| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

エルザの不安

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第二章

「それが第一幕で」
「第二幕は婚姻への期待から」
 それからだった。
「魔女オルトルートに唆されて生じた夫となる男への不安」
「不安が、ですね」
「ローエングリンという作品を作っていくから」
 それでだというのだ。
「その不安をよく描き出してね」
「わかりました」
 ポップは真剣な面持ちでベルンシュタットに答えた。
「では」
「二人はなりきってもらいたい」
 ベルンシュタットはイエルザレムも見て言った。
「ローエングリン、そしてね」
「エルザにですね」
「二人共」
「そう、なりきってもらってね」
 それでだというのだ、そして。
「最高の舞台を築いてもらうよ」
「最高のローエングリンですね」
「音楽は任せてくれ」
 ベルンシュタットは指揮者としてベストを尽くすと言い切った。
「そして君達はね」
「ローエングリン、そしてエルザとして」
「二人で」
「そうだ、頼んだよ」
 こうした話をしてからだった、ポップは舞台に入った。
 ポップは舞台稽古に脚本を続ける、そしてだった。
 何度も何度も読んでエルザになりきる、だがその中で。
 ポップは何度も何度も脚本を読んでいるうちにだった。
 エルザになりきっていく、その中で次第にだった。
 不安を感じていっていた、エルザとして。そのうえで舞台にいると。
 イエルザレムを見てさらに不安になった、それでなのだった。
 舞台稽古の後でイエルザレムを見てこう言ったのだった。
「何か」
「どうしたんだい?」
「いえ、不安で」
 それでだというのだ。
「舞台にいると」
「ああ、エルザになりきってだね」
「ええ、それでなの」
 こうイエルザレムに言ったのである。
「何か。ローエングリンを見ていると」
「また随分となりきっているね」
「エルザはローエングリンを信じたいのよね」
「そう、絶対にね」
 このことは間違いなかった、だがだった。
「それがどうしてもね」
「信じられなくなって」
「聞いてはいけない名前を聞いてしまう」
 ローエングリンは最初にエルザに己の名前を聞くなと言ったのだ、それも決して。
「堪えられなくなってね」
「ローエングリンを信じたかったけれど」
「思えば難しい話だよ」
 イエルザレムはこうも言った。
「急に出て来た人を信じろっていうのもね」
「そうよね、私だったら」
 ポップではあるがポップではなくなっていた、半分程。
「そうなっているから」
「なっているから?」
「あっ、なったらね」
 イエルザレムに気付いて己の言葉を訂正した、そこに出ていたが二人共気付かない。
「聞かずにはいられないわ」
「そうだね」
「とてもね。聞かないではいられないわ」
「そうだね、人間ならね」
「聞いてどうなるか不安でも」
「それ以上に不安だから」
 ローエングリン自体がだからだ。
「聞かずにはいらなかったのね」
「若し魔女オルトルートに囁かされなくとも」
 ローエングリンにおける敵役だ。夫テルラムントも操り暗躍する。その正体はヴォータンを信仰する巫女である。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧