した。
「はぁ…」
ミサトは頭を抱えながら仕事を続ける。ゴミに埋もれた時計のアラームが鳴り、既に日付が一日進んだことが分かった。
「ずいぶんとお忙しいわね、ミサト」
扉が開いて、リツコが部屋に入って来た。両手に、香り立つ湯気を放つマグカップを持っている。
彼女特製のコーヒー、ミサトの好きなものだ。
「死ぬほど忙しいわよ…」ミサトは口を尖らせながら答えた。
そしていつものように、リツコの手からマグカップを一つ受け取る。
リツコはふっと笑って、いつもは日向の座る椅子に腰かけた。
「初号機パイロット、あの洞察力と行動力は目を見張るものがあるわね」
「そうね…私の立てた作戦なんて必要なかったもん…」
頬杖をつきながら放った、リツコの発言がミサトの心に突き刺さる。おそらくそれを狙って、わざとリツコは発言しているのだろう。彼女の皮肉は強烈で痛い。
「作戦部長さんは大変ね…技術部は彼のおかげで仕事が少ないわ」
「それ以上いじめないでよ。今、物凄く疲れてんだから」
「そんな表情してたら、シンジ君に完全に見下されるわよ。年上ならもうちょっとシャキッとなさい」
「もう見下されてるわよ。仕事でもシンジ君に敵わなかったし、私生活なんてほとんど彼が実権握ってるわよ」
「なんとかして見返せればいいわね」
リツコは再び笑った。ミサトはコーヒーを一口口にする。
「見返すというか…まあそうだけど。そう出来る方法があればいいのにね…」
「あるわよ…」
リツコはそう言って横目でミサトを見やる。ミサトの体は、既に書類の上に崩れつつあった。
「リツコ…あんた…」
「睡眠薬よ、死ぬ量ではないわ」
ミサトの瞼がゆっくりと閉じられる。
「連れて行ってあげるわよ、ミサト」
リツコは不敵な笑みを浮かべた。
ミサトのマグカップの湯気からは、珈琲の香りに混じった甘い罠がその匂いを漂わせていた。
後書き
駄目だ…調子悪い…
リライト候補ぶっちぎりの一位ですよ、この話。
毎度駄文申し訳ありません。
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